『岩谷文庫』は、ダンスと読書が大好き! THE RAMPAGE from EXILE TRIBEの岩谷翔吾さんが、フレッシュな視点でおすすめの本を紹介してくれる、ほぼ月イチブックレビュー連載です。読書を愛するあなたや、気になるけれど何を読んだらいいかわからないあなた。日々の生活にちょっぴり疲れてしまって、近頃本を読めていないあなたへ。あなたの心の本棚にも、『岩谷文庫』を置いてみませんか?
みなさん、こんにちは。岩谷翔吾です! いつも『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』を応援して頂きありがとうございます。第8回は、加藤シゲアキさんの作品『オルタネート』についてご紹介してきます。
「NEWS」のメンバーである加藤シゲアキさんが書いたこの作品は、直木賞候補になったことでも大きなニュースになりました。僕がこの本を手にしたのも、ちょうどその頃です。
加藤さんの著作は、「自分と同じアーティストの方が小説を書いている」ことからも興味があって、デビュー作『ピンクとグレー』も読んでいました。当時は「芸能活動をしながら小説も書けるなんてすごい」と、シンプルに驚きました。その後10年近く、芸能活動と執筆活動を両立し続けて、ついには直木賞にノミネートされるまでになりました。本当に、ただの「二足のわらじ」の一言では済まされない、並大抵の努力では決して成し遂げられないことだと思います。
加藤さんはどれほどの思いを抱きながら実力を磨いてきたんだろう、と思うと、この本を読まずにはいられなかったです。
【※レビュー内には本編のネタバレが含まれますので、ご注意ください。】
高校生にしか使えないSNSが存在する世界。
その一風変わった設定が、僕の好奇心を刺激した。
この本のタイトルになっている「オルタネート」という言葉の意味、みなさんは分かりますか? 物語の序盤や、本に巻かれている帯にもこの単語の説明が載っています。
オルタネート
(1)交互に起こる、互い違いになる、交互に繰り返す
(2)《電気》〈電流が〉交流する
(3)代わりのもの、交代要員、代理人、補欠
これだけだと、ちょっとイメージがつかみにくいかもしれません。実は「オルタネート」というのは、本作に登場する架空のSNSの名前です。しかも、ただのSNSではなくて、高校生の間しか使えない「高校生限定SNS」なんです。
SNSを日常的に使って友達付き合いをしているというのは、現実と近い設定なのでイメージしやすいし、高校生しかいないSNSって面白いですよね。僕もめちゃくちゃ興味が湧きました。高校生活って期間が限られているからこそ、僕の場合は楽しい思い出を作りたい!っていうか、作らなきゃ!という前のめりな姿勢だったので、オルタネートはうってつけ。違う学校のいろんな人とも繋がって友達になりたいし、高校時代は「モテたい」気持ちが大きかったから、異性に積極的にアプローチしていたかもしれません(笑)。
そんな高校生限定SNSをタイトルに据えた作品なので、登場人物もやはり高校生がメインです。
舞台になるのは、東京にある「円明学園高校」。作中では、この学校につながりをもつ高校生たちによって、3つの物語が展開していきます。といっても、完全に区切って綴られているわけではありません。それぞれのエピソードは別々のものでもあるし、繋がってもいる。世界観の設定だけでも独自性がありますが、物語の構成も、目次ひとつ取っても綿密に仕組まれていて……読めば読むほど面白いんです。
「料理」が軸になる蓉(いるる)パートは、
現実と見紛う絶妙なリアリティが魅力。
『オルタネート』に登場する3つの物語は、すべて円明学園高校に関係するものですが、読み味がまったく違っていて、それぞれとても魅力的です。
ひとつめは、高校生料理コンテスト「ワンポーション」に挑戦する3年生で、調理部部長の女子・蓉(いるる)を中心とした物語です。
蓉のパートは、とにかく料理シーンの描写が圧倒的です。躍動感も繊細さもあわせもつ表現で、まるでスポーツ漫画を読んでいるような疾走感があります。文章を読んでいるだけで、蓉が料理をしている様子が目の前に浮かんでくるし、自分も料理をしているような気分になってくる。どうやったらこんなシーンが書けるんだ!? と息を呑みました。蓉が作る料理は本当に美味しそうなので、もし僕が円明の生徒だったら、友達になって彼女が作るごはんを食べてみたいです。
