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選評付き 短編小説新人賞 選評

命の炎

ひとつ葉

31

  • 編集A

    二十代半ばの青年、「私」が、中学二年生のときの大晦日の出来事を回想しているお話です。年が明ける真夜中、友人と初詣に来ていた主人公は、何年も前に引っ越していった幼馴染の少女、松原と出会います。彼女に誘われ、二人だけで銚子まで初日の出を見に行くことになった。実は彼女は複雑な家庭事情に悩んでいて、プチ家出中でした。多感な年頃だし、一歩間違えば自殺していたかもしれなかったのですが、主人公に付き合ってもらって初日の出を見られたことで、気持ちが持ち直したらしい。無事に家へと帰って行きました。そして主人公にとっても、それは青春時代を彩る、ほろ苦くも大切な思い出の一つになったわけです。後半では時間が現在に移り、同棲している彼女との絆がさらに一段深まったような、いい雰囲気で話が締めくくられています。前半の中学二年生の「私」と比べると、現在の「私」はちゃんと若い大人の男性へと成長を遂げている。幼馴染の女の子と夜中に電車に乗るだけで内心どぎまぎしていた、あの青臭い少年が、今やこんなに大人になって……と思うと、感慨深いですよね。

  • 編集B

    現在の「私」は、電車のシートで恋人に寄りかかられても、「最早それにいちいち動じることはなく」なっているんですよね。ちゃんと経験を重ねて大人になっている。

  • 編集A

    中学二年の「私」は大晦日に、幼馴染の女の子の言動にいちいち心を揺らしながら、忘れられない長い夜を過ごした。夜中に電車を乗り継いで、女の子と二人で長距離移動なんて、彼にとっては非日常の大きな出来事だったわけです。でも今の「私」は同じことを、安定した関係の恋人とサクッとこなしている。本当に成長しましたよね。たった30枚で、「初詣」という一つのエピソードにすべてを集約させて、一人の人間の11年間をよく書ききったなと思います。私はイチ推しにしました。理屈っぽい男性の一人称であるというのも、本賞の投稿作としては割と異色で、新鮮でしたね。まあ文章がちょっとくどいと感じるところも、実はけっこうあったのですが。

  • 三浦

    はい、とてもうまい作品でしたね。この語り口も、私はすごく面白いと思いました。

  • 編集A

    大人の「私」が回想している話とはいえ、前半の中学生部分では、やっぱり語り口がやけに「ジジくさい」と感じますよね(笑)。

  • 三浦

    まあね(笑)。だけど「ジジくさい語り」こそが、この主人公特有の語り口なんだろうなと感じることができました。無闇にチャラつくのをよしとしない、含羞と諧謔の精神がある人というか。

  • 編集A

    現在の「私」だって、大人とはいえ、まだまだ若者ですよね。若い男性のこういう堅苦しい喋り方って、「実際あるな」って思います。知識をいっぱい詰めこんで、説明的な文章で長々語っちゃう青少年って、実はけっこういますよね。そのニュアンスがよく出ていた。

  • 編集B

    私も読んでいて、この小難しい喋り方が、「いかにも男子という感じだな」と思いました。男性の一人称作品ですから、語り口に「男子らしさ」が出ているのは悪くないですよね。

  • 三浦

    しかもこの語り口には、そこはかとなくユーモアが感じられますよね。作者はそれを狙って、あえてこういう書き方をしているんじゃないかな。また、もし意図していなかったことだとしても、期せずして面白い効果が生まれたのだとしたら、それはそれでいいことです。私は読んでいて、すごく楽しかったですね。例えば5枚目。電車に揺られながら、「車内のどんよりとした温かさにも慣れてくると段々、赤子になって母の手の中で揺られているかのような心地良さを感じてきて」って、かっこつけて内心で滔々と語っているところへ、いきなり大音量で携帯が鳴ってビクーッ! と慌てて出てみれば、実際のお母さんが「あんた、どこにいるの?」って(笑)。

  • 編集B

    で、すぐさま「ごめんなさい」ですよ。地の文では大人びた喋りをしてるのに、実はただの子供(笑)。

  • 三浦

    それで電話を切ったら、今度は「松原、お前これから死ぬつもりなのか?」って。なんというストレートで唐突な話の切り出し方(笑)。すごくおかしいですよね。

  • 編集C

    この語り口には、なんだか笑いを誘われますね。小さな子供が、もったいぶって大人の真似をしているみたい。「(深夜の外出は)私の中で年越し蕎麦や紅白歌合戦より何よりも甘美であった」とか(笑)。すごくいかめしい喋り方をしているんだけど、実は全然たいした内容じゃない。

