瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

其の十四:元気な死びとたち

昔から、わたしはカタカナに弱い。カフェの〈サンマルク〉に誘いたくても、その店名が出てこず、つい、「〈ビスマルク〉行こうか」と言ってしまう。世界史好きのかたはご存じだろう。ビスマルクは髭が特徴的な十九世紀の政治家である。カフェとはたぶん、なんの関係もない。それと同様に、イタリアンなファミリーレストラン〈サイゼリヤ〉の店名も、わたしは一発で言えた例しがない。「今日は〈サンガリア〉行こうか」と言うたびに、「それ、違う。〈サンガリア〉は飲料メーカー」と友人に訂正されてしまう。「あ、じゃあ、〈サンゲリア〉」と言い直しても、「それ、ゾンビが出てくるホラー映画な」ほぼ毎度、こんなやり取りの果てに、ようやく〈サイゼリヤ〉へとたどり着くのだ。さて、ゾンビ映画といえば、やはりロメロ監督の『ゾンビ』(1978)は強烈だった。わたしはこれを公開時、田舎の映画館で姉といっしょに観たのだが──上映が始まるや、もうすぐにも逃げ出したい気分になっていた。が、映画冒頭に『未知の惑星からの謎の光線により、死者が甦ってどったらこったら』という説明が入り、「あ、つまりこれは、わたしの好きなSFなんだな。だったら大丈夫、大丈夫」と自分を安心させて、座席に深くすわり直した。もちろん、全然大丈夫などではなく、その後、心の中で泣く羽目になった。明るい昼日中、群れなして歩く死びとたち。一見、非力なようでありながら、ひとたび襲いかかってくると容赦がない。戦慄のシーンの連続であったが、ゾンビに噛まれた瀕死の仲間から「おれはやつらみたいに歩きたくない」と懇願された主要キャラが、願い虚しくゾンビ化した彼を撃つ場面では、恐怖とは違う意味で涙ぐんでしまった。「ホラーでも泣けちゃうんだな……ぐすん」と、しっかり感動させられたのだから、あれはすごい映画だったのだなぁと詠嘆。親兄弟や友人、恋人といった親しいひとたちが、姿かたちはほぼそのままで、怪物へと変容してしまう。意思の疎通ができなくなったばかりか、捕食という、根源的かつ圧倒的な暴力をこちらに向けてくる。もしも、そんな事態に直面してしまったら、どうなるか。恐怖もさることながら、なぜこうなったのかと、泣き喚きたくなるほど真っ黒な絶望に見舞われるに違いない。あり得ない事態なのに想像はできてしまう。想像して、心が強く震えてしまう。この非日常感と切実さの絶妙な混じり具合が、ゾンビをエンタメの一ジャンルとして押しあげる原動力となったのかもしれない。個人的に印象的だったゾンビ映画は『ワールド・ウォーZ』(2013)。凶暴な死人たちに対し、鉄壁の守りを固めていたはずの某都市が、あっという間に崩壊していくシーンは圧巻だ。ゾンビたちも無茶苦茶活動的で、あんなものに大量に押し寄せてこられたら、もはや勝ち目はない。そんな中、ブラッド・ピット演じる主人公は、類い稀な知力、体力、幸運力で生き抜いていく。「うん。これだけ過酷な世界なら、身体能力はもとより相当なラッキーに恵まれていないと、あっという間に死ぬものな」と、わたしは納得できた。逆に言うと、万能主人公を描くなら、置かれた環境をそれ相応に熾烈なものにしないと説得力がないんだな、と学ばせてもらったわけだ。そして、心なごませてもらえたのがホラーコメディ『ゾンビランド』(2009)。極限下におけるボーイ・ミーツ・ガール。好きな彼女を救うため、ゾンビ相手に奮闘する青少年が実に微笑ましい。彼らを見守る、ウディ・ハレルソン演じる、癖ありまくりのおっさんがまた楽しい。がんばる青少年のそばに、見守るおっさんがいてくれる構図は、なんだかホッとさせられる。そして、この構図をそのままダークサイドへと転換させたのが、サスペンス映画『ヒッチャー』(1986)だと勝手に思っている。ルトガー・ハウアー演じる危険な殺人鬼おじさんに目をつけられ、どんどん追い詰められていく青年主人公(ルトガーファンにとっては「この果報者め」的な状況だが)。なぜこうなったのか理解できぬまま、孤立無援、絶体絶命となった彼は、やむにやまれず銃を手に取って反撃する。ラストシーン、夕陽を浴びる主人公のシルエットからは、生き延びた喜びなど微塵もなく、深い疲労と悲嘆がにじむばかりで、「ああ、無理やり大人にさせられたね。無邪気だった以前にはもう戻れないね……」と、ジーンときた。あのラストシーンはかなり好きだ。おっと、ゾンビから話がずれてしまった。映画だけでなく漫画でも、ゾンビ物は続々作られている。吸血鬼や狼男に比べると地味めな印象がぬぐえなかったブードゥーのゾンビが、まさかこんなスターダムにのし上がってくるとは予想もしていなかった。しかも、これだけ大量にゾンビものが作られていて、なお新機軸が生まれてくるのだから、このジャンルの底力たるや半端ない。とにもかくにも、ゾンビはエンタメの世界でまだまだ元気いっぱい走り続けている。わたしも見倣わなくては。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