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選評付き 短編小説新人賞 選評

お人形ごっこ

安納未知

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  • 編集A

    これ……ホラーなんでしょうか?

  • 編集B

    怖くないよね(笑)。

  • 編集A

    ラストの一文を読んで、一瞬ゾクッとするんだけど、「ん? 待てよ」と。よく考えてみると、「いやいや、べつに何も怖くないぞ」と(笑)。

  • 三浦

    はい(笑)。でもこの、ホラーなのか、心あたたまる系なのかよくわからない塩梅のオチが、私はなんだか、すごくいいなと思いました。

  • 編集A

    はい。ものすごく消化不良なラストなんだけど、いい感じの消化不良になっている。変な言い方ですが(笑)。ラストを読んだ読者は、一様にハッとすると思うんだけど、すぐまた「いや、ハッとする必要、べつになかったよな」と、我に返らされる。この辺りの間合いは、絶妙ですよね。

  • 三浦

    ラストへ来るまでの間も、「どういうことなんだろう? いったい何が起こっているんだろう?」と、読者を楽しませていますよね。その上でさらに、ラストのオチまで用意されている。最後の一文でどんでん返しをされるのも、意表を突かれますよね。話の造り方が、非常に上手いなと思いました。それに、全体に、何とも言えないユーモアがありますよね。

  • 編集B

    私、「…………メリーさんったら、ずいぶんと各地を満喫しているじゃない」っていうところ、何度読み返しても笑えます(笑)。

  • 三浦

    面白いですよね(笑)。

  • 編集B

    謎めいた電話が繰り返しかかってくるというのは、定番のホラー要素なんですが、なぜか電話の相手はどんどん遠ざかっていく。都市伝説の「メリーさん」は、だんだん近づいてくるからこそ怖いのに、まさかの「遠ざかる」展開。ホラーっぽい雰囲気は確かにあるのに、「あれ? よく考えたら怖くない」と思うことばかりで、肩透かしな感じなんだけど、それが妙におかしい(笑)。

  • 編集C

    呪いの人形ではなかったわけだね。メリーさん、調子よく、観光地巡りを楽しんでいる(笑)。

  • 編集A

    「とうとう九州入りしてたよ」なんて台詞も、笑えますね。

  • 編集B

    中盤では、すでに沖縄にまで到達している。きっとその後は、ハワイにでも渡るに違いない(笑)。次は国際電話がかかってくるんでしょうね。

  • 編集D

    え? これ、電話をかけていたのは、友人のまつりじゃないんですか?

  • 編集B

    いや、メリーさんでしょう。だって、ラストで箱が空っぽだったんだから、「実はほんとに、人形のメリーさんが電話をかけてました」ってオチじゃない?

  • 編集A

    メリーさん、人形ですから、実際の電話はかけられないのでは?

  • 三浦

    いえ、主人公のスマホに「公衆電話」と表示が出る以上、本物の電話がかかってきているのだと思います。

  • 編集B

    だから、メリーさんが旅先からかけてる、ってことだよね。

  • 編集D

    でも、二十一枚目に、「怪電話の犯人がまつりだということには、最初から気が付いていた。」「(その動機も)ついに、本人の口から聞くことができた。」と書いてありますよね。だから、まつりが公衆電話からかけているのかなと……

  • 編集B

    いや、これは、主人公がそう思い込んでるだけだよね。

  • 三浦

    そうですね。「メリーさんの電話」のことを話題に出して探りを入れたら、まつりが「持ち主だったあなたを安心させたくて、電話してきてるんじゃない?」みたいなことを口にしたので、「ああ、やっぱり」と、勝手に納得したんでしょうね。「つい本音を漏らしたな。やっぱりまつりが犯人なんだな」と。

  • 編集E

    まつりは単に、思ったことを言っただけ。それを、主人公が誤解してるだけ、というカラクリですよね。

  • 三浦

    二十二枚目のところで、「安心させてあげたくて」というまつりの過去の台詞を、そのままのかぎカッコ(「」)ではなく、ダーシ(――)に続ける形で表記していますよね。これは、主人公が頭の中で思い浮かべているだけである、ということを表しているのだと思います。つまり、まつりが実際に「電話をかけていたのは私です」と白状している場面は、どこにも出てきませんよね。「犯人=まつり」というのは、主人公の一人合点だったわけです。

  • 編集D

    なるほど。言われてみれば、そうですね。

  • 編集B

    でも、確かにちょっと、わかりにくい書き方ではあるよね。

  • 三浦

    文章面に関しては、まだ練れていないというか、書き方があまりうまくいってないところがいろいろ目につきました。何といっても、時系列の処理がうまくないですね。その一番の原因は、「三行空き」だと思います。同じ場面なのに、なぜか三行空きを入れて、区切っているところがいくつもありますね。こういう書き方はやめたほうがいいと思います。ちょっと一息入れようとか、ちょっと経緯の説明を挟んでおこうというような感じで行を空けているように思えますが、こういうやり方はよくないと思う。「新しい場面に変わったのかな?」と思いながら読んでいると、何ページも前の場面の続きだったりして、読者は混乱してしまいます。全体に、時系列が行ったり来たりしている印象で、物語の流れを把握しづらい。行空きを使ったりせず、描写の仕方で工夫してほしかったですね。

