瀬川貴次の万物ぶらぶら(仮),segawa takatsuga no bambutsu burabura illustration 星野和夏子

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其の二十三:BIWAKOビエンナーレ

近年、地域に根ざした芸術祭が各地で開催されるようになった。そういった芸術祭のひとつが、滋賀県近江八幡(おうみはちまん)市にて2年ごとに展開されているBIWAKOビエンナーレだ(今年の会期は10/10~11/23)。実はわたしは2012年から毎回、BIWAKOビエンナーレを観に行っており、今年で五回目の訪問となった。個人的に、古民家が大好きなのだ。趣(おもむき)のある古い建具(たてぐ)や太い梁(はり)、急な階段の先の屋根裏部屋、ほこりにまみれた土蔵の奥などに、かつてその家に暮らしていたひとびとの名残、時の堆積などを感じて、やたらとわくわくしてしまう。近江八幡は歴史のある街だけに古民家が多く、またそういった建造物は概して現代アートと相性がいい。増殖する粘菌(ねんきん)を氷結させたかのごときガラス作品、いくつもの多面体で構成された純白の球体、緑の燐光をほとばしらせる巨大なサボテンじみた何か。そんな抽象的な造形物が、廃屋の床の間や緑の庭園の一角、作り酒屋の仕込み蔵といった場と呼応し合い、あったかもしれない遠い日の物語を想起させてくれるのである。と、エラそーに述べてみるが、要するに、わたしの目には、古民家の暗がりに沈殿した過去の精霊たちが、現代アートという形を得て具現化したように見えるのだ。なので、ビエンナーレでは行った先々で、「〈もけもけ〉だ。もけもけがいるー! もけもけッ、もけもけッ♪」と、阿呆(あほう)のように大喜びした。あまりにも「もけもけ」言いすぎて、「もけもけ」ってなんじゃろうと、いまさらながら不思議に思った。いつの頃からか自然発生的に自分の中から出てきた言葉なので、深くも考えずに口にしていたのだが、おそらく「もっけの幸い」の物怪(もっけ)──つまり、物の怪(け)、妖怪のことなんだろうなと今回、再認識した。空き家の押入から湧いてくる繊細な陶(とう)の花びら。奥庭の縁側から和室へと這い進む、ガガンボ(でっかい蚊)の群れのごとき細い金属物。そんな作品を前にすれば、そりゃあ、もけもけ言いたくなってくるというものだ。ビエンナーレに五回も通ったのは、愛するもけもけたちに逢うためと言っても過言ではない。今回、開催場所を近江八幡市内だけでなく、彦根(ひこね)にも広げたのは本当によかったと思う。彦根と言えば彦根城、としか正直、印象がなかった。ところがビエンナーレの作品展示場となったのは、城はもちろんのこと、レトロな商店街に、花街の名残(なごり)の遊郭、どっしりとした銭湯、静かな住宅街の中の足軽組屋敷(あしがるくみやしき)。こんな場所もあったんだと、目からウロコがぼろぼろ落ちまくりで新鮮だった。いいものをたくさん持っておられるのだから、これを機会にぜひとも積極的な発信を続けていただきたいものである。もちろん、彦根にしろ近江八幡にしろ、いろいろと難しい問題を抱えてはいるだろう。現に五回も足を運んでいると、「空き家が増えたな」とか「以前はあった古民家利用のベーグル屋さんが消えてる……」とか、哀しい現実が目に留まりもする。が、今回はまた新しく、古民家のパン屋さんやカフェ、クラフトビールの店などができていたし、ケーブルカーで山に登っていった先の格式ある寺院(ここもビエンナーレ会場のひとつ)では御朱印の種類が一気に増えていた。きれいな花の絵が大きく入った十二種の御朱印が取りそろえてあって、いまの季節ならキキョウとコスモスの二種類からお好きなほうが選べますだなんて、ナイスなアイディア! こういった努力の姿勢が見えてくると、本当に嬉しくなる。近江八幡では、造り酒屋の主人宅だった町屋を利用した宿泊施設・MACHIYA INN(マチヤ・イン)に宿をとった。通常こちらは本館に三組が宿泊できるのだが、現在、ひと組のみの限定受付となっており、本来なら他の宿泊客と共有になるはずの談話室や浴室、トイレが貸切状態だった。お部屋は二間続きの和室で、床の間にはビエンナーレ参加作家の作品が飾られていた。吹き抜けの談話室は、いつだったかのビエンナーレで会場のひとつだったところだ。シャワールームの他に、酒樽を風呂桶にした浴室と、貯蔵タンクの浴室があって、これらもわたしと同行者の貸切に。民話の『食わず女房』を御存じだろうか。とある男のもとに、飯を食わないからと言って嫁入りしてきた女房。その正体はばけものだった。事実に気づいた男は女房に三行半(みくだりはん)を突きつけるも、樽に無理やり押しこまれたうえで女房に背負われ、山に連れ去られそうになる。彼はなんとか窮地から脱するわけだが、わたしは、「樽の中って想像以上に広いんだなぁ。こんな樽に入れられて山に運ばれるのって、意外に快適だったんじゃね?」とか想像しながら樽風呂につからせてもらった。何を見てもばけものを連想するのは、もはやホラー書きの性(さが)である。いっしょに行った友人と夕食にワインを2本あけて、相当酔っぱらっているはずなのに、興奮のしすぎか、まぁ眠れない眠れない。友人は早々と寝てしまったのに、わたしは町屋に泊まっている事実がまだ信じられずに、談話室でひとり、ぼーっとしていた。明日もあるのだからと、1時頃にやっと布団にもぐりこんだのだが、2時になっても3時になっても、ちょっとうとうとしては目醒(めざ)めてをくり返してばかり。そして3時半頃、地震が発生した。「うわー、揺れてるー。こ、これは何かの前兆か。このあと、そこの戸棚からタコ足みたいなもけもけが、ぬるりと出てくるに違いないー。いやーん、いやーん」とか心の中で叫びつつ、いやよいやよも好きのうち、もけもけの降臨(こうりん)を心待ちにしているうちに、いつしか眠っていた……。翌朝、「地震があったよね」と友人に訊いても、「えっ? 全然気づかなかったよ。夢なんじゃないの」と言われる始末。いえいえ、あとで確認したら、ちゃんとその夜の3時28分に岐阜を震源とする震度3の地震が発生しておりましたともさ。ま、いつまでたっても眠れないわたしのために、古民家の精霊が「いいかげん寝なさい」と揺さぶりをかけてくれたのだと思っておこうか。翌日は寝不足のうえに歩き疲れて、ぐっだぐだの屍(しかばね)状態だったことは言うまでもない。そんなこんなではあったものの、今回も貴重な体験をたくさんさせてもらった。旅はやっぱりいいね。というわけで、2年後のビエンナーレをもういまから楽しみにしているのだった。
香炉 旗指物 角盥
トノサマ