瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration星野和夏子

其の四:美術展が熱い

このところ、美術展が熱い。少し前、2016年春のことになるが、上野の東京都美術館で開催された若冲展には多くのひとびとが詰めかけ、入館のための行列ができて、最大五時間待ちだったらしい。実は、あれにわたしも並んでいた。若冲展があると知って前売り券を購入し、楽しみにしていたのだが、まさかあんなに混むとは予想していなかった。普段のわたしならば、早々にあきらめていただろう。しかし、なんの因果か前売り券を買ってしまっている。このしみったれが前売り料金を無駄にするはずもない。意を決して、平日の朝、九時半少し前から並んだ。そのときは確か、『現在180分待ち』の表示が掲げられていたと思う。美術館側の対応はたいへん素晴らしく、熱射病対策に長柄の日傘をどんどん貸し出してくれた。途中、列のまわりのひとに断ってからトイレに寄ったが、上野公園の公衆トイレはきれいな洋式で、紙もちゃんと備わっていてホッとした。建物の中に入ってからも、エントランスに行列は続いている。しかし、外に並ぶのとはまた全然、気の持ちようが違う。あの角を曲がれば、会場入り口はもうすぐそこだ。「はい、ここで止まってください」「はい、先に進んでください」スタッフの指示に従って、じわじわと先に進む。この分なら次は確実に、あの角を曲がれる。やっと入場だ。と思ったら。角を曲がった先、入場受付の横のスペースに、蛇腹に折り畳まれた行列がみっちりと詰めこまれていた。これの後ろに続くのかとの疲労感がどっとこみあげ、わたしを含め、まわりのひとびとの口から、いっせいに失意のどよめきが漏れた。けれども仕方がない。わたしたちも蛇腹に折り畳まれ、みっちりの一部となった。それからしばらくして、突如、背後から謎のどよめきが。振り返ると、スタッフに誘導されてきた次の一団だった。彼らもまた、期待に胸ときめかせて角を曲がった途端、まだまだ続く行列を目撃し、失意の声をあげたのだった。そんなこんなで、午後一時にやっと入場。ざっと三時間半、並んだことになる。あの蛇腹部分がなかったら、予告通りの180分で入れたかもしれない。会場内ももちろん、ひとは多かったが、鑑賞できないほどでもなかった。芋洗い状態だったらツラいなと案じていただけに、そのあたりを蛇腹行列で調整してくれた美術館側の配慮が(あとになってみれば)ありがたかった。とはいえ、緻密な鶏図やら烏賊図やら蛸図を見上げて、無事に入場できた喜びをしみじみと噛みしめながら、「今度から、人気のありそうな美術展は、前売りを見送ろうかな……」と気弱なことを考えてしまった。まあ、盛況なのはいいことだ。若冲展はかように大人気だったが、それでも、日本美術だと来場者は中高年層が多くて、若年層はまだまだ少ない気がする。一方で、これが油絵系の西洋美術になると、若年層の来場者も増えてくる。古典的な日本絵画は地味だと思われているのかもしれない。そうでもないのに。たとえば、桃山時代に発生した琳派などは、金銀がどっさりと画材に使用されているためか、眺めているこちらもピカーッとめでたい気分になってくる。琳派の創始者と謳われる尾形光琳の構図はとにかく大胆不敵。下って江戸後期の琳派の画家・鈴木其一はこれまた雅やかで、金を背景に螺旋状に渦巻く朝顔図など、まったくもってファビュラス(素晴らしいの意。例:叶恭子)である。なので、琳派関連の美術展をみつけると、「リンパ、リンパー♪」と、陽気に連呼しながらチェックしている。わたしも、以前はさして日本絵画に興味がなかった。何かネタを拾えないかなと美術館や博物館をさまよっているうちに、気になるものがいろいろと増えてきたのだ。琳派以外にも、山水を描いた日本の文人画が好きだ。よくある画題としては、奥深い山中にひっそりと建つ庵、窓辺にはそこで暮らす世捨て人が小さく小さく描きこまれている。自分もこの絵の中にぐいぐい入っていき、のんびりしたいものだと思ってしまう。そういえば、子供の頃、オムニバスっぽいホラー映画で、絵画がらみのものを観た記憶がある。いちおう調べてみたけれど、タイトル等の詳細はわからなかった。曖昧な記憶を頼りに、内容(ネタバレあり)を語ってみると──とある男が美術館で、湖で釣りをする人物の絵を鑑賞している。男は、光に満ちたあの美しい光景の中に自分も入っていき、ゆっくり釣りをしたいものだと夢想する。そう願うような、ストレスフルな状況下に彼はあったのだ。事態は急転、男は何か悪事に荷担していたらしく、警察だったか、悪い仲間だったかに追われて、夜の美術館に逃げこむ。追い詰められた男は真っ暗な展示室で、あの釣りの絵の前にひざまづき、「ああ、神さま。どうか、わたしを助けてください。あの絵の中に入れてください」と、必死に祈る。追っ手が展示室に踏みこんできて明かりを灯すも、そこには誰もいない。男の願いは叶えられ、絵の中に逃げこめたのだ。ただし、あの釣りの絵ではなかった。暗かったがために、男は間違えて別の絵の前で祈っていた。彼はキリスト受難の絵の中で、磔刑に処されていたのである──子供心にすごく印象的な話だった。怖くて、きれいで、オチが効いている。ホラーの神髄は短編にある、と当時の幼い自分が思うはずもないのだが、いまなら「確かに」とうなずける。作品保護のために照明を暗くしている美術館は多いし、絵画は多くの隠喩を秘めていたりもするしで、美術とホラーは相性がいい気がする。やはり、美術展に行くのは気分転換にもなるわ、いろいろ発見があって視野が広がるわ、ネタも拾えるわで、いいこと尽くめなのであった。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