みなさん、こんにちは! THE RAMPAGEの岩谷翔吾です。
『岩谷文庫~君と、読みたい本がある~』第19回は、染井為人さんの長編小説『正体』のレビューをお送りします。
こちらの作品は、8月に行った橘ケンチさんとの対談(『岩谷文庫特別編』第18.5回)で、僕からケンチさんにおすすめさせていただいたタイトルです。あまりに面白くて、美容室でパーマを当ててもらいながら夢中で読んだ…というエピソードを、覚えてくださっている方もいるのではないでしょうか。
CONTENTS
- 1.
『正体』を読んだきっかけとあらすじ
- 2.
『正体』逃亡犯をめぐる6人の人々
- 3.
『正体』の読み方
- 4.
『正体』 #気になる一文
- 5.
今月の書籍紹介
- 6.
今月の読書コラム
- 7.
フォトギャラリー
この本は、芸能関係の友人が紹介してくれたことがきっかけで出逢いました。お互いに本を勧め合う仲なのですが、その方が本を勧めてくる時は、毎回あらすじもヒントもなし。何も知らないまま、勧められるままに読んでみると、不思議とどれも面白い。だから「その方が言うなら間違いなく面白いんだろう」という信頼感がありました。さらに、『正体』は、亀梨和也さんの主演で映像化されています。僕自身、俳優業をやらせてもらってもいるので、映像化されている作品をお芝居の観点で見て参考にしています。そういう意味でも『正体』に興味を持ちました。
が、実際に手に取ってみたら、あまりのボリュームに気圧されてしまって! なんと600ページ以上もあるんですよ。今でこそこれだけ熱くおすすめしていますが、実は初めはその分厚さに圧倒されて、つい自宅の本棚で2ヶ月ぐらい眠らせてしまっていたんです……。
しばらくして、勧めてくれた友人に会った時に「『正体』読んだ?」って訊かれて、正直に「買ったんだけど、まだ読んでない」と答えたら「読まないと損だよ!」って、また強く推されて。それで覚悟を決めて「とりあえず、さわりの10ページぐらい読んで、テイストを摑もう」と思って開いてみたら、もうめちゃくちゃ面白くて! 第4回で取り上げた『怒り』(吉田修一・著)にも通じるような雰囲気の始まり方で、やっぱり自分はこういうテイストの話が好きなんだなと改めて思いましたし、がっつり心を掴まれました。
結局、そのままお風呂で半身浴しながら読んで、続きが気になりすぎて翌日も美容院に持っていって、シャンプーしてもらったり、パーマを当ててもらったりしながら、600ページを一気に読破してしまったんです。
僕がこの本を読んだ経緯、ものすごい勢いでご紹介してしまったので、「なにごと?」と思った方も多いのではないでしょうか。では、僕が心を鷲摑みにされた『正体』のあらすじについてご紹介していきましょう。
埼玉県で、一家三人が惨殺される残虐な殺人事件が起こります。逮捕された犯人は、鏑木慶一という名の18歳の少年でした。彼は死刑判決を受けて拘置所に収監されていましたが、ある時突然、脱獄し逃亡してしまうんです。彼は名前を変え、姿を変えながら警察の手を逃れ、様々な場所に潜伏していきます。東京オリンピックの工事現場、旅館の住み込みバイト、人手不足のグループホーム……潜伏先では、彼の人間性が少しずつ描かれていきます。でも、そこで明かされるのは、「残酷な殺人鬼」とは到底思えない、人としての誠実さや優しさが滲む少年の姿なんです。彼の逃避行の目的は、どうやら惨殺事件の中で唯一生き残った、若年性アルツハイマーの女性を探し出し、彼女に会うことらしい。果たして彼はなぜ、その女性に会おうとしているのか。彼は本当に人を殺したのか。彼の真の「正体」とは何なのか――? という物語です。
『正体』の逃亡犯・鏑木慶一は、死刑判決を受けている凶悪な殺人犯なのですが、不思議なことに、読めば読むほど彼が悪い人とは思えなくなってきます。
初め、僕は犯人の鏑木慶一が「鏑木慶一」としてどこかに登場してくるんだろうと思っていたんですが、全然出てこない。そして途中で「あ、鏑木慶一は姿を変えて別人になっているのか。そういう意味での『正体』なんだな、面白い」と気付いて、一気に物語に引き込まれました。そして、読むほどに彼という人間にも引き込まれていくんです。凶悪な殺人犯に引き込まれるって、それは一体どういうことなのか? リスクを冒してまで人と関わり、人を助ける鏑木の目的とは何なのか?
