かける

「書きたい」あなたを応援するスペシャルコンテンツ

小説を書くためのプチアドバイス by三浦しをん

「小説を書きたい」すべての人必見のスペシャルコンテンツ登場!
「短編小説新人賞」の選者として、毎回投稿作品に対し、厳しくも愛情あふれるコメントを寄せてくれる
三浦しをん先生が、小説を書くために押さえておきたい「お作法」を教えてくれます。

第15回 「3つの発想法」を駆使して、作品にふさわしいタイトルを考えよう!

 拙宅に遊びにきた母と、おやつにカステラを食していたら、「あんた、そのボサボサの頭、なんとかしなさいよ」と唐突に言われた。昼夜逆転生活のなか、突然訪問してきた母に叩き起こされ、しかし文句も言わずカステラを振る舞っている娘に対して、なんという言いようだろうか。寝起きなんだから、そりゃ頭もボサボサで当然であろう。

 ちょうどそのとき、母と私は『HiGH&LOW THE MOVIE3 FINAL MISSION』のDVDを鑑賞中だったので、
「琥珀さん(登場人物)の頭だってボサボサだよ」
 と言ったら、カステラ片手に画面に釘付けになっていた母は、
「顔のきれいなひとはボサボサだっていいの」
 と、深い確信の籠もった口調で答えた。
 なるほど、そりゃそうだ。むちゃくちゃ納得したのであった。
 琥珀さんはボサボサでもいいが、私はボサボサじゃあかん!
「なんの話かわからん」というひとは、『ハイロー』シリーズをご覧ください。それまで角刈り(?)だった琥珀さんが、映画シリーズ三作目にして急にイメチェンするので、「どうしちまったんだよ琥珀さん!」と驚きます。

 しかし平日の昼間っから、『ハイロー』鑑賞してる七十代と四十代の母子ってどうなんだろうな。母はさすがにバリオタを生んだだけあって、「どこかが(いい意味で)過剰な創作物」が大好きなもよう。私が『ハイロー』のDVDを見ていると、「猫まっしぐら」的な勢いで食いつきます。母のお気に入りはROCKYさんらしく、彼が活躍するたびにとろけ、彼が殴られたりしようものなら、「ああっ、お召し物が汚れてしまう……!」と嘆く。乙女心に年齢は関係ないのだなと、端で見ていておもしろいです。

 さて、今回は「タイトルのつけかた」について考えてみます。と言っても私、タイトルを考えるの苦手なんだよな……。

 ただ、応募作を拝読していると、「ふんわりすぎて(しかも長い)、どんな内容の話なのか推測しにくい」タイトルや、「盛大にネタバレしすぎ」なタイトルがたまに見受けられ、もったいないなと思うことがあるのも事実。タイトルはその小説の看板なので、なるべくしっくりするものを掲げたいものです。
 登場人物名やセリフなどと同じく、タイトルに関しても、作者それぞれの好みや感覚によるところが大きいので(つまり、読者の好みが大きくわかれるところ、とも言える)、「こうやってタイトルをつければ万全」という法則はないのですが……。
 それを言ったら、小説の書きかた全般に法則なんざないのだが、「じゃあなんで貴様にアドバイスなぞされなきゃならん」ということになって、この連載の存在意義が危うくなるので、そこに関しては蓋をする。豆を煮るときは、蓋を取ってはいけないのですよ……。なに言ってんだ、私。誤魔化しかたがいいかげんすぎるだろ。

 これまでどんなふうにタイトルをつけてきたかな、とつらつら思い返してみて、どうやら私の「タイトル発想法」には三パターンあるらしいことに気づきました。ほかにももっとパターンがあるとは思いますが、少なくとも私は、三パターンっぽいです。以下で説明してみますね。ご参考になれば幸いです。

 一、まんまやんけ発想法

『まほろ駅前多田便利軒』(まほろ駅前で便利屋を営む多田さんの話だから)。
『あの家に暮らす四人の女』(古い洋館に住む四人の女性の話だから)。

 ひねりが……、ない!
 いや待って、言い訳させてください。これらは連載だったんですよ。連載ってことは、まだ小説自体をなんにも書いてないうちから、「連載開始予告」とかが雑誌に載るってことです。当然編集さんは、「今度連載がはじまる小説のタイトル、なんにしますか?」って聞いてくる。こっちとしては、「げっ、まだなんも書いてない……」と思いつつ、それを気取らせてはならんと過度に落ち着いた口調で、
「そうですね……、タイトルは『まほろ駅前多田便利軒』以外にありえへん、という思いでおりますね……」
 などと答えるのであった。
「まんまやんけタイトル」は、こうしてできあがる。

