瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

其の十二:思い出のミイラ

皆さんの思い出のミイラは、どこ産のものだろうか。統計をとったわけではないけれど、エジプトのミイラをあげるひとが多そうな気はする。わたしは断然、南米のアンデス派だ。小学生のとき、デパートで開催されていたアンデスのミイラ展に母が連れて行ってくれたからだろう。思えば、あれが初ミイラだった。展示の内容は、残念ながらあまりおぼえていない。ガラスケースの中にすわる女性のミイラを、まじまじと覗きこんだ記憶がある程度だ。ただ、そのときに母が購入したアンデスの民俗音楽のLPレコードは、その後も何度も聴いた。ケーナのもの哀しい音色と合間に入る囃し声がなんともいえず、弟といっしょに、音楽に合わせて謎のダンスを激しく踊りまくったものである。先日、上野の国立科学博物館のミイラ展に行ってきた。ついつい二度も。一度目は、ちとくたびれていたときに「そうだ。ミイラ行こう」と思い立って、ふらりとひとりで。とても興味深い展示だったので、二度目は友人と。エジプト、アンデスといった有名どころだけでなく、本当にまんべんなく、世界各地のミイラが大集合していた。民族学的に見応えたっぷりで、各地域の死に対する姿勢に感銘を受けたというか。それは宗教的なものであったり、祖霊崇拝であったり、分かちがたき親子の情愛であったり。逆に死者への畏れ、恐怖といったものも垣間見えて、大変興味深かった。ひとりで行ったときは、誰にも気兼ねすることなく展示に集中できたし、友人と行ったときには、ひそひそ声ながら感想などを語り合えて、それぞれ違う楽しみかたをさせてもらった。友人はグレコ・ローマン時代の少女ミイラの棺──生前の彼女の姿が、そのまま美しい彩色で棺全面に描かれたものを眺め、「おっぱいに彩色してあるのを見ると『魔法の世界』を思い出す……」そのつぶやきを耳にした途端、ヒロインが乳房に染料で模様を施してもらっている美麗なイラストが、わたしの頭に浮かんだ。それはいまもファンが多い、武部本一郎画伯の手によるものだった。「わかる。『魔法の世界エストカープ』っしょ」正確には、『魔法の世界エストカープ』はアンドレ・ノートンの〈ウイッチ・ワールド〉シリーズ第一巻。件の表紙は、第五巻の『魔法の世界の夜明け』だったが。「一巻の主人公より、彼の子供たちが主役になる後半のほうが好きだったなぁ」と、わたしが言うと、友人いわく、「うーん。しかし、最終巻はちょっとなぁ。ロマンに寄りすぎというか、いきなり少女漫画になって驚いたというか」「ええぇ、あれがいちばん好みなんですけど。細かい話は忘れたけど、ヒロインが危険を承知で、古代の邪悪な魔法使いとタッグを組んでたような気がする。最高じゃん」「いやいやいや、乙女チックすぎるだろうがよー」「だからといって、父ちゃんメインの話はなー」「父ちゃん、脳筋マッチョだったからな」「そっか。だから、わたしの好みじゃなかったのか」「あの当時は、ああいうタイプの主人公が主流だったんだよ」「ほえー」こんな具合にミイラ展で思いがけず、昔のSF小説について、ひそひそひそ。会場には、あなたの顔をエジプトのミイラ風に加工できます的なフォトコーナーもあった。さっそく、この顔をツタンカーメンの黄金マスク風に加工してもらったのだが……。わたしは九州産だからか、顔が濃い。要するに、目も鼻も口もでかいのである。なのに、こんな濃い顔のわたしでさえ、黄金マスク風に加工するとゴールドの輝きに負け、没個性の写真ができあがってしまった。さすがはゴールドだねえと納得するような、くやしいような。そのあとは、科学博物館内のシアター36○を堪能。お子様向きの教育プログラムと思ってスルーしてしまうひともいるだろうが、ぜひ試してご覧なさいなと言いたい。360度スクリーンに映し出される映像の美しさ、自然科学の面白さに加えて、遊園地のアトラクション的な浮遊感も楽しめるという、なかなかの優れものなのだから。ミュージアムショップも、もちろんはずせない。メンダコやアノマロカリスやドゥダルジャンヤマクマムシなどのぬいぐるみが販売されていて、見ているだけでもわくわくできる。ところで、わたしは美術展に行った際、観終わったあとでよく「今日見た中で、どれかひとつあげると言われたら、どれを選ぶ?」と、自分自身に問いかける。ミイラ展でももちろん、やってみた。いや、実際にもらったなら困ってしまうとも。管理維持がめっぽう大変そうだし、素人が気軽に手を出していいものではあるまい。そんな現実的な心配は、ひとまず横に置くとして。欲しくはないのだけれども、どうしてもというのなら……。ヨーロッパの湿地からみつかったカップルか、江戸時代の本草学者のミイラかで悩むー。どっちも大きくて置き場所がないがなー。ちなみに友人にも訊いてみたら、「迷うなー。じゃあ、ペルーの袋に包まれたミイラ。あれならコンパクトで部屋に置ける」「置くんかい」ミイラ展はこれから、九州や新潟のほうにも巡回するとか。これを機会にいかがでしょう。あなたにも推しミイラがみつかるかもしれませんよ、と言ってみたりして。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