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選評付き 短編小説新人賞 選評

『紫の家』

桜井かな

  • 編集A

    すごく怖かったです。

  • 編集B

    これはホラー作品と言っていいのでしょうけど、それにしてもセンスがいい。「こんなことがあったら怖いだろうな」っていうちょうどのところをうまく突いてきますね。

  • 編集A

    全体にそこはかとなく気持ち悪いんだけど、最初のうちはそれほどでもないんですよね。「そのうちホラー展開にでもなるのかな」くらいの気持ちで読んでいたのですが、だんだん気持ち悪さが増していって、最後は本当に怖いなと思った。だからこそ、「これいい!」って思いましたね。ちゃんと怖いホラーになっている。

  • 編集C

    じわじわ来るものがありますよね。特に「ママ」。最初は、上品で優しそうな女の人だったのに、徐々に雰囲気が怪しくなってきて、最終的にはとんでもなく怖くなる。特に、「うちの子になればいいじゃない」って辺りからは、もう私の頭の中で警報が鳴りっぱなしでした(笑)。

  • 編集A

    でも、実は主人公のほうも、ちょっと変なんですよね。

  • 編集B

    普通の子とは、ちょっとズレてますよね。まあ、親にほったらかされてるからってことはあるのでしょうけど、でもそれだって、ネグレクトってほどではないですし。お母さんはちゃんと家の中をきれいにして、ご飯も用意して、娘の様子も気にはかけている。

  • 編集D

    でも、この設定、ちょっとおかしくないですか? 実際に共働きで、子供を放任しないといけないほど忙しかったら、家の中をきれいに保ったりできないと思う。家政婦さんを雇っているとかならまだわかるんだけど。

  • 編集A

    まあでも、この話においては、その辺りの整合性はそこまで厳格でなくていいかなと思います。「私」は小学校4年生、という年齢設定が、また絶妙ですし。

  • 編集B

    上手いですよね。成立するギリギリだと思う。

  • 編集A

    小学1、2年生だったら放任はダメだけど、4年生なら一人でご飯食べて学校に行って、放課後も夜もずっと一人で過ごすけど、親はさほど気に留めていない、というのがかろうじて成り立つかなと思います。これが5年生になってしまうと、今度は「子供感」が急に下がってしまうし。

  • 編集C

    幼児に交じって遊ぶのも、「成長が遅い4年生」がギリギリですよね。5年生では無理がある。

  • 編集A

    小学5年生で、公園の砂場で毎日嬉々として泥団子を作っていたりしたら、かなり心配です(笑)。

  • 編集C

    この主人公の異質さと、「ママ」の気持ち悪さが、読み進むにつれてじわじわ増してくる描き方になっているのが、すごく上手だなと思いました。

  • 編集E

    特に「ママ」は、私は最初、本当に優しい人なのかと思っていました。主人公の気持ちに沿って読んでましたので。それが少しずつ妙な方向に変化していって、読みながら徐々に「んん……?」と違和感が増していくのがよかったですね。

  • 編集A

    もっとも、「ママ」の気持ち悪さ、胡散臭さみたいなものは、割と最初から提示されてはいるんですけどね、雰囲気的に。「なんか変」「なんか気持ち悪い」って、読者はどこかで感じてると思う。

  • 編集C

    でも、その変さのわりに、「ママ」は周囲に溶け込んでますからね。ママ友の輪の中で普通に談笑していたり。

  • 編集A

    だから、そもそもこの作品の世界観が、最初からちょっと変なんですよ。それが、そこはかとない不安感を醸し出している。

  • 編集F

    僕は最初、普通の現代ものかと思って読んでいたので、「ママ」が人からいろんな名字で呼ばれているという、ちょっとおかしなところも、まあそのうち説明があるのかなと思ってあまり気に留めていなかった。そうしたら、段々と話が妙な方向へ進んでいって。まさかこんな展開になるとは思いもしませんでした。驚きましたが、引き込まれましたね。面白かったです。僕はイチ推ししています。

  • 編集G

    うーん、皆さん、「登場人物たちや話の流れが、だんだんおかしな方向に進んでいった」とおっしゃってますけど、私は逆のことを感じましたね。けっこう唐突に変わったなという印象です。この作品は、主人公が「ママの家の子になる」というあたりで、話が急激な転換を見せていると思います。

  • 編集F

    確かにね。言われてみれば、話の流れは、終盤でガクンと大きく変化している。ここでギアが切り替わって、一気に怖さが盛り上がっていきます。そこもすごくいいと思った。

  • 編集A

    そうですか? いや、終盤の盛り上がりは私もすごくいいと思うんだけど、この話、けっこう最初から気味悪くない?