作中には、鏑木慶一と関わる6人のエピソードが描かれます。
鏑木慶一が逃亡して1年半が経った頃、千葉県にある介護施設、グループホームアオバに、桜井翔司という青年が新人パートとして入社します。誠実に利用者に接する彼は、老人たちの人気者になり、上司の四方田からも正社員になることを期待されるようになります。このパート、最初はスルッと読めてしまうと思いますが、実は物語全体に関わるいろんな伏線の種がまかれているんです。
時系列は遡って、鏑木慶一が脱獄した直後。東京オリンピックの会場となる有明テニスの森の工事現場に、ベンゾーというあだ名で呼ばれる日雇い労働者が現れます。労働者たちは、雇い元に不当に搾取されながらその日暮らしをしているのですが、ベンゾーには法律の知識があり、同じ現場で働く青年・和也に乞われ、労働者を守るために力を貸すことになります。
そして和也はふとしたことからベンゾーが鏑木慶一なのではないかと疑いはじめる。僕はこのパートの途中まで、ベンゾーが姿を変えた鏑木慶一だとわからなくて、まさに和也と一緒に「もしかしてあいつが……!」と気づいた感じ。ベンゾーを追う和也が水道橋の場外馬券売場へ向かうシーンがあるのですが、ここは東京ドームでライブ公演する時によく歩くエリアなのもあり、情景描写がすごくリアルに想像できて手に汗を握りました。
次のエピソードは、渋谷のWEBメディアで働く30代のキャリア女性・安藤沙耶香視点です。多くのWEBライターを束ねる立場である沙耶香は、那須隆士という新人ライターと面談し、彼が家無しだと知って自分の部屋へ招き入れます。
上司と部下の関係でもなく、友人でもなく、かといって恋人でもない奇妙な同居生活。沙耶香は隆士に恋心を抱くようになり、ついには彼が鏑木慶一ではないかと気づきます。二人は最後まで一線を越えない関係を貫くのですが、「逃亡犯が女性と同棲する」という大胆な展開は予想を超えていて、すごく驚きました。これは僕が一番好きなエピソードでもあります。
舞台はさらに、信州のスキー場近くの旅館へ飛びます。視点人物は渡辺淳二という、ある事件がきっかけで弁護士の職を失い、社会復帰のために旅館でアルバイトをしている中年男性です。スキー旅館なので、季節バイトの若者が何人も働いているんですが、その中に袴田勲という青年がいました。実は、淳二は以前痴漢の冤罪被害に遭い、世の人に広く犯人扱いされてしまった。そのために社会人として立ち直れないほどの打撃を受けてしまい、この旅館でもつらい目に遭うんですが、袴田勲はそんな彼の心を、きっと人生さえをも救う言葉を残して姿を消します。もう想像がつくかと思いますが、袴田勲が鏑木慶一です。彼が淳二を絶望から救う流れは、読んでいて胸が苦しくなりました。
最後の舞台は、山形。ままならない生活に疲れた中年女性・近野節枝は、ある新興宗教に救いを見出し入信しようとします。ところが、その説教会で知り合った久間道慧という青年が節枝にもたらしたのは、彼女が予想もしなかった真実でした。
そして、物語は冒頭の「グループホームアオバ」へ戻ってきます。夢に挫折し、アオバで介護士として働き始めた19歳の女性・酒井舞は、先輩の桜井翔司に惹かれていく。ここからが、すべての真実が明かされていくクライマックスのパートです。ここまで読み進めた人は、きっとこの本をシャンプー台に持って行った僕の気持ちが分かるはず(笑)。結末が気になって、ラストシーンまで一気読みしてしまうに違いないと思います。だからこの先は僕のレビューで知るよりも、本編を読んでもらいたい。そして、ぜひ自分自身でこの衝撃を味わってもらいたいです。
読み終えた時に、僕はこの作品のタイトル『正体』が持つ意味について考えました。僕は物語の前半を読んでいる間、名を変え姿を変えて逃げ続ける「逃亡犯・鏑木慶一の正体」が明かされていくのだと思っていました。でも途中から、「正体」の意味がガラリと変わるんです。そこで、明かされるのは「人間・鏑木慶一の正体」だと気づく。
この物語で、正体を隠した鏑木慶一と関わる人たちは、誰も順風満帆な人生ではありません。全員がそれぞれの生きづらさや苦しみを抱えています。作中では、鏑木慶一の行動がそんな人々を救っていくのですが、僕はここにもうひとつの「正体」が描かれているのではないかと思いました。
人はみな、今いる場所で課せられた姿(=正体)で生きていて、それに苦しめられる人もいる。だったら、正体はひとつでなくてもいい。たとえば学生で、いじめに苦しんでいる子がいたとしたら、たとえ今の正体が学生でも、命が削られる場所になってしまった学校に無理をして行かなくてもいいんじゃないか。いろんな自分がいて当たり前なのだから、正体を変えて逃げることで救われることもあるんじゃないか――と。
