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選評付き 短編小説新人賞 選評

君にしか見えない僕の影

星 雪花

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  • 編集H

    主人公は、引きこもり同然の日々を送っている青年です。夜明け前の庭先で、偶然通りかかった元同級生の女の子に話しかけられ、彼女に誘われるまま、久しぶりに家の敷地の外へと足を踏み出すことになった。その後彼女は、何度も「僕」を外に連れ出すようになるのだが――というお話です。普通に現実が舞台の話かと思いきや、真相に驚かされ、切なさに胸がじんとする物語になっていました。私はイチ推しにしています。主人公が長年抱えてきた辛い気持ちは、想像すると胸が痛むほどです。救いのある美しいラストになっていて、本当によかった。

  • 編集B

    主人公は、実は最初から死んでいたんですね。途中までは、それをさりげなくごまかしながら描いていて、うまいなと思いました。でも、タイトルでちょっとネタバレしているところはありますね。

  • 三浦

    ただ、作者の書き方を見ると、真相をひた隠しにしてラストで読者を驚かせようとまではしていませんね。途中でうすうす気づいていた読者もいるだろうと思います。この話は、ネタバレするしないなんてことに、さほど重点を置かなくていい作品だという気がしますね。人物の内面の描き方が秀逸だったので、演出上の仕掛けみたいなところには、あまり目が行かなかった。タイトルは多少説明的すぎるかなという気はしますが、意味的には今のままで問題ないと思います。むしろ、こういうタイトルにすることによって、「これはネタバレがどうこうという作品ではないんです」と宣言していると言えるかもしれない。

  • 編集B

    なるほど。確かに、全編にわたって、主人公の思いが切々と伝わってくる文章が連ねられていましたね。情景と心情がうまくかみ合っていて、切なくも美しかった。それにしても、この境君、ずっと庭にしかいられなかったのかな? 家の中に入ったりはできないの?

  • 編集H

    心理的な枷みたいなものがあったのではないでしょうか。身体が庭に埋められているので、「自分はここから動けないんだ」という無意識的な思い込みで自分を縛っていたのではと思います。

  • 編集B

    じゃあ、家族に起きた惨劇も、庭からただ見ているしかできなかったということでしょうね。その場面を想像すると、痛切な気持ちにさせられますね。

  • 編集A

    ただ、この一家の亡くなり方というか、身の処し方の選択は、ちょっと極端すぎるような気もする。ここまで悲惨だと、フィクション感が強いですよね。そこはちょっと引っかかりました。

  • 三浦

    ただまあ、現実に起きている事件とかを鑑みると、あり得ない話ではないのかなとも思います。逆に私は、「現実にもありそうに見える」ことのほうがちょっと気になりました。犯人は引きこもりだった、と報道される事件は、最近よく見聞きしますよね。タイミング的に、すごく微妙な題材だなと思います。こういう話題に敏感になっている方も多いと思われますので。

  • 編集B

    そうですね。特に、この作品で描かれている主人公一家の亡くなり方が、かなり悲惨なのが気になるところですね。

  • 三浦

    もしかしたら、読んで辛くなる人がいるかもしれない。「引きこもりの果てには、こんな絶望的な未来しかないのか」と、心理的に追い詰められる人がいないとも限らないです。

  • 編集B

    この作品は、はかなげで美しい空気感の漂う作風なのですから、主人公一家の死に様に関しては、もう少しぼかしてもよかったかもしれませんね。「ああやって死んだ、こんなふうに死んだ」みたいに具体的に書くのではなくて。

  • 三浦

    そうですね。それも一案だと思います。まあ、我々もちょっと、過剰反応しているのかもしれない。この作品は、「引きこもり」がどうこうということではなく、傷ついて辛い思いをしている人たちの繊細な心を描いたものですよね。思うようにいかない現実に打ちのめされ、自分をふがいないと責めている人間の気持ちを、見事に描き出していたと思います。でも決してそれだけではなく、その苦悩の先に、小さくても光はあるんだということも描こうとしている。誰かと出会い、心が触れ合うことで、登場人物たちは希望を見出した。気持ちが救われ、辛いばかりだった状況から変化していきましたよ、というお話なんだと思います。そういうことが、美しい情景とか、さりげないやり取りとかを通して、とてもよく描かれている。引きこもることは悪ではないし、引きこもっている人たちを犯罪予備軍みたいな目で見る風潮が、いかに危険で想像力に欠けたものか、改めて考えたりしました。

  • 編集D

    おそらく作者は、「今話題になっているから」という理由で、こういう話を描いたのではないですよね。「引きこもり」は大きな要素ではあるけど、そこにスポットを当てているわけではなく、あくまで、辛い思いをしている人が救われる話を書こうとしているのだと思います。

  • 編集H

    主人公は、決して他人を責めたりはしていませんよね。自分をいじめた人間を恨んだり、「家族のせいでこうなった」と思っている様子はない。静かに淡々と一人きりで苦しんでいる姿は,見ていて胸が痛みます。渡谷さんと再会できて、光の射す方向へ向かえるようになって、本当によかったなと思います。

  • 編集B

    ただ、そのぶん渡谷さんが、ちょっと都合のいい「装置」になっているかなとも思います。主人公に救いを与え、成仏へと導くための装置。そもそも、霊体となった渡谷さんがなぜ、すっかり疎遠になっていた主人公のところへ飛ばされてきたのか、よくわかりませんね。

  • 編集H

    初恋の人だから、じゃないですか?

