かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

入選作品

王妃の化粧師

木津川結

28

改善点はいろいろあるが、なんといっても「絵になる話」になっている。

  • 編集A

    この作品は、「王妃に仕える立場の人間の一人語り」であるというところが、とても魅力的だったと思います。「分をわきまえた人間の自己抑制感」が、すごくいいですよね。慎ましやかでありつつも、冷静に物事を見て語っている文体が、とても気持ちよく読めました。作者の制御がきちっと利いているなと感じます。それに、「化粧師」という要素を持ってきたところも、新鮮でよかった。「高貴な方のお化粧をする専門職」という、この設定の目の付け所はうまいなと思いました。主人公が、自分の仕事である「化粧」を通して、少しでも王妃の力になりたいと心を尽くしている様子が、よく描けていたと思います。王妃のほうにも、秘められたドラマがちゃんと用意されている。よく考えられたうえで書かれた作品だなと感じられ、とても好感が持てた。私は、高く評価しました。

  • 編集B

    ただ、結局この王妃は、救われていないように思えます。結婚後に何らかの心境の変化があって幸せになれたのか、なれないままなのかは、この作品からはわからない。王妃の隠された心情を知っても、主人公は何かするわけではないから、なんの進展もないまま話が終わってしまったようにも見える。

  • 編集C

    主人公に、何らかの行動を起こしてほしかったですね。王に働きかけるとか。

  • 編集D

    この話のクライマックスは、化粧師だけを前に、王妃が泣き崩れるシーンなんだろうと思います。ずっと我慢し続けていたんだけど、こらえきれずにとうとう感情を溢れさせてしまった。ただ、作品全体で一番の盛り上がりがここだというのは、ドラマとしてちょっと弱いですよね。

  • 編集E

    それに、化粧師の目を通して描かれているので、王妃の苦悩や葛藤がダイレクトに伝わってこない。

  • 三浦

    第三者視点にすると、どうしてもドラマティックさがやや弱くなりますよね。それに、王妃の描き方自体、ちょっと人形っぽくなってしまっている。化粧師の一人称だから、あまり王妃について饒舌に語らせることができないので、こう書くしかなかったというのはわかるのですが、多少残念さは感じますね。

  • 編集C

    まだ「王妃」になっていないのに、「王妃様」という呼称で話が進んでいくのにも、ちょっと違和感がありました。

  • 三浦

    あと、王妃の親族関係は、もう少し早い段階で明確に説明しておいてほしい。「王妃は先々代の孫」であるなら、普通、「王妃の父が先代の王なのかな」と読者は思いますよね。さらに、「夫となる新しい王は、先代の王を戦で倒して王位についた」と書かれているので、「この王妃は、自分の父親を殺した男の妃になるんだな」と、読者は当然思ってしまいます。

  • 編集E

    このあたりの説明に関しては、もうちょっと気をつけてほしかったですね。

  • 三浦

    王妃が、父親の従兄弟である先代の王を、どうして好きになったのかもよくわからないです。

  • 編集D

    悪名高い人物で、国民すべてから嫌われていたように書かれていますね。

  • 三浦

    でも王妃は、「世間が話していることは偽り」「根も葉もない噂」だと言っています。「先々代の葬儀で慰めてもらった」「娘のように可愛がってもらった」と。

  • 編集E

    他の人にとっては「ひどい人」だったけど、王妃にだけ優しかったということでしょうか?

  • 編集A

    あるいは、誰かの奸計で悪評を立てられていたのかな。その辺りも、よくわからないですね。

  • 編集F

    先代の王が本当はどういう人物であったのか、ちゃんと書いておいてほしかったですね。そこがわからないと、愛する人を殺した男に嫁ぐ王妃の辛い心情が、今ひとつ胸に迫ってこない。

  • 編集D

    王妃と先代の王との心の交流は、具体的なエピソードとして描写する必要があったと思います。そうすれば読者としても、ずっと共感できたのに。

  • 編集F

    枚数にはまだ五枚も余裕がある。それだけあれば、いろいろ書けたはずです。王妃は未だに、こんなにも先代の王を愛しているのですから、そこに至るまでの具体的なエピソードはぜひほしかった。残念です。

  • 編集C

    ただ、「王妃は先代の王を愛していた」と言うには、ちょっと全体に、ロマンス感が足りないように思います。設定や話の詰め方も、かなり甘いように感じる。

  • 編集G

    「国」とか「王族」とかの描き方が、全体にぼんやりしているよね。童話っぽい感じというか。実感を伴って読者に迫ってくるようには、まだ描けていない。話の中心の「化粧」についても、「それぞれの場にふさわしいお化粧を考え、提案した」、とはあるけど、具体的にどういうふうに化粧を施したのか、ほとんど描写されていない。

