瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

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其の二十二:厄よけあずき

赤い色は厄よけ、疫病よけになるらしい。理由はなんだったか、確か、赤い色は日本では太陽の色と見なされており、そこから災難よけの効果が期待されて──と、何かの本で読んだような記憶がある。その真偽を確かめようと、資料をあさってみたのだが、さて、どこに載った記述だったのやら。みつかるのは、「赤は魔よけの色だから~」と言い切っていて、その理由を説明してくれていないものばかりだ。よっしゃ、そういうことなら、わたしも迎合して深くは問うまい。というわけで、赤いものは問答無用で縁起がいい。特にあずきは、赤い豆ゆえに昔から縁起がいい食べ物とされ、祝祭の食べ物たる赤飯だの和菓子だのに用いられてきた。しかも、低脂質、高タンパク。食物繊維が豊富で、ポリフェノールやらサポニンやらビタミンB群やらが含まれており、コレステロール低下だの、冷え性の改善だの、美肌効果だのと、とにかく身体にいいらしいのだ。余談になるが、あずきといえば、あんこ。あんこといえば、おはぎ。別名、ぼた餅。米を半分潰して作ることから、ぼた餅は地方によっては〈半殺し〉とも呼ばれた。老夫婦の家に宿を借りた旅人が、「(あの若い旅人に出すのを)半殺しにするか」という会話を聞いてしまい、びっくりして逃げ出すといった話があったのを思い出す。そんな、ぼた餅にしてみたら迷惑だったかもしれない猟奇テイストが、ホラー好きにはたまらなかったりもする。まあ、それはともかく──昔々、まだ父が存命だった頃。両親とわたしと弟の四人で、香港に行ったことがあった。団体ツアーに参加していたので、朝食は洩れなくついていたのだが、父はガイドブックを読みこみ、「香港の朝食は、街で食べるのがお勧めらしい」と、自分で店を探してきて、そこにわたしたちを連れて行った。メニューはもちろん漢字だらけ。読めずとも父は自信たっぷりに、「こういうのはメニューの頭から注文していけばいいんだ」そう言いきって、本当にメニューの頭から一品づつ、計四品を注文した。最初に運ばれてきたのは、白い皿に入った温かいあずきのスープ──ぶっちゃけ、スープ皿につがれた御前じるこだった。うっ!と、わたしたち家族は息を呑んだが、父はまだへこたれなかった。「ま、まあ、最初はこんなもんだ」そんなことを言っていたところに、二品目が運ばれてきた。前述の、白い皿に入ったあずきの温スープの上に、ほんの気持ち程度のクリーム(コーヒーに入れるアレ)が垂らされたものだった。三品目は、冷たいあずきのスープだった。父は何も言わなかった。わたしたちも何も言えなかった。沈黙のテーブルに最後に運ばれてきた四品目は、縦長のグラスに注がれたあずきのジュースだった。わたしたち四人は、何も言わずに四品のあずき料理を食べた。がんばって食べた。なんだろう、そう大した量ではなかったはずなのに、おなかは妙にいっぱいになっていた。きっとそれも、あずきの厄よけパワーによる縁起物的な充足感が意味なく満たされたがゆえに──ということにでもしておこうか。うん。こんな哀しい出来事に見舞われても、わたしがあずき嫌いになることはなかった。昔はこし餡派だったけれど、いまはつぶ餡も大好きだ。というわけで、天候の変化も大きく、体調をくずしやすい昨今、厄よけがてらに栄養たっぷりなあずきを食してみてはいかがだろうかと言ってみるのだった。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