  • 三浦

    主人公自身はごく普通に、自分的に自然な喋りをしてるだけなんだろうけど、その真面目くさった堅苦しい言い回しに、逆にユーモアが醸し出されているんですよね。やっぱり私は、作者は意識的にこういう書き方をしているのではと感じます。すごくうまいと思いますね。

  • 編集D

    僕もこういう語り口は嫌いではないんですが、読んでいてちょっと疲れるものも感じました。

  • 編集E

    確かに。こういう文体で延々300枚とか書かれたら、読むのが辛くなるでしょうね。でも30枚なら許容範囲だと思います。面白いままで話を終えられる。

  • 三浦

    今作においては、内容と文章が枚数にマッチしていましたね。

  • 編集D

    全体に、描写もすごくよかったです。例えば12ページ目の、「(電車の)ドアが仰々しく開くと何となくもう朝の気配を忍ばせていそうな鋭い冷気が車内に侵入してきた」、なんてところとか。

  • 三浦

    はい。その少し前のところもよかった。電車がひとけのない駅に停まって扉が開いたとき、「乗客は乗って来ず、まるで電車に命が宿っていて、少し疲れた為に一旦息を吐いたかのようだった」。実にうまいですよね。こういう描写って、なかなかできないと思います。「今まで思いつかなかったけど、言われてみれば確かに」と感じる、見事な表現です。

  • 編集B

    登場人物の移動感も、すごくうまく書けていたと思います。中学二年生のときのことが描かれている前半パートでは、電車の移動が話の大半を占めていますよね。電車を乗り換えたり、途中下車したりもしています。冒頭のシーンから見て行ったら、神社に行って、電車に乗り、途中で降りてまた神社に行き、また電車に乗って……と似たような場面が繰り返されているのですが、読んでいてまったく混乱しない。こういうの、もし描写が下手な人が書いたら、読者は頭がこんがらがってしまうと思うんです。でもこの作品では、主人公が今どこにいて、何をしているところなのかが、すんなりとわかる。時間軸がしっかりとしていますよね。主人公たちは何時間もかけてかなりの距離を移動しているんだけど、その移動感とか時間の経過感というものも、すごくよく出ていたと思います。

  • 三浦

    実感が伝わってくる描写でしたよね。おそらく作者は、年末年始の電車の運行ダイヤとかも、きちんと調べた上で書いてるんじゃないでしょうか。少なくとも、読者がそう感じられるほどのリアリティが、本作にはちゃんとありました。

  • 編集B

    新勝寺のごった返すような賑わいだとか、電車ごとに変わる乗客の顔ぶれとか、人気のない夜の駅の静けさ、初日の出の前の浜辺の澄んで冷えた空気感などなど、場面の状況や雰囲気を、とてもよく出せていました。本当にうまいと思います。しかも、情景描写と織り交ぜながら、キャラクターの内面もちゃんと描いていますよね。移動しながら、会話しながら、主人公の想いが移り変わっていく様子が描けている。レールの上を走っていく電車と、主人公の気持ちの流れとがリンクして、忘れがたい青春の1ページになっています。この「中学生編」はすごくよかった。

  • 三浦

    同感です。中二の「私」にとっては、この夜のことはすごく特別な体験であり、一種の大冒険だったわけですよね。女の子に誘われて、二人きりで夜中に電車を乗り継いで、その間ずっと、彼女のこと、自分のこと、あれやこれやにグルグル考えをめぐらしながら、密かにドキドキしたりしている。思春期の少年の気持ちがすごく伝わってきて、とてもいいなと思いました。

  • 編集B

    ただ、「中学生パート」がすごくよかった分、後半の「大人パート」のところでは、やや失速してしまったかなという印象がある。少年時代にはユーモアを感じた小難しい語り口も、大人になった今となっては、普通に「理屈っぽい人の喋り」になってしまって。

  • 編集A

    しかも途中で、夢だか幻想だかわからない世界に入り込んだりしてましたね。語りもどんどん哲学的思考みたいになっていく。「私たちは毎日スワンプマン的に生まれ変わり」とか書いてあるんだけど、なんのことだか、ちょっとよくわかりませんでした。

  • 編集C

    私もわからなかったので、「スワンプマン」を検索して調べてみました。どうやら、「ある男が落雷で死んだ。その男の死ぬ直前の状態と、原子レベルで全く同一の状態が再現されている泥でできた男は、生前の男と全く同じ思考・行動をとるが、果たして同一人物であると言えるのか」みたいな思考実験らしいのですが……結局よくはわからなかった(笑)。要するに今作においては、「私たちは毎日、新しい存在として生まれ変わっている」、みたいなことを言っているのかなと思います。

