『岩谷文庫』は、ダンスと読書が大好き! THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾さんが、フレッシュな視点でおすすめの本を紹介してくれる、ほぼ月イチブックレビュー連載です。読書を愛するあなたや、気になるけれど何を読んだらいいかわからないあなた。日々の生活にちょっぴり疲れてしまって、近頃本を読めていないあなたへ。あなたの心の本棚にも、『岩谷文庫』を置いてみませんか?
みなさん、こんにちは! 『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』第6回のレビューをお届けします。今回ご紹介するのは、須賀しのぶさんの作品『雲は湧き、光あふれて』です。
カバーに描かれているのは、抜けるような青空の下、黒々とした土が覆う打席。真っ白なユニフォーム姿でバットを手にして立つ、ひとりの少年の姿です。もうわかりますよね。この本は、まもなく開幕する「全国高校野球選手権大会」通称「夏の甲子園」をテーマにした物語です。
【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】
野球のルールは、実はよくわからない。
けれども僕は「高校野球」の世界が大好きだ
僕は、高校野球がすごく好きです。シーズンになると毎年必ずチェックしますし、配信されている感動シーンの動画を何度も観てしまう。いつかTHE RAMPAGEで『熱闘甲子園』のテーマソングを担当したいって本気で思うぐらいガチの甲子園好きです。
……というと、「冒頭に書いてある一言と違うんじゃない!?」と思った方もいるのではないでしょうか。
僕は、高校野球が大好きです。でも、野球のルールに詳しいわけではありません。球技自体も壊滅的に苦手で、CLという番組でドッジボール大会に参加した時も、活躍することはできませんでした(笑)。そして、家族ぐるみでプロ野球が好きなわけでもない。それなのに、なぜ「高校野球が好き」と思うのか? それは、高校野球を通して描かれる人間ドラマに、限りなく胸を打たれるからなんです。
思い返せば、僕が高校野球にハマったのは、事務所に入って一人暮らしを始めてから。マネージャーが甲子園好きで、僕たちが駆け出しの頃「チームの作り方」「仲間との絆の深め方」なんていうお題で高校野球にたとえたテキストをよくもらっていたのがきっかけです。その内容は、仕事の上で大切なことを僕に教えてくれましたが、もともと、僕自身熱いところがある性格なので、一瞬に懸ける球児達の思いや、彼らを信じ支えてきた家族の愛情に心を打たれてしまって、みるみる高校野球の世界に夢中になりました。
そんな僕がこの本を手に読んでどう思ったか?
結論を言うと、本当に感動したし、僕にとって大切な一冊になりましたし、「私、野球には興味ないんだけど……」「野球のルールってよく分からなくて……」という人にこそ、この本を読んでもらいたいと思いました。
なぜなら、この物語は野球の試合そのものではなく、甲子園に至る過程や、その裏側にある人の気持ちを丁寧に描き、僕たちが生きるうえで大切なことを教えてくれる、とても感動的なヒューマンドラマだからです。
立場も時代も異なる3つの視点で描かれた「甲子園」。
爽快感と苦しさ、両極端な感情に、僕は心を揺さぶられた
この本は、1冊の中に3本の異なる物語が収録されています。
もちろんすべて、甲子園にまつわる物語です。
読み終えた後は、スポーツ小説らしい爽快感と、それとは真逆の、溜め息をつきたくなるような切なさや苦しさに、同時に襲われました。プラスとマイナス方向の読後感が一気に押し寄せて、心を持っていかれます。まるで、高校野球の良質なドキュメンタリーを見終えた時のような読後感だなと思いました。僕はどちらかといえば強豪校より弱小校に思い入れてしまうタイプなので、弱小校で必死に努力する選手たちのエピソードが中心であるこの本が、余計に響いたのかもしれません。
最初の1作目は『ピンチランナー』という物語です。
主人公は、埼玉県の平凡な公立高校野球部の補欠部員・須藤。この高校は決して強豪校ではないのですが、プロ野球のスカウトにも注目される天才的な打者の益岡が入部したことで、俄然、甲子園出場の夢が現実味を帯びていました。ところが、2年生の秋に益岡が腰を故障。一試合通して野球をすることが難しい体になってしまいます。
益岡の故障でみんなが甲子園の夢を諦め始めた時、須藤は監督から思わぬ指示を受けます。それは、彼の足の速さをいかして、益岡専門の代走者(ピンチランナー)を務めろ、というものでした。須藤は、益岡のために自分が利用されることが納得できず、益岡と激しく衝突します。けれども、互いに本心を剥き出しにぶつかりあった結果、彼らは二人一組で、甲子園の予選となる県大会に挑戦していく――というストーリーです。
