瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

其の十一:くずし字入門

こたびは元号が令和に改まっての初めての正月。干支もぐるりと廻って最初の子年とあって、改まりました感がいっそう強まった気がする。いい機会なので、『今年こそこれをやってみよう宣言』をぶちかましてみるとしようか。ネタ探しによく美術館や博物館を訪れていることは、以前にも書いた。そんなとき、美麗な絵巻物をガラス越しに眺めつつ、「ああ。ここに書いてある、へにょ~んとした文字が読めたらなぁ」と思うことがしばしばだった。恥ずかしながら、大学で日本史を専攻していたくせに、わたしはくずし字が読めない。古文書の必修講義もあったはあったが、さほど勉強熱心な学生ではなかったし、卒論作成にはすでに活字になっている史料を用いたため、読めずとも不自由はしなかったのだ。数年前、「よし、くずし字を真面目に勉強しよう!」と鼻息荒く決意し、入門書を何冊も買ってきては、せっせと学習に励んだ。割とがんばっていたように思う。だが、ちょっと間があいてしまって、久しぶりにまたテキストを開いてみたら、学習したことを全部忘れている事実に直面。絶望のあまり灰と化し、それっきりになってしまった。そしてまた、同じような出来事がめぐってくる。美術館で美麗な絵巻物をガラス越しに眺め、「ああ、このへにょ~んとした文字が読めたら、以下略。飽くことなくくり返される悲嘆。ひとはいつ、愚行の重き鎖から解き放たれるのか。まあ、ぐだぐだ言っても仕方がない。せっかくだ。入門書も未練がましく捨てずにとってあるし、新年号と新たな干支のこじつけ記念として、一度は挫折したくずし字学習を再開させるのも悪くあるまい。そんなわけで、お勧めしたいのが『妖怪草紙くずし字入門』アダム・カバット著(柏書房2001)である。著者のアダム・カバット氏はアメリカ出身で、近世・近代日本文学、比較文学の大学教授。江戸の妖怪に詳しく、『江戸化物草紙』など著書多数。外国出身の研究者だからこそ、カバット氏が記したくずし字入門書は懇切丁寧、大変わかりやすく、かつ面白い。タイトルが示す通り、江戸時代に刊行された絵入り本である草双紙──バケモノわんさかの絵物語をテキストとして用いているのだ。おかげさまで、へにょ~んとしたくずし字であっても、『あかごのかばやき』だけはきっと忘れない。テキストに『ばけもの』という単語が何度も何度も何度も出てきて、そのたびに幸せな気分になれる。きれいなろくろ首ねえさんや、やんちゃな付喪神たち、むんむんとおやじ臭い見越し入道に応援されながら勉強している心地だって味わえるのだ。なんという至福。そんな『妖怪草紙くずし字入門』は、一冊の中で基礎編と応用編とに分かれている。基礎編はめちゃくちゃ楽しかったのだが、応用編は途端に難しくなり、テキストも大量、字も小さくなって読みづらく、哀しいかな、わたしはそこで挫折してしまった。カバット氏も「(応用編は)基礎編と比べると文字が急に多くなったように思われますが、新出文字は少ないですから、基礎編を丁寧に学習した方は、自分の力でかなり読めるはずです」と書いておられるのに……。できれば、基礎編でもっと遊んでいたかったというのが本音だ。根気が足りないのかな。『春画で学ぶ江戸かな入門』車 浮代・吉田豊著(幻冬舎2017)では、入門編、初級編、中級編、上級編のうちの、入門編の途中で早々と挫折しているし。それに比べれば、『妖怪草紙』では我ながらがんばれたほうだと思う。単純に、わたしにとっての「エロス<ばけもの」が証明されただけのような気がしなくもないが。もちろん、『春画で学ぶ江戸かな入門』も大変わかりやすく、美麗なカラー挿絵が豊富、製本も凝った良書である。こちらもぜひ、再トライしたい。とにもかくにも宣言したからにはやらねばな。──と、自身に発破をかけつつ、叶うならば、丸ごと一冊基礎編の新たな『江戸化物草紙』が刊行されるといいなぁとも、遠慮がちにつぶやいてみるのだった。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