  • 編集A

    現実の電車が、いつしか幻想の世界の電車になっていて、窓に映る自分もいつしか老人になっていて、その「自分である老人」と暗喩に満ちた会話をして、自分自身もいつの間にか老人になっていて――と、なんだか意味ありげな夢シーンが挿し込まれていたりする。でも、大人になった主人公が披露している思考は、内容がいささか汲み取りにくい。ちょっと読者が置いてけぼりを食う感じがありますね。

  • 三浦

    確かに「大人パート」のところ、特に現在の彼女と初詣に出かけるシーンは、頭で考えて書いているというか、主人公の内的思考を深め過ぎてわけがわからなくなっちゃってるところはあると思います。でも、それがまたこの主人公特有の、「成長して大人になっても、なんだかまだ青臭い」感じにつながって、私は悪くないと思います。それにこういう、現実と幻想の世界がいつしか混ざり合って――みたいな展開って、純文学とかではよくありますよね。

  • 編集B

    そうですね。それに、このお話にオチをつけるのはかなり難しいことだろうと思うのですが、この夢オチ的なシーンが、ラストへとうまく話をまとめていく仕掛けとして機能している面はあると思います。

  • 三浦

    はい。ラストの恋人とのやり取りも、ちゃんと前半の、「それで、あなたは何を祈ったの?」という台詞を受けて展開されてますよね。作者はいろいろ考えた上で台詞を配置し、話を展開しているのだと思います。ただまあ、女の人の口調が、やや作り物っぽい印象なのは否めないですね。なんかちょっと、三昔まえぐらいの小説に出てきそうな女性の喋りかたというか(笑)。

  • 編集F

    「あら、慎ましい少年だったのね」、とかね(笑)。それに対して男性が、「育ちが良いんだ」なんて返しをすることも、現実にはないでしょう。芝居くさいというか、「文学的に気の利いた会話」という感じですね。

  • 三浦

    もしかしたら作者もまた、こういう台詞を書いてみたいという、「書き手としての青臭さ」を持っていらっしゃるのかもしれません。そして私は、それはすごくいいことだと思います。私も身に覚えがあるので、そういう気持ち、とてもよくわかります(笑)。

  • 編集D

    何かしら小難しいこと言いたいとか、気の利いた文章を書きたいみたいなことって、ありますよね。

  • 三浦

    そうなんです。自分の恥部を見せつけられるようで、読んでいて顔が赤らむ感じがあるんだけど、でもそこがすごくいい。べつに物書きに限らず、ほとんどの大人にとって身に覚えがある感覚ではないでしょうか。主人公は、大人といってもまだ二十代半ばですから、青臭さの抜けない感じが残っていても問題ないし、むしろそこがよかった。読んでて気恥ずかしくなる感じが(笑)。

  • 編集B

    それに、キャラクターとして、終始一貫しているとも言えますね。「私」は成長はしてるんだけど、本質は変わっていない。つい、やたら理屈っぽい言葉で、壮大な思考をしてしまう(笑)。

  • 編集A

    ただ、タイトルとペンネームは、再考してほしいですね。

  • 編集F

    この作品のテイストと、『命の炎』という激しいタイトルは、ちょっと合ってないですね。でも、作者に書きたいものがあるということは、作品から強く伝わってきました。

  • 三浦

    作者には「こう書きたい。話をこう持っていきたい」という明確な意思があるし、また、その通りに書けていると思います。後半が迷走しているかのように見えて、その実、ちゃんと計算されているんですよね。30枚でうまくまとまっているし、登場人物たちの気持ちもよく伝わってきました。

  • 編集A

    作者はすごく頑張って、この話をうまく30枚の作品として成立させていると思います。

  • 編集B

    情景描写とかも、とてもよかったですよね。

  • 三浦

    はい。今回惜しくも受賞は逃しましたが、本作はべつに、「ここを直したほうがいい」というような作品ではないと思います。この作品はこのままでいいので、新たな作品に挑戦していってほしい。とても筆力のある方だとお見受けしますので、いろいろな作品が書けそうだなという気がします。今後も、書きたいものを自由に書いていったら良いのではと思います。

  • 編集E

    変に読者受けとかを考えることなく、自分を信じて書き続けていってほしいですね。

  • 三浦

    ジャンルも最初から限定はしないで、純文学とかにトライしてみるのもアリだと思います。ご本人が人生経験を積まれるにつれて、今の青臭さも程良くマイルドになって、また別の世界の描き方ができるようになるかもしれませんよね。いいタイミングでいい題材が見つかれば、すごく面白い作品を書ける方なのではと思います。がんばってみていただきたいです。

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