600ページ以上もあるこの本。僕も最初は「うわっ!」となってしまったぐらいなので、読書に慣れていない人は「とても読めない」と思ってしまうかもしれません。でも、この本が与えてくれる感動を知らずにいるのは、本当にもったいないので、ぜひみなさんに読んでもらいたい。そこで、読み方を工夫してトライしてもらったらいいんじゃないかなと考えました。全7章で、ひとつの章は大体100ページ前後。章ごとに舞台が変わり、鏑木慶一は名前と姿を変えて新しい環境に移っていくので、それぞれ繋がっておらず独立したエピソードです。今日は一章、明日は二章……と、100ページの短編小説を7冊読むくらいの気持ちで読んでみてはいかがでしょうか。
でもきっと、どこかで続きが気になって我慢できなくなり、一気読みしたくなると思います。眠たくなるまで読んで、次の日も起きたらすぐに読むのを再開する。それぐらい面白い本なので、そんな夢中になる読書体験を、みなさんにもぜひ体験してもらいたいですね。
ストーリーもそうですが、人の心情を奥深く掘り下げる染井為人さんの描写もすごいです。ただ単に文章で説明を連ねているだけの小説って、読むのに時間がかかったり、読んでいて引っかかる部分があったりするんですけれど、『正体』にはそれが一切ない。登場人物の心情、葛藤が自分の心の中まで迫ってきて、正面からそれを受け止めなくちゃという気持ちになる。誰かの話を読んでいるという感覚でなく、まるで一対一で染井さんに話しかけられているような気持ちになりました。きっと、文章に染井さんの人柄が表れているんだと思います。
ミステリーの中に人間ドラマや社会問題までもを深く盛り込み、スピード感ある文章で一気読みさせる手法もすごかった。そして、伏線回収の見事さ。こういったジャンルの小説は、伏線回収がうまいものが多いですけれど、びっくりするぐらい綺麗に回収されているので、そういう意味でも読むのが気持ちよかったです。
残酷な殺人事件を起こし、しかも下された罰から逃亡した鏑木慶一。彼がどんな人物かは実際に皆さんの目で確かめて頂くとして、彼がもし、別の「正体」をまとって僕の前に現れたらどうするだろう? 僕は人見知りしないし、きっと彼とも仲良くなると思います。そして、人に質問するのが好きだし、いじれるタイプの人はいじってツッコまないと失礼! って思っちゃうタイプなので、いろいろと質問攻めにしてしまうかもしれません。でも、彼が逃亡犯であることに感づいてしまったら……「あ、今逃げてる人だ」と気づいたら、すぐに身を引くと思います。
作中では、鏑木慶一に出逢った人たちはみんな追われる彼を庇っている。でも、僕が同じようにするのは、実際には難しいだろうな。なぜなら、今の僕は、社会的に多少なりとも名を知られた人間だから。そして、今いるTHE RAPAGE、LDHという場所が大切で守りたいから。
僕が私情で迂闊な行動を取ったら、きっとLDHに迷惑をかけてしまう。そう思うと、今の自分がもし鏑木と知り合ったとしてできることは、彼の正体を黙って胸に秘めたまま、静かに彼の側からいなくなることだけなのかもしれないな……と思いました。自分、冷たいかなって思うけれど、きっとそれが今の自分にできる最大限の優しさだとも信じています。
とはいえ、実際にそういう状況に立たされてみないと、自分がどうするかは分からないとも思いますね。距離を取るかもしれないし、庇うかもしれない。気づいても通報する勇気はないかもしれないし、逆に彼のためを思って黙っているかも。だからこそこうやって本を読んで、自分が人生で経験しないようなことを垣間見たり、「もしも」を想像してみるのは面白い。
#気になる一文
「ぼくには好きな人がいるんです」
これは、物語のクライマックスで、追い詰められた鏑木が、自分に好意を寄せる舞に伝えた言葉です。鏑木の好きな人――言葉では明確に書かれていませんが、沙耶香のことです。沙耶香のエピソードを読んでいる間、沙耶香は隆士(鏑木慶一)に恋心を抱いていたけれど、彼には恋愛感情はなさそうだなと思っていました。自分に寝泊まりするところを与えてくれて、ごはんも食べさせてくれて、素性は訊かない、都合のいい相手だと思っているかもしれない、と。でも、彼はきっと沙耶香のことを考えて、彼女に対して想いを口にしなかったんだと分かったんです。好意を打ち明けても彼女を苦しめるし、逃亡犯と知りながら自分を匿った共犯者として沙耶香が罪を負う可能性もある。つまり、鏑木なりに沙耶香を思った結果、一切態度に出さなかった。
舞に対しても、鏑木は彼女が自分に好意を持っていることは分かっているのだから、他に好きな人がいるなんて言わずに、口車で舞を利用することだってできただろうに、そうしなかった。
芯の通った言葉は、なかなか言えることじゃない。
僕は鏑木のこの言葉から、改めて自分の芯を通すことの大切さを学びました。
今作の一つの軸になる沙耶香視点の食事シーン。
実際にスタッフさんが作中に出てくるワインと同じモノを用意してくださいました!
スタッフさんの作品へのリスペクトと愛情に撮影現場も盛り上がりました!
実際に撮影終わりにスタッフの皆さんとワインを美味しくいただきました。
鼻から抜ける甘みが癖になるとても上品な味わいでした。
五感で読書を楽しむ事ができ、貴重な経験をさせていただきました^ ^