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選評付き 短編小説新人賞 選評

『弟の兄』

中條光

  • 編集G

    弟にコンプレックスを抱いているお兄さんのお話です。今はまだお兄さんの方が前を歩いているんだけど、弟くんは天性の才能を持っているので、近い将来追い抜かれるのではと戦々恐々としている。イラついて、焦って、友人にもつい嫌な態度を取ってしまったりする。そして、そんな自分にさらにイラついてしまう……主人公・充の苦しい思いはすごく伝わってくるし、共感できます。でも、充は最後には、そういう思いを全て正面から受け止めて、自分は自分なりに精一杯成長していこうと思うようになる。これがもうすでに、すごい成長ですよね。青春感のある爽やかなお話になっていて、とてもいいなと思いました。読後感がいいし、生まれながらの才能に恵まれている弟の一馬くんも、全然嫌なキャラクターじゃない。兄弟双方に好感を持てました。親友の純也くんがまた、いい感じの男の子なんですよね。過去のエピソードなどもちゃんと用意されていたし、奥行きのある物語が描けていたと思います。

  • 編集F

    切なさの滲むお話で、魅力的でしたね。なんといってもシチュエーションがいい。才能のある弟と、その弟にずっと密かに劣等感を抱き続けている兄。どうがんばっても、弟には勝てない。今はまだ自分が上だけど、きっともうすぐ負ける日が来る……この主人公の苦悩が、胸に響く読者は多いと思います。でも、その主人公の気持ちを察しつつも、あえてさりげない感じで寄り添ってくれる親友の存在が、とてもいい救いになっていますよね。お話もキャラクターも、好感度が非常に高いなと感じました。個人的にもすごく好みで、イチ推ししています。

  • 編集C

    私もイチ推しですね。やっぱりコンプレックスものって、ハートに直接突き刺さります。部活とかスポーツとかで、「どんなに頑張っても勝てない」というのは、自身の経験とも絡めて、すごく共感できることですよね。しかも、全体的には爽やかな話にまとめて、ラストもきれいに締めくくられていました。とてもよかったと思います。

  • 編集I

    読後感の良さは群を抜いていますよね。私は、その一点だけでも、イチ推しの価値があると思っています。それくらい良かった。定番の話だとわかってはいるのですが、すごく引き込まれました。

  • 編集C

    ただ、気になる点もけっこうありました。主人公が抱えている長年のコンプレックスが、純也の言葉だけで解消するというのは、ちょっと納得しづらいです。盛り上がりとしても薄いですよね。それに、純也はかなり重要な役どころを担っている雰囲気で話に登場しているのですが、その割に、主人公のコンプレックス関係のエピソードに直接絡んでいませんでした。これ例えば、弟の一馬くんに純也のペアの相手というポジションを奪われそうになるとか、そういう展開があったらもっと面白かったのにと思います。主人公の苦悩が主軸に据えられている話なので、これは読みごたえがありそうだぞと思って期待していたのですが、なんだか意外と、後半が尻すぼみで終わってしまった印象がある。

  • 編集A

    私は、6枚目で「純也が呟いた一言」というのがどういう台詞なのかわからなくて、気になりました。いくつか「これかな?」と思う台詞もないことはないんだけど、どれも「負け試合の後で、悔しそうに呟いた一言」としてはピンとこなかった。もう少しわかりやすく示してくれていたらと思います。

  • 編集C

    あと、一馬が登場してくるのが9枚目。これは遅すぎると思う。「弟へのコンプレックス」が主題なのに、その肝心の弟が、話の三分の一が経過しないと出てこないというのは、構成として問題があると思います。
    しかも、その登場場面の描き方も、ちょっとわかりにくかったですよね。8枚目で、女の子から声援を受けている主人公の名前が「水田くん」だと判明する。なのに次のページでは、「名前の持ち主は/手を振り返す」とあって、「あれっ?」と思っていたら、何行も後でようやく、そもそも弟への声援だったのだとわかる。もちろん作者は、演出効果を狙ってこういう書き方をしたんだろうけど、ちょっと長々ひっぱりすぎで、読者を無用に混乱させているように思います。