ワンポーション自体も、単なる料理コンテストではありません。出場者は提示された食材とテーマで料理を作るんですが、そのテーマが「可能性」や「記憶」といったようにすごく抽象的。蓉たちはそのテーマを自分なりに解釈して調理法を考え、完成した料理について審査員へのプレゼンも行います。僕は料理をしないし、料理番組もあまり見たことがないんですが、ワンポーションの調理シーンはすごくのめり込んで読めたし、ある意味スペクタクル。加藤さんは、ご自分で料理をされるんでしょうか? あれを普段料理しない人が書いたとしたら、本当に驚異的。まさに圧巻でした。
ワンポーションの様子はネットで生配信されていて、視聴者はリアルタイムでコメントをしていきます。これ、現実にあったら絶対受ける企画だと思いました。オルタネートだって、実際に開発できそうなサービスですよね。ビジネス的にも、高校生に向けてアプローチしたい企業はいっぱいありそうだから、可能性は無限だと思う。オルタネートにしてもワンポーションにしても、オリジナルの設定ながら「ありそう」と思わせられる絶妙なリアリティを持っていて、わくわくする。蓉のパートで、そんな本作の魅力的な世界観に引き込まれました。
オルタネートにすがって生きる凪津(なづ)の姿は
「今」を生きる思春期世代の象徴に見える。
ふたつめは、オルタネートにのめり込み、AIが導く「運命的な出会い」に期待する、1年生の女子・凪津(なづ)の物語です。
凪津はゴリゴリのオルタネート信者。キリスト教の学校に通いつつも聖書を傘代わりにするし、礼拝中にこっそりオルタネートを見ているし、宗教よりもオルタネートを信仰している人です。彼女はある理由から、オルタネートの合理的なマッチングシステムを絶対的に信用していて、登場人物達の中で一番機能を使いこなしているように見えます。
彼女は、自分の趣味嗜好をはじめ、スマホの中にある膨大なデータを全部オルタネートに与えることで、自分という人間をオルタネートに解析させ、最も相性のいい人と繋がろうとします。さらに、「ジーンマッチ」という新しいサービスにも飛びついて、より効率的に「運命のパートナー」を選ぼうとしていく。そこで、92.3%と、ずばぬけて相性率の高い男子・桂田武生(かつらだむう)と出会うのですが……。
凪津が使うジーンマッチは、遺伝子情報を解析することによって、生物学的に遺伝子レベルで相性のよい相手とマッチングできるというサービスです。高校生の頃って、「運命」みたいなものへの憧れが強いから、こういうサービスがすごく魅力的に感じられると思うし、僕も高校生だったら100%やっていたと思います。でも、大人になった今は、興味はあるけど正直怖くもある。人間って、第六感、直感的なものにつき動かされる部分が大きい。占いみたいなものというか、いくら科学的根拠があったとしても、誰かに決めつけられるとそれが先入観になって、自分の直感を信じて行動できなくなってしまうんじゃないかなと思うんです。自分の感覚で「この人いいな」と思って付き合っても、ジーンマッチで低い数値が出たら「結局この人とは別れることになるのかな」って常に思いながら一緒にいることになってしまう。「あ、こういう意見もあるのか」的な解釈程度であれば、興味はありますけどね。と言いつつ、いざやってみたらめちゃめちゃハマってしまう……かもしれませんが(笑)。
僕は『オルタネート』という作品の軸は、凪津の成長物語だと思っています。
それは、オルタネートという架空のSNSを通して、今を生きる若者が現実に必ずぶつかる「自分とは? アイデンティティとは?」「どうやって生きていけばいい?」という壁と、それを乗り越えていく姿を見事に描いているからです。
凪津は物語の前半では、自分のデータをオルタネートに委ねることを「オルタネートを育てる」と言っています。でも、さまざまな経験を経て成長した彼女は、判断をオルタネートに頼りすぎることをやめる。そうして彼女の人柄が変わっていく様子、僕は見ていて一番好きになってしまいました。
このシーンの凪津の台詞に「私は私を育てる」というのがあります。これって、日常ではあまり使わない言い回しで、いい意味で違和感がありました。でも高校生って、「いつまでも誰かに手を差し伸べて育ててもらえるわけじゃない、世界はそんなに甘くない」ということに気づきだす時期だと思うので、この表現がすごくしっくりくる。凪津の物語は、まさに「今」を切り取った物語なので、思春期真っただ中の人には特に、響くものがあると思います。
