かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

前夜のひととき

人見弓

35

  • 編集F

    結婚式を明日に控えた王女様と、王国一の仕立て屋との、秘められた恋のお話です。エリッサ王女は、初めての舞踏会に出たときに身に着けたドレスの素晴らしさに心を奪われ、以来すべての衣服を、この若き天才仕立て屋・ラルフに作らせてきました。彼は貴族の青年たちとは違い、王女であるエリッサに対しても、こびへつらうことがない。態度はそっけないどころか、むしろ冷ややかですらある、生粋の職人です。でも、彼の作るドレスからは、彼が内に抱えている情熱の強さがはっきりと感じ取れる。そんなラルフにどんどん惹かれていったエリッサですが、身分が違いすぎますから、気持ちを明かすことなど到底できない。ドレスを注文しては、わがままなふりで細かい直しを要求し、彼と顔を合わせる機会を増やすのが精一杯だった。それでも、募る想いはどこかで伝わるもので、彼はエリッサの気持ちに気づいていると思われるし、彼もまた同じ想いを抱いてくれているのではないかと、エリッサには感じられる。六年もの間、二人はそうやって、気持ちを表に出すことなく過ごしてきた。そして、いよいよ明日は結婚式という、エリッサ独身最後の夜に、いまだ気のないふりを装いながら、想いを寄せ合う男女が二人きり――という、このシチュエーションが、なんとも絶妙でした。

  • 編集A

    何かが起こるのか、それとも最後までこのままなのか。ギリギリのところで均衡が保たれているような、微妙な緊迫感があるよね。

  • 編集F

    ラストで、とうとう気持ちを抑えきれなくなったエリッサが、彼に告白しようとしますね。二人きりなのですから、ラルフは、愛の告白を受け取ることもできたはず。でも彼は、エリッサを押しとどめます。愛しているとは、エリッサにも言わせないし、自分も言わない。それでも、彼がどんなに深くエリッサのことを想っているかは、彼の語りから十分伝わってきます。彼は自分の仕事にも、秘め続けたエリッサへの想いにも、プライドを持っているんですね。エリッサが人妻になろうが王妃になろうが関係なく、自分が精魂込めて作ったドレスで、生涯エリッサを支えていこうと決めている。「単なる恋人関係など望んでいない。魂の深いところで永遠に繋がっていたいのだ」というラルフの想いには、胸を強く掴まれました。愛しているからこそ、これまでもこれからも、決して指さえ触れないという、このラストの展開は素晴らしいなと思います。

  • 編集I

    非常にロマンティックですよね。

  • 編集F

    きらびやかなドレスの描写とか、華やかなときめきポイントがあるのも、すごくいいですよね。僕はイチ推しにしました。

  • 編集E

    ただ、場面の絵が今ひとつ見えてこないですよね。そこはかなり気になりました。二人は「鏡の間」にいるらしいですが、どのくらいの広さの部屋なのかがよくわからない。

  • 編集A

    数十着のきらびやかなドレスが掛けられているんだから、それなりに広いはずだよね。

  • 編集E

    私も、大広間のような感じを思い描いていたのですが、読み進むと、そうでもないように思えてきて。

  • 三浦

    そうですよね。壁に小窓が開いていたり、壁一面の鏡が、ため息で白く曇るほど近くにあったり。読み始めたときに受ける印象より、かなり小さい部屋なのかなという気がします。部屋のスケールが明確でないので、脳内で映像を描きにくいですね。

  • 編集B

    短編ならなおさら、最初からくっきりと、場面の映像を脳裏に思い描かせてほしいですね。

  • 三浦

    あと、冒頭の二人が、どういう位置関係なのかも、うまく伝えられていませんでした。私は最初、純白の婚礼衣装を着たエリッサが、仕立て屋の前に立っているのかと思っていました。そして仕立て屋は、エリッサのドレスの裾の辺りに跪いて手直しをしているのだろうと。

  • 編集I

    私もです。服の最終調整って、普通はそういう体勢になりますよね。お客様は服を身に着けた状態でじっと立ち、その周囲を職人が動き回って、最後の細かい仕上げをする。

  • 三浦

    だから、エリッサが小窓から外を眺めたりしているのも、あまり身動きできなくて、手持ち無沙汰だからなのだろうと思ったんです。でも、その後で「ご試着を」と言われて着替えたりしているので、そこに至って初めて、「あ、今までは着てなかったんだ」ということがはっきりする。ということは、ラルフが作業している間、エリッサはただその部屋にいてボーっとしてるだけだったんですね。これはなんだか、腑に落ちない。普通、王女様は、職人が作業し終わるのを、同じ部屋で時間を潰しながら待ったりはしませんよね。

