瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration星野和夏子

其の五:わたしの御朱印帳

近年、御朱印帳がすっかりブームになっている。歴史・民俗学が好きなので、昔から神社仏閣にはよく足を運んでいたものの、わたし自身には御朱印をもらう習慣はまったくなかった。いつの間にやらブームになって、それでも「まあ、別にいらないかな」と流していたのだが、あるときを境についに御朱印帳に手を出してしまった。あれは某雑誌の企画で京都を訪れたとき。妖怪がらみのスポットを紹介するというもので、そのうちのひとつが上京区の大将軍八神社だった。大将軍八神社は王城鎮護のための方位よけを出発点とした、陰陽道とも関わりの深い神社。しかも、すぐそばの大将軍商店街は、かつて百鬼夜行が練り歩いた〈一条妖怪ストリート〉として、妖怪をテーマにした地域興しを展開させている。編集のひとたちとわたしは、商店街のそこかしこに設置されている、手作り感あふれる妖怪オブジェを楽しく鑑賞し、妖怪コロッケをつまみ、妖怪ラスクをおみやげに購入。そして向かった大将軍八神社では、神職さんがわたしたちをにこやかに迎えてくれた。歳は三、四十代くらい。健康的なポロシャツ姿。笑顔は明るくさわやかで、大胸筋がたくましく、神社よりもスポーツジムが似合いそうな神職さんだった。社務所で販売されているお守り等の中には、オリジナルの御朱印帳も置かれていた。深い青色の表紙地に金で星の軌跡が美しく描かれており、さすが、星の運行から占いを行った陰陽道に深く関わる神社だなと感心していると、神職さんの携帯が鳴った。神職さんはその立派な胸を張り、ポロシャツの胸ポケットからおもむろに携帯を取り出すと、電話に出て誇らしげに名乗りをあげた。「はい。大将軍です」わたしだけでなく、その場にいた全員が「おおっ」と小さく感嘆の声をあげた。こりゃもう、ここで御朱印帳を買わねばだわと、強く感じ入ってしまった。──そんな経緯の御朱印帳デビューであった。きっかけはどうあれ、やり始めるとこれが予想外に楽しい。ありがたや感もあるし、旅の記念として日付もばっちり入り、思い出を振り返る際のよすがにもなるという素晴らしさよ。琵琶湖の竹生島を訪れた際には、弁才天と西国三十三所の二種の御朱印をいただいた。その三年後、再び竹生島に行く機会があって、いそいそと御朱印帳を取り出したら、以前にもらった御朱印のどんぴしゃ裏側のページに新しい御朱印、三種目の御詠歌を書き記してもらうことができた。図ったわけではなく、完全に偶然のなせるわざだった。なんだか弁天さまに再訪を歓迎してもらっているようで、とても嬉しかった。それから、御朱印帳の、和紙を蛇腹に折り畳んだ、あの形状も好きだ。びららら、びららら、とアコーディオン奏者のごとく、御朱印帳を開いたり閉じたりしていると、それだけで功徳を積んでいるような気分になれる。禅宗などで、何百巻もある大般若経をぱらぱらと勢いよくめくり倒し、読んだことにしてしまう作法があるのだが、あれに少々似ているような……。似ているといえば、マニ車にも近いものを感じる。マニ車とはチベット仏教の仏具。経文を中に収めた金属製の筒に柄がついており、振ると筒部分がぐるぐる回転する仕組みになっている。これが気持ちいいほど、よく廻るのだ。しかも、一回廻すごとに、経を一回唱えたと同じ扱いになるという御利益付きである。このお得感と、高速回転によって生み出される恍惚感。そのあたりに、御朱印帳開いたり閉じたりの高揚と通じるものを感じてしまう。やはり、自分の足で神社仏閣を訪ね、参拝して入手した御朱印だからこそ、こういった楽しみかたができるのだろう。昨今は検定御朱印などをネットオークションで買い求める向きもあるようだが、それはさすがに違う気がしてしまう。……と、もっともらしいことを述べる一方で、ついには〈御酒印帳〉と命名し、おいしく飲んだ日本酒のラベルを貼りこむ用のものを作ってしまった。ラベルだけだと地味なので、ちぎった千代紙などもせっせと貼りこんだ結果、〈御酒印帳〉は和のデコパージュ帳と化している。そもそも御朱印帳は信仰の証しだったはずなのに、自分もだいぶ違う地平に漕ぎ出している気がしなくもない。まあ、社寺にはきちんと敬意を表しているつもりなので、そこはどうか大目に見てもらえるとありがたい。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