かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

おかえり、あっちゃん

藤村知郷

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  • 編集G

    とても読みやすい作品でした。主人公たちは、辛い目に遭っている高校生です。あっちゃんは母親の恋人に乱暴されそうになるし、主人公の「僕」は、「あっちゃんが傷ついたこと」に傷ついています。でも彼らは、互いを心の支えにして、辛い経験を少しずつ乗り越えようとしている。手を取り合って未来へと歩き出す二人の姿が描かれているラストシーンは、とてもよかったなと思いました。青春小説っぽい瑞々しさがありますよね。

  • 編集D

    僕もイチ推しにしました。あっちゃんと「僕」が、互いに強く求め合っている、必要とし合っているということが、よく描けていたと思います。二人の関係性が、話の中でいったん変化して戻る、というのもよかった。「僕」は幼少時にあっちゃんに助けられ、以来、姉と弟のような位置関係で二人は安定していました。それが、あっちゃんが家庭の事情で傷ついて弱ってしまったのをきっかけに、今度は「僕」の方が彼女を支えようと決意します。でもラストではまた、彼女の方がちょっとリードし始め、主人公はそんな状況に安堵を覚えている。二人にとっては、そういう位置関係が自然だということなのでしょうね。

  • 編集E

    私はどうにも、この話に入り込めなかった。「あっちゃんが女の子だということを、どうして隠すんだろう?」と思えてしまって。そんなことをしても、あまり意味はないですよね。「女の子だろうな」というのは予想がつくので、特に驚きもないですし。性別を隠している割に、性絡みの事件が起きている。とても不可解に思います。

  • 三浦

    これ、女の子だってこと、隠していますか?

  • 編集A

    隠しているように感じましたね。「僕」をからかった子については、「同級生の女の子」だとちゃんと書いているのに、「あっちゃん」に関しては何もないので。私も「女の子だろうな」とは思いましたが、明確にされていないので気になった。母親の恋人に性的虐待されそうになったというくだりを読んで、「やはり女の子だったのね」と思うのが、十五枚目。言葉ではっきり「女の子」と出てくるのが、二十二枚目。性別を明かすのがここまで遅いのは、何らかの意図があるのかなと思ったのですが。

  • 編集F

    僕は最初から普通に、あっちゃんは女の子だと思って読みました。特に違和感はなかったですね。

  • 編集B

    私もです。

  • 編集A

    登場場面で「あんたもおとこなら~」という台詞がありますから、女の子かなという気はしたんです。でも、「(あっちゃんは)僕にとってのヒーローそのもの」ともあるので、男の子の可能性もあるのかなと。

  • 三浦

    ここでの「ヒーロー」という言葉には、性別の意味合いは含まれていないと思いました。子供のときって、性別なんてあまり気に留めてないですよね。「僕」にとってあっちゃんは、いじめられているところを助けてくれた、かっこいい憧れの人なんです。男とか女とか関係なく、すごく大切な存在だった。私自身は、作者があっちゃんの性別を意図的に隠しているようには、感じなかったですね。

  • 編集F

    単純に、作者の書き忘れじゃないでしょうか。作者にとっては、あっちゃんが女の子なのは当たり前のことなので、「性別をはっきり書いておこう」なんて思いもしなかったのではないかと。もし本当に隠そうという意図があったなら、あっちゃんに自分のことを「ボク」と言わせるなどして、もっとミスリードさせたはずでしょうし。

  • 編集E

    そうか……ちょっと深読みしすぎでしたね。でも、同じような誤解をする読者はきっといると思うので、書き方にはちょっと気をつけてほしいです。

  • 三浦

    なるほど。単に最初に、「あっちゃんは女の子」だと、明確に書いておけばよかったということですね。「女の子だけど、僕にとってはすごいヒーローなんだ」って。それなら、何の問題もなかった。

  • 編集A

    些細なミスひとつで、書き手の描きたいことが読者に伝わらなかったりするのは、非常に損ですよね。十分気をつけてほしい。

  • 三浦

    ところで、本文の一行目が「おかえり、あっちゃん」で始まりますが、これはタイトルなんですよね? 実は私、かなり長い間、「この台詞を言った人は誰なんだろう?」という疑問を抱えながら読んでいました。

  • 編集F

    こういう書き方、投稿作では時々見かけます。こういうのも誤解を招くので、注意した方がいい。

  • 三浦

    それから、弁護士の瞳子先生が出てくるのが、ちょっと遅すぎると思いますね。冒頭に、ほんの数行でもいいから、瞳子先生からメールが来るシーンを入れておいたらどうでしょう。主人公は返事を打って、携帯電話をポケットにしまい、窓の外を見る。それから、「駅前から乗ったバスは~」と語り始める方がいいと思います。けっこう重要なキャラなのに、終盤になって急に登場してきたように見えてしまいますから。

