かける

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選評付き 短編小説新人賞 選評

結婚記念日

藤村知郷

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  • 編集G

    心温まるものが感じられる話でした。オーソドックスだなとは思いますが、すごくわかりやすく、読みやすい作品でよかったと思います。

  • 編集C

    これ、オーソドックス……でしょうか? 色々不思議なところがある作品だなと思ったのですが。

  • 編集B

    ちょっと疑問に感じる点が多かったですね。まず、登場人物の台詞がすべて丸カッコで表記されているのですが、これはどういう意味があるのでしょう?

  • 編集A

    回想部分だからではないでしょうか。

  • 編集B

    でも、この作品のほとんどは回想で、現在の部分は冒頭やラストにわずかにあるのみ。しかも、その現在部分には、口から発する台詞は一つもない。この作品に出てくる台詞はすべて、過去シーンのものです。だったら、普通にカギカッコを使えばよかったんじゃないかな。

  • 編集A

    追憶風に、美しいイメージにしたかったのでしょう。セピア色の思い出、みたいな。

  • 編集B

    それにしても、これはかなり読みづらい。それに実は、私は最初、良介さんは言葉が喋れないのかなと誤解していました。

  • 編集I

    僕もです。丸カッコのところは、手話かと思っていた。喋る台詞との区別かなと思っていたのですが、読み終えてみると、どうやら違った。

  • 編集B

    丸カッコは、通常、内心のモノローグに使うものです。何らかの意図があっての工夫だったのかもしれないですが、やっぱりこの書き方はやめた方がいいと思います。

  • 三浦

    そうですね。色々試行錯誤してらっしゃるのは伝わってきますが、この工夫は要らなかったかな。カギカッコでいいと思います。

  • 編集G

    主人公は、良介さんと出会った日からずっと、毎日橘家で夕飯をご馳走になっていますね。しかも、かなり歓待されている。いくらご近所さんだからって、これはちょっと親切の度が過ぎているように感じます。

  • 編集A

    しかも、良介さんが亡くなった後も、何年も続くんですよね。主人公と橘家の、この密着した関係性は、どうにも引っかかります。お通夜のときに、ご両親を休ませて、渉と笹島さんが交代で一晩中線香をあげていたというくだりも、不自然に感じました。いくら「母親の許可は貰っている」としても、普通、よその家の小学生にこんなことはさせませんよね。

  • 編集B

    渉の母親は、ほぼ登場しないですね。むしろ、徹底的に排除されている感じ。

  • 編集H

    橘家のお父さんも、ほとんど姿を見せないです。

  • 編集A

    出てくるのは、優しい恵お母さん、優しい良介お兄さん、気が置けない笹島お兄さん。そういう人たちに囲まれた僕――という図式ですね。

  • 編集C

    作者は、ある意味、理想的な疑似家族を作ろうとしたのかなと思います。ただ、ここで描かれている疑似家族には、ちょっと歪なものも感じますよね。すごく作り物っぽいというか。

  • 編集A

    良介さんのお母さんを、渉が「恵さん」と呼ぶのも不自然だと思いました。普通なら、単に「おばさん」でいいはずなのに。こういう辺りからも、作者が「理想的な美しい家族」を描きたかったように感じられます。

