かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

星空パン

都築新

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  • 編集B

    中学生の女の子が、あまりうまくいっていなかった母親との心の距離を、ちょっと縮めるまでを描いた作品です。主人公が、ごく普通の女の子で、読みやすかったですね。

  • 三浦

    さしたる大事件は起こらないのですが、素直に「よかったね」と思いながら読み終われる、可愛らしい作品でした。

  • 編集B

    パンがおいしそうでしたね。由貴ちゃんの作るパンも、星野ベーカーリーのも。思わず、焼きたてパンが食べたくなってしまった(笑)。

  • 編集F

    一点確認したいのですが、「星野ベーカリー」は、茜の父親が生前にやっていたお店、ということなのでしょうか?

  • 三浦

    いえ、違うと思います。

  • 編集G

    そういう記述は見当たらないですね。

  • 編集F

    終盤で茜の母親が、空き地を眺めて「やっぱりその店、ここだったか」と言っていますよね。これは、昔その空き地に「星野ベーカリー」が建っていて、お母さんはそれを知っている、ということを指しているのかな? とも思ったのですが。

  • 編集B

    いや、お母さんは、「星野ベーカリー」を探したけど娘が言ってた場所にはなくて、念のため他の場所も探したんだけど見つけられなくて、「おかしいなあ」と思っていたら、娘が空き地の前で「お店がなくなってる」って泣いていたから、「ああ、やっぱり、最初に聞いたこの場所で間違いなかったのね」、という意味合いで言ったのでしょう。

  • 三浦

    そのへんは、拝読していてちょっと混乱が生じる感じはありましたね。というのも、「星野ベーカリー」という名のお店かどうかは別にしても、茜のお父さんは、生前パン屋さんだったとか、パン職人だったわけではないんですよね?

  • 編集B

    そうですね。そういうことは全く話に出てきませんから、違うと思います。

  • 三浦

    だったらなぜ、お父さんの幽霊だか幻影だかは、パン屋に扮して茜の前に姿を現したのでしょう?

  • 編集D

    そこはすごく引っかかるよね。「パン屋」という要素が登場する必然性が、この話には全くないから。

  • 編集E

    お母さんがパン好きだということが、中盤にチラッと出てきます。でも、それはただ、それだけのことですよね。茜の母が「パン好きである」という設定にも、必然性はない。亡き夫がパン屋だったとかなら、まだ話はわかるのですが、そういうことでもないらしいし。

  • 編集B

    生前のお父さんは、「星」が好きだったんですよね。だから、娘である主人公に、自分の大好きな美しい星空を見せてあげようとした。と同時に、父親に関する記憶がない娘に、「かつて父と見上げた星空の思い出」もプレゼントした、というオチになっている。でも、「美しい星空」を茜に見せるために、なにも「パンを食べさせる」必要はないですよね。「パンを食べると、なぜか目の前に星空が現れて……」なんて不思議展開にしなくても、もっとストレートに、例えば空き地に幻の天文台を出現させ、お父さんをそこの館長とかにして、二人で一緒に星空を眺めてもよかったのでは?

  • 三浦

    まあ、「星野ベーカリー」の店長さんが、本当に茜の父だったのかどうかも、はっきり書かれてはいないのですが。……でも、この話の展開から考えると、やはり作者は、「とうに亡くなった父親が、母親とうまくいっていない茜のことを心配して、パン屋に化けて出てきてくれた」ということを描いているように思えますよね。

  • 編集B

    どうして、何の脈絡もなく、「パン屋」なんだろう? すごく唐突ですよね。

  • 編集D

    ほんとにわからないよね。物語の要素が、有機的につながっていない。

  • 編集B

    まあでも、これでもし、「実はあなたのお父さんは、生前『星野ベーカリー』というパン屋をやっていてね……」なんて真相だったら、ちょっと安直すぎるから、そういう展開にしなかったのはよかったと思います。でももうちょっと何か、「パン」という要素に必然性を持たせてほしいよね。この母娘にとって、「パン」がとても重要であるという理由が欲しい。

  • 編集E

    お母さんも昔、一度だけ「星野ベーカリー」に行ったことがあることにするとか。そこで星空パンを食べ、以来大のパン好きになった。そして今また娘も、同じ店で同じパンを食べ、パン好きになった。二人で、「星空パンって、すごくおいしいよね」という話をしているうちに、心がちょっと通じ合う。幻のパン屋さん「星野ベーカリー」が、母と娘を繋ぐ絆になってくれた、という話ならどうでしょう?

