瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

其の九 健康志向

世の中、ずいぶんと健康志向が高まった気がする。テレビで『○○が身体にいい』と謳われると、たちまちスーパーの店頭からその商品が消えてしまうなど、もうしょっちゅうだ。少し前では、おからパウダーがそれだった。豆腐売り場からおからパウダーが姿を消し、『ただいま注文殺到につき、品薄になっております。ご迷惑をおかけして申し訳ありません』の札がずっと棚にかけられていた。わたし自身はおからパウダーに特に興味もなく、「みんな、メディアに踊らされてるなぁ」ぐらいにしか思っていなかった。そんなある日、長いこと空白だった陳列棚におからパウダーの姿が。「おやおや、おからパウダーがやっと入荷されてるよ」興味がなかったはずなのに、欠品状態がかなり長かっただけに物珍しさを感じてしまい、「買っちゃおっかなー」で、買ってしまった。かつて、おからパウダーがまだ出始めのときに試しで買ってはみたものの、正直、おいしいとは思わなかった。「賞味期限が長くて便利かもしれないけど、これなら生おからでいいや」と感じたのだが、あの頃に比べて味もずいぶんと向上していた。その数日後には、入荷されたおからパウダーは全部、店頭から消えていた。根強い人気にすっかり感心してしまったわたしは、身体にいいのなら、もっと買っておくかと、通販でお取り寄せをしてみた。ネット通販のいいところは簡単に入手できる点だが、怖いのは現物を見ていないため、異なったイメージをいだいたまま突っ走ってしまいがちな点だ。通販で入手したのは、500グラムのおからパウダー。これがまあ、減らない。減ってくれない。スーパーで売っていた小袋は、だいたい120グラムだった。その4倍以上の量なわけで、なかなか減らないのは当たり前なのだが……。そんなおからの代表的な栄養素は、皆さまご存じの大豆イソフラボンだ。コレステロール値を改善し、動脈硬化を防止し、美肌効果まであると謳われている。イソフラボン。その単語を口にするとき、わたしはついつい「イソフラボーン」と発音してしまう。おフランス風、もしくは「ボーン。ジェイムズ・ボーン」と英国スパイが名乗るがごとくに。一時期、わたしは寒天に黒蜜きなこをかけたヘルシーおやつにハマっていた。低カロリーで食物繊維も豊富。寒天をぐつぐつと煮詰める作業は科学の実験のようでもあり、ちょっとした気分転換にもなった。「きなこが少なくなってきたから補充しておかなくちゃ」「あれ、買ったはずのきなこがない。買いそびれてたのかな?」なんてことをくり返しているうちに、「うーん、そろそろ寒天にも飽きてきたぞ。きなこが中途半端に余っちゃったなぁ」となって、しばらく寒天やきなこから遠ざかっていた。ところが、この間、台所を片づけていたら、未開封のきなこが三袋も出てきたではないか。そのうちのひとつは賞味期限が二年前だ。仕方がない。きなこならば賞味期限切れも特に問題あるまいてと、ヨーグルトに混ぜて地道に消費中なのだが……。そこに実家の母から、果物やら靴下やらとともに〈黒ごまきなこ〉なるものが送られてきた。まんま名前の通り、健康によさげな黒ごまときなこがブレンドされている。子の無病息災を願う親心だとわかっているとも。だがしかし、これできなこが計四袋。そこにおからパウダーまでもが加わって、わが家はいまや大豆タンパクまみれである。摂り過ぎは却って身体によくないことも、もちろん知っている。だが、まあ、捨てるのもなんなので、これはこれで地道に、大さじ一杯ずつ、ひたすら地道に消費していくしかあるまい。そういえば、江戸時代の妖怪に豆腐小僧なるものがいて、笠をかぶった子供の姿をしており、豆腐を載せたお盆を手にして現れるという。それだけの妖怪なので、正直、こやつは何が目的なのやらと不思議に思っていた。もしかして、うちが大豆タンパクまみれになったのは豆腐小僧の仕業なのかもしれない──か、どうかはともかく。かように健康に気を遣うのも、理由があるからで。実はわたしは血圧が高い。一時期は降圧剤も服用していたが……、あー、医者と喧嘩をして、病院に通うのをやめてしまった。ま、喧嘩の理由は置いておくとして。高いといっても、それほど極端な数値ではなく、医者のほうも売り言葉に買い言葉的に「薬をやめたいのなら、やめても結構です」と言い放つ程度だったので、「はい、やめます」となった次第。薬に頼らず、自力で血圧を下げてやる。そう誓ったわたしは、民間療法の荒海へと果敢に漕ぎ出していった。お酢や麦茶を何本も飲み続けたし、酢タマネギもせっせと作った。タマネギの皮茶も試してみた。手のツボも圧したし、紅麹の健康飲料や、にぎにぎすると血圧が下がるという器具だって購入してみた。どれも、ちょこっとは効くのだが──わたしの場合、期待するほどの成果はなかなか出なかった。それでも、何か手立てはないものかと、テレビの健康番組やその手の書籍を片っ端からチェックし、試行錯誤を重ねてきた。そうしたらば、ここ最近、血圧の数値がだいぶ下がってきたではないか!朝はまだ少々お高いものの、夜は薬を飲んでいたときと同じくらいの数値を叩き出している。これはエゴマ油のおかげか、はたまたもずく酢か、朝のトマトジュースか、あるいは筋トレのスクワットか。特定は難しいが、このあたりのどれかが功を奏したらしい。いちばん怪しいのは、いろいろやっているうちに体重が少し落ちたことのような気がしなくもない。何はともあれ、効果はあったぞ、めでたしめでたしとしておこう。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