  • 編集F

    あっちゃんを迎えに行くバスの中で、主人公がこれまでの経緯を回想する、という構成ですよね。とすると、三枚目の「僕には、生まれた時から声帯に異常がある。」というのは、「あった」でないとおかしいですね。今はもう、治っているのですから。

  • 編集G

    加えて、十四枚目の、「でも、と言う言葉は喉の奥でとどまった」のところもおかしいと思います。このときの主人公はまだ、喋りたくても声が出せない状態なのですから。

  • 編集A

    主人公は喉の手術をして喋れるようになったわけだけど……これに関しては、いろいろ引っかかるものがありました。長年「喋れない」状態で暮らしてきた割に、手術をしたら、あっさり普通に喋れるようになっている。こんな簡単なものなら、どうして今まで手術を受けなかったの?

  • 三浦

    もしかしたら、ある程度身体が成長するまでは手術を受けられないとか、事情があったのかもしれませんね。でも、そうならそうと、さりげなく説明したほうがよかったような気がします。

  • 編集C

    この、「手術をして喋れるようになりました」というエピソードの扱いがひどく軽いのが、どうにも気になる。十何年もずっと、声を出したことすらなかったのに、手術していきなり明快に喋れるようになるなんてことは、ありえないと思う。相当辛いリハビリが必要になるはずだよね。

  • 編集A

    なんとか喋れるようになっても、ガサガサした声しか出ないとか、たどたどしい喋り方になるとかするんじゃないかな。少なくとも、ラストシーンの主人公みたいに流ちょうには喋れないと思う。

  • 編集F

    あっちゃんは非常に辛い目に遭った上に、刑罰を受けて、矯正施設のようなところに入れられていたんですよね。それに対して主人公の方は、喉の手術を受けただけ。それも、「もし失敗しても、今まで通り喋れないだけ」で、失うものは何もなかったわけです。結果的に手術は成功して、彼は喋れるようになった。彼にとって手術は、むしろとてもラッキーな出来事だったと言えます。これでは、彼の「おかえり」の一言に、重みがまったくない。あっちゃんだけでなく、主人公もまた辛い思いをしながら頑張って、その上で二人が再会し共に生きていくということなら、ラストの感動がもっとずっと盛り上がったと思うのですが。

  • 編集C

    ものすごくリスクの高い手術だったとか、血を吐く思いで過酷なリハビリを乗り越えたとか、そういう「主人公も頑張ったんだな」と思えるエピソードが欲しかったよね。

  • 編集E

    「僕」が主人公なのに、「僕の物語」になっていませんよね。本来なら、「僕」がどんなふうに悩んだり苦しんだりしながら、どう行動したのかということが描かれるべきだと思う。現状では、「僕の話」ではなく、「傷ついたあっちゃんが救済される話」に終始していますし、それもなんだか、あっさり救われているように見えて、やや陳腐に感じられました。

  • 三浦

    あっちゃんや主人公がどれだけ苦悩したかということを、作者がまだ、本当には思いやれていない感じですね。本来なら、作者が一番に、彼らの痛みや苦しみを感受して書く必要があるのですが。

  • 編集E

    二人がどれほど辛い思いを抱えながら、それでも立ち直ろうと頑張ったのかということが、作品から充分伝わってこないですよね。そこがすごく残念です。

  • 三浦

    ところであっちゃんが入れられていたのは、少年院と思っていいのでしょうか?

  • 編集A

    うーん、はっきりしたことはわからないですね。この辺りは、調べた上でちゃんと書いておいてほしいです。

  • 三浦

    「しばらくの間、罪を償う場所に行くことになった」とありますが、この「罪」というのは、「万引きと無賃乗車」のことですよね?

  • 編集A

    そうでしょうね。母親の恋人を包丁で刺したことは正当防衛だと認められたわけですから。

  • 三浦

    万引きと無賃乗車で、高校生が矯正施設送りになるって……あまりに刑が重すぎませんか?

