かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

入選作品

青少年と足違えの人魚

針野羊

35

  • 編集A

    生まれ育った小さな村以外の世界を知らず、おそらくはこの先も、死ぬまでずっと同じような生活を続けていくだろうことに、閉塞感を覚えている青年・誠二のお話です。いや、「少年」と言った方がいいですね。まだ十四、五歳ですから。

  • 編集E

    でも、次の長月には結婚しなければならない。この村では、それが当たり前のことだから。

  • 編集B

    「結婚する」=「大人になる」、というか「させられる」ということですよね。本人に気持ちの準備が整っていようといまいと、とにかくこの村の子供は、十五歳で結婚することになっている。長年の習わしとして、無言の圧力のようなものがあるのでしょう。たとえ嫌でも、そこから外れることは許されない。確かに、こんな生活は息が詰まりそう。

  • 編集A

    同時に、ひどく退屈でもある。何の刺激もないし。

  • 編集E

    四方を山に囲まれ、織物業だけで生計を立てている小さな村。だから、「見世物小屋がやってきた」というのは、けっこう大事件なんですよね。

  • 編集B

    見世物小屋に人魚、仮面の男……江戸川乱歩風のアイテムが、雰囲気を盛り上げてますよね。まあ、乱歩ほどの妖しさではないですけど。

  • 編集G

    小説というより、童話に近い感じがします。話のオチも、すごく教訓めいていますよね。完成度は高い作品だと思いました。物語としてきっちりまとまっている。『幸せの青い鳥』の人魚版、といったところでしょうか。

  • 三浦

    「幸せは身近にある」とか、「今すでに手にしているものが、いかに大切であるかに改めて気づいた」、みたいなことですよね。

  • 編集D

    でもこの主人公は、人魚と出会わなくても、最終的には一人でこの結論にたどり着いたような気がする。「人魚との心の交流があったからこそ、気持ちが大きく変化した」という話には、僕には見えなかったけど。

  • 三浦

    私もです。『幸せの青い鳥』のような話は、「冒険や旅に出て、新しい世界を知ったことで改めて、それまで自分が手にしていたものの価値を知る」という構造になっています。しかし本作では、結局誠二は村から出て行かない。まあ、「人魚という『外界』に触れて、いまの自分を再認識できた」ととらえることも可能ですが、それなら村人と交流することを通じてでも、再認識できるんじゃないか、と思えてしまう。村人だって、自分以外の存在、「外界」であり「他者」ですからね。「村を出て、新しい世界を知ろうとする」という主人公のアクション(行動)がないため、「人魚のおかげで気持ちが変化した」という印象が、やや弱まってしまっているのではないでしょうか。

  • 編集D

    だとすると、この話に人魚が出てくる意味はあるのかな? という気がしてしまって。

  • 編集A

    まあ、今までは不満をくすぶらせながら、「この辺鄙な村で一生暮らすしかないのか」という気分だったのが、今は「自分からその道を選ぼう」と思えるようになったという程度には、変化があったのかなと思います。幸との結婚のことも、「年齢が合う相手がこいつしかいないんだから、仕方ないか」と、あまり気乗りがしていなかったんだけど、終盤では「俺にとっての女とは、幸なんだ」と、はっきり思えるようになっています。

  • 三浦

    ただ、誠二と幸は、そんなに相性がいいようにも思えなかったですね。幸にちょっとヒステリックな面があるのも気になります。この二人が結婚してうまく行くかどうかは、やや疑問を感じます(笑)。

  • 編集B

    幸に関しては、ちょっとよくわからなくてモヤモヤするところがありました。二枚目に、「ここしばらく、俺たちの関係はぎくしゃくとしていた」とありますが、この「ぎくしゃく」の原因は何なのでしょう?