  • 編集A

    行空きで一呼吸入れながら書き進めるというのは、WEB小説などでよく見られる書き方ですよね。そのあたりからの影響もあるのかもしれません。

  • 編集E

    作品全体の構成とか、話の流れなどを考慮することなく、思いつくままに書けますからね。

  • 三浦

    簡単で便利な書き方なのかもしれませんが、わかりにくくて、読者に対しては不親切ですね。それに、こういう書き方を続けていると、いつまでも描写力が身につきません。長編作品を仕上げることも難しくなってくると思います。行空きに頼らず、描写でうまくつないでいく訓練をしてほしいですね。また、空けるにしても、一行空きにするのが基本です。三行は多すぎます。そもそも、場面転換したときは必ず行を空ける、というものでもないです。場面が変わろうと、時間が経過しようと、続けて書いて問題ない場合も多い。むしろ行空きは、場面転換をよほど明確に示したいときや、はっきりとした区切りをつけたいとき以外は、あまり使わないほうがいいでしょう。多用するのは避けるべきです。使い過ぎると効果が薄れてしまいますから、ここぞというところだけに使うこと。これはもう、小説を書く上でのお約束のようなものだと思ってもらいたいですね。

  • 編集B

    この作品、すべての三行空きを一行空きに直したら、実は規定枚数に届いていないんですよね。そこも気になるところです。基本的に、行空きは一行で、ということでお願いします。

  • 三浦

    それと、これも時系列に関わることなのですが、十三枚目の一行目に、「まつりの言ったとおり、今日も怪電話がかかってきた。」とありますね。そして十五枚目にも、「わたしは今日の昼休みのことを思い出す。」とあるのですが、この二つの「今日」は、まったく違う日のことですよね。もちろん、一人称小説ですから、日にちがいつだろうと「現在」を「今日」と言っても間違いではないのですが、読者にとってはわかりにくい。特にこの作品では、主人公とまつりが一緒に昼食をとっている場面が何度も出てくるので、時間や日数の経過を読者がつかみづらいです。「この場面はいつのことなのか」というのを、もう少し読者に正確に伝える工夫が必要だと思います。

  • 編集E

    読者が理解しやすいよう、作者側が配慮することは、非常に重要ですよね。

  • 三浦

    はい。あと、七枚目に、「甲高い声は、正体を隠すためか、人形らしさを出すためか。」とありますが、これは明らかにうまくないですね。というのも、「メリーさん」が「人形」だというのは、それ以前の部分には書かれていないですから。

  • 編集B

    そうですね。五枚目で「都市伝説〈メリーさんの電話〉」の内容を説明している箇所にも、「人形」という言葉は出てきていない。〈メリーさんの電話〉という都市伝説を知らない読者にしてみれば、メリーさんが人形だとは思いもつかないですよね。

  • 三浦

    なのにいきなり、「人形らしさを出すためか」と書かれても、読者としては、「なぜここに、『人形』なんて言葉が出てくるの?」と、不可解に思います。「主人公が母親からもらった人形の名前が、メリーさんである」ということがようやくわかるのは、さらに後のことですから、ここはちょっと勇み足というか、まだ伏せておくべき情報をうっかり漏らしてしまっていると思います。こういうのは注意してほしいです。

  • 編集B

    〈メリーさんの都市伝説〉は有名だから、みんな知っているだろう……と思って、作者はつい「都市伝説のメリーさんは人形である」ということを書き忘れてしまったのかもしれませんが、こういう辺りも、読者への配慮が足りないように感じられますね。

  • 三浦

    それに、主人公の持っている人形の名前を「メリーさん」にするのも避けたほうがいいと思います。有名な都市伝説の人形の名前と全く同じでは、あまりにも狙い過ぎというか、作為がありすぎるように感じられてしまう。

  • 編集B

    いかにも「作った話」という印象になるよね。

  • 編集E

    実際にある都市伝説と世界観が混ざるから、紛らわしいですしね。

  • 三浦

    はい。九枚目で、まつりが「ええ。メリーさんのことでしょう」と言っていますよね。でも、それ以前のところで散々「メリーさん」について話をしているのに、その後に「覚えてる?」「ええ、メリーさんでしょう」なんて会話が来るのは変です。読者は一瞬、「?」となりますよね。やはり人形の名前は、都市伝説とは違うものにすべきだったと思います。あと、まつりの口調があまりに硬すぎるのも気になりますね。

