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小説を書くためのプチアドバイス by三浦しをん

「小説を書きたい」すべての人必見のスペシャルコンテンツ登場!
「短編小説新人賞」の選者として、毎回投稿作品に対し、厳しくも愛情あふれるコメントを寄せてくれる
三浦しをん先生が、小説を書くために押さえておきたい「お作法」を教えてくれます。

第16回「読者に作品を理解してもらうための、適切な『情報提示』とは?」

 もうさー、書くことないよ。と毎回言ってる気がするのだが、実際に書くことがないんだ。なぜなら小説を書くにあたってのアドバイスなんて、そんなの私には無理だからだよー! え、じゃあこれまでの十五回は、いったいなんだったのか、って? 必死に絞りだしたんだよー! 丸めて燃やして海に捨ててくれ!(不法投棄)

 身も蓋もないことを申せば、小説を書く際に要求されるのはたったひとつ。「センス」です。でもそんなことを言ったら話が終わっちゃうし、「私にはセンスなんてない……」としょんぼりしてしまうかたもおられるでしょう。
 早計だ! 「センス」を「才能」(もっと言えば「天賦の才」)のことだと考えるのは、早計だ!

 よろしいですか、みなさん!(自分で勝手に話題を振っておきながら、勝手に詰問口調になる) 「あのひと、ファッションセンスあるねー」と言うじゃないですか。でもそのセンスって、生まれ持ったものでしょうか? 否! 服を着て生まれてくる赤子など一人もおらん! ファッションセンスがいいひとは、たぶん雑誌を眺めたり、直接お店に足を運んでいろんな服を見たり、失敗を重ねつつも果敢に服の組みあわせを試みたりしながら、自分に似合う装いを見いだしていったのだと思うのです。
 つまり、センスっちゅうのは「天賦の才」などではない。向き不向きはちょっとはあるかもしれないし、天才もごく一握りはいますけど、センスの内実は、「後天的に獲得するもの」なのです。

 小説を書くのも同じです。試行錯誤して後天的に身につけていった「センス」で書くのです。「天賦の才」で書くのだ、と勘違いして、努力も研究も読者への心くばりもせず、ボーッとしてる(と思える)やつを見ると、あたしは胸ぐらをつかんでがくがく揺さぶり、「目ぇ覚ませ!」と言いたくなる。貴様は、鼻くそほじりながらパソコンに向かってれば、いつか傑作が書けるはず、なぜなら才能があるから、とか思ってんのか? 才能なんかだれにもねえよ! あるのは、たゆまずセンスを磨きつづけようとする意志だけだよ!
 すみません、激熱になってしまって。この原稿書くたびに思い知らされるのが、私、小説に関しては、読んでるときも書いてるときもかなり高血圧なんだな、ということです。いや、身体的にも最近高血圧ぎみですし、たとえばEXILE一族に対しても精神的に高血圧状態ですけど、なによりも小説について考えるとカッと血圧が上がる。ま、小説が好きなんでしょうね……。「好き」とか言うの照れますが(←心が中学生)。

 えーと、なんだっけ。そうそう、「私にはセンスなんてないし……」としょんぼりしてる暇があったら、磨くのです! センスを! 誕生の瞬間からしゃべれたひとなんて、お釈迦さまぐらいしかいません。赤子が素っ裸で生まれるように、言語も後天的に会得したものです。ということは、言語を駆使して表現する小説においても、ファッション同様、努力と試行錯誤によってセンスを磨いていけるということです。

 しかしむずかしいのは、センスのありようって千差万別だという点です。好きな服と似合う服がちがうように、「こういう小説が好きだな」と思っても、自分が書きやすいのは好みとはまったくべつのタイプの小説だった、ということはよくあります。また、得意とするファッションの傾向がひとによってちがうように、小説を書く際にも、あるひとにとってはすんなり飲みこめるポイントが、べつのひとにとっては理解したり体得したりするのに時間がかかる、ということもあります。
「人称/視点」とか「構成」とかは、わりと論理的に説明できる大枠の部分なので、小説を書こうとする大多数のひとにとって、「ああ、そういうことね」と頭で理解しやすい(理解して、それをうまく実践するためには、もちろん試行錯誤が必要ですが)。しかし、「どういう登場人物にするか」とか「セリフ」とかは、個々人の好みや、試行錯誤の結果体得したセンスに左右されるところ大なので、「こうするといいですよ」と一般化するのがきわめて困難なのです。
 そのため、この連載も回が進むにつれ、書くことがなくなっていく、というわけなのでした。長い言い訳であった。とにかくもう、俺なぞにはアドバイスできん領域だから、おのおのがた、のびのびとセンスを磨いてくだされ!(放任主義)