  • 編集F

    うっすらとした不穏さは最初からあると思いますが、それも割と淡々としたものですよね。だから最初のうちは、一体何の話を描こうとしているのか、よくわからなかった。「ママ」が「おいで」って手を出してくるあたりから、ホラー色が急に濃くなっていると思います。

  • 編集G

    ここで、急に向きを変えて加速するように、ストーリーが一気に展開し始めるのはすごく面白いと思います。ただ、タイトルでもある「紫の家」が、こんな後半でいきなり登場してきて、その後はこの「家」が中心要素になりますね。「ママ」が変なのも、この「家」に囚われているせいかなと思えるし、主人公は大人になってさえも、時折出現する「紫の家」に恐ろしい思いをさせられている。そんな重要な要素なら、チラリとでもいいから、話の最初のあたりにも登場させておいたほうがいいと思います。そのほうが、話の最初と最後がつながって、まとまり感が出ますよね。現状では、終盤で唐突に登場させた要素で、強引に話を締めくくっているみたいに感じられる。

  • 編集A

    そうですね。冒頭場面のどこかに、「紫の家」をチラッと登場させることは、そんなに難しくないでしょうしね。

  • 編集G

    逆に、「胸を叩く鍵」という要素は、ちゃんと最初と最後に配置されていて、すごくうまいなと思いました。

  • 編集C

    「本当の家の鍵」が胸を叩いて、危ない世界へ連れ込まれそうな主人公を引きとどめてくれてるんですよね。親の愛が守ってくれているというか。

  • 編集G

    「日常」の象徴としての「家の鍵」と、「非日常」の象徴としての「紫の家」。どちらも同じく、最初と最後で登場させてくれていたら、より納得感のある話になったかなと思います。

  • 編集A

    なるほど。それもそうですね。

  • 編集G

    話の真相も、ちょっとわかりにくかった。この「紫の家」というのはいったい何なのでしょう? 「ママ」は現実の人間と思っていいのでしょうか? 私は一応、ちょっと精神に変調をきたしている現実の人間なのかなと思って読みました。でももしかしたら、異世界の存在とかなのかな?

  • 編集B

    この「紫の家」というのは、概念ですよね? 居場所がないとか、疎外感を感じている人の心の隙間に入り込んでくる、魔の世界、魔の空間。そういうものとして私は読んだのですが。

  • 編集C

    私も概念だと思います。だから、年月が経った後でも何度も主人公の前に姿を現す「紫の家」は、彼女の内面が負に傾きかけたときに現れる幻覚のようなものかと解釈しました。

  • 編集B

    主人公にしか見えていないってことですよね。

  • 編集A

    うーん、でも、キヨコさんが「あたしもあの女もここからでられないんだ」って言ってますよね。てことは、この二人は「場所」の縛りを受けているということだと思います。だから、「紫の家」は実在するんじゃないかな。その家の中に入って、食べ物を口にすると、囚われの身になってしまうのでしょう。一旦そうなってしまうと、外出はできても、またこの家に引き戻されてしまう。

  • 編集E

    私もそう思いました。これは、魔の吸引力のある実在の家かと。

  • 編集H

    でもそれだと、その後も主人公が紫の家を見ることの説明ができない。あの商店街のある町からは引っ越したんですよね。なのに、隣の県へ引っ越しても、大人になっていろいろな場所へ行っても、主人公はあの紫の家を目にしている。

  • 編集B

    家が移動してますよね。まるで主人公を追いかけているみたいに。だから、彼女が居場所のなさや淋しさを感じたときにどこからともなく現れ、弱い状態につけ込んで引き込もうとする魔の空間、ということなのかなと思いました。

  • 編集F

    「概念説」では、「紫の家」は実在する家ではないということですか?

  • 編集B

    そうです。主人公にしか見えない、魔の異空間なんです。だから、どこにでも出現できる。

  • 編集C

    私は、家は移動してないと思う。大人になって主人公が目にするようになったものは、あくまで幻覚なんじゃないかな。

  • 編集B

    じゃあ、「紫の家」は今も、商店街を抜けた路地にあるのですか?

  • 編集A

    一見異なる二種類の解釈は、実は両立できるんじゃないですか? 「紫の家」は実在する。で、後にあちこちで目にする「家」は、主人公を取り込もうとする異空間みたいなもの。

  • 編集B

    では、大人になった主人公が「紫の家」を目撃しているその瞬間も、実在する「紫の家」は、相変わらず商店街の近くに存在し続けているということでしょうか?

  • 編集A

    そうです。いつでもそこに建っていて、なんなら訪ねていくこともできる。でも、この実在する「紫の家」もまた、ただの普通の家じゃなくて、魔空間みたいなもの。で、その家の中には相変わらず、「ママ」とキヨコさんが暮らし続けている。

  • 編集B

    それもなんだか、ぞっとする話ですね。

  • 編集H

    もしかしたら、主人公はまだ、本物の「紫の家」から出ることはできていないんじゃないでしょうか? 遠く離れていても、常に引き戻す力が働いているというか。

  • 編集F

    一度中に入ってしまったことで、何か繋がりができてしまったのかもしれませんね。主人公の心が不安定になって現実から逃げたくなったりすると、異空間が繋がって目の前に概念の「家」が出現する。

  • 編集H

    そういう可能性も考えられると思います。

  • 編集F

    ただ僕としては、どちらかといえば、「商店街には存在しない」設定のほうが好みかな。「紫の家」が実在して、あの二人が現実に生活しているとなると、「ママ」の異常さも現実のものということですよね。それだと、異常人格者が被害者を物色して自分の家に引きずり込もうとしている現代モノの話みたいになってしまう。

  • 編集C

    私はその設定のほうが好きですね。「異常者説」。

  • 編集H

    でも、商店街という狭い社会に、「ママ」のような胡散臭い人物が溶け込んで暮らしているということには、かなり違和感があります。通り抜けるだけの間にも、何人もの人に、違う名前で声をかけられていますよね。普通、「田中さん」のはずの人に、べつの人が「斉藤さん」と呼びかけているのを見かけたりしたら、不審に思うものじゃないかな?