  • 編集C

    良介さんがドイツ語を勉強しているとか、笹島さんがオーボエを学んでいるとかっていうのも、渉の目から見た「素敵な世界」なんでしょうね。

  • 編集A

    毎月、月命日ならぬ、月誕生日をみんなでお祝いするとか、そのたびにホールケーキを買ってくるとかも、渉にとっての「ステキ要素」ですよね。

  • 編集B

    私は、笹島さんがオーボエ専攻だというのは、なんだかひどく唐突な設定に感じて、気になりました。これ以外にも、いろんなアイテムに唐突感があったと思う。

  • 編集A

    良介さんの死後、渉がドイツ語の辞書を形見にもらって、それが「医者を目指す」部分につながるとか、ちょっと作者の意図が見えてしまっているところも目につきますね。

  • 三浦

    そうですね。私もいい話だなとは思いながら読んだのですが、作り物っぽいなという印象も否めなかった。例えば、良介さんがどうしてドイツ語を勉強していたのかということが、この作品の中では語られていないですよね。そうすると、渉が「お医者さんになろう」と思うという、そのためだけに存在するエピソード、というふうに見えてしまう。そういうところが、作り物っぽさを醸し出してしまっている一因ではないでしょうか。「あと数年しか生きられないだろうな」と予感しながらドイツ語を勉強している人には、そこに何らかのものすごい思い入れや動機があるんじゃないかな。読者としては、そう想像するわけなんですが、でも、この話に描かれている良介さんからは、そういう思いや切実さが感じられない。

  • 編集A

    だからどうしても「ドイツ語」というものが、良介さんをおしゃれっぽく演出するアイテムに感じられてしまいます。

  • 三浦

    描かれているエピソードがうまくつながっていないというか、作者が思う筋立てのために配置されているように見える。だから、人工的というか、頭で考えた話のように思えてしまうんです。思いついたエピソードに肉づけしていくとき、もう少し登場人物の心情面からアプローチするように心がけると、もっとよくなるのではないかと思いました。「私(作者)が思いついたこのエピソードの裏には、登場人物のどんな思いや考えがこめられているのだろうか」、あるいは、「この登場人物だったら、こういうエピソードに接したとき、どんな反応をし、どういう思いを抱くだろうか」というふうに発想/想像して、描写やエピソードを膨らませていく、ということです。

  • 編集B

    そして、やはり一番の疑問点は、なぜ良介さんは渉に、「僕が死んだら、僕の両親の結婚記念日を毎年祝ってやってほしい」などと依頼したのか、ですね。

  • 編集I

    これはちょっと、常識では考えられないことだと思う。よその家の子に、こんなこと頼まないよね。

  • 編集G

    息子の友人と近所の小学生に、結婚記念日を祝われ続ける夫婦って……ものすごくシュールですね。

  • 編集I

    こんなことされたら、普通は困惑するだろうに、橘夫妻も「楽しみにしているらしい」とある。ひどく奇妙に感じます。

  • 編集B

    笹島さんも、大人なんですから、この不自然さは分かっていいと思うのに、彼も止める気配がないですよね。若手オーボエ奏者として世界中を飛び回りつつも、年に一度のこの日だけは必ず帰国するとか、二ヵ月も前からサプライズの計画を練っているとか、正直、「これはありえないな」と思ってしまう。

  • 編集E

    そもそも良介さんに、「僕の死後、両親に別れてほしくない。だから、結婚記念日を祝い続けてほしい」という頼みごとをさせるというのが、的を外した展開だなと思います。橘夫妻が別れるかどうかは、この話の重要ポイントではないですよね。

  • 三浦

    夫婦の問題ですから、息子といえど、夫婦以外のひとがどうこう言うべきことでもないですしね。

  • 編集E

    この作品は、深く思い合っているのに、死別を受け入れなければならない人々の姿を描いているのだろうと思います。だとしたら、結婚記念日どうこうではなく、例えば、笹島さんと良介さんが死に別れるまでの時間を大切にはぐくんでいく、みたいな物語にしたほうが、短編としてまとまっていたのではないでしょうか。

  • 三浦

    そうですね。そのほうがいいだろうなという気がします。この話の中で、橘夫妻の結婚記念日にまつわるエピソードや展開は、やや唐突感があるし、多くの読者にとって飲みこみづらい要素だと思いますから。

  • 編集C

    ただ、そうなると、渉の話ではなくなってしまいますね。渉が救われる話にならない。

  • 編集B

    現状でも、渉の救済がメインの話には、なり得ていないと思います。おそらく作者は、優しい人々に渉が救われる話を描こうとしてるんだろうとは思うけど。

  • 編集G

    これ、二つの話が混ざってるんですよね。ネグレクトされている渉が救われる話と、余命を知った良介さんが両親を思いやりながら死んでいく話と。違う話が一緒くたにされてるから、物語もわけがわからなくなっちゃってる。