主人公である須藤は、僕がこの一冊を通して一番共感した人物です。
野球は好きだけれど、一流になれるほどの才能はなくて、不器用で。でも、野球にしがみつくしかない。物語の途中までは、才能がない自分がどんなに努力したって――と、斜に構えていたけれど、益岡と向き合うことで自分の弱さを受け入れ、心の奥底にある野球への愛を揺り起こされる。そして、「足が速く、盗塁のセンスがある」という自分の強みに気づいて、それを磨くために努力していく。僕も、ダンスにしがみついて生きてきた人間なので、挫折を受け容れ、自分にできる「ピンチランナー」の役割を究めようとする須藤の姿には、とても心打たれました。
2作目のタイトルは『甲子園への道』。1作目は、甲子園を目指す高校球児が主人公でしたが、こちらは、球児を取材するスポーツ新聞の新人記者・泉千納が主人公です。彼女の目を通して、ある弱小公立校のピッチャー・月谷が秘めた才能、そしてメディアが追う強豪高のエース・木暮と月谷との間に思わぬ縁があることが明らかにされていきます。
『甲子園への道』では、試合の取材で走り回るヒロインの千納が、元々は甲子園嫌いだったという設定と描写に「おっ」と驚かされました。この部分の独白がすごいんですよ。
――あのころはむしろ、(高校野球を)嫌っていたかもしれない。(中略)押しつけがましさ? あざとさ? あれが鬱陶しくて。
――(前略)大会中にやる、『ほら感動しろよ』と言わんばかりの演出過剰な特番も、好きじゃなかった。
この本を読むと、作者の須賀しのぶさんが並々ならぬ甲子園愛の持ち主であることはすぐにわかります。そういう知識も思いもある人が、物事を俯瞰的にとらえて真逆の気持ちを書いている。かえって並々ならぬ甲子園への思い入れが伝わってきて、本当に驚かされました。
話は変わりますが、この物語では、千納が取材で追う弱小校の投手・月谷にも注目です。甲子園物って泥臭いイメージがあると思うんですが、彼はサラッと千納にLINEの連絡先を教えたり、「泉さんキレイだし」なんて言っていて、その妙にスマートな言動が、予期せぬ「キュン」を喰らわせてくれるんですよ。
3作品目は、この本の表題作でもある『雲は湧き、光あふれて』。
第二次世界大戦直前の時代、「野球は敵国のスポーツである」という理不尽な理由で弾圧され、ついに甲子園は中止に追い込まれてしまいます。そんな不安が渦巻く時代に、必死に甲子園を目指した普川商業野球部のひたむきな日々を追う作品です。
主人公は、監督命令で投手から捕手に転向した鈴木雄太。そして、野球歴はまだ浅いながら天才的なセンスと恵まれた体格を持ち、雄太がバッテリーを組むことになる投手の滝山亨も、もうひとりの主役といっていいでしょう。
滝山はすごく無愛想な男で、投球スタイルもひとことで言うと「自分勝手」。キャッチャーである雄太のことを「壁」としか思っていないような態度を取っていますが、読み進めていくうちに、2人の間には言葉にしない信頼関係があることがわかります。現代だと、男女関係なく気持ちを言葉にして、コミュニケーションを取りながら関係を深めていくのが普通だと思うんですが、雄太と滝山が置かれた時代背景を考えると、会話をせずともお互いを理解していく――という関係性はありえたんだろうなと思います。そういえば、THE RAMPAGEでも積極的にコミュニケーションを取りたいメンバーと、交わす言葉は少なくても心が繋がるのを感じられるメンバーはいますから、雄太と滝山の関係には頷ける部分が多かったです。
悪化していく戦局のなかで「俺たち、いつまで野球できるかな」と苦しみながら野球に打ち込む球児たち。実は、僕自身3年前に戦争物の舞台で特攻隊員役を演じたことがあり、その時に時代背景についてかなり調べていたのですが、「ストライク」「ボール」という言葉が「敵の国の言葉だから」という理由で使うのを禁じられていたことまでは知らなくて……驚くと同時に、雄太たちの苦しさがより身近に理解できるような気がしました。
この物語のタイトル『雲は湧き、光あふれて』は、夏の高校野球の大会歌である『栄冠は君に輝く』の歌詞の冒頭です。歌詞や曲名は知らなくても、実際に聞けば「ああ、この歌!」と、誰もが聞き覚えのある歌だと思います。作中にも、クライマックスでこの歌が流れるシーンが登場します。ものすごく、心を打たれるシーンになっているので、みなさんもぜひ読んでみてください。
「一秒だって、無駄にしてはいけない」
球児たちの姿を見て、僕は心からそう思った