  • 編集E

    エリッサも、明日は結婚式だというのに、これではずいぶん暇があるように見えて、不自然ですよね。

  • 三浦

    切ない愛の物語であるということを考えても、冒頭シーンでは、王女の前に仕立て屋が跪いているほうが、この作品にふさわしかったのではないでしょうか。恋い焦がれている相手は、自分より身分が下であり、今も自分の前に膝を折っている、という構図にしたほうが、「職人に恋した王女様」というこの物語を、より象徴的に読者に印象づけられただろうと思います。絵面としても、そのほうが萌えがありますよね。

  • 編集G

    あと、終盤でラルフがいきなり長台詞を喋りだしますが、私はここに、ものすごく引っかかりを感じました。

  • 編集E

    私もです。ここはびっくりしますよね。それまではとても無口なキャラだったのに、突然人が変わったみたいに饒舌になって。

  • 編集G

    どうにも違和感がありました。何かのスイッチでも入ったかのように、急に滔々と自分の胸の内を語り始める。まるで、不意に一人芝居でも始まったかのように見えます。

  • 編集B

    ミュージカルで、役者さんが急に歌い出したりするのに似てるよね(笑)。あれを台詞でやっている感じ。

  • 編集G

    ミュージカルなら見せ場になりますが、小説でこういうのは、やめたほうがいい。キャラクターが変化し過ぎているように思えます。それまでは、ほんの一言二言しか喋らなかったのに、ラストの部分には、合計二枚分くらいもの台詞がある。いくらなんでも、ちょっと喋り過ぎです。胸の中にたぎる情熱を抱えながらも、決して口には出さないという、ラルフの抑えたキャラクターがすごく魅力的だっただけに、この変わりようは非常に残念でした。せっかくのラルフのかっこよさが、終盤で台無しになってしまったように感じます。

  • 編集A

    それに、台詞で直接、全てを説明するというやり方も、小説としてはうまくないよね。安易な種明かしになってしまう。寡黙で本心をやすやすとは語ってくれないラルフが何を考えているのかを、本人には語らせないまま、読者に伝える工夫をしてほしかったです。

  • 編集G

    多くを語らないから人物だからこそ、どれほど強い想いを身の内に抑え込んでいるのかと想像して、読み手は萌えますよね。

  • 三浦

    まあ、少しばかり喋るくらいは仕方ないとしても、あまりに長い独白になっているのは、やはり気になります。現状では、片方は黙り込んでいて、もう片方が延々と独り言を言っているみたいで、どうにも不自然ですよね。

  • 編集B

    もし書き直すとしたら、どういうふうにすればいいでしょう?

  • 編集E

    ラルフが何も言わないままこの場面は終わり、後日、すでに人妻となったエリッサの元へ、ラルフが本心を綴った手紙が届く、というような展開ならどうでしょうか?

  • 三浦

    台詞として喋るよりは幾分ましでしょうけど、それでもまだ「独白」ですよね。ここはやはり、ラストの場面で、二人に会話をさせたほうがよかったと思います。

  • 編集A

    エリッサが、思いきってラルフに詰め寄るとかね。「私のこと、本当はどう思ってるの? はっきり言ってよ!」って。

  • 編集C

    でも、エリッサも自分の気持ちをひた隠しにして、ちょっとわがままな王女様をあえて演じてきたわけですよね。ラストで急に本心を露にして男に迫ったりしたら、エリッサのキャラもまた変わってしまうことになる。

  • 編集G

    なら、詰め寄るとかではなく、あくまでいつもの調子で、「今夜で最後ね。何か私に言いたいことでもある?」と軽く聞いてみるとか。そうしたら、普段なら「いえ、特に」とそっけなく返すはずのラルフが、いつになくじっとエリッサを見つめ、「私は生涯、あなたの仕立て屋であり続ける。あなたの子供の服も、あなたの死に装束さえも、すべて私がこの手で作ります」みたいなことを言うんです。出会ってから初めて、ラルフが本心の一端を口にしてくれる。