 これまで応募原稿を拝読してきて、「ここがよくなると、もっといいのにな」と感じることが多かったのが、「情報提示のタイミング」です。どうしたら、「情報提示のタイミング」がばっちり決まるのか、具体的な方法論をあれこれ考えてきました。でも、思いつかないの……。作品によって「適切なタイミング」が異なりすぎて、「こういうふうに心がけるといいと思うよ」と一言では言えないのです。たぶんこれも、「センス」がかかわってくる領域のことだからでしょう。
 たとえば推理小説で、犯人が当初からあからさまに犯人めいた振る舞いをしていては台無しです。そこはうまく伏せつつ、しかし犯人が判明してから読み返すと、「なるほど」と思えるような言動をさせる(=フェアな情報提示をする)って、神業か! 私には絶対に推理小説は書けません。好きな服と似合う服はちがう、ですね。でも、情報提示の塩梅を学ぶのに、推理小説はうってつけでは、と思います。
 コバルトの選考をさせていただくようになって、「ほう」と思ったのは、「登場人物の年齢や外見をなるべく早く情報提示したほうがいい」という法則(?)があったことです。もちろん、これは絶対の法則ではありません。ただ、登場人物の魅力を前面に押しだす作品の場合、納得のいく法則です。早めに、さりげなく、登場人物がいかなるひとなのかを(外見も含めて)情報提示し、読者に脳内で姿を思い浮かべてもらいやすくすれば、そのぶん、登場人物への思い入れも増します。
 漫画家さんでも、まずはスケッチなどを重ねて、外見から登場人物をつかんでいく、というかたがおられるようですし、BL小説でも、外見も含めた登場人物の設定書を作ってから書く場合がある、と聞いたことがあります。いずれも、登場人物の魅力が作品自体の魅力と大きく関係してくるジャンルなので、「なるほど」と思いました。

 私自身は、登場人物の外見描写を極力しない派です。けれどそのぶん、ちょっとした仕草とかセリフなどから、どんなひとなのかを思い浮かべてもらえるよう、心がけてはいます。小説の終盤になって、登場人物特有の仕草とか癖とかがいきなり頻出しはじめたら変なので、冒頭あたりからさりげなくちりばめます。
 わかった。登場人物に関する情報提示の肝は、「登場人物の外見や性格、言動について、『こういうひとだ』とあらかじめある程度決めておく」です。むろん、書いていくうちに登場人物が生き生きと振る舞いだす、ということはあるので、ガッチガチに固めすぎるのは避けたほうがいいですが、根幹の部分は作者自身がちゃんと思い浮かべ、「こういうひとなんだな」とつかんでおいたほうがいい、ということです。そこがブレブレになっていると、情報提示のタイミングが揺らいでしまうのだと思います。

 応募原稿を拝読していると、動作などについても、「ん?」と感じるときがあります。咄嗟にうまい例が思いつかないのですが……。

 公園を散歩していたAとBは、木陰のベンチで一休みすることにした。並んで腰を下ろし、ポケットから出したリンゴをかじる。
「うまい?」
 とAは尋ねた。
「うん、おまえも食う?」
 Bがかじりかけのリンゴを差しだすと、
「いや、俺もあるからいい」
 と言って、Aも自分のポケットからリンゴを取りだした。

 どんな関係なんだ、AとBは。仲のいいお友だちです。
 それはともかく問題は、最初のほうにある「ポケットから出したリンゴをかじる。」です。ここで情報提示がうまくいっていないため、「二人とも、それぞれポケットからリンゴを出して食べている」ように思えてしまう。ところが読み進めると、どうやらリンゴを食べているのはBだけだと判明するので、読者は混乱してしまうのです。
 たとえば、

 公園を散歩していたAとBは、木陰のベンチで一休みすることにした。並んで腰を下ろし、頭上から降りそそぐ木漏れ日を満喫するAをよそに、Bはポケットから出したリンゴをかじる。

 といったようにすれば、状況が読者にも諒解されるでしょう。
 書くうちに、なんとなく見えてきました。情報提示のタイミングを適切なものにするためには、「情景や人物を作者がちゃんと思い浮かべること」が大切なのだと思います。
 思い浮かべて、それをどう文章に落としこむかは、試行錯誤して「センス」が身についていけば(つまり慣れていけば)、よりスムーズにできるようになるはずです。でも、もともと思い浮かべもせず、「思いついたはしから、適当にぶっこむ」という方針を採っていると、いくら文章がスムーズに書けるようになっても、情報提示のタイミングは悪いままになってしまいます。
 落ち着いて、登場人物や情景についてちゃんと考え、思い浮かべるように心がけましょう。それは同時に、読者のことも考え、思い浮かべることにつながります。読者は、あなたの脳内を覗けません。でも、あなたの思いや脳内で繰り広げられている情景を、十全とは言えないまでも伝える手段はあります。それが言葉です。たぶん小説は、言葉を使ったコミュニケーションです。作者は、自分の脳内に存在する登場人物や世界を把握し、それを読者によりよく伝えるための、翻訳者(あるいはイタコ)のようなものだと思います。
 思いついたはしからまくしたてるのではなく、登場人物や読者の心理や心情を汲んで、適切に翻訳(言語化)してみてください。

三浦しをん(みうらしをん)

東京都出身。2000年に「格闘する者に◯」でデビュー。2006年「まほろ駅前多田便利軒」で直木賞受賞。2012年「舟を編む」で本屋大賞を受賞。最新刊は「ののはな通信」(KADOKAWA)、「愛なき世界」(中央公論新社)。

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