  • 編集B

    でもそれだと、「星野ベーカリー」の店長は茜の父親ではない、ということになってしまうよね。お父さんをストーリーに絡ませないと、話が少し違ってきてしまう。

  • 編集D

    でも、何かそれぐらい、「パン」にいわくをつけないと。

  • 編集B

    それもそうなんですよね。この話で「パン」という要素に密接に絡んでいるのは、実は主人公ではなく、由貴ちゃんですからね。

  • 編集E

    そして由貴ちゃんという存在がまた、今ひとつうまく話に絡んでいないんです。主人公に焼きたてパンを作って食べさせてくれるんだけど、それがまた、それだけの話でしかない。

  • 編集D

    由貴ちゃんのおかげで主人公が変わった、というわけではないしね。

  • 編集B

    由貴ちゃんは、五枚目で登場してきたときは、「クラスメートで友達」でしかなかったのに、途中からいつのまにか、主人公の親友みたいな立ち位置になっていますね。しかも、いいところを全部持って行っちゃってる感じ(笑)。友だち思いだし、おいしいパンをあっという間に作れちゃうし、辛い家庭事情を抱えているのに、前向きに明るく頑張っている。ラストでは、見事夢をかなえて、国際結婚までしている。見せ場続きだよね(笑)。そのせいで、主人公の話が薄くなってしまっている。

  • 編集E

    由貴ちゃん自体は、すごくいい子ですよね。

  • 三浦

    はい。それに、二人の友情が盛り込まれていることで、話の雰囲気がぐっとよくなっていますね。

  • 編集B

    加えて、由貴ちゃんがいることで、物語が複層的になっています。「母と娘」というだけの話ではなく、広がりが生まれている。そこはすごくいいと思う。でも、重要キャラとして使うつもりでいたのなら、最初から「親友」として登場させておいた方がいいと思います。加えてやっぱり、話の本筋には、彼女は直接絡んでいないんだよね。そこが惜しい。

  • 三浦

    主人公が、あまり動きを見せていないから、由貴ちゃんのほうが大活躍しているように感じられるし、「すべてがちょっとうまくいきすぎ」という印象が読後に残ってしまうのではないかと思います。星野ベーカリーでパンを食べさせてもらい、由貴ちゃんにパンを食べさせてもらい、空き地で泣いていたらお母さんが見つけてくれて、互いの距離が縮まった。これでは主人公が、何も頑張っていないですよね。頑張っているのは、お母さんと由貴ちゃんのほうです。主人公は何の努力もしていないのに、都合よく、問題が勝手に解決してくれたという感じ。もう少し主人公に、能動的に何かをしてほしかった。

  • 編集E

    主人公が、お母さんにパンを焼いてあげればいいのに。

  • 編集B

    そう。そうだよね。そうすれば、主人公と「パン」要素がしっかり絡む。話がつながりますね。

  • 編集E

    お父さんは昔パン職人だったことにして、それを知らずに、主人公は星野ベーカリーでパン作りを教わるんです。でも、ある日、その店は跡形もなく消えてしまった。で、習ったパンをお母さんに作ってあげたら、「お父さんのと同じ味だわ」ってことに。

  • 三浦

    その場合、由貴ちゃんはどうなるんですか?

