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選評付き 短編小説新人賞 選評

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沖江 純

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  • 編集A

    父子家庭で「母親」という存在に触れることなく育った主人公と、主人公と同い年の娘を病気で亡くしたばかりの女性。全く他人の二人が、ほんの数時間を一緒に過ごし、別れる寸前に、本物の親子ほどの濃密さでつかの間心が触れ合う。一瞬の気持ちの揺らぎが、みるみるエモーショナルな高まりへと発展していくクライマックスの描写は見事でした。二人の気持ちの盛り上がりが感動的に描けている、とてもいい作品だと思います。私はイチ推しにしました。話のほとんどが、二人が会っている数時間のなんでもないようなやり取りと、主人公のわずかな回想で占められているのですが、その淡々とした描写の中から、二人の過去や思い、人となりみたいなものが浮かび上がってきて、とても小説らしい作品に仕上がっていたと思います。

  • 編集B

    私もイチ推しにしています。描写の感覚が、非常に優れているなと思いました。それに、ベタだとは思うけど、ラストの「おかあさ……っ」ってところでは思わず胸にグッときて、泣かされてしまった。

  • 編集A

    心に沁みるよね。私は、「今、私たちは果てしなく親子に近い他人だ」というところがとても好きでした。すごく印象的な一文だと思います。それぞれが抱えている欠落感のようなもの、乾いて干からびていた心の一部を、ほんの一瞬、お互いの存在が潤し合ったということなのでしょうね。

  • 編集B

    私もちょっと心が疲れて乾いていたので、泣きのツボを突かれてしまいました(笑)。もうほんとに、ハートに直撃でした。

  • 三浦

    このラストの高まりは、とてもいいですよね。ぐっと胸に迫ってくるものがあります。ただ、一つわからなかったのですが、どうして美紀さんは、北海道行きの理由を夫に正直に言わなかったのでしょう? 亡くなった娘が丸ごと書き写すほどお気に入りだったブログの作者なら、お父さんだって「俺も会ってみたい」と思うかもしれないですよね。

  • 編集B

    「薄情な母親だと思われるから」と書いてありますが、この理屈はちょっとよく分からない。死んだ娘に少しでも関係しているものをつい追いかけてしまうのは、このお母さんの立場ならむしろ当然ですよね。「薄情」どころか、「娘を愛しているがゆえ」なのに。

  • 三浦

    理屈がうまくついていないのは、「父親」という存在を、作者が無理やりこの話から排除しようとしているためではないか、と推測しています。「母親と娘」の話としてまとめるために、「父親」には登場してほしくなかった。そしてその遠ざけ方が、ちょっと強引だったということかなと。

  • 編集B

    作話のための作為が、透けて見えてしまっているということですね。もう少しうまい理由付けをしていれば、読者は気づかなかったかもしれないのですが。

  • 編集C

    ただ、この話には、「男親と女親は、こんなところが違う」みたいなことが、あちこちに入ってますよね。「男ってこうだ」みたいな性別による決めつけがあるのは、とても引っかかりました。

  • 三浦

    言われてみれば、ややステレオタイプな決めつけですね。

  • 編集B

    美紀さんが「男親ってなんとなく自分の感情を前に出しがち」と言うと、主人公が「ああ、確かに」と同意して、あたかもそれが一般的事実であるような描かれ方をしていますが、ちょっと決めつけすぎかなと思います。作者の価値観が話に入り込んでいるようで、気になりますね。

  • 三浦

    そうですね。ただ、そこにこそ、作者の心をザワつかせているもの、小説を書きたい動機みたいなものがあるのかもしれない。それこそが今作のような、「母と娘」の気持ちが一体となって盛り上がる瞬間を描ききる原動力になったのではないかとも思います。

