かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

変身

山野ねこ

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  • 編集C

    「ある朝、見合い相手が私の寝床で犬になっていて……」という冒頭部分には興味を引かれたし、途中まではすごく期待しながら読み進むことができました。でも、ラストでオチがついていなくて、すごく残念。

  • 編集B

    同感です。最後があまりにも投げっぱなし。僕も途中までは興味を持って読んでいたので、この終わり方にはがっかりしてしまいました。

  • 編集G

    いくらなんでも、もうちょっと話を練る必要があるよね。

  • 編集B

    いろいろ計算した上で、わざと真相を明かさない展開にするのならいいのですが、現状では何の説明もできていないまま終わってしまっている。ただ、文章はけっこうすんなり読めました。

  • 編集H

    文章そのものは読みやすかった。でも、時代感がないんだよね。

  • 編集D

    冒頭を読み始めたときは、ほとんど無意識に「現代の話だな」と思っていました。ところがその後、「戦争が終わったごたごたで」とか「中国に出征していた兄が日本に戻ってくる」とか書いてあって。

  • 三浦

    「終戦直後の話だったのか」と急に分かって、びっくりしますよね。

  • 編集F

    その時代の雰囲気というものが、まったく出ていないですね。

  • 三浦

    はい。みんな呑気に暮らしている感じで、敗戦による切迫感や緊迫感というものがない。三千子さんと坂本さんが、デートのとき、「銀座のカフェーで珈琲を飲んだ」りしていますが、「銀座のカフェー」は空襲に遭ったりしていないのかな? コーヒーも、まだ輸入が再開していなくて、「代用珈琲」だったと思います。お見合いしてたった一週間の間に、何度も二人きりでデートするとか、レストランへ食事に立ち寄ったら友人がワインボトルを差し入れてくれたとか、終戦直後という状況や時代を考えると、ちょっとあり得ないのではないかなと感じます。

  • 編集D

    いろいろな価値観も、ほとんど現代の感覚ですよね。

  • 編集H

    男女関係とかもね。

  • 編集C

    デートに出かけた娘を一人だけ残して、家族全員で泊まりがけの旅行に出かけるなんて、おかしな話だよね。だいたい終戦直後に、女の人が会社で働いているというのも考えにくい。しかも、裕福で格のあるお家のお嬢様だというのに。どうにも不自然なところがいろいろあります。

  • 編集F

    冒頭部で三千子さんが、「あれ、犬なんか部屋に入れたっけな」、なんて思っていますが、昔のお嬢様の口調としては、これもふさわしくない。

  • 三浦

    もっとエレガントさが欲しかったですね。

  • 編集C

    あと、この話は、前半と後半で主人公が違います。前半は、二十代で戦後を迎えた三千子さんの語り。そして後半は、九十歳になった三千子さんの、妹の孫である「あたし」の語り。時代が、戦後から現代へと移っている。でも、三千子さんの語り口と、現代に生きる「あたし」の語り口に、ほとんど差が感じられない。

  • 三浦

    そうですね。やはりここは、時代感を出すために、前半の文章の語り口を変えるべきでしょうね。また、時系列の視点のブレも気になりました。「昔はお金がなければ選挙権を得られなかったのだ」とか「当時としては超が百個はつくほどのエリートだ」なんてところは、明らかに三千子さんの語りではありませんよね。こういうあたりはもうちょっと気をつけてほしい。それと、三千子さんの孫世代にあたる現代の「あたし」が、大学卒業前の学生であるというのも、ちょっと引っかかりました。年代が、微妙に合っていない気がします。

  • 編集C

    「大学を卒業したら結婚する」予定の「あたし」と三千子さんには、およそ七十歳もの年齢の開きがあることになる。おそらく作者は、「何十年もの時の流れ」を表現しようとして、「戦後と現代」というわかりやすい対比を、つい持ってきてしまったんじゃないかな。この話自体には、「終戦直後」という要素は特に必要ないですからね。むし前半部は、「昭和三十年代」くらいの設定にしていれば違和感はなかったのにと思います。

  • 編集D

    でも、今の段階で、この作者に昭和三十年代の空気感を小説内で描写しろというは、難しい要求じゃないかな。現状では、「終戦直後」の時代考証すら、ほとんどできていないわけですから。

  • 編集C

    そういえば、三千子さんと坂本さんはカフカの『変身』を読破済みらしいですが、終戦直後って、日本語訳が既に出版されていたんだろうか? 一般の人が『変身』を読めるのは、もう少し後の事じゃないかな。

  • 編集D

    その辺りに関しても、作者がちゃんと調べた上でこの作品を書いているようには感じられないです。

  • 三浦

    やっぱり、小説を書く際には、もう少しきちんと下調べしてほしいですね。その時代の人が、どういうふうに物事を考え、感じるのか、どういう価値観だったのかということを、さりげなく今の読者に伝えるのは、とても大事なことです。今の書き方では、いくら「終戦直後の話」だと言われても、現代の話としてしか読者は読めない。