  • 編集A

    そして、鏡の中のエリッサの唇をそっとなぞる――それだけでも、ラルフの気持ちは十分伝わりますよね。

  • 編集G

    エリッサも、気持ちの整理がつくと思います。「ありがとう。その言葉を胸に、私は嫁ぐわ」って。

  • 編集A

    あるいは、言葉以外の方法にしてもいいよね。せっかくラルフは仕立て屋なんだから、仕立て屋らしいやり方で想いを告げるんです。例えば、白いハンカチに白い糸で愛の言葉を刺しゅうするとか。二人にしか意味がわからない符牒をドレスのどこかに縫い込んでおくとか。

  • 三浦

    刺繍の柄に何か意味があって、それが、着る人しか気づかない場所に施されていた、とかね。いよいよ結婚式が始まるというときに、ラルフの愛のメッセージに気づいて、エリッサはハッとする。彼の秘めた想いの深さを知り、万感胸に迫る。そういう展開でもいいですよね。

  • 編集A

    エリッサは、ラルフの想いが詰まったドレスに身を包み、別の男の妻となる。これからも本心は隠したまま、でも顔を上げて、王女として誇り高く生きていく。感動的でドラマティックなラストになったと思います。

  • 編集I

    ただ、作者はこのラストをこそ書きたかったんじゃないかな、とも思います。鏡越しに唇をなぞって、「二人の永遠を誓う口づけの代わりとした」という、このラストシーンをまず思いつき、そこへ向かって書き上げた話のように感じられますから。このラスト自体は、胸キュンもので、とてもいいですよね。

  • 編集B

    二人はこれからも、王女と仕立て屋という立場で、幾度も顔を合わせるんでしょうね。でも、あくまで、何事もなかったかのようにふるまい続ける。

  • 編集A

    この二人の関係は、完璧にプラトニックだからこそ、逆にエロティックにも感じます。

  • 三浦

    そうですね。ラストの、鏡越しに互いに指でなぞるだけの口づけというのも、すごくエロティックだと思います。

  • 編集I

    決して触れることがないからこそ、絶対的な繋がりがあるわけですよね。この二人は、この先もずっと、互いのオンリーワン同士なのであるということが、作品からくっきりと伝わってきました。そこはすごくよかったと思います。この、お互いが唯一無二であるという感覚って、恋愛を描く上で非常に重要ですよね。

  • 三浦

    はい。視野狭窄なんだけど、でも、そこが大事なところ。ロマンティシズムってこういうことなんだよな、って思えますよね。

  • 編集G

    エリッサもラルフも、ものすごく一途で、純粋ですよね。両想いなんだから、こっそり恋人関係になることはいくらでもできるのに、そうはしない。二人の愛情に曇りがないのは、すごくいいと思います。

  • 編集I

    しかも、エリッサには、ちゃんと王女としての覚悟がありますよね。

  • 編集A

    絶対にこの国を守ろう、そのためには、自分の夫となる人にも気を許すまいと思ってるんだよね。恋にたやすく溺れるのではなく、気高い王女として生きていこうとしているのは、立派だなと感じます。

  • 編集I

    ただ、冒頭辺りは視点が統一されていなくて、書き方にブレがある。全体的にはエリッサ視点の三人称で書かれているのですが、例えば一枚目にある「いずれの衣装にも負けぬ輝きを放つ王女」とか、三枚目の「輝く美貌で知られる/王女、エリッサ」とか、違う視点がところどころ紛れ込んでしまっています。これは、作者が神の視点で説明しているんですね。でも、エリッサ視点だと思って読んでいる人は、「えっ、エリッサって、自分で自分のことを『輝く美貌の王女』とか言っているの?」と思って、エリッサに好感を持てなくなってしまう。こういうところは、非常にもったいないミスだなと思います。

  • 編集B

    エリッサが鼻持ちならない人物のように見えてしまって、読者が主人公を、素直に応援できないですよね。

  • 三浦

    私は最初、エリッサとラルフ以外にもう一人、この物語の視点となる人物が「鏡の間」に一緒にいるのかと思って読んでいました。読み進むうち、この場には二人しかいなくて、作者はエリッサ視点の三人称のつもりで書いているのだと分かってくるんですが、今の書き方では読者が混乱しますよね。やはり視点は、最初からきっちり統一すべきです。この話をエリッサ視点の三人称で書くのであれば、なるべく早い段階で、「エリッサは」という主語を出した方がいいですね。そうすれば、「エリッサ視点の話なのだ」ということが読者にも伝わるし、作者にもしっかりとした自覚が生まれます。それなら、「輝く美貌で知られる王女」などという表現を、ついうっかり地の文で書いてしまうこともなくなると思います。
    あと、情報提示のやり方が、全体にまだうまくいっていないのも気になりました。「鏡の間」の映像が浮かびにくいのもそのせいですし、文中にある「大国」と「隣国」が同じ国なのかどうかもよくわからなかった。六枚目にいきなり「あの可愛らしい助手の女の子」とありますが、それまでに「助手」が「可愛い女の子」だとは書かれていないので、「あの」と言われても読者はピンとこないですよね。必要な情報を段取りよく出していくことに、もう少し気を配ったほうがいいと思います。読者がどう読むかということを考えながら、わかりやすく、でもさりげなく描写していくことは、とても重要です。

