かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

シュレーディンガーの島

宮井理人

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作意のある意欲作だが、アイディアもストーリーも、もっと完成度を高めるべき。

  • 編集A

    ……正直、どういう話か、よくわからなかったのですが。

  • 編集G

    私も、さっぱりわからなかったです。

  • 三浦

    私も……(笑)。

  • 編集A

    有名な、「シュレーディンガーの猫」という量子力学の思考実験を下敷きにしていますね。この作品に使われている部分だけを簡単に説明すると、「毒ガスが発生するかもしれない装置と共に箱に閉じ込められた猫は、箱を開けるまで、生きているか死んでいるか分からない。その間は、『生きている』状態の猫と『死んでいる』状態の猫が、同時に存在することになる。そして、箱を開けた(観測した)瞬間、どちらかの状態が確定する」、ということですね。

  • 編集C

    怪しげなサイトにアクセスした主人公たちは、どこかの島の砂浜に転がる、老人の死体を目にする。見てしまった以上、「死体」の存在は確定してしまう。でも、「誰の」死体なのかははっきり映っていないから、まだ確定していない。しかしこのままでは、電子の島に残ったリュウヤが遺体の正体となってしまう。そして、現実世界のアイナも消えてしまう。だからサクラが島に渡り、年老いて死に、遺体となってサイト画面に映る(観測される)ことで、父と母である、リュウヤとアイナを助けようとする、という構図になっています。「シュレーディンガーの猫」の、「観測されて初めて、事態は確定する」という部分に引っかけて作った話ですね。この発想は、僕はとても面白いと思った。

  • 編集D

    ただ、「シュレーディンガーの猫」という考え方を、作者が正確に理解しているのかどうかには、ちょっと疑問がある。面白そうな一部分だけを取り出して、物語に都合よく利用している印象だよね。

  • 三浦

    アイナは「ネットサーフィンをしていて、電子の世界に迷い込んだ」ということですが、具体的にどうやって異世界へ行ったのでしょう?

  • 編集A

    よくわかりませんね。気づいたら電子の島にいた、ということでしょうか?

  • 編集F

    電子の海にイカダで漕ぎ出すと、なぜ現実世界に辿り着くのでしょう?

  • 編集A

    ……それもよくわからないです。

  • 三浦

    アイナが電子の島にいるときにも、アイナと同一人物である「あーちゃん先生」は、現実世界に存在していますね。高校で、カイトのクラス担任をしている。あーちゃんの娘のサクラは、カイトとリュウヤの幼なじみであり、長年一緒に過ごしてきた。でも、リュウヤはサクラの父親ですよね。未来に生まれる自分の娘と幼なじみって、どういうことでしょう? それにリュウヤは、あーちゃんにとっては、電子の島での夫ですよね。なのに、あーちゃんは、彼とまったく接触を持っていない。気づいていなかったのかな? でもあーちゃんは全てを知っているからこそ、「夏休みの心得」という妙なプリントを用意していたわけですよね? それにサクラは? 自分がリュウヤの娘だと、いつから知っていたのでしょう?

  • 編集A

    そのあたりも、よくわからない……結局、よくわからないことだらけなんですが(笑)。

  • 編集C

    話には、非常に無理がありますね。それに、「タイムスリップ」という要素までごちゃ混ぜに入っているから、余計にわかりにくい。

  • 編集H

    そもそも、「シュレーディンガー」の「猫」を「島」に置き換えて話を作るという、この仕掛けというかアイディアを読者に見せたい、という気持ちが前面に出過ぎていると感じます。登場人物たちは、作者の作ったシナリオ通りに、ただ動かされているだけ。人間としての感情の動きが不自然で、すごく違和感があります。

  • 三浦

    確かに。終盤で、あーちゃんがサクラを電子の島に送り出す展開は、どうにも受け入れ難いですよね。自分の娘を、死地に追いやるようなものですから。

  • 編集H

    娘を愛している母親なら、娘を犠牲にして自分が助かることを選ぶなど、あり得ないです。

  • 編集F

    このラストは、どうしても納得できない。それに、主人公が最後までまったく活躍していないのも気になります。やはりここは、みんなの犠牲になろうとしているサクラをカイトが助ける、という展開にした方がよかったのでは?

  • 三浦

    同感です。物語の常道としても、主人公はラストで、サクラを見事救ってみせてほしかった。

  • 編集A

    「シュレーディンガー」を仕掛けに使ったことに注目してほしいのなら、キャラクターは完全に記号にしてしまえばよかったのにね。それなら、キャラの心情にリアリティが乏しくても、気にならなかったはず。

  • 三浦

    ただ、この作品を読む限りにおいては、作者は人間ドラマを書こうとしているのではないかと思えます。もしそうならやはり、キャラクターの感情の動きを、読者が納得できるように描く必要があります。

  • 編集C

    不思議テイストのファンタジーにするのか、ちゃんと理屈の通ったSFにするのか、話の方向性ははっきり決めたほうがいいですね。でも、「さあ、早く現実(リアル)に帰るんだ。時間に追い越されないうちに!」みたいな台詞は、なんだかかっこよかったです。

  • 編集A

    わかります。「どうか私を、観測してね」とかもいいよね。

  • 三浦

    キメ台詞は大事ですからね。

  • 編集A

    「電子の海の水は、無数の0と1でできていて、掬うと砂のようにサラサラこぼれ落ちていく」という描写が、私はすごく好きでした。

  • 編集F

    でも、電子世界が0と1でできているなら、漂流物だって「砂のように」崩れてしまうのでは? それなら、イカダは作れないことになる。

  • 編集D

    やっぱり、あまりに矛盾点が多すぎて、引っかかってしまうね。

  • 三浦

    でも、かなりの意欲作だとは思います。

  • 編集C

    作意があって、よかったですよね。ただ、アイディアもストーリーも、もっと煮詰めて完成度の高いものにしてほしかった。

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