  • 編集D

    どうしても、この話の中にすんなり入っていけないですよね。

  • 三浦

    はい。もったいないと思います。せっかく何か思いついても、それを存分に活かして作品を作れていないことになる。もっといろいろ調べ、展開や構成を練りに練った上で、丁寧に作品を書いてほしい。それができていないということは、作者自身がこの話にのめり込めていないということで、そこも非常にもったいないです。

  • 編集G

    ただ、たとえ時代考証がきっちりしていたとしても、そもそも「どうして人が犬に変身するの?」ということが、私は一番引っかかるのですが。

  • 編集F

    まあ、犬と仲よく暮らすって、なんとなく素敵な感じだから。

  • 三浦

    その割に、犬との暮らしぶりが全く描かれていないですよね。

  • 編集F

    確かに。ここももったいないですよね。犬とどんなふうに暮らしたのかを、もっと描けばよかったのに。

  • 三浦

    顔をペロペロ舐められて、「やだぁー」と言いながらはしゃぐとかね(笑)。犬とのラブラブ描写を入れるだけでも、作品の雰囲気はぐっと良くなったはずなのに。

  • 編集H

    え? 僕はこれ、ホラーかと思って読みましたが。だって、ラストで「あたし」の彼も犬になっちゃってるし。何かの呪いかと。

  • 編集C

    いや、作者は一応、純愛を書きたかったんだと思いますけど。

  • 編集F

    犬と添い遂げてるわけですからね。純愛でしょう。

  • 編集G

    でも、坂本さんと三千子さんの間に深い愛が芽生えていたようには、到底思えない。そんな描写も全くないですし。なぜ三千子さんが犬と添い遂げることを選んだのか、さっぱりわからなかった。

  • 編集C

    加えて、なぜ今になって「あたし」が同じ目に遭うのかも、理由がわからない。痣がどうこうという描写があるので、『八犬伝』みたいな因縁があるのかなと、ほのかに推測はできるんですが……。

  • 編集F

    せめて、三千子さんと「あたし」の間に、何か明確な共通点でもあればよかったのにね。それと三千子さんは、坂本さんが犬になったことを、最終的には案外あっさり受け入れてますよね。

  • 編集C

    そもそも、「もしかして……」と思った時点で、「あなた、坂本さん?」って犬に聞いてみたらいいのに(笑)。普通、それぐらいするよね。その後も、「どうしてこんなことに……!?」と取り乱したり、彼を人間の姿に戻す方法を必死に模索したりしている様子はない。

  • 編集F

    そういうことが全くないまま、ただ「添い遂げた」ということにされても、話として盛り上がらない。

  • 編集D

    作者がまだ、キャラクターの内面に入り込むところまでは到達していない感じですよね。犬になった坂本さんの気持ちなども、まったく描かれていませんし。

  • 三浦

    『変身』というタイトルもよくないと思います。あまりにも有名な小説と同じにするのは避けるべきだし、何より今回の作品は、「人が何かに変身する」ということに主眼のある話では全くないですし。

  • 編集H

    カフカの『変身』は、本人や家族の苦悩とか、その後の生活や心情の変化などを描いている話だけど、この作品には、そういうことはほとんど描かれていない。むしろそういう部分をこそ、もうちょっと深めてほしかったよね。実際に「何かに変身して暮らす」のがどういうことなのかについて、作者はまだ思い至れていない。あんまり登場人物の身になってあげていないというか。

  • 編集D

    全体的に、キャラクターへの思い入れが足りないなと感じます。

  • 編集B

    「人間が犬に変身する」というアイディアをただ入れただけの作品になってしまっていて、何が書きたい話なのかが全く伝わってこなかった。

  • 三浦

    小説の型というものを、まだよくわかっていないのかなと思います。例えばホラー小説なら、「ホラーの型」というものがまずあって、ある程度それに沿って話は展開していく。そもそも人間の感情の動きにさえ、ある程度の型はあります。だからこそ、共感も生まれるわけですからね。そういう物語論とかを、もう少し勉強してみた方がいいかなと思います。解説本もいろいろあるだろうし、読んだ小説を自分で分析してみてもいい。お話がどう展開すると、登場人物や読者の心がどう動くのか、どこでどう盛り上げると効果的かというようなことを、ある程度理論化して身につけることは、物語作りの基礎体力として必要です。これはそんなに難しいことでもないので、この作者さんなら、コツさえつかめば、アイディアを活かしつつ、うまく書けるようになるんじゃないかなという気がします。

  • 編集D

    何作も投稿してくださっている、元気のいい書き手さんです。ただ、もう少し落ち着いて、一作一作にじっくり取り組んでほしい。せっかく創作への熱意があるのですから、それを量産ではなく、クオリティのアップに向けて、がんばってほしいですね。

関連サイト

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