瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

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其の十八:怪奇な電化製品

夏が来ている。というわけで、季節に相応しく怪奇な体験をまた語ってみるとしよう。自分の体験ばかりではなんなので、何かないかと友人に話を振ってみたところ、「昔、夜中の三時に電子レンジがチーンと鳴ったことがあってな。もちろん、そのとき台所には誰もいなかった。クソうるさいと思ってコンセントを抜き、『心霊現象なら根性で鳴ってみろ!』と怒鳴って寝直したら、朝までぐっすりだった。やっぱり心霊現象じゃねぇじゃねぇかよ。けっけっけっ」……と、なぜか嬉しそうに言われてしまった。友人は昔から心霊現象完全否定派であった。訊く相手を間違えたわけだが、そういえば、わたしにも電子レンジにまつわる体験があったなと思い出したのだから、まったくの無駄でもあるまい。あれは数年前。実家から譲り受けた、旧式のデカい電子レンジをいまでも使用しているのだが、そのときはたまたま一週間くらい、触れていなかった。久しぶりに温めものをしようと、電子レンジの扉をパカッと開いたら──中に蒸し器が鎮座ましましていた。そこにいないと思っていたはずのモノが、そこにある。かような状況を目にしたとき、人間は仰天してしまうようで、わたしも腰を抜かし、「どちらさま!?」  思わず、そう尋ねてしまった。もちろん、プラスチック製のレンジ用蒸し器が返事をしてくれるはずもない。おっかなびっくり蒸し器を取り出し、中を確認してみると、大きな肉まんが入っていた。全然記憶にないのだが、肉まんをレンジで温めようとして、そのまま忘れていたらしい。さすがに一週間近く常温で放置されていた肉まんを食す勇気はなかったので、泣く泣く廃棄する羽目になった。と、出来事自体は他愛もない。しかし、「いないはずのモノがいる」の意外性の大きさを、まさか電子レンジに教わるとは予想もしていなかっただけに、わたしにとっては貴重な体験となった。そういえば、子供のとき、ゆで卵をこの電子レンジで温めて、扉をあけた途端に卵が大爆発。熱い破片が喉に当たって火傷して、ぷくりと火膨れができる事態が発生した。あのとき、わたしは卵を電子レンジで温めてはいけないと身をもって知ったのだった。いろんなことを教えてくれる古い電子レンジに感謝。がんばって百年もって、電子レンジの付喪神(ツクモガミ。百年を経て魂を得た器物の妖怪)になってくれないかなと期待してしまう。とはいえ、これのどこが怪奇じゃいと言われそうなので、お口直しにわたしの大学時代の体験談をしよう。当時、わたしは大学のキャンパス内に建つ学寮で暮らしていた。一、二年生のときは四人部屋だったが、三、四年生ともなると、ひとり部屋を振り分けてもらえた。ただし厳密な個室ではなく、ひと部屋を縦に仕切った細長い空間に、机、ベッド、クローゼットが配置された、非常にコンパクトなものだ。そういう縦仕切りの部屋が二×二の四つ並んだ真ん中に、冷蔵庫等が置かれた共同スペースがあり、それで八人住まいの一ブロック。各階に四ブロックくらいあったような気がはするが、そこはちょっと記憶が定かではない。門限は厳しかったし、集団生活に馴染(なじ)めずに中途で退寮していく学生もいたけれど、わたしはのほほんと四年間をそこで過ごした。何しろ、大学の敷地内で、一時限目開始ぎりぎりまで寝ていられる環境はとても魅力的だったのだ。学寮で感じたデメリットは、外泊手続きが面倒だった点と、夏休みや冬休みには問答無用で追い出された点ぐらいだ。あれはたぶん、冬休みか春休み直前の寒い季節。寮生たちの帰省が始まり、いつもはにぎやかな寮内も次第に寂しくなっていった。わたしはしばらく逢えなくなる寮仲間との名残を惜しみ、友人の部屋で遅くまでおしゃべりに興じていた。自分の部屋に戻ったのは、すでに深夜の二時をまわっていたと思う。翌朝、ルームメイトが仕切り越しに話しかけてきた。「昨日、一時くらいには戻ってた?」「いや、戻ったのは二時をまわってたよ」「そうなんだ。一時過ぎくらいにそっちから、すう、すう……って寝息が聞こえてきて。あれ、いつの間に戻ったんだろって思ったのになぁ」そう語ったルームメイトはその日のうちに帰省してしまい、夜、部屋にはわたしだけとなった。ベッドに入って寝ようとしていたところで、ルームメイトの話を思い出し、なんだか怖いなぁと思っていたら──聞こえてきたのだ。すう……、すう……、という寝息がどこからともなく!いや待て待てと、わたしはなんとか自分を落ち着かせようとした。枕に耳をつけていると自分の心音が妙に大きく響いたり、変な音がすると思ったら詰まり気味の鼻をピーと通過する呼吸音だったりとか、あるではないか、そういう現象が。あの類(たぐ)いかもしれんと疑い、ふんっと息を止めてみた。それでも、すう……、すう……と寝息は聞こえてくる。本物の壁を隔てた隣の部屋の住人もすでに帰省し、近くには誰もいないはずなのに。これは本物だ。と、わたしは確信した。どうしようと心底、あせった。とにかく、ここにはいられない。まだ寮に残っている後輩の部屋に逃げこむしかない。そう判断したわたしは、勇気を振りしぼってベッドを飛び出し、ドアならぬ襖をあけて、共同スペースへと一歩、足を踏み入れた。すると、そこにあった冷蔵庫が──すう……、すう……と、寝息をたてていたのだ。脱力し、「あんたかい!」と突っこみを入れずにはいられなかったが、あれは本当に怖かった。普段は気にも留めなかった冷蔵庫が、かような形で牙を剥いてくるとは。まったく、油断も隙もあったものではない。そんな電化製品に翻弄された、遠い夜の思い出であった。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