  • 編集C

    ちょっと考えられないです。罰を受けたとしても、せいぜい保護観察くらいじゃないかな。未成年だし。

  • 三浦

    あっちゃんは日々、性的虐待の危険にさらされていたわけですから、安心して暮らせるような家庭ではなかったでしょう。もしかすると、食事も満足に与えられなかったのかもしれない。万引きの原因はその辺りにあるのでしょうし、ましてや、緊急避難のために無賃乗車したことなど、ほとんど罪には問われないと思います。人を刺したことすら「正当防衛」と認められたのですから、それに関連する軽犯罪は、充分情状酌量の対象になりえるでしょう。なのに作者はなぜかそれを、「到底赦されるものではなかった」と書いている。しかも、その罪を償わせるために、あっちゃんを矯正施設にまで入れている。ここがどうにも納得できませんでした。

  • 編集A

    しかも、短期間じゃないみたいですよね。主人公と手紙のやり取りを繰り返したり、弁護士と定期的に面会したりしている。一~二年は入っていたように思えます。これについても記述がないので、はっきりはしませんが。とにかく、万引きと無賃乗車でここまで重い刑を科せられるなんて、ちょっとありえないと思う。この量刑の妥当性には、かなりの疑問を感じました。この辺りも、もう少しよく調べてから書いてほしいですね。

  • 三浦

    あと、二十一枚目で主人公が、「あっちゃんを迎えに行くために僕が学校をサボるのを、両親や瞳子先生は止めなかった」ことについて、「大人としてどうなんだろう」と思っていますが、私はここもすごく引っかかりました。「僕」にとってあっちゃんは、ものすごく大切な人ですよね。幼いころからのヒーローで、幼馴染として一緒に大きくなった。あっちゃんにとっても主人公は、緊急の際に真っ先に助けを求める相手だったわけです。その辺りのことは、周囲の大人たちもよくわかっている。だったら、あっちゃんがいよいよ出所するという大事な日に、「僕」が一日学校を休むことくらい、誰も反対するわけがない。

  • 編集E

    両親は理解のある人たちのようですから、むしろ快く送り出してくれそうですよね。

  • 三浦

    ええ。なのに主人公は、「子供が学校をサボることを簡単に許すなんて、大人としてどうなのかなあ」みたいなことを思っている。どうしてそんなことを思うのかな? 傷ついた上に、罰まで受けているあっちゃんが、ようやく外の世界に出てくる特別な日なんですよ? こんな重要な日に、主人公はなぜ、「学校を休むのは、本当はよくないことなんだけど……」なんて考えたりしてるの?

  • 編集A

    なんだか、小学生向けの標語に従っているみたいですね。「毎日きちんと学校へ行きましょう」「サボったりしてはいけません」、みたいな(笑)。

  • 三浦

    ここはちょっと、言い訳めいているように思えます。「僕」ではなく作者が、「学校をサボるのがいけないということは、ちゃんとわかっていますよ」と読者に言っているように感じられてしまうんです。でも、そういうのは小説には必要ありません。道徳の教科書ではないのですから。今の書き方では、主人公がどこまで本気であっちゃんを心配しているのか、疑問に思えてしまいます。

  • 編集E

    本当なら、「僕」はあっちゃんのことで頭がいっぱいで、学校のことになんて気が回らないはずですよね。

  • 三浦

    ここでもまた、作者が登場人物の内面に、深く思いを致していないように思えます。もっともっと登場人物の身になって、彼らになりきって、「そのとき彼らがどう思ったのか、どう感じたのか」を描いてほしい。物語の作者であるなら、登場人物一人一人の心情や感覚を、まるで自分のことのように体感し、把握していてほしいです。こういう「なりきり力」とか「憑依力」は、小説を書く上で非常に重要だと思います。

  • 編集B

    大事ですね、「なりきり力」。どうしたら身につけられるでしょう?

  • 三浦

    これはもう、渾身で想像するしかないと思いますね。この作品であれば、もし自分があっちゃんだったら、もし「僕」だったらどう感じるか、何を思うのかということを、精一杯想像してみてください。加えて、渾身で想像するためには、自分が生みだした登場人物に、もっと愛着と愛情を持ってもらいたいですね。今はまだどこか他人事というか、熱量が低いように感じられます。

  • 編集C

    もったいないよね。これ、書きようによっては、すごく感動的な話に仕上げることもできたと思うのに。

  • 編集E

    話の造り自体は、ちゃんとしていますよね。常連投稿者さんですし、作品は作り慣れている感じ。

  • 三浦

    そうですね。描写も丁寧ですし、エピソードを積み重ねて話を進めているところにも、ちゃんと小説を書こうという姿勢が窺えて、すごくいいなと思いました。ただもうちょっと切実さとか、ヒリつく感じなどがあれば、もっとずっと読者がのめり込んで読める作品になったのにと思えて、残念でした。作者ご自身がもっと熱くのめり込みながら、書いてみていただきたいですね。次回作をまた拝読したいなと思いました。

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