  • 編集B

    ただ、創作の動機が「母なるものへの思い」であるのならなおさら、作中に「母性」という直接的な言葉は使うべきではないと思います。

  • 三浦

    確かに。「心の闇」みたいな言葉と同じで、モヤモヤしたものを、あまりにも簡単にまとめすぎていますね。「母性」と書いてしまったら、美紀さんの抱えている言いようのない思いの全てが、「それは母性である」と片づけられてしまう。それに科学的には、実は「母性というものはない」という話も聞きますしね。

  • 編集C

    「母性」というのは、すごく色のついた言葉ですから、あまり使わないほうがいいと思います。それに、これは一人称作品だから、地の文は主人公が喋っているわけですよね。18歳の女の子の語りの中に「母性」という単語が出てくるのも、なんだか違和感がある。26枚目に出てくる「母性」のところは、単に「気持ち」と言い換えてもいいんじゃないでしょうか。せっかくの盛り上がりのシーンなのに、ほんの一つの言葉選びでこちらの気持ちが引っかかってしまって、とてももったいない感じがしました。

  • 編集A

    でも、作者の中に、創作の動機になるほどの引っかかりがあるのは、私はいいことだと思う。例えばこの主人公は、父親と一応良好な関係を築いてますよね。母親がいないままで育ったけど、そのことを特別辛いとは思っていなかったように見える。でも、「父は、私が何か言うと、『感想』だけを返した」というところがありますね。「感想」って、わざわざカギカッコをつけているということは、主人公は、「感想」しか言わない父親に、何かしら不本意なものがあるということだと思います。そうはっきりとは書かれていなくても、たとえ主人公自身には自覚がなくても、読者には伝わってくるものがありますよね。こういう描写は、作者の中にそれなりの引っかかりがないと出てこないんじゃないかな。文章の端々に、主人公の語らない気持ちがにじみ出ているのは、私はすごくいいなと思いました。

  • 三浦

    気持ちの描き方は、とてもうまかったですよね。例えば21枚目。待ち受けの写真が消えて黒い液晶画面に戻ったとき、主人公が「娘さんと私は顔も筆跡も似ていなくてなぜか残念に思った」というところ。ここ、すごくいいなと思いました。主人公が何を感じたのか、どういう気持ちになったのかということを、説明ではなく、読者にいろいろ想像させる形で、でも的確に伝えてますよね。描写もとてもうまいと思います。22枚目の、「中央にワサビがお灸のように添えてあった」なんて、すごく独創的(笑)。

  • 編集B

    目に浮かびますよね。今まで考えたこともなかったけど、言われてみれば「お灸……確かに!」って(笑)。

  • 編集A

    描写力は非常に高いですよね。さりげない文章に、ふと胸を打たれたりする。「福島のあかべこみたいにゆっくりと首を揺らす」なんてところも、私は好きです。

  • 三浦

    面白いですよね(笑)。ただ、作中に出てくるアイテムとか、文化・風俗みたいなものが、なぜか微妙に古いのには、かなり引っかかりを感じました。この作品は、現代が舞台ですよね。それも、「今現在」が舞台なのだろうと思います。その割に、いろいろなものがちょっとずつ古臭いような印象を受ける。例えば冒頭から「ブログ」が出てきますが、主人公のやっているブログって、日記代わりの日常系ですよね。今どきこういうブログをやっている十代の子って、あまり見かけないように思います。ものすごくコアでマニアックなアニメ系ブログを書いているとかなら、まだわかるのですが。それなら、アニメ好きの優実さんが目を止めたのにも納得がいきますし。

  • 編集A

    確かに。「明日からテストだあーウエエ」なんて内容のブログでは、閲覧してもらえる可能性は低そうですね。ただまあ、今どきのSNSだと、まずメンバーにならないといけないから、誰でも見られるわけではない。全くの他人がネット上でなんとなく行き当たったという設定に合わせるには、「ブログ」が適当だったということなのかも知れないですね。