  • 編集I

    前半では、ラルフの気持ちが読者にはっきりわかるように書かれていないので、実は私は、「もしかしたら、エリッサの想いは一方通行なのでは?」とも思っていました。エリッサは一人で勝手に、「私たち、いよいよ今夜が最後なのに……!」と思い詰めているけど、実はラルフの方はなんとも思っていなかったことがラストで判明するのかなと。

  • 三浦

    はい。その可能性は、私も考えながら読んでいました。

  • 編集I

    エリッサは、読者がすごく思い入れできる感じの女の子ではありませんよね。だからラストで、すべては彼女の独りよがりだったということがわかる、という話でもよかったかなと思います。正直、そういう展開を期待しながら読んでいたところもありました。実際は、この上なく両想いの二人だったわけで、この展開もすごくいいとは思うのですが、現状では前半部分の読み筋が、今ひとつはっきりしないですよね。だからつい、変な期待をしちゃった(笑)。

  • 三浦

    わかります。「美貌の王女」だからこそ、恋している相手に振り向いてもらえない展開は、意外性がありますよね。恵まれた主人公が不幸になる話のほうが、読者としては面白く感じることもある。でも、最後まで読むと、作者はそういう話にするつもりは全くなかったことがわかります。読者が、作者の意図に反した読み方をしてしまうのは、やはりまだ書き方がこなれていないせいかなと思います。

  • 編集A

    もう少し客観性がほしいですよね。こういう書き方をしたら、読者はどう読むか、どう受け取るかということに、もっと意識を向けてほしい。

  • 三浦

    まだあまり、書き慣れていらっしゃらないのかもしれませんね。ただ、終盤でラルフが急に怒涛の一人語りを披露する今の展開は、実はそんなに悪くないのかもと私は思っています。ラルフの情熱のたぎりがすごく感じられて。

  • 編集B

    私もです。このラストは、ラルフの抑えに抑えた情熱が、ついに堰を切って迸ったという感じですよね。ドラマティックで、すごくよかった。

  • 編集G

    ただ、今のままでは、やはり違和感が強い。もうちょっとうまい書き方があったんじゃないかなと思えて、非常に残念です。抑制の利いたラルフのキャラクターは壊さず、でも、秘めた彼の想いもエリッサにちゃんと伝わる、という描き方を工夫してみてほしかったです。

  • 三浦

    もう少し書き方を洗練させる必要はありますよね。タイトルも再考したほうがいいと思います。『前夜のひととき』では、すごく説明的で、この作品の持つ恋愛感やドラマティックさが反映できていない。有名な文学作品と被ってしまいますが、『その前夜』とでもつけたほうがまだ良かったんじゃないかな。でも、ドレスのレースの模様が「二人を繋ぎ続ける糸のようにも、永遠に離さないという束縛の現れのようにも思えた」とか、「留め金があっけなくどろどろに溶かされて、すべてが濁流のように溢れだしてきたかのようだった。」とか、描写にエロティックな雰囲気が漂っているところは、とてもよかったなと思います。読んでいてうっとりしますよね。

  • 編集G

    作品の色気って、出そうとして出せるものではありませんから、これは一つの才能と言えますよね。

  • 編集B

    パッションが感じられる作風なのは、とてもいい。ちょっと大仰な書き方になっているも、この作品にはマッチしていたと思います。この作者には、こういう舞台設定の話が合っているのかもしれませんね。

  • 編集A

    作者が、高揚した気分のままに、気持ちよく書いているように感じます。だから、キャラクターにも作品そのものにも、強い情熱がこもっている。それはすごくいい。ただ、もう少し客観的な目で物語を制御できていれば、もっとずっと完成度の高い作品になっただろうと思います。そこが惜しかったですね。実は、イチ推しの人も多く、受賞作とは僅差で競り合っていました。すごくいいものをたくさん持っている書き手だと思いますので、ぜひ再挑戦してみてほしいですね。

関連サイト

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