  • 三浦

    そうですね。化粧道具とか、化粧品の容器とか、身分の高い人用のものであれば、きっと色とりどりで美しいものがそろっていたはず。そういうものに関する描写がもっとあれば、読者も読んでいてときめきますよね。加えて、ドレスはこうで髪形はこうで、それに合わせて化粧はこんな感じで……みたいなことが具体的に描かれていれば、すごく華やかにもなります。読者に「すてき!」と思わせる描写を、もうちょっと盛り込めばよかったのにと思いますね。

  • 編集E

    せっかく、「紅ひとつ取ってみても、使い方によってさまざまなお顔をつくれる」と書いているのですから、いったいどんなふうに使い分けるのか、具体的に描いてみせてほしかったですね。

  • 三浦

    でもこの作品は、「化粧とは何なのか」ということを考えさせられる小説にもなっていて、私はすごくいいなと思いました。美しく化粧することで心が晴れることもあれば、本心を偽る仮面として機能することもある。泣きたい気持ちを覆い隠して、無理やり幸せそうに微笑むために化粧する王妃の姿には、痛ましいものがありました。抑制された一人称の語り口がすごくいいし、文章もうまいと思う。化粧師という目の付け所もよかったです。ただ、ラストの一文は、どうにも引っかかります。

  • 編集E

    それはもう、よくわかります(笑)。

  • 三浦

    一人称の小説で、「私とあなただけの秘密にしておいてくださいね」と読者に語りかけてしまうと、「どうしてこの化粧師は、私たち読者に、こんな重大な秘密を打ち明けてしまうのか?」と思えてしまう。こういう書き方をするなら、「理由」が必要です。「これこれこういう理由があって、長い間秘めてきた物語を、今、皆様に明かすのです」ということにしないと。

  • 編集H

    そうですね。それがないと、せっかく今まで秘密を守ってきたのに、とうとう口を滑らせてしまったみたいな感じになりますよね(笑)。

  • 三浦

    一人称の落とし穴なんです。十分に注意してほしいですね。

  • 編集E

    作品の中に、「読者」の存在を明確に登場させてしまったのは、よくなかったですね。語り手本人の中で完結させるやり方だったらどうでしょう? 「だから私は、この秘密を永遠に守っていくのです。」みたいな。

  • 三浦

    ええ。それならほぼ問題はないでしょう。もちろんそれでも、「その秘密を、私たちはなぜ読めているんだろう?」という疑問がまったく湧かないわけではないですが、一応は、「小説のお約束」の範囲内に収まっていると思います。

  • 編集E

    全体的な評価は高いのですが、改善点もいろいろある。でも、なんといってもこの作品は「絵になる話」ですよね。

  • 三浦

    私はこの話、長編で読みたいなと思いました。すごくいいネタがいろいろ詰まっていて、短編にしておくのは惜しいと思う。たとえば、戴冠式と結婚式を終え、正式な夫婦になった王と王妃の物語を、長編で書けそうです。二人は政略結婚ではあるけれど、年月を重ねるうちに、真に心を通わせるようになる。でも、そうなるまでには、いろいろなドラマがあるはずです。王妃は、「王様は私のことなんて、好きでもなんでもない。国のために結婚しただけなんだわ」と思っていて、王は王で、「王妃は先代の王のことが好きだった。その人を殺した私を、本心では恨んでいるに違いない」と思っているはず。互いに密かに恋心を抱き始めたとしても、素直に表には出せなくて、心はすれ違うばかり、なんてこともあるでしょう。すごくおいしい設定だし、とてもドラマティックな物語になるだろうと思います。本当は愛し合っているのに、本人たちはそうとは知らなくて、互いに切ない片想いをしている「両片想い」という話に、私、すごく弱いんです。こうして想像しただけでも、読みたくなってきます(笑)。

  • 編集D

    確かに、その設定はとても魅力的ですね。ドラマティックであるというのは、小説としてとても重要です。今回の作品だけで見れば、盛り上がりにやや欠ける面があるのですが、物語の背景を読者に想像させるような世界観は作れているのかなと思います。

  • 編集E

    読者の想像を喚起することができるというのは、とてもいいことですよね。

  • 三浦

    最終的に二人が「本当の両想い」となったので、「もうそろそろ、皆さまにお話ししてもいいかなと思いました」ということであれば、なぜ化粧師がこの秘密のロマンスを明かすのかについても説明がつきます。ただ、「化粧師の一人語り」形式では、長編はちょっと書きにくいかもしれない。その場合は、三人称にしてもいいでしょう。化粧師は、王妃の一番の相談役としてそばに仕え、ロマンティックな化粧で読者をうっとりさせながら、王と王妃の恋愛の行方を見守る役になればいい。形だけはすでに夫婦となっている二人が、そこから改めて互いに恋をし、すれ違いながらも真実の愛を育んでいく様子を、華やかな宮廷生活を交えながら、ぜひ書いてみてほしいですね。期待して待っています。

関連サイト

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