  • 編集A

    ものすごいお嬢様口調ですよね。

  • 編集D

    キャラの特徴付けのためなんだろうなとは思うのですが、まつりがお嬢様だとわかる記述も特にないので、不自然さの方が際立ってしまっています。

  • 編集B

    何かしら、まつりについての描写を入れておけばよかったのにね。「さすがは社長令嬢だ。」とか、「立ち居振る舞いが、常に優雅だ。」とか。

  • 三浦

    登場シーンで、お嬢様っぽい外見を書いておくとかね。あるいは、「おしとやかな優等生で」みたいなことを、ちょっと入れておくだけでもいい。

  • 編集E

    ほんの一言の描写があるだけでも、読者の印象は全然違いますからね。

  • 三浦

    ただ、本物のお嬢様というには、チョコデニッシュにかぶりついたりしてますけどね(笑)。私がものすごく引っかかったのは、主人公の家庭に関してなのですが……

  • 編集E

    わかります。どうにも不可解ですよね。

  • 三浦

    高校生の娘へのお土産に、いまだにお人形を買ってくる父親。幼稚園児が好みそうな味付けのまま、娘のお弁当を作り続ける母親。そして、それを嫌だと言い出せずにいる娘――普通、こんな要素が小説に出てきたら、「この家庭には、何かしら、深い事情があるんだろうな」と思いますよね。だから、話のどこかでその事情が語られる、あるいはほのめかされるのだろうと思って読んでいたのですが、まったく何もないまま終わってしまった。

  • 編集E

    作品を読む限りでは、どうも「深い事情」らしきものが隠されている様子はないですね。だから本当に、単に「娘を子供扱いする親」というだけの設定なんだと思います。

  • 編集B

    卵焼きの味付けを「砂糖から塩に変えて」、なんてことくらい、普通に言えばいいだけじゃないのかな?

  • 編集A

    それが言い出せないって……主人公は、異常なほど親に遠慮してますよね。僕は、「もしかしたら、本当の親子ではないのかな?」と思って読んでいたのですが、そういうことでもないらしい。

  • 編集B

    しかも、思い切って伝えたら、お父さんはあっさり味付けを変えてくれているよね。別段、物分かりが悪いとか、強権的な親というわけでもないみたい。ならやっぱり、「単に、言えばよかっただけなのに」って、読む側としては感じてしまいます。

  • 三浦

    「家庭の事情」が、ないならないで、べつにいいんです。でも、「高校生になった娘をいつまでも幼児扱いする親」のエピソードには、ちょっと不穏なものがありすぎて、読者の気持ちに不要な引っかかりを残してしまう。それに、親に「卵焼きの味を変えて」と言えたことが、主人公の「成長」であるかのように描かれていますが、家庭の事情も特にないうえに、主人公が高校生だということを考えると、あまりにもわずかな前進だなあと感じられてしまいます。「そんなことぐらい、もっと早くに伝えろよ」というか……。ちょっとキャラクターが、年齢の割に幼すぎる気がしますね。

  • 編集B

    同感です。「お人形はもういらない」「卵焼きは塩味がいい」と親に言えなくて……なんて、高校生が悩むようなレベルのことではないですよね。

  • 編集E

    話にマッチしたエピソードの作り方が、まだうまくできていないように感じます。どうも全体に、練り込みが足らない印象ですね。細かい配慮が行き届いていなくて、指摘を受けたところも多かったですし。

  • 三浦

    そうですね。ちょっとした気配り・目配りをするだけでも、作品の完成度というのはぐっと高くなります。そういう点で、もったいなかったなと思います。アイディアは面白いし、話の造りもよく考えられているし、読者をうまく引っかける構成もよくできていた。いいところがたくさんある作品で、私は好きだったのですが。

  • 編集B

    私も好きです。作品全体に漂うユーモア感とか、すごくいいですよね。作者は笑わせようとして書いているのでしょうし、私はまんまと引っかかって、笑わされてしまいました(笑)。

  • 編集A

    メリーさん、このまま旅を続ければ、世界を一周して、今度こそだんだん近づいてくるんじゃないでしょうか。

  • 編集B

    そうだね。ふと気づいたらもう、「今、択捉にいるの」とか言ってて(笑)。北海道、東北……と、どんどん東京に近づいてくる。

  • 編集A

    そのうち、「ただいま」って帰ってきますね。「今、あなたの後ろにいるの」って(笑)。

  • 編集B

    でも、やっぱり怖くない(笑)。むしろ、お土産でも買ってきてくれていそう。――こんな想像をついしてしまうのも、この作品が不思議な面白さを持っているからですよね。実は、受賞作品とは、最後まで競り合っていました。

  • 編集E

    しっかりと企みのある作品であり、しかもそれが成功している、読者をちゃんと騙せているという点では、すごくよかったですよね。

  • 編集A

    ただ、受賞作の仕掛けの緻密さに一歩及ばず、惜しくも賞を逃す結果となってしまいました。

  • 編集B

    本当に残念ですよね。でも、いいものをたくさん持っている書き手さんであるのは間違いないですから、ぜひ再挑戦していただきたいなと思います。

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