 でも、もちろん利点もあります。なんといっても、タイトルから内容を推測しやすい! あと、『あの家に暮らす四人の女』に関しては、「小説の視点問題(小説とは、だれが語っているものなのか)」について、少々目論見をもって書こうと思っていたので、「だれが『あの家』って言ってるんだよ」と、引っかかりを感じていただければなと願ってつけたタイトルでもあります。
「まんまやんけタイトル」にも、深謀遠慮をひそませることができるのです。と、えらそうに言ってみたが、『まほろ』に関しては深謀遠慮などなにもない、まごうことなき「まんまやんけタイトル」ですな。面目ない。
「まんまやんけタイトル」は、ある意味単純な発想だからこそ、あまり飽きがこなくていいのではないかと……(自己弁護)。

「まんまやんけタイトル」をつけるときに、気をつけたほうがいいかなという点は、「説明的になりすぎない(タイトルでのネタバレを防ぐという意味でも)」「リズム感を重視(あまりに長すぎるタイトルにしてしまうと、リズム感がなくなり、覚えてもらいにくい)」です。

 二、象徴発想法。

 これは、作品の内容を象徴するようなタイトルをつける、ということです。「あたりまえだろ、タイトルってそういうもんだろ」と思われるでしょうけれど……。面目ない。

『風が強く吹いている』(箱根駅伝に関する小説)、『仏果を得ず』(文楽に関する小説)、『舟を編む』(辞書づくりに関する小説)などが、象徴発想法でつけたタイトルです。

 ポイントは、「中身を読めば、『ああ、このタイトルはこういう意味だったのか』とわかる」ということです。いくら「象徴」といっても、「読んでも読んでも、ふんわりしたムードを伝えてくるだけのタイトル」は、避けたほうがいいと個人的には思っています。タイトルと中身がバシッと呼応してこそ、象徴タイトルは活きる!

 また、「象徴発想法」にも、いろんなパターンがあります。
 たとえば『風が強く吹いている』は、連載ではなく書き下ろしでした。なので、ずっとタイトルを決めないまま、千四百枚ぐらい書いた。そこから本にする段階で、「さて、タイトルどうしよう」と考えていたところ、ちょうど箱根駅伝の中継で、アナウンサーのかたが「風は強く吹いています」と言ったのを聞いて、「これだ!」と思ったのです。原稿を読み返してみたら、けっこう「風」の描写があるし(なにせ「走ること」についての小説なので)、しめしめ、ってなもんです。
 全部を書き終えたあとでも、「象徴発想法」のタイトルがうまくはまることはあるし、はまらないとしても、いい「象徴タイトル」を思いついたら、原稿のほうをタイトルに寄せて、ちょびっと加筆修正すればいいということですね。

『仏果を得ず』は連載だったので、最初からタイトルは決めていました。これは、『仮名手本忠臣蔵』のなかにある「仏果を得よ(=成仏せよ)」というセリフをもじったものです。『仏果を得ず』では、主人公がラストで到達する地点(「成仏なんてするもんか」)が連載開始まえから見えていたので、こういうタイトルにしました。「象徴発想法」プラス、次項で述べる「逆説発想法」でもあります。
 私としてはすごく気に入っているタイトルなのですが、弱点もあるなと思いました。というのは、ラストのほうまで読まないと、なんで『仏果を得ず』なのか、タイトルの意味がわからない。これはちょっと、読者のかたにストレスをかけてしまうタイトルだったかもなあ、と反省しました。

 そこで、『舟を編む』です。これは、辞書を「舟」にたとえ、辞書を編纂するひとたちの話だから、「編む」なのです。考えてみれば、「象徴発想法」と「まんまやんけ発想法」の合わせ技ですな……。いろんな発想を組みあわせ、なんとかひねりだすのがタイトルということです!
『仏果を得ず』の反省を踏まえ、『舟を編む』では、小説のかなり冒頭のほうで登場人物に、「辞書は『舟』であり、俺たちはそれを『編む』のだ」的なことを語らせました。万全だ……。これで、「タイトルの意味がわかんねえよ」と悶々とすることなく、お読みいただけるはず!
 と自信満々だったのですが、「ラストでタイトルの意味がわかったときはすっきりしました」というご感想をちらほらいただき、「あっれー?」と思いました。そっか、そりゃそうだよな。冒頭のことなんて覚えてないし、読み流しちゃうよな。すみません。
 ことほどさように、ぴったりのタイトルをつけるのはむずかしいです。はい。