高校生なら、やりたいことに打ち込めばいい。
そんなシンプルな事実を思い出させる、尚志の物語
3つめは、高校を中退したことでオルタネートにアクセスできなくなり、一緒に音楽に打ち込んでいた友人と繋がる手段を失ってしまったドラマー・尚志の物語です。
彼の物語は、王道の青春もの。挫折があって、ライバルがいて、仲間達がいて、音楽があって、これでもかというぐらい青春の要素が盛り込まれている。尚志パートの爽やかさが、『オルタネート』の物語全体にすごくいい風を吹かせていると感じました。
尚志パートには、音楽にこだわる尚志とは対照的な人物として、友人の豊が登場します。豊は尚志のかつてのバンド仲間でしたが、将来医者になると決めて、本当は音楽が好きなのに、それを捨てようとしている。一方の尚志は、高校を中退してなお、音楽しか打ち込めるものがありません。
豊はそつのない、賢い生き方をしているんだけれど、僕自身は尚志の生き方に深く共感しました。だって、何かに夢中になれる瞬間、他のことを気にせず何かに打ち込める瞬間って、学生時代ぐらいです。人生は一度きりだし、高校時代は3年間しかないのだから、やりたいことを思い切り、あきらめがつくまでやったほうがいいんじゃないかと思う。だから僕は、尚志の生き方がかっこいいと思ったし、彼の気持ちがよくわかりました。大人になった今だからこそ言えることだとは思いますが、10代なんだから「楽しいからやる」、そういう簡単な理由で打ち込んでいいんじゃないかと思います。
一方で、自分が好きで打ち込んできたことを「プロ」としてやることになったら? というテーマも、尚志パートには描かれています。尚志が暮らすシェアハウスの住人でドラマーの坂口さんが、メジャーデビューを目前に壁にぶつかり、自暴自棄な行動を取るというエピソードです。
音楽やエンタメって、最初は「好き」という単純な理由で始めたのであっても、プロとして生きていくと決めたら、おのずとマインドチェンジが必要になってくると思います。
それは、自分の活動が自己満足になるかならないか。
自分が好きでやっているだけなら、自己満足でもいい。「この音楽いいだろ!」「このダンスいいだろ!」と見せつけるようなやり方がいくらでもできます。でも、メジャーデビューするということは、組織の一員になるということ。そうなると、やっぱり自分じゃなくて人のことを第一に考える必要があるし、大衆の需要に合わせてやり方を変えるべき時もある。音楽やエンタメは、人の心に届けてこそだと僕は思います。
僕自身、この葛藤はありましたし、きっと加藤さんの中にもあったと思う。『ピンクとグレー』もそうだったのですが、尚志パートは特に、芸能界で生きてきた人の人生観が滲んでいると思いました。もし機会があれば、ぜひ加藤さんと語り合わせて頂きたいです。勝手だけど、きっと仲良くなれるんじゃないかなぁ、と思っています。
ところで、尚志パートは『オルタネート』という作品の中にありながら、SNSのオルタネートがあまり出てきません。尚志はオルタネートを使わなくても人間関係を築いている。オルタネートが全てのようなこの世界で、そういった違いも描きつつ、加藤さんはこのパートでは、音楽や夢など、のびのびとご自分の書きたいことを書かれたんじゃないかなと思って読みました。
「時間」と「情報」を等価交換する現代の価値観。
そして、「表現者」としての自分が目指すもの。
僕たちが生きる現実の世界にも様々なSNSがあります。僕自身はエゴサーチはしないと決めていて、SNSにのめり込みすぎないよう意識しています。それでも、朝起きたら寝ぼけながらLINEをチェックして、夜寝る前にInstagramを見て……と、無意識にアクセスしてしまう。意識的に距離を置いているつもりですが、考えようによっては振り回されているのかもしれません。
とりあえず立ち上げれば、ニュースもゴシップもトレンドもそこに転がっていて、話題になっている情報が手っ取り早く手に入る。すべてがSNSで完結してしまうし、SNSのトレンドを見ていれば、世の中の流れを理解したような気になってしまう。
SNSとのつきあい方は、人それぞれいろいろなスタンスがあると思います。ただ、忘れてはいけないことがあると思うんです。それは、僕らはSNSから無料で情報を得ているけれど、代わりに時間を捧げている、つまり情報と時間を等価交換しているんだということです。現代は情報や娯楽が多すぎるから、発信する側もユーザーのお金だけでなく、時間を取り合っている。時間は無限ではないから、ユーザーもたとえば2時間の映画を要約した短い動画を見て、映画そのものを見たつもりになってしまうし、書評を読んでその本を読んだ気になってしまうことってあると思います。でも、僕は自分の目で本を読みたいし、映画も見たい。きっとその方がより楽しめるし、結果的には得られるものも多いんじゃないかな、と思います。