  • 編集B

    でも、なぜこのタイミングで、ピンポイントで「初恋の人」へと霊体が向かうのでしょう? 彼女の人生において心に残る人物は、他にもいたのではと思うのですが。

  • 編集H

    これについては、渡谷さん本人も理由がわからないみたいですね。「境くんに会いたい」と思っていたわけでは全くないのに、「故郷を見たいな」と思っていたら、なぜか主人公の家の前に飛ばされていたらしい。

  • 編集F

    渡谷さんは、主人公一家の事件のことを知らなかったらしいですね。でも、こんな凄惨な事件が起きたら、地元では大きな話題になっただろうと思います。たとえ故郷を離れていたとしても、友人知人あるいはニュースなどから、情報は入ってくるはずじゃないかな。ましてや境君は、「小学校時代の初恋の人」ですよね。大人になった今でも気持ちを引きずっているほど関心がある相手のことなのですから、彼が中学一年で不登校になった時点で、その噂が耳に入っていてもおかしくない。なんだかちょっと腑に落ちません。疑問点がいろいろ生じてしまうので、この「初恋の人」設定は、やめた方がよかったのではと思います。魂が飛ばされた先で境君と出会い、「そういえば小学校で一緒だったな」と気づくくらいの知人度でよかったのではないでしょうか。

  • 編集H

    でも、「字がすごく綺麗だったよね」「すごいなあってずっと思ってたんだよ」と言われて、主人公はとても救われたと思う。だから、渡谷さんにとって主人公は大切な人、という位置づけは変えないでほしいです。恋心までは絡んでなくてもいいと思うけど。

  • 編集F

    渡谷さん側にも、「今このタイミングで境君に会う必然性」が何かあったらよかったですね。彼女もまた会うべくして彼に会ったのだという理由づけが用意されていたほうが、読者は納得がいくのではと思います。それなら、渡谷さんの「装置感」も軽減されますし。

  • 編集B

    そこは本当に気になります。現状では、渡谷さんは一個人ではなく、最初から「主人公の救済者」という役目を担っているキャラに見える。

  • 編集H

    渡谷さんは、いつから「境くんは既に死んでいる」と気づいていたんでしょうね?

  • 編集A

    24枚目で、「最初見たとき、もう向こう側の人だから見えるんだってことがわかって、悲しかった」みたいなことを言っていますから、最初から分かっていたんじゃないでしょうか。ただそれだと、矛盾を感じるところも若干ある。

  • 編集B

    「(今後も連絡を取り合いたいから)ケータイ持ってる?」って訊いてたりね。自分も相手も霊体だとわかっていたのなら、こんなことを言うのはおかしいですよね。

  • 編集A

    渡谷さんには、主人公のビジュアルがどう見えていたのか、そこもちょっと気になります。主人公がいつ亡くなったのかは、はっきりとは書かれていないんだけど、死んだときの年齢で外見が止まっているとしたら、渡谷さんよりけっこう年下ですよね。

  • 編集H

    なにしろ、小学生のときの眼鏡をまだかけているくらいですからね。「(境くんは)小学校の頃と全然変わってなくて」とも言っている。

  • 編集A

    場面映像を想像してみると、大人の渡谷さんと子供の境君、という取り合わせになるのかな? それで普通に会話しているというのも、ちょっと不自然だと思います。渡谷さんから見たら、「境くんは若くして亡くなったんだな」ということは一目瞭然のはずなのに、そこには一切触れていない。気遣ってスルーしているということなのかな。でも、境君一家の事件に関しては、何も知らないわけですよね。だからこそ、「いい高校や大学に行けたんでしょ?」とか平気で訊いたり、「どうせ暇なんでしょ?」とニヤニヤして言ったりしているわけで。どうも、冒頭シーンの渡谷さんの言動はよくわからない。彼女がこの時点で、何をどこまで知っていたのかということが、読み直してもはっきりしないです。

  • 編集B

    このシーンの渡谷さんが随分お気楽な感じであること自体、不自然ですよね。事故に遭って急に霊体となり、わけもわからず故郷に飛ばされてきたというのに、戸惑いも焦りも感じている様子がない。普通、「私、これからどうなるんだろう?」「このまま死んじゃうのかな」とか考えて、不安にさいなまれたりするものじゃないかな。むしろ、パニック状態になっていてもおかしくないと思う。

  • 編集H

    もしかしたら、渡谷さんにはまだ、自分が霊体という意識があまりなかったのかもしれないですね。身体から抜け出て間もないので、「あれ? 私どうしてこんなとこに?」「よくわからないけど、ここは故郷の町だ」「わー、境くんがいる」みたいな、深くものを考えられない状態だったのかも。

  • 編集B

    でもそれなら、「私しばらく暇なの」「行きたいところがあるから、今度付き合って」みたいなこと、言いませんよね。どうも渡谷さんは、この最初の時点でいろいろなことをすでに理解しているように思えます。境君が死んで霊体になっていることも、自分が生き霊になっていることも知っている。そして、自分が霊体でいられる時間が限られていることをも知っていて、そのあいだ境君と一緒に過ごしたい、できれば元気づけたいという明確な意思があるように見える。

  • 編集A

    一方の、境君側の本音も気になりますね。話の前半では「境君は霊体である」ことが伏せられているから書かれていないけど、一番最初に渡谷さんが話しかけてきたとき、「え、僕のことが見えるの!?」みたいには思わなかったのかな?