  • 編集D

    同感です。読み筋が二つあるから、混乱するんですよね。死んでいく誰かの願いを叶えることで、自分自身も救われていく男の子の話を書きたかったのに、そこに「結婚記念日」という妙な要素を入れ込んだから、話がおかしくなったんだと思う。「親に別れてほしくないから、結婚記念日を祝い続けてほしい」というのは、さすがに押しつけがましい願いに感じます。良介さんには、親のこととかは持ち出さないで、渉をただ優しく勇気づける存在であってほしかった。渉が自分の人生を自分らしく歩める強さを持てるよう、温かい手で背中をそっと押して、良介さんは去って行きましたという話だったらよかったのにと思います。他の要素は入れ込まず、良介さんと渉の心の交流だけで完結したほうがよかった。

  • 編集A

    渉が、「良介さんのためにやるんだ」という発想になっているのも、ちょっと息苦しい感じですよね。思いやり深い良介さんなら、人に負担をかけることは望まないと思う。

  • 編集D

    もっと渉が、渉自身のために行動する展開のほうがよかったですよね。べつに大きなことでなくていいんです。「毎日宿題をやる」とかでもいいから、「誰かのために」ではなく、ましてや結婚記念日のためでもなく、自分のために自分の人生を生きようと思ってほしかった。そのほうが、より感動的な話になったと思えます。

  • 三浦

    その点、「医者になるのは諦めた」というところは、リアルでよかったですね。

  • 編集D

    はい。これでほんとに渉が医者になったりしたら、さらに作り物っぽくなったと思いますが、割とあっさり諦めて、自分に合った進路を自分で見つけている。そこはとてもよかったと思います。「やれることをやろう」に切り替わったところが、すごく好きでした。いろいろ言いましたが、実は私、イチ推しにしています。

  • 編集B

    ちょっと焦点がぼやけた話になっているのが、もったいなかったよね。今ひとつ主人公の話になり得ていないから、「いったい何を描きたかったんだろう?」と思えてしまいます。悲劇を背負っているのは良介さんで、キャラクターが魅力的なのは笹島さんで、主人公がやっているのは、よそのお宅の結婚記念日を祝うこと。要素もエピソードもバラバラしている。

  • 三浦

    話にまとまりがなく、誰が主人公なのか、読んでいるうちによくわからなくなってくるというのは、確かに問題ですよね。短編なので、一人の人物にしっかり焦点を当てて描いたほうがいいと思います。例えばこの話なら、主人公は渉のままでいいから、渉の視点から、作者が良介さんのことをものすごく想像して書くといいと思う。渉の目を通して、良介さんを描くんです。そうすれば必然的に、エピソードを心情に沿って深く掘り下げられます。それなら、「頭で考えた話だな」とか「アイテムをこう配置しているんだな」みたいには思われないでしょう。「大切な人が病気で亡くなりました」という、ちょっとありがちな話であっても、語り方次第では、作者独自の色合いを出せるし、ほかとは違う見せ方の物語になると思います。