  • 編集B

    キーアイテムとして、『魔法少女まどか☆マギカ』という有名なアニメが出てきますが、ここ3年内の日記の中に登場する作品としては、これもやや古いかなと感じます。

  • 編集D

    「セカチュー」も、今の18歳の女の子の間で、そんなに知名度が高いようには思えないですね。

  • 三浦

    18歳の主人公の名前が「裕子」だというのも、ちょっとクラシックかなという気がするし、「干物女子」という言葉も、あまり最近は耳にしないですよね。若い女の子が自分に使うのにも違和感がありました。

  • 編集A

    そもそも、18歳の若さで自分を「干物」とか言わないでほしい。本物の干物女子に怒られますよ(笑)。

  • 三浦

    それに、美紀さんは50代後半くらいということですが、となると、40歳くらいで娘さんを産んだことになる。もちろん、そういう方は世の中にいくらでもいらっしゃいますが、18歳の主人公が「母親」を感じる相手としては、ちょっと年齢が上かなという気がする。なぜわざわざ微妙に差が開いた年齢設定にしたのかなという点で引っかかります。理由がわからなくて。

  • 編集E

    美紀さんは高齢者用のスマホを使っていますが、今どきの50代はまだまだ若いから、そういうのは選ばないんじゃないかな。

  • 三浦

    はい。これらはいずれも、間違いとまでは言えないことなのですが、読んでいてなんだか引っかかりますよね。微妙に今の時代から外れているような、ちぐはぐ感がある。

  • 編集A

    主人公の年齢と感覚が、現実の18歳とズレている感じなんですよね。

  • 編集B

    これ、7~8年くらい昔の時代設定にしておけばよかったかもしれないですね。

  • 編集A

    でもそれだと今度は、「シニアスマホ」とか「YouTuber」とか出てくるのがおかしくなってしまう。

  • 三浦

    とにかくもう少し気を配って、主人公の年齢にふさわしい設定なり要素なりを持ってきたほうがよかったなと思います。「なんだか古い感じだな」「ちょっと時代感などの整合性が取れていないのでは」と思うところがあちこちにあって、とても気になりました。例えば他にも、「すくいとる一口分が手毬寿司くらいある」とか。手鞠寿司って、確かに一口で食べるのは大変かもしれませんが、そうは言っても小さめではあるので、サイズ感の表現としてやや混乱するというか、すぐにはピンと来づらいというか。「ちょっと背伸びをして、ミルクティーに砂糖を入れずに飲んだ」というのも、「しかしミルクは入ってるわけで……」と思えてしまって、背伸びと認定していいのかどうか、これまたピンと来にくかったです。細かいところなんだけど、読んでいて一瞬、「ん?」と思ってしまう。

  • 編集E

    あと、お話が計算され過ぎているようなところも、私は引っかかりました。母親のいない女の子と娘を亡くした母親を登場させ、二人を近づけさせるという、小説を書く上での青写真が、この話には最初からしっかりとありますよね。それが逆に、作り込みすぎというか、計画通りにすべてを当てはめているみたいに感じられて、なんだか人工的な小説という印象を受けました。もちろん、意図した話を、意図したとおりに、しかもちゃんと盛り上がる形で作れているのはものすごいことだなと思うのですが、その人工的な匂いに、ちょっと感動を妨げられてしまったところがありました。クライマックスでは、私も「うっ」とこみ上げるものがあったんだけど、作者のプラン通りに泣かされているのかなという気もしてしまった。小説としてはもう少し下手であってもいいから、「書き手の思いが思わず溢れてしまった」みたいな、気持ちのほとばしりが感じられるほうが、より感動できたかなと思います。ごめんなさい、すごく難しいことを要求していますけど。それに、単なる好みの問題かもしれないですし。