  • 編集E

    うーん、理由は特に、書いてありませんね。

  • 編集B

    二十四枚目に、幸が川で経血を洗っているのを誠二が目撃するシーンがありますよね。おそらく初潮シーンなのかなと思うのですが、誠二に見られたと気づいた幸は、逃げるように走り去っていった。回想場面なので、時間軸としては過去のできごとですよね。もしかして、これが冒頭の二人の「ぎくしゃく」の原因なのかなと思ったりもするのですが。見られたくない場面を見られて幸は動揺しているだろうし、誠二は誠二で、女性の生々しさを目の当たりにして気持ちが引いている。だから、二人の間にちょっとした溝ができた。そういうことなのかなと。

  • 編集E

    可能性はありますね。でも、書かれていないので、明確にはわからないです。

  • 三浦

    単に、二人ともがマリッジブルーでイラついていた、ということかもしれません。誠二同様、幸だって、「十五歳になったら、問答無用で結婚させられてしまう」というプレッシャーを抱えているでしょうからね。あるいは、幸の初潮を目撃して、「幸はもう子供を産める」と知った誠二が急におじけづきだしたのを、幸が敏感に感じ取ったということなのかもしれません。女性である幸は、自分の身体が大人になっていくのを受け入れざるを得ないのに、夫になるはずの誠二は、「え、俺、家庭を持つ覚悟なんて、まだできてないし……」と心がぐらついている。「今さら、何を甘えたことを……!」と、幸は腹を立て、二人は「ぎくしゃく」していたのかも。二人の、結婚への覚悟の違いが原因なのかもしれません。

  • 編集B

    あるいは、すでに倦怠期だとか?

  • 編集E

    いろいろ考えられますね。ただ、やはりはっきりとはわからない。読者としては、物語が始まって二枚目で、結婚予定の二人が仲たがいしている様子では、どうしても理由が気になってしまいますから、ここはもう少し読み手に伝わりやすい書き方をしてほしいですね。

  • 編集B

    あと、九枚目で幸が、「人の気も知らないで。よくも、あんな踏みにじるような事……!!」と言っていますが、この「あんな踏みにじるような事」って、何のことでしょう? 幸はいったい、何をこんなに怒っているの?

  • 編集D

    誠二が見世物小屋なんかに、百円という大金を払ってしまいそうな雰囲気を感じたからじゃないですか?

  • 編集G

    大事な結婚資金ですからね。幸にとっては、自分の将来がかかっているお金だし。

  • 三浦

    まさかそんな(笑)。……え、そうなのかな? お金のこと?

  • 編集G

    いえ(笑)、やはりこれは、誠二が「運命を変えたい」と思っているのを、察したからだと思います。それはすなわち、「幸と人生を共にすることを望んでいない」ということですからね。

  • 編集F

    誠二は、仮面の男に「運命、変えられるかもしれませんよ?」とそそのかされると、すぐさま食いついて、心を揺らしている。そこが幸は腹立たしかったのだろうと思います。自分はもう覚悟を決めて、因習にとらわれたこの村で生きていこうとしているのに、肝心のパートナーがこんな能天気な子供だなんて。

  • 三浦

    幸だって、兄弟同然に育ってきた男と結婚することや、このままずっと狭い世界で生き続けることに、当然疑問はあっただろうと思います。でも、湧き上がるいろいろな思いを、言わずに全部呑み込んで、「生きるってそういうことなんだから」と、覚悟を決めた。前向きに頑張っていこうという気持ちを、ようやく固めたところなのでしょう。なのに、誠二の方はまだ、「俺、運命変えられるのかも……。いいなー、変えてみたいなー」なんて夢みたいなことをふわふわ考えている。これでは、幸の腹も立とうというものです(笑)。

  • 編集B

    そういうことを全部ひっくるめて幸は怒っている、ということならわかるんです。でも、「あんな踏みにじるような事」って言ってますよね? この「あんな」は、具体的に何を指しているのですか?

  • 三浦

    うーん……たぶん、前のページで、誠二が「運命変えられるなんて、面白そうだろ」みたいなことを言っているところではないでしょうか?