  • 編集B

    現状では、ちょっと俯瞰し過ぎというか、主人公が傍観者でしかないですよね。

  • 三浦

    主人公が傍観者であってもいいとは思います。ただ、その傍観者を通して、この話でいえば良介さんを、ものすごく深く見つめなければいけないということなんです。この作品は、そういう書き方ができていないので、ややあらすじ感があるのではないかと思います。主人公はなぜ、良介さんのことをずっと気にして見つめているのか。良介さんはどんな人で、なにを感じたり考えたりし、主人公に対してどういうふうに接してくれたのか。主人公の心はそれによって、どんなふうに揺さぶられたのか。そういうことを、具体的なエピソードの積み重ねで描写していくほうがいいと思います。現状では、ちょっと傍観者であり過ぎていますね。 冒頭もあまりよくないですね。ちょっと俯瞰しているように見えるのも、この冒頭のテイストのせいだと思うんです。「職場を出て、駅に向かって……」みたいなことから始めるのではなく、「俺が良介さんに出会ったのは」というように、最初からぐっと、主人公と主人公にとって大切なエピソードに入り込んで書くべきだと思います。そのほうが読者も、「なんの話がはじまるのかな?」と惹きこまれるから。現状の、微妙に三人称っぽい、微妙に俯瞰して見ている感じが、話の焦点をぼやけさせているように感じます。たとえば主人公の一人称にして、もっと主人公がのめりこんで語っている感じを出したほうがいいんじゃないでしょうか。語り口に熱がないから、読者も冷静に読んでしまって、突飛な展開を「突飛だなあ」と感じてしまうんです。読者を物語と登場人物の心情に惹きこむことさえできれば、「ええー、そんなこと言うかな。こんなことあるかな」と感じる展開やエピソードが多少あっても、そんなに引っかからずに読んでもらえると思います。

  • 編集G

    この冒頭は、ちょっとわかりにくいですよね。語り手の年齢とか、状況とかが見えてこないです。それに、冒頭とラストが、リンクしているようでしていない。

  • 編集A

    冒頭は、雨つながりで、良介さんと出会った日を思い出している。ラストは今年の結婚記念日。場面の雰囲気が似ていて、紛らわしいです。

  • 三浦

    間に回想を挟んで、冒頭とラストが繋がる構成かと思ったら、そうではない。冒頭とラストは、全く別の日ですよね。このあたりの書き方も、もう少し注意が必要です。

  • 編集B

    それと、この話の中には、「記念日」的な意味合いの日が多すぎると思う。良介さんと出会った日、良介さんの月誕生日、良介さんの亡くなった日。なのに、一番重要な日として特別に取り上げるのは、なぜか、良介さんの両親の結婚記念日。しかもそれが、タイトルにまでなっている。こういう辺りも、ピントがズレているように感じます。

  • 編集C

    ダブらせればよかったのにね。「僕の誕生日は、たまたま両親の結婚記念日でもあるんだ」ということにすれば、統一感も出るし、特別感もより際立つと思います。

  • 三浦

    そうですね。それなら良介さんの死後も、みんなで良介さんを思い起こしつつ、結婚記念日のお祝いも続けられる。おっしゃるとおり、「記念日」が絞りこまれていたら、この話にもっと入り込めたと思う。心から思いやってくれる人との出会いによって、主人公は変化し、生きていく道を見出しましたというストーリー自体は、とてもよかったです。ただ、この作品の登場人物には、あまり熱が感じられないというか、心から何かを感じて動いているようには思えないところがあって、そこはかなり気になりましたね。作者の情熱は感じられるのですが、登場人物たちにその熱がうまく伝わっていないように思える。

  • 編集B

    渉はいい子で、周囲の人たちもいい人。みんなが優しく人を思いやっている、ものすごくきれいで優しい世界。そこが逆に、なんだか引っかかる。

  • 編集A

    「いい話」を書こうとしているというか、良識に囚われているような印象がありますね。登場人物も作者も、まだ本音を出していない感じ。

  • 編集G

    「ちゃんとした話」にしようとか思わないで、思い切った作品に一度チャレンジしてみたらいいのに、と思いますね。

  • 編集D

    暴走してもいいから、一度思うがままに、自由に書いてみてほしい。もしかしたら、突き抜けたすごい作品ができあがるかもしれません。

  • 三浦

    作者のいい意味での突飛な発想が、活きるかもしれませんよね。

  • 編集C

    読み直しとかは、きちんとされている方だと思います。それこそ、ちゃんとした原稿になっているので、読みやすい。そこはとてもいいですよね。

  • 三浦

    以前の作品よりも、文章は着実に上手くなっていると思います。今回指摘させていただいたことを踏まえつつ、再度チャレンジしてみてほしいですね。

関連サイト

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