  • 編集E

    由貴ちゃんは……出てこない(笑)。

  • 三浦

    ええー……そんな(笑)。

  • 編集E

    「星野ベーカリー」を活かすなら、そういう話にならざるを得ないと思います。個人的には、私は由貴ちゃんにはいてほしいですけど。でも、「小説」を作る以上、要素やエピソードがちゃんと意味を持って絡み合っていることが重要ですよね。「星野ベーカリー」に何らかの役割を持たせないと、今のままでは登場させる意味がない。

  • 編集B

    確かにね。うーん、でもやっぱり、由貴ちゃんは出してほしいよ(笑)。

  • 編集E

    なら、パン作りは由貴ちゃんに習うことにしましょうか。由貴ちゃんは、主人公にパンを作ってくれながら、自分の家庭事情を打ち明けてくれた。それで二人は、もっと親密になれた。主人公も、「辛いのは自分だけじゃないんだ」と分かった。イラついて反抗ばかりしていた自分を反省し、お母さんに優しくしてあげたい気持ちが起こってきた。だから由貴ちゃんにパン作りを教えてもらい、自分の手で、お母さんに焼きたてパンを作ってあげる――というのはどうでしょう?

  • 三浦

    よかった、由貴ちゃんが出てきた(笑)。そのほうがいいですね。それで、そのパンを食べたお母さんが、「実はお父さんも、生きてた頃、パン作りが趣味でね。よくこうやってパンを作ってくれたものなの。懐かしいわ」みたいなことを言うんです。それで主人公は、「じゃあ、あの『星野ベーカリー』の店長さんって、お父さんだったのかも……」と心で思う。

  • 編集B

    お母さんがさらに、「お父さん、いつかパン屋さんをやるのが夢だったのよね」「星が好きだったから、『星野ベーカリー』って名前の店にするって言ってて」「でも、夢をかなえる前に、死んじゃったのよね」って。

  • 三浦

    うんうん、それなら「星野ベーカリー」も「パン」も「由貴ちゃん」も、すべての要素が、主人公の物語にしっかり絡んできます。最低限の直しで済みますしね。お父さんが「星好き」だという、きれいなイメージもそのまま残せますし。

  • 編集B

    母娘で、今は亡きお父さんの話をしながら、焼きたての香ばしいパンをほおばる。すごく幸せ感の漂う、いいシーンになるよね。

  • 編集E

    なんだか、我々の方が作者をさしおいて、必死になってストーリー展開を考えている気がする(笑)

  • 三浦

    そうですね。これは、この作品に限らず、投稿作全体に言えることなのですが、「こういう話を書きたい!」という気持ちが、まだあまり高まっていない状態で書いてしまっているのかなと感じることはありますね。熱量が低いというか。

  • 編集D

    情熱をこめて小説を書くならば、むしろ考え抜かずにはいられないものだよね。加えて、テクニックも磨きたくなるだろうし、もっといろいろ勉強したくもなるだろうし。

  • 編集E

    こちらは常に情熱込めて読んでいますので、ぜひ、それに負けないエネルギーで書かれた物語を、送ってきていただきたいですね。

  • 三浦

    話を戻して、ひとつ気になったことがあるんですが、由貴ちゃんの作ってくれたパン。主人公は「すっごく美味しい」と言っていますが、描写が全くないですよね。やはりここは、由貴ちゃんのパンが、どんな味で、どんな食感で、どんなふうにおいしいのかということを、具体的に書くべきだと思います。そういう描写があった上で、「美味しい……。すっごく美味しい」と言わないと、由貴ちゃんのパンのおいしさが伝わってこない。

  • 編集B

    「星空パン」のおいしさは、何行にもわたって描写していることを考えると、バランスが悪いですよね。

  • 編集E

    むしろこの「星空パン」というアイテムは、あまり意味がないですよね。

  • 三浦

    うーん、難しいところですね。パンとしてもおいしいのでしょうが、なんといっても「食べると幻覚が見える」という妙な要素を含んでいるから。不思議なパン屋さんというだけでもファンタジー要素があるのに、さらに「幻覚が見えるパン」ですからね。現実的な生活を営む登場人物たちのなかで、「星空パン」というアイテムがすごく浮いている気はします。

