瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

其の十三:かたより源氏物語考

新型肺炎の影響で美術館・博物館が休館になる──その情報をキャッチしたわたしは、今年2月の末、前売り券をゲットしていた展示を中心に、あわてて都内を駆けずり廻った。以前、若冲(じゃくちゅう)展の前売り券を買ったら、ものすごく混んでいて、でも前売り券を無駄にしたくなくて泣く泣く三時間半、並んだ。もうこんな苦労はしなくて済むよう、前売り券は買わないようにしよう、と誓ったはずだったのに。そんなことはさらっと忘れて、気になる美術展の前売り券を久しぶりに買ってみたらこの事態である。だって、デンマークの画家・ハマスホイの美術展がやっとこ開催されると聞いたから!2008年、国立西洋美術館でのハンマースホイ展をうっかり見逃して以来、ずっとずっと後悔していたから、同じ轍は踏むまいと前売りを──まあ、それはともかく。狩野派(かのうは)展も日比谷の出光(いでみつ)美術館で開催中だったのだが、3月22日までの会期を3月1日で終了にすると知り、わたしは心の中で吼えまくりながら、日比谷へと駆け参じた。いつもより心なしか入場者の少ない中、じっくりと展示物を鑑賞できたのはいいのだけれど、「美術館も大変だよなぁ……」としみじみ感じてしまった。で、せめてもの応援になろうかと、ミュージアムショップでお買い物をしてみた。普段なら買わなかったであろう、ジグソーパズルを手に取ったのだ。何十年ぶりだろう。ものすごく大昔に流行ったときに少しやった程度。そもそも、根気の足りないわたしには不向きな娯楽だと思っていた。でもまあ、きれいだし。これからしばらく、外出自粛の流れになりそうだし。だったら、これを機会にちょっとやってみるかという気になったのだ。出光美術館のミュージアムショップで取り扱っていたジグソーパズルは三種。そのうちのふたつが、『源氏物語』から題材をとった屏風絵の『賢木(さかき)』と『澪標(みおつくし)』であった。理想の貴公子といわれているが、光源氏はなかなかに非道い男である。老女から未成年まで、女とみれば手当たり次第に手を出している。いや、それどころか、かわいい同性(空蝉の弟の小君)にも手を出した。父親の妻、つまり義理の母にも以下同文で、もはや彼の欲望はとどまるところを知らない。もっとも、恋多きこと自体は、平安期では非難の対象にはならない。むしろ、「おさすがです」と賞賛される。思うに、「契った女人は見捨てない」、光源氏の場合はこれが大きかったのではあるまいか。いまの世でさえ、離婚後の養育費を踏み倒す無責任な輩はあとを絶たないのに、男女の縁が切れたあとも、相手の衣食住を支援し続ける源氏は、まさしく〈理想の貴公子〉たり得たのだろう。とはいえ、すっかり彼を信じ切っていたミドルティーンの若紫を強引に襲ったり、空蝉に逃げられたから、その場にいた彼女の義理の娘・軒端荻(のきばのおぎ)を代わりに押し倒したりと、いろいろ目に余る点が多いのは事実。そんなわけで、源氏が理想の貴公子であることは認めつつも、わたしは彼が嫌いである。晩年の源氏の本妻、女三の宮が若い柏木と密通したときなんぞは、「女三の宮、グッジョブ!」と意地の悪い快哉をあげたものだ。であるからして、ジグソーパズルの『賢木』と『澪標』、どちらを選ぶかと考えたとき、わたしは当然、『賢木』を選んだ。『澪標』は、身から出た錆で都を撤退せざるを得なかった源氏が、許されて帰京し、住吉大社に参詣している場面。どん底にあった源氏が、奇蹟のV字回復を果たした象徴的シーンだ。やつが調子に乗ってブイブイ言わせているだけでもアレなのに、場面の片隅には、源氏の一行の華々しさに圧倒されて引き返す、明石の上を乗せた小舟が描かれている。数ある作中ヒロインの中でも、最も慎み深く賢いのは彼女、明石の上であるのに、身分が劣ることを理由にひっそりと身を引くところが、さすがというか、じれったいというか。名シーンであることは間違いない。松の浜辺を舞台に、牛車に乗ってやって来た源氏を始め、何人もの人物が描かれており、ジグソーパズルを組み立てるにおいて、手がかりとなる情報量も多い。しかし、光源氏がいちばんノッていて、意図せずとはいえ明石の上の自尊心を傷つけた場面だと思うと、手は出しにくい。一方、『賢木』は、源氏の年上の恋人・六条の御息所が嵯峨野に籠もっているところへ、源氏が訪ねていくシーンだ。御息所の娘は伊勢の斎宮に選出され、嵯峨野で一年の潔斎をしたのち、伊勢へと向かうことになった。まだ幼いわが子が心配でもあり、源氏の前から身を隠したい理由もあって、六条は娘といっしょに伊勢へ下向する決意を固め、嵯峨野に籠もっていたのである。その理由とは、源氏の本妻・葵の上に嫉妬するあまり、生霊と化して彼女を呪い殺してしまったから──逆恨みされた葵の上は本当にお気の毒だと思うけれど……。申し訳ない、わたしは六条の御息所を嫌いになれない。むしろ、自分の嫉妬心が源氏の妻を殺したのだと知って恥じ、都を去ろうと決意するその誇り高さに、ぐっと来てしまう。それ以前に、豪快に生霊を飛ばしてくれた時点でもう、『源氏物語』中でいちばん好きな人物に大決定だ。ただし、『賢木』のほうが『澪標』に比べ、金の霞が画面を占める率が高い。パズルとしてかなり苦戦するであろうことは、目に見えていた。それでも、難易度よりもやる気のほうを優先させるべきだと自分に言い聞かせ、『賢木』を購入したのである。さっそく、パズルの組み立てに挑戦。ピースがはまったときの快感は得も言われぬものがあると聞いてはいたが、うん、本当に楽しいな。ひとつひとつはごく小さな快感ながら、それらが積み重なって一幅の絵が出来あがっていく過程は、静謐で不思議な高揚感さえ伴っていた。そして、案の定、金色の霞が漂っている部分がボコボコと空いてしまった。手がかりになるのは、微妙な金の濃淡のみ。やはり、作りやすそうな『澪標』から始めるべきだったかと、弱気になりかけたが──「おのれ、光源氏。貴様などには負けはせん。負けはせんぞ!」と、わけのわからない闘争心をかき立て、わたしは金色のピースを握りしめた。ここでくじけたら、六条の御息所の心まで無にしてしまうとさえ思ったのだ。おかげでどうにか『賢木』を完成させられた。そればかりか、すっかりジグソーパズルにハマり、もっとやってみたくなった。なので、今度、出光美術館に行った際は『澪標』のほうも購入しようと思っている。待っていろよ、光源氏!
香炉 旗指物 角盥
トノサマ