  • 編集D

    主人公たちが「テニス部」だというのが分かるまでにも、時間がかかってますよね。冒頭の走っているシーンには書かれていないです。吹奏楽部にサッカー、野球部と、他の部の単語は出てくるのに、肝心の主人公たちが何部なのかは、4枚目にならないとわからない。

  • 編集C

    その「テニス部」も、硬式なのか軟式なのかわからない。たぶん硬式なんだろうなとは思うのですが、やっぱりちゃんと書いておいてほしい。

  • 三浦

    さらに冒頭シーンに関してですが、私は最初、主人公と純也は校外を走ってるんだろうと思っていました。1枚目の最終行に、「曲がり角で純也の姿が一瞬視界から消えた」とあるので、どこかの道をジョギングしている様子を思い描いていたんです。そしたら、「校舎から、吹奏楽部の演奏が聴こえてくる」とあったので、「じゃあ、校庭を走ってるのかな?」「いや、『曲がり角』があるんだから、校舎の外周に沿って走ってるのかも?」とか、いろいろ考えてしまった。読んでいて、その場の様子を想像しにくかったです。話の冒頭からして、主人公たちがどこにいて何をしているのかがはっきり見えてこないというのは、かなり気になります。読者が場面をうまく脳内で映像化できるよう、もう少し書き方に気を配ったほうがいいですね。

  • 編集E

    主人公たちが中学生なのか高校生なのかも、よくわからなかった。情報を探して何度も読み返すと、あちこちの小さな描写から「たぶん中学生なんだろうな」と推測できるのですが、ちょっと読者に不親切ですよね。僕は最初、高校生の話だろうと思って読んでいたので、一馬くんの幼い言動にひどく戸惑いました。「高校一年生にしては、まるで小学生みたいだな」と。でも、現在中学一年生ということなら、「まだ小学生のようなあどけなさが抜けていない」のもわかります。でもやっぱり、こんな基本情報を読者に探させるべきではないと思う。

  • 編集F

    全体的に、情報の出し方がうまくないですよね。ただ、まだ書き慣れていないということかなとも思います。もしそうなら、これからどんどん書いて、書き慣れていけばいいだけです。経験を積んでいく中で、さりげない情報の盛り込み方を身につけることは充分可能だと思う。情報提示がうまくいっていない現段階でも、多くのイチ推しがつく作品を書けているのですから、伸びしろという点では、とても期待できると思っています。

  • 編集D

    同感です。この作品は、言ってみれば「エモい」ですよね。作者が主人公になり切って、ノリノリで書いている感じ。「一馬は、選ばれているのだ。天とか、神様とか、そういう類のものに。」とか、「たった今生まれてきたかのような、綺麗に澄んだ瞳。一馬が視線を向けるたびに、俺の光は吸い取られていく。やめろよ。やめろよ。」とか、ポエミーな文章があちこちにある。苦悩を詩的に語る主人公のモノローグが、読み手の感情に訴えかけてきます。これはこの作者の持ち味というか、得意分野なのでしょうね。すごく青春感があって、いいと思います。私のような青春を通り過ぎた大人は、読んでてキュンとしちゃう(笑)。

  • 編集G

    わかります。未熟な点はいろいろあるんだけど、それを補うほどの、魅力的なエモさがありますよね。

  • 編集H

    うーん、私は、その「エモさ」にはちょっと乗り切れなかったですね。作者がやろうとしていることはすごくわかるんだけど、描き方が少しズレているところがあるように思えました。例えば主人公は、純也の青いリストバンドについて、「本当は俺が欲しかった色」だと語った後に、「どうして本当に欲しいものは、いつも手に入らないんだろう」と悲愴感を深めている。でもそのリストバンドは、自分から純也に譲ってあげたものですよね。「どうして手に入らないんだろう」というのは違うと思う。なんだか不必要に苦悩しているというか、何もかもを「どうせ俺なんて……」という方向に結びつけて勝手に苦しんでいるところがあるような気がします。自分で苦悩を盛り上げているというか。