  • 編集F

    ちょっとその辺りの、それぞれのキャラのスタンスがぼんやりしていて、引っかかりますね。つじつまの合わないことを言っていたりして、矛盾を感じる点が多い。

  • 編集B

    だからどうしても、渡谷さんが「救済者」という装置っぽく見えてしまうんですよね。迷える主人公を成仏へと導くために話に登場してくる、人間を超越した存在のように感じられる。

  • 編集H

    実際、霊界のシステムをなぜかよく知ってたりするんですよね(笑)。30枚目で、「境くんはまた生まれ変わる。まあ、自殺した影響が魂に残るから、ちょっと時間はかかるけど」みたいなことを言っています。「人を愛するために生まれてくる」「一番望んでいたことを魂は覚えているから、その渇望に導かれて、また地球に生まれる」とかね。

  • 編集B

    境君も同様です。渡谷さんに対して「君は死なない。死ぬには光が多すぎる。魂がまだ肉体と結びついているから」なんて、妙に霊界事情通みたいな発言をしている。

  • 編集F

    作者が、作品内の諸事情に関することを、登場人物の口を借りて説明してしまっている。だから、「そのキャラが喋りそうにない」台詞になっているんですね。

  • 編集B

    とはいえ、この話に死神とか天使とかを登場させたら、すごく陳腐になってしまいますよね。

  • 編集D

    主人公たちに霊界のシステムを説明させたりしないで、「これからどうなるのか、はっきりはわからないけど」というスタンスで会話をさせればよかったのではないでしょうか。「何十年後、何百年後でもいいから、また生まれ変われたらいいよね」みたいに。「きっといつか会える」と断言するのではなく、「いつかまた会いたいな」「うん、僕も」くらいの感じで。

  • 編集A

    そうですね。そのくらいのニュアンスの方が良かったですね。

  • 編集D

    もっと言えば、「遠い未来に、二人は必ず再会するのであろう」と後々の方向を決めて終わるのではなく、別れ際に「また会おうね」と言い合ったんだけど、渡谷さんはそのすべてを忘れて自分の身体に戻っていった、みたいな終わり方のほうが、物語として余韻があったかなと思います。

  • 三浦

    そうですね。でも、文章はすごくうまかった。登場人物たちの繊細な心情を、非常によく表現できていたと思います。

  • 編集H

    さりげない文章のようでいて、「おっ」と目を引かれる描写があちこちにありましたね。「世界のところどころに生じている亀裂に水を注ぐような声」とか。

  • 三浦

    テーマもすごくよかったし、しかもそれをちゃんと描けていました。本作は、誰にも気づかれないところで痛みを抱えている人たちに焦点を当てていますね。境君はもう、この世の人ではない。生きている人たちには彼の苦悩は気づきようもないことだし、さらに言ってしまえば、境君が成仏しようがどうしようが関係のないことです。でもそんな、誰に顧みられることもない存在だった境君が、この小説の中では確実に変化している。もしかしたら永遠に悲しみと諦めの中で漂い続けたかもしれない境君に、救いの光がもたらされたんです。作中の「現世」で生きている人間たちの暮らしにはさざ波一つ立っていないんだけど、主人公たちには人生を変えるほどの変化が起きている。この世の誰一人気づいていないところで起こっている出来事を、この作品は掬い上げて描いているんです。そこがすごくいいなと思いました。
    人の心を繊細かつ深く描けるというのは、やっぱり小説ならではですよね。文章だからこそ、こういうことができる。小説の特長というか利点を、すごくうまく活かしているなと思います。主人公たちは霊体だから、ある意味心の中だけでしかドラマは起きていないんだけど、そのドラマがしっかりと伝わってきますよね。読者にちゃんと伝えられる文章になっていました。

  • 編集B

    作品全体に漂ううら寂しいムードには、惹きつけられるものがありました。「境君、かわいそうに」って、つい思っちゃいますよね。

  • 三浦

    でもその、寂しさに満ちた境君、もう何を求めることもなくなっていた境君が、ついに海にまで出かけて、美しい風景を渡谷さんと一緒に見るわけじゃないですか。このあたりの描写は本当に素晴らしかった。読んでいて、「ああ境君、よかったね」と思えますよね。読者にそう思わせることができているのが、見事だなと思います。

  • 編集H

    憑依力とか陶酔力のある書き手さんだなと思います。

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