瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration星野和夏子

其の一:まずは自己紹介

幼少期からとにかく妖怪変化が好きで好きでたまらず、ばけものが出る話、もしくは出ないまでも、ばけものがどこかで必ずからむ話、もしくはばけものじみた変人が登場する話をずっと書いてきた。もはや「ノーばけもの、ノーライフ」「ばけものなくして生きる甲斐なし」ぐらいの勢いである。もちろん、こんな自分が少数派であることは重々承知している。その昔、「ばけものが書きたいんです」と熱く主張したらば、「ばけもので食っていけるのは水木と京極だけ」と、あっさり受け流れたことがある。でも、そう言われて自分はむしろ嬉しかった。ひとりだけならともかく、ふたりも食っていけるのなら、この分野には充分、芽があると思ったからだ。実際、どうにかこうにか食べていけている。それもひとえに、応援してくださる読者のかたがたが、少ないながらも確実にこの世に存在してくれているからだろう。そんな読者の皆さまがたに、ささやかなギフトのつもりで、「本文はもちろん、文庫のあとがきも読んで面白いと思ってもらえるものを。フィクション書きだからこそ、そこには嘘のないものを」と、できる限り心がけてきた(まー、いま読み返すと、けっこう愚痴ったり、やたら勢いがありすぎて読みづらかったりしているが)。地味な心がけとはいえ、長く続けているうちに想いはどこかに届いたらしく、Web上でエッセーを書いてみないかというお誘いをいただき、「はいはーい、やりますやります。やらせてください」と、即行で飛びついた次第。──実はここ数ヶ月、家電がやたらに壊れ続けている。去年の九月にエアコンが冷気を吹き出さなくなったのが発端だった。日本の夏はとにかく暑い。エアコンなしではとても生活できないが、なにせ壊れたのが九月に入ってからだったので、しみったれなわたしは、「あと半月くらい我慢すれば涼しくなってくらぁ」と自らに言い聞かせ、扇風機と保冷剤で地獄の残暑をどうにかしのいだ。そして二ヶ月後の十一月に、浴室のボイラーが壊れた。湯が出なくなったのだ。ときどき、思い出したように湯を吐き出してくれたりするものだから、なんとか持ちこたえてくれ……と祈る一方で、「さて、今夜は湯が出るかな出ないかな♪」と、ロシアンルーレットのごときスリリングなお楽しみに浸った。やがて、とてもあわただしい十二月になり、ついに湯がまったく出なくなった。こりゃ完全に寿命だな、取り替え工事を頼まなきゃだなと思ったものの、ただでさえ気ぜわしい師走。仕事も煮詰まっていて、赤の他人の施工業者さんをうちに呼びこむような心のゆとりはこれっぽっちも生じてこない。仕方がないので銭湯に通い、四十五度の湯舟ででろでろに茹であがった。寒空の下、出かけるのが億劫になったときは大鍋を並べ、ぐらぐらと湯を沸かし、水を加えて温度調整してから、ざばーっ、ざばーっと行水をした。……真冬にやるこっちゃないよなぁと、しみじみ思った。折しもテレビでは、浴室での急激な温度差によるヒートショックで突然死がうんたらかんたらと、こちらの不安を盛んにあおってくれる。やっぱり面倒くさがらずに業者さんを呼ばなくちゃとため息をつきつつ、部屋の片づけをしようと休眠状態の扇風機をどかしたらば、バキッと音がして扇風機の首が折れてしまったのが一月。二月になって寒さが極まり、ようやく観念して業者さんに連絡し、ボイラーの交換工事をしてもらった。「これでやっと、蛇口から湯の出る文化的な生活が!」と歓喜したのもつかの間、掃除機をかけようとしたらば、バキッと音がして謎のパーツが床にぽろり。掃除機の中の部品が折れて、蓋がしっかり閉まらなくなり、吸いこみもしなくなって……。それが三月の頭だった。なんだか、ほぼ二ヶ月にいっぺんのペースで、いろいろな物が壊れていく。それもけっこうな大物が。指先から修羅場の負のオーラでも垂れ流しておるんかいのうと困惑したが、いまにして思えば、これらはやがてエッセー連載のお仕事が舞いこんでくるぞという前兆だったに違いない。うむ。ならば、長年の激務の末、次々と倒れていった家電たちのためにも、全力で臨まずばなるまいて。というわけで、特にテーマは決めず、日々の由無し事から、好きなばけものとか、好きな野鳥とか、好きなエンターテイメントとか、好きな民俗学とか、好きな美老女とか、そんなことを語っていけたら幸いです。どうぞ、よろしくお付き合いください。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