  • 編集E

    確かに、ちょっとやりすぎなところはあるかもしれませんね。

  • 編集A

    ただ、リストバンドの色の対比は、エピソードとしてよかったと私は思います。主人公は本当は青いやつが欲しかったんだけど、黙って身を引いて純也に譲り、不本意ながら自分は赤いのにした。いまだに多少、苦い思いがある。でも、その「赤」が、天才の弟はお気に入りなんですよね。「ラッキーカラーだから」と、新調した赤いラケットを嬉々として振っている。兄弟のコントラストがくっきりとついて、印象的なエピソードになっていたと思います。

  • 編集C

    この作品の「エモさ」自体は、私もすごく好きです。「うるせーよ」のリフレインとか、いいですよね。でもやっぱり、ラストは引っかかりました。苦悩が簡単に解決され過ぎで、拍子抜けしてしまいます。正直、もう少し悩んでほしかった。非常に惜しいなと思います。

  • 三浦

    そうですね。エモいのはわかるし、それはすごくよかったです。ただ、せっかくのエモさを活かしきれていないように、私も感じました。物語の進み方には、なんだかあらすじをなぞっているような印象があります。その原因の一つは、肝心なところを台詞で処理しちゃってるからかなと思います。終盤で、学校から一緒に帰りながら、主人公と純也が話をしますね。そのときの純也のちょっとした言葉に主人公は救われるんだけど、でも、長年の苦悩から抜け出すきっかけとしてはやや弱く、納得感がないです。作品全体を見渡してみても、会話で話が進んでいっているところが多いですよね。ちょっと小説として洗練されていないように感じました。現状の構成や語り方が、作者が物語りたいこととあまり合っていないというか、うまく機能していない気がする。
    これは一例ですが、こういう話の場合、ラストの弟との試合を、構成の中心に据えてみたらどうでしょうか。ラストシーンでようやく弟との試合を始めるのではなくて、もう冒頭から、「今、弟と試合をしている」というシーンにするんです。で、主人公が、どんなに頑張って弟の球を打ち返しているかを描きつつ、その合間に、これまでの葛藤とか、友人とのあれこれを入れていく。回想シーンとか、主人公の脳内での思い返しとして。

  • 編集C

    なるほど。そのほうが、話がぐっと引き締まりますね。緊張感のある試合シーンと、切ない語りや回想シーンが交錯すれば、緩急が切り替わってすごくいい。

  • 三浦

    はい。そうすれば会話に頼りすぎす、試合という主人公のアクション(動き)を通しても心情を物語ることができるはずなので、ぜひお勧めしたい構成です。特にこの話はスポーツが題材になっていますから、普通に時系列順に話を進めるより、身体的なアクションを積極的に描くやり方にしたほうが、より躍動感のある印象的な作品になるだろうと思います。
    「天才の弟と、それほどでもない兄」というシチュエーションには興味を引かれましたし、親友とのやり取りとかも、雰囲気がよく出ていてよかった。ラストの「弟よ」のリフレインとかは、確かにすごくエモいです。その「エモさ」を十分に活かすためにも、どういう構成、語り口、演出にしたら物語が一番引き立つかということを、もう少し考えてみたほうがいいかなと思います。

  • 編集D

    確かに。私、エモい部分は本当に好きなんですけど、情報の出し方などの基本的なところが、まだあんまりうまくないというのは感じます。

  • 三浦

    はい。いいものはすごく持ってらっしゃるんだけど、「小説のうまさ(技巧)」という点で、今一歩という感じです。やはりまだ、書き慣れていらっしゃらないのかなと思います。これに関しては、自作についてよく考えて取り組むように心がければ、必ず上達しますから、しょんぼりなさることはまったくありません。

  • 編集C

    情報の出し方みたいなところは、指摘されて本人が気づけば、どんどん改善していける部分ではありますからね。

  • 編集I

    拙い点があるのは重々承知で、私はやはり、この作品を推したいですね。ラストの、「弟よ」と何度も呼びかけるところは、本当によかった。全て受け止めて懸命に前に進もうとする主人公の気持ちが、非常にうまく描けていたと思います。ユーモアもあるのに、キュンとする。キャラクターの在りようとか心情を、理屈ではなく、腑に落ちる形で読者に伝えることができていたと思います。私はとても好きです。

  • 編集C

    私もです。実は、受賞作とは僅差で競り合っていました。今後大いに期待できる書き手さんだと思いますので、ぜひ頑張ってほしいですね。

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