  • 編集B

    でも、「あんな」というのは、過去の出来事を指す言葉ですよね。でも、誠二の「面白そうだろ」発言から、幸が「あんな」と言うまで、わずか数分程度しか経っていないと思う。通常、こんな直近の事柄に対して、「あんな」という言葉は使いません。使うなら、「そんな」です。

  • 編集C

    そうですよね。実際、「面白そうだろ」発言のすぐ後の幸の台詞では、「そんな」が使われています。

  • 編集B

    だから、すごく気になったんです。二人の間には、読者にはまだ明かされていない、「あんな踏みにじるような事」があったのだろうかと。そしてそれは、その先の部分で語られるのかなと思いながら読み進んだのですが、何もないまま話は終わってしまった。かろうじてそれらしきものを探したら、初潮シーンだけだった。なので、しっくりこないんだけれども、「初潮を見て、誠二の気持ちが引いた」ことを幸は「踏みにじられた」と感じたのかな、それが冒頭の「ぎくしゃく」の原因なのかなと、無理やり想像したのですが。

  • 三浦

    確かに、この辺りはわかりにくいですよね。「踏みにじられた」という表現が激しいので、よけいに深読みしそうになる。でも私はやはり、この「あんな」は、「面白そう」発言を指しているのだろうと思います。おそらく、「面白そうだろ」のところから十五行ほどかけて「あんな踏みにじるような事」の箇所まで書き進むうちに、作者の中で誠二の発言が、すごく過去の出来事のような感覚になってしまったのかなと思います。もしこの「あんな」が、「面白そうだろ」を指しているので間違いないのであれば、やはり、「あんな」より「そんな」を選んだほうがぴったりくると思いますね。

  • 編集B

    「よくも、あんな踏みにじるような事……!!」という台詞の直後に場面転換をするので、よけいに印象的に見えてしまいました。これは演出上の「溜め」だろうなと思ったんです。読者の気を引くような情報を出した直後にブツッといったん切って、興味を引っ張るやり方です。当然私も、「えっ、いったいどんな大事件が過去にあったの……!?」と興味をそそられました。でも、そんな大事件は最後まで出てこなかった。ということは、この場面転換は「溜め」の演出ではなかったということですよね。

  • 三浦

    しかも、一行空けて始まった次のくだりは、その前の場面と時間が続いています。ここを一行空きにする意味はなかったんじゃないかな。他の箇所でもいろいろ、必要ないのに一行空きが使われているところが目につきました。

  • 編集A

    例えば五枚目。仮面の男の台詞のあと、一行空いていますが、その後で始まる部分は、完全に同じ場面の続きですよね。こういうところが、全編にわたって、いくつもありました。

  • 編集B

    また、例えば二十三枚目。「ねえ誠二。君はどちらだと思う??」の後、一行空けて、「――稲妻が走った。」とあります。おそらく、直前の台詞を強調する意味で一拍置いたということかなと思うのですが、同一場面の中で一行空けるという書き方はよくないと思う。

  • 編集E

    行空きを乱発するというのは、WEB小説などでよくある書き方ですよね。

  • 編集A

    ちょっと一呼吸おこうか、という感じで、気軽に行を空けているのをよく見ます。

  • 三浦

    ネット画面では、そのほうが見やすいのかもしれませんが、出版物としての小説を書く場合においては、従来の一行空きのルールに従ってほしいですね。小説の行空きには、ちゃんと意味があります。作中の時間経過の中で、明確に一区切りがついたところで空けるのが、通常のやり方です。「行空き」の問題については、確か、前回の選評の中でも言及したと思うのですが……

  • 編集E

    はい。『お人形ごっこ』の選評中に、載っていますね。

  • 三浦

    これは、投稿者全員にお願いしたいのですが、どうか毎回の選評をお読みください。他の方の作品の選評を読むのも、とても勉強になることですからね。他人事ではなく、自分自身へのアドバイスだと思って、ぜひ小説を書く際の参考にしていただきたいです。