  • 編集B

    「ママ」が実在して、ご町内で普通に生活を営んでいるという設定だと、いろいろ齟齬が生じてしまいますね。

  • 編集F

    主人公みたいに知り合いとしての度合いが濃くなってしまえば別だけど、つき合いの浅い人たちの認識をぼやけさせる能力というか、不思議な力みたいなものを持っているということかもしれない。「紫の家」に禍々しい魔力があるのは間違いないですから。

  • 編集A

    人格異常者であれ何であれ、もしただの人間なら、歳老いていくのは避けられませんよね。でもあの二人は、永久にあの家に囚われたまま変化しない存在という気がする。だとすると、やっぱり「異空間説」がいいのかな。あるいは、家は異空間だけど、あの二人は人間で、でも時空からは切り離されて永遠に囚われ続けている、とかね。

  • 編集F

    キヨコさんは被害者じゃないでしょうか。キヨコさんは異常者っぽくないですよね。主人公を助けてくれるし。「ママ」と「家」とがセットになっているということなんじゃないかな。キヨコさんも、かつて外から連れてこられて、それ以降、この家から出ることができなくなっているんだと思います。

  • 編集C

    疑似母親にするために連れてきたんでしょうね。

  • 編集F

    「人」を取り込もうとしているのは、この「家」そのものかもしれない。妖怪「紫の家」の、いわばチョウチンアンコウの偽餌みたいな存在がこの「ママ」である、という解釈も成り立つと思う。

  • 編集C

    私は、「ママ」たちは普通の人間である、と思いたい派です。この紫の家は実際に建っていて、商店街の端から移動しないでいてほしい。だって、この家が異空間で、住んでる人が異界人だったとしたら、そりゃあなんでもアリですよね。どんな不思議なことが起こってもおかしくない。それよりも、町の片隅に妙な家が実際にあって、なんだか妙な人たちが実際に暮らしていて……っていうほうが、薄気味悪くていいと思います。

  • 編集F

    確かに。それはそれで、すごく好みな設定です。

  • 編集G

    まあ真相は、現実の異常者であっても面白いし、妖怪みたいなものであっても面白いと思います。ただ現状では、異常人格者の話かと思って読んでいたら、架空の妖怪オチみたいになってしまっているから、若干肩透かしな感じがするんだと思う。設定は最初にきちんと決めて、その認識を持った上で書いていったほうがいいと思います。

  • 編集H

    作者としてはどういう設定だったのかは、ちょっと読み取れませんね。

  • 編集A

    こんなに議論しても、結局、はっきりこうだとは解釈しきれなかった。設定に関しては、もうちょっとわかりやすく伝えたほうがいいと思います。

  • 編集F

    あと、主人公の名前が「愛子」だということが、12枚目で急に出てきますが、これはいらないんじゃないかな。こんな中盤まで名前は出さずに来たのですから、最後まで名無しで通していいと思います。あるいは、どうしても出す必要があるということなら、もっと早いうちに出しておいてほしかった。

  • 編集G

    文章もちょっと読みにくいし、時制が混乱しているところも気になりました。

  • 編集B

    わかります。大人になった「私」が過去を語っているはずだったのに、いつのまにか、子供の「私」の現在進行形の物語みたいになってしまっているんですよね。でも、主人公の女の子の浮いている感じ、同学年の子供たちにどうにも溶け込めなくて、というあたりの描き方は、もう神がかったレベルの上手さだなと思いました。

  • 編集C

    はい。真に迫ってますよね。どういう子なのかということが、ありありと想像できる。そして、ホラー作品とはいっても、怖いものをバーンと出して「ギャッ」と読者を驚かせるのではなく、気味の悪さで読者を話に引きずり込んでいる。この手腕も見事だなと思います。

  • 編集A

    終盤に出てくる「生まれなおし」の場面は、私は本当に気持ち悪かった。いきなり汗ばんだ素肌に密着させられるとか、ワンピースの内側から「ママ」のブラジャーとパンツを見るはめになるとか、もう最悪(笑)。でも、その気持ち悪さが、ホラーとしてすごくいい。うまいです。ラストも書き過ぎていなくて、切り上げ方が上手だなと思いました。

  • 編集E

    読みごたえのある作品でしたね。

  • 編集A

    後からよく考えたらそんなに怖い話ではないんだけど、作品全体にぬるっとした薄気味悪さが漂っているのは、すごくよかった。次作がまたホラーになるのか、全然違う話になるのかは分かりませんが、また楽しませていただけたら嬉しいですね。

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