今この時代の生き方を読む人に突きつけてくるような『オルタネート』という作品を書いた、加藤シゲアキさん。アーティストとして第一線で活動しながら執筆活動を続けて、その努力がこうやって実を結んでいるのは、本当にすごいことだと思います。
僕自身、表現者として活動していますが、初めは「表現」って役者をやったり歌を歌ったりするイメージが強かった。でも、加藤さんが作家として第一線で活動されている姿を見て、その作品に触れて、「自分の伝えたいことを表現するにはこういう方法もあるのか」と、大きな刺激を受けました。
パフォーマーという自分の仕事は、いずれ必ず年齢的な壁にぶつかるので、踊れなくなった時、新しい道を見つけなければならない。LDHでも、これまでにEXILEのメンバーが勇退されて、新しい道に挑戦される姿を見てきました。僕自身もその節目が訪れた時、宙ぶらりんになってしまわないように、自分にできる「表現」を考えていきたい。
でも、僕にとっての軸はやっぱりダンスです。ダンスがなかったら今ここにいないし、表現者にもなれなかった。ダンスが自分に与えてくれたものを大切にして、木が幹から枝を伸ばすように、自分のこれからの表現活動を考えていきたいと思っています。
近くで見るより、遠くから眺めた方がいいものだってある。
近くで見るより、遠くから眺めた方がいいものだってある。
これは、凪津がジーンマッチを使って繋がった桂田武生と、初めてリアルで対面した後の彼女の心情を綴った一文です。このくだりは情景描写として秀逸ですが、僕は「オルタネートにのめり込み過ぎるな」というメッセージにも読めて、すごく心に刺さりました。
僕は今まで、人との距離を詰めて、問題があったら踏み込んで接したり、相手に寄り添うことが優しさだと思っていました。でも最近は、一歩引いて、遠くから見守る優しさもあるなと考えるようになりました。例えば、THE RAMPAGEの中で、僕はボーカルそれぞれと仲が良く、相談されることも多いのですが、相談事のタイミングや内容によっては、3人に同じように寄り添うのは難しい。寄り添いすぎず、時には一歩引いて中立的な視点を持つことも、大事なのかもしれませんね。
『オルタネート』には、他にも印象的だったポイントがあります。
章のタイトルが全部、それぞれの章の内容を象徴する二次熟語になっていること。そして、章の終わりの一文にすごく余韻があることです。
まだバニラの香りが残っている気がした。セミの抜け殻は、どこかに流れて消えていた。(第10章)
遠くから鳴り響くホルンの音はまるで汽笛のようだった。(第12章)
ちょっとキザな感じさえあって、でも読んでいるとそれがクセになる。直接的なことを書かずに、情景描写で匂わせて締める。物語全体のラストシーンがまさにその真骨頂で、本当にかっこいい。これから本作を読む方には、章末のエモさと余韻を存分に味わってもらいたいです。
僕の読書している席から見える姿を盗撮しました。
翔平。ゲーム集中しすぎて口開いちゃってる…
陣さん。何か熱心にノートに記してますね…
拓磨。ゲームする時、画面との距離感近過ぎるんですよね…いつもメンバーに「拓磨ゲーム弱いもんな」とイジられてます。
拓磨は自他ともに認める負けず嫌いで、一人でゲームの上達を目指し、コソッと練習している努力家なところが可愛くて好きです。
高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、若者たちの運命が、鮮やかに加速していく。全国配信の料理コンテストで巻き起こった〈悲劇〉の後遺症に思い悩む蓉(いるる)。母との軋轢により、〈絶対真実の愛〉を求め続ける「オルタネート」信奉者の凪津(なづ)。高校を中退し、〈亡霊の街〉から逃れるように、音楽家の集うシェアハウスへと潜り込んだ尚志(なおし)。恋とは、友情とは、家族とは。そして、人と"繋がる"とは何か。デジタルな世界と未分化な感情が織りなす物語の果てに、三人を待ち受ける未来とは一体――。"あの頃"の煌めき、そして新たな旅立ちを端正かつエモーショナルな筆致で紡ぐ、新時代の青春小説。