  • 編集B

    そうですよね。上達したい気持ちがあるなら、すべての批評やアドバイスを、「自分に語りかけられているもの」として受け止めてほしいです。

  • 三浦

    話を戻しましょう。行空き以外の文章に関しては、すごくうまいなという印象を受けました。ただ、ちょっとブツ切りの文章が多すぎますね。

  • 編集D

    体言止めとか、言いさして終わる文章が、やたらと目につきますね。

  • 三浦

    はい。描写力はある方だと思うので、こういう書き方はかえって損です。ワンセンテンスが短い文章というのは、確かに書きやすく読みやすいかもしれませんが、そういう書き方に最初から甘んじていると、長い小説を書く体力がつかないです。一文に対する粘りがないということは、長編を書く粘りがないということにもつながりますから。持久力をつけるためにも、こういうブツ切りの文章はなるべく避けてほしい。書きたいことを自由に表現するためには、この書き方ではいずれ限界が来ると思います。

  • 編集E

    短い一文の連なりばかりでは、ワンパターンに見えますよね。

  • 三浦

    はい。念のために言っておきますが、短い文章を一切書くなということではありません。短い文も、長い文もあるという、リズムの緩急はあっていいんです。でも、ブツ切りばかり、というのはやめた方がいい。一文に滲む、味わいとか深みもなくなってしまいますしね。

  • 編集A

    僕は、終盤の展開が、なんだか引っかかりました。誠二はこの村にとどまるという選択をしますが、本当にこれでよかったのかな?

  • 三浦

    確かに、ちょっと疑問は感じますよね。せっかく人魚と出会い、この村の外に、まだ見ぬ大きな世界があることを実感として知ったのに、なぜそこで踏みとどまるのでしょう。すごく保守的ですよね。まだ十五歳なんだから、思いきって飛び出してみればいいのに。

  • 編集B

    うん。この選択は、ちょっと年寄りじみてるよね(笑)。でも、自分の足元にも、美しい花はちゃんと咲いていると気づいた、ということなのでしょう。それが彼岸花だというのは、ちょっと毒々しい気もしますけど。

  • 編集D

    僕はそこのところがすごく引っかかった。この話、「赤」と「青」の対比を象徴的に使ってるよね。「危険だけど刺激的な、新しい世界」を「赤」で、「安定しているものの、変化のない古い世界」を「青」で表現しているんだと思う。だとしたら、「村から出ない」選択をした誠二の前には、「青いけれども美しい」世界が広がっているべきじゃないのかな?

  • 三浦

    そうですね。ここは、物語のセオリーから外れてしまっていますね。こういうオチにするなら、見世物小屋に入る前には「自分を絡め取る蜘蛛の巣」のように見えた青い糸のはためく風景が、ラストではひどく美しい景色として目に映った、という展開にするのが自然な流れだと思います。主人公の気持ちの変化を、そこに集約する。

  • 編集D

    人魚の爪を「赤」に塗り直し、こぼしたマニキュアから想起した初潮の血の「赤」に動揺し、でも、「やっぱり青い世界で生きていく」と決めた誠二の前に広がるのが「赤い」彼岸花では、せっかく「色」を使って表現してきた物語の意味合いが、最後でぼやけてしまっている。

  • 編集A

    ラストに「赤」を持ってくるなら、誠二には思いきって村を飛び出してほしかったですね。

  • 編集B

    そうだよね。やはりどうしても、「あまり主人公が動いていないな」という印象がある。多大な犠牲を払ってでも新しい世界に飛び込んだのは「人魚」の方であり、誠二は結局、何もしていないからね。このラストの展開は、ちょっと残念でした。枚数も少しオーバーしていますね。あと、「もう性別すらわからない」人魚が、自分を「僕」と呼ぶのには違和感がありました。これではまるっきり「男の子」に見える。「私」という言い方の方がふさわしかったんじゃないかな。

  • 編集D

    でも、「鬼灯蛍」の描写とかは、すごくいいなと思った。描かれているヴィジュアルが、とてもきれいだよね。

  • 三浦

    はい。特に私は、一枚目の文章がすごくよかったと思います。一行目から作品世界に引き込まれるし、その世界の状況や価値観などが、とても自然に伝わってくる。加えて、映像も鮮明に浮かんできますよね。わずか一枚の中に、情景描写から、世界観、主人公の未知の世界への憧れまでがうまく詰め込まれていて、本当に素晴らしい出だしだと思いました。

  • 編集B

    作品世界が、しっかりと読者に伝わる小説になっていて、とてもよかったですよね。

関連サイト

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