 三、逆説発想法。

『光』(むっちゃドス黒くて、どこにも光なんかない話)。
『愛なき世界』(本当はこの世界には愛があふれてるんじゃないかな、というところに着地する話)。

 私……、さっきから「タイトルのつけかた」について必死に説明しようとするあまり、盛大に自作のネタバレをしてしまっているんじゃなかろうか。まあいい。俺の屍を超えて、みんなでバスティーユを陥落させてくれれば本望だ(『ベルばら』参照)。「こいつ……、哀れだな」と思われましたら、「着地点はすでにわかってるけど、まあ読んでやるか」と拙著をお手に取っていただければ、もっと本望であります。ステマ(?)。
 昨今、ネタバレに敏感な風潮のようですが、たいがいの創作物は、「ラストがどうなるか」ではなく、そこに至る過程とか細部とかを味わうのがオツなものですからね。着地点がわかっちゃっても、お楽しみいただけるのではないかと……!(必死)

 そう言いつつ私も、『カメラを止めるな!』をまだ見られてないので、予告編すら目にしないよう気をつけてますし、推理小説の犯人を明かされたら激怒しますが。怒るわりに、犯人の名前をすぐ忘れるから大丈夫なんだけど。同じ推理小説を何度も読んで、「すごいトリックだなあ」と毎回新鮮に驚くんだけど。

 ……なんの話だっけ。そうそう、「逆説発想法」だ。この場合気をつけたいのも、やっぱりなんらかの形で、内容に呼応してたほうがいいってことだと思います。

『光』は、「光」という単語を、作中の「ここぞ」というところだけで使うよう心がけて書きました。そうすることで、「なんで、こんなに暗くていや~な話が、『光』なんだろう。この小説のなかで、光とはどんなものだと想定されてるんだろう」と、読み終わったあとにも思いをめぐらしていただければなと願って。うまくいったかはわかりませんが。

『愛なき世界』については、「愛」という概念のない植物を研究してるひとたちの話なので、『愛なき世界』。その点では、「まんまやんけ発想法」でもありますね。ただ、熱心に研究する人々の心のなかには、植物に対する愛があるし、もっと言えば、精妙な仕組みを持った多種多様な生き物のいる地球って、愛にあふれてるじゃん? ピース! なので、「愛ある世界」でもある。そんな逆転の発想からつけたタイトルです。

 そうそう、気をつけたほうがいいかも、という点をもうひとつ思い出しました。
 最近では小説の情報を、ネットで入手することが多いですよね。つまり、検索をかける。そのとき、たとえば『光』というタイトルだと、多用される一般名詞すぎて、むちゃくちゃいっぱいヒットしちゃうんです。だから、『家具』とか『足』とかいったタイトルは、避けたほうがいいのかもしれません。それでいくと、芥川龍之介の『鼻』もダメってことか。世知辛い世の中だぜ。
 もちろん、作品にとってぴったりのタイトルであるのが肝心ですから、あくまでも「ちょっとお心にとどめておいてみては」ぐらいのことです。

 ちなみに、『HiGH&LOW』がいかなる理由でこのタイトルになりしかは、気に入ったものを何度もねちこく眺めて分析してしまう拙者のオタク力をもってしても、計り知れないところがある。強いて言えば「象徴発想法」なのかなと思うが、「しかし、作中に『LOW』な部分がまるで見受けられないような……」という気もして、いまいち確信が持てない。
 それもいたしかたなかろう。常人の発想を軽々と超越してみせる突破力に満ちているのが、『ハイロー』の魅力だからな。
 あ、『ハイロー』って略せるのも、このタイトルのいいところですね。『世界の中心で愛を叫ぶ』略して『セカチュー』もそうですが、親しみやすく略せるかどうかも、重要なポイントかもしれません。でもこればっかりは、創作物を見たり読んだりしたかたの愛情によって自然発生するものですから、作り手が意図できる範疇を超えてますな。

 とにかく、作品にとってぴったりの看板になるよう、いろんな発想法を組みあわせて、タイトルを考案してみてください。ひきつづき、みなさまの御作を楽しみにお待ちしております!

三浦しをん(みうらしをん)

東京都出身。2000年に「格闘する者に◯」でデビュー。2006年「まほろ駅前多田便利軒」で直木賞受賞。2012年「舟を編む」で本屋大賞を受賞。最新刊は「ののはな通信」(KADOKAWA)、「愛なき世界」(中央公論新社)。

短編小説新人賞 応募

関連サイト

e!集英社
コバルト編集部ブログ
ウルンジャー書店
マーガレットブックストア
ダッシュエックス文庫
ファッション通販サイト FLAG SHOP(フラッグショップ)