この本には、まったく異なる時代の高校球児達の物語が描かれています。彼らは、違う時代を生きているけれど、そこには、一瞬一瞬同じ時間が流れているなと感じました。甲子園を目指して死ぬ気で汗水を流している現代の高校球児たちも、戦争のために甲子園を諦めざるを得なかった球児たちも、一秒の重さと野球への思いの深さはきっと同じ。そう思うと、平穏な毎日が当たり前のように生きている僕たちは、もっと日常に意味を持って生きられるんじゃないかと。
かつて時代のせいで、やりたいことができなかった人たちがいた。そう思うと、自分が平和な時代を生きて、やりたいことをやれているのって、奇跡みたいですよね。
そして、球児達が盗塁を成功させようと必死で走る一秒も、僕らがぐうたらしてテレビを観ている一秒も同じなんだと思うと、もう一秒だって無駄にはできないなと。読み終えた時、僕も、一秒一秒を大切に、全力で仕事に打ち込もう。もっと頑張らなきゃなと、シンプルに背中を押される気持ちになりました。
戦争で理不尽に野球を奪われた雄太や滝山たちの物語を読んで、ふと思ったことがあります。単純に比べてはいけないのかもしれませんが、コロナ禍にある今の状況も、少し似ているのかもしれない……と。彼らは戦争のせいで野球ができなかった。僕らは、コロナのためにツアーができない、踊る場がないという状況が長く続きました。そんな時期に読んだからこそ、この『雲は湧き、光あふれて』という本を読んで、いろんなことに気づけたような気がします。僕自身は、コロナ禍にあって改めて自分は「人に伝えること、表現することが好き」だと実感できた。だからこそ、今まで取り組んできたダンスとは違う『岩谷文庫』のような新しいチャレンジを始められてよかったと考えています。
そんな気づきを僕にくれた1冊『雲は湧き、光あふれて』。
ぜひみなさんにも読んでもらいたいです。「野球には興味ないんです」って人もいるかもしれないけれど、最初に書いたように、野球のルールに詳しくなくても読めるし、感動できる。10代の男子達が、限られた時間の中で必死に努力して甲子園を目指す。その姿から、きっと背中を押されるようなパワーを与えてもらえるのではないでしょうか。
作中に登場する球児たちの会話も本当にイキイキとしていて、どんどんとページをめくりたくなる魅力に溢れています。短編集ということも相まって、きっとみなさんも「気づいたら1冊読み終えていた!」ってなるんじゃないかな、と思います。
「俺たち、いつまで野球できるかな」
「俺たち、いつまで野球できるかな」
これは、表題作『雲は湧き、光あふれて』の主人公・雄太の言葉です。第二次世界大戦が始まり、野球は弾圧され、甲子園大会も中止になってしまった。いつかまた甲子園を目指したい、夢を諦めたくない。けれども、「今年がダメなら来年も、その次だってあるわけがない」と、全てを投げ出してしまいたくなる瞬間に襲われてしまう。彼らの心中を想像すると、今の自分がどれだけ恵まれているんだろうと思い知らされ、背筋が伸びました。
もうひとつ、この言葉を読んで考えたことがあります。僕は、この言葉を「俺たち、いつまで踊れるんだろうな」と、自分の立場に置き換えて考えました。
作中に出てくるのですが、球児たちは、高校の3年間という期間限定、もっと言えば「今のこのチームでいられるのは、たった1年間」という限られた時間の中で必死にもがいています。彼らの時間は限られていて、だからこそ見る人の胸を熱くするし、焦りや衝突からドラマが生まれるんだろうなと。
ダンスも怪我や年齢が理由で、いつか絶対に踊れなくなる日が来ます。
けれども、終わりが見えているからこそ、一瞬一瞬を無駄にしたくないし、終わりがあるからこそ人の心を打つ美学が生まれる。雄太の言葉から、僕は大切なことに改めて気づかされました。
甲子園の作品を読むには、青空の下、太陽に照らされながら読むシチュエーションが一番良いだろう!
そう思い、新曲『HEATWAVE』のMV撮影現場の空き時間でこの本を読みました。
やはり、この作品は青空が似合います!
楽屋から抜け出し、屋外のベンチで自然の音を聞きながら熟読。
僕の横では翔平がゲームしてました(笑)
思わず「ここは家か!」とツッコミたくなるくらい、くつろいでらっしゃいました(笑)
「HEATWAVE」で良いパフォーマンスが出来たのも、この本を空き時間に読んだおかげ…?なのかもしれません!
プロ入りを嘱望されていたスラッガーの益岡が、最後の甲子園を前に故障した。補欠の須藤は、益岡専用の代走に起用されて――!?(ピンチランナー)
新人スポーツ記者の千納は、強豪高のエースの取材を命令される。が、彼女が目を惹かれたのは対戦相手の弱小公立のピッチャーで…。(甲子園への道)
昭和17年。戦火が拡大し、甲子園大会は中止の憂き目に遭う。それでも、あの場所を目指して努力を続ける少年たちがいた――。(『雲は湧き、光あふれて』)
あの舞台を目指す者同士の友情、嫉妬、ライバル心、そして一体感。少年たちの熱い夏を描いた涙と感動の高校野球小説集。