  • 編集E

    「星野ベーカリー」でお父さんが出してくれるのは、「すごくおいしいパン」というだけで充分ですよね。

  • 編集A

    「スターイースト」という設定も、ちょっと安直すぎるので、考え直してほしい。

  • 三浦

    あと、茜がお母さんにパンを投げつけるシーンは、かなり引っかかりました。食べ物を粗略に扱っているうえに、女手一つで育ててくれている母親に向かって、この態度はないだろう、と。

  • 編集C

    ひどいですよね。私だったら怒ります。「だったら食べなきゃいいでしょ!」って。でもこのお母さん、「何か買いなさい」って千円渡してくれるんですよね。

  • 編集B

    いいお母さんだよね。主人公は母親のことを「ダメ母」みたいに思ってののしったりしていますが、このお母さん、ずいぶん頑張ってると思う。おそらく経済的な余裕はないのでしょうから、この千円だって貴重でしょうに。それに、娘の好きなパンを買おうとして、仕事明けの疲れた体でお店を探し回ったりしてますよね。なのに娘は、「母はパンを買ってこなかった。/私のことなんてどうでもいいのだ」なんて勝手に思っている。母親の気持ちを、ちっともわかってあげようとしていない。主人公は、もう中二なのに、ずいぶん子供っぽいですよね。

  • 三浦

    子供っぽい言動を取っているくせに、「子供扱いされたことが悔しかった」なんて言っている。しかもその場面は、「子供扱いされた」場面ですらありませんよね。お母さんにパンを投げつけたらお金をくれた、これのどこが「子供扱い」なのでしょう?

  • 編集B

    むしろ、お母さんが優しい人でよかったね、って思います。

  • 三浦

    それに、実際この主人公は精神的に幼いですよね。「お母さんはパンを買ってくれてないみたい。どうせ私のことなんて……」と一人でいじけていますが、「例のパンは? 買ってきてくれた?」と聞けばいいだけのことじゃないですか。そしたら、「行ってみたけど、パン屋はなかったよ」ってお母さんは答えたはず。ちょっと会話をするだけで、誤解が生まれる余地はなくなるはずなのに、なぜ自分から尋ねてみもせずにいじいじしてるんだろう、とやや謎です。こういう点も、「主人公はひたすら受動的だな」という印象を読者に与えてしまう原因だと思います。

  • 編集B

    基本的にこの母と娘は、ひどくコミュニケーション不足ですよね。そのせいで、必要のない確執が生まれている。

  • 三浦

    あと、一枚目に「給食のパンを残し」とあって、「空腹で、食べ物を探して、お母さんとケンカして……」みたいな話が続くので、最初主人公は小学生かと思っていたのですが、二枚目で「中学二年」だとわかる。情報提示のタイミングが、ちょっと遅い気がします。ここは、冒頭のモノローグの部分で、「十五年前のあの日、中学生だった私は~」とでも書いて、主人公の年齢を早めにはっきりさせておいた方がいいですね。また、「生前に撮られた父の写真」という言い方も、ちょっと変ですよね。

  • 編集A

    死後に撮られることはないですからね(笑)。

  • 編集B

    手直しした方がいいところは、いろいろありましたね。でもおそらく、作者が一番描きたいであろうことは、すんなり読者に伝わる作品になっていたと思います。

  • 三浦

    主人公の心の動きが、ちゃんと読み取れますね。作品のイメージが可愛らしいし、幻のパン屋さんも、「ほんとにこんなお店があったら素敵だな」と思えるし、いいところもいっぱいありました。

  • 編集B

    ただ、もうちょっとひねりが欲しい気はします。おとなしい無難な話という印象は否めなかった。

  • 三浦

    洗練させる余地がまだまだあるということでもあるので、がんばってみてほしいですね。

関連サイト

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