  • 三浦

    いえ、おっしゃることはよくわかります。レベルが高いからこそなんですよね。作者は書きたいものを、書きたいとおりに、ちゃんと書けている。なのになぜか、小さな違和感だったり、小さな不自然さだったりといったものが、作品のあちこちに転がっている。アイテムの微妙な古さだったり、咄嗟に意味を把握しにくい描写だったり。そういう細部がややおろそかになっていることによって、先ほどEさんがおっしゃったような「作話のための作為」が浮き上がって見えてしまう。主人公の生き生きとした生活や実感ではなく、その背後にいる「作者」の存在が透けて見えるような気がしてしまう。それゆえ、「なんだか人工的だな」という印象を抱いてしまうのではないかと思います。うまくできている作品だからこそ、細部への気配り不足が、逆にすごく目立ってしまうんですね。「こんなにうまい書き手なのに、なぜ……?」って引っかかる。非常にもったいないなと思います。いいところがいっぱいある作品なのに。というか、むしろいいところのほうが多い作品なのに。文章はうまいし、描写力もあるし、構成もちゃんと考えられている。その上で、きらりと光る、斬新な独自性も感じます。

  • 編集A

    この作品の発想自体は、すごく新鮮だと思いました。いじめとか恋愛とかっていう、ありきたりの内容ではないですよね。最初は「何の話だろう?」と思って読んでいたのですが、淡々と展開した後に、ラストでこんな盛り上がりを見せるなんて、全く予想外でした。しかも、ちゃんと胸に沁みる話としてまとまっている。

  • 編集D

    同感です。「こういう話でも、小説ってしっかり成立するものなんだな」と、改めて思わされました。

  • 編集A

    「亡くなった娘があなたのブログを書き写していたので、あなたに会いたい」という話の入り方も、すごく面白いと思う。「何が始まるんだろう?」と興味を引かれます。

  • 三浦

    二人が会うことになるまでの段取りとかも、いかにもな説明になることなく、うまく読者に伝えられていますよね。

  • 編集A

    登場人物がずっと、空港近辺から動かないのもいい。空港で会って、空港で別れていく。

  • 三浦

    この限定感も、非常に小説的でうまいですね。話の展開のテンポ感もいい。30枚という枚数にうまく収まるよう、いろいろ考えておられますよね。

  • 編集A

    人物が二人しか出てこなくて、場所は空港周辺だけで、やっていることも、お喋りしてご飯を食べるだけ。そういう限られた世界の中で、話を自然に展開させ、盛り上げて、きれいにオチをつけている。私はやっぱり、この作品は非常に優れていると思います。

  • 編集B

    それに、クライマックスのところも、私は純粋に感動できました。主人公が「おかあさ……っ」と言いかけて、自分で驚きますよね。そんなことを言うつもりは全くなかったのに、なぜだか口から、そう出てしまった。そもそも自分にはお母さんがいなくて、そんな言葉、口にしたことがない。子供の頃すら言ったことがなかったのに、なぜだか今この場で、その「おかあさん」が口からこぼれ出てしまい、その言葉の響きに自分でびっくりしている。「おかあさん」を求めている意識は全くなかったのに、なんで自分はこんなことを言ってしまったのかと、ひどくうろたえている。ここはほんとにすごくいい場面だったと思います。実は主人公だって、自覚はないままに心が乾いていた、辛い思いに気づかないふりをして生きてきたわけですよね。そういう主人公の気持ちが、それほどくっきり書かれているわけでもないのにすごく伝わってくる気がして、こみ上げてくるものを抑えられませんでした。

  • 編集A

    やっぱりこの盛り上がりのところは、グッときますよね。

  • 三浦

    そうですね。この場面には、書き手の気持ちがものすごく籠もっていると思います。きちんと論理的に作られている話なんだけど、クライマックスシーンには、その論理を超えた感情の盛り上がりが確かにある。そこが読者の胸に響くんですよね。

  • 編集D

    非常に読ませる作品でしたね。丁寧に作られている感じもいい。受賞作とは同点で、最後まで競り合っていました。本当に、あと一歩でしたね。

  • 編集A

    すごくうまく作られている作品に、いろいろと細かい注文をつけてしまいましたが、この作者さんなら、指摘された点を理解して、一層のレベルアップにつなげてくださるだろうと信じています。

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