ファシリテーター

長い連載の間に、お二人はどんなおつきあいがありましたか?

桑原

電話でたくさんお話ししましたね。

前田

そうね。作品にどう反映するか分からないようなネタ話やらなにやら、いろいろと。

桑原

そうそう、『破妖の剣』のストーリー展開も時々教えてくれました。これから書く原稿のネタバレを前田さんご自身が「これはね、これからこうなるの」と電話のむこうで包み隠さず喋ってくれて、「読者よ……ふふ、私はもう知っている」という優越感がありました(笑)。それから、イベントが多くて、前田さんと一緒に全国あちこちに行きましたよね。旅先で、私の面倒を見てくれる姉であり、師匠であり……お酒を飲む先輩でもあります。

前田

お酒のことは否定できないな(笑)。

桑原

おちゃべりパーティで、前田さんが刀を持ってきたことがありましたよね。「これ、紅蓮姫っぽいでしょう。よし、持っていこう!」って。

前田

昔はノリが良かったんだなあ。

桑原

あの刀、どうなりました?

前田

用が済んだらポイっと捨てちゃった。「ウケた! よし、君の役目終わり!」って。

桑原

むごい(笑)。

前田

いや、だいたいが思いつきですから。「紅蓮姫」という剣の名前も、真紅の刀身だから「紅蓮」で、少女だから「姫」をつけて、「ぐれんき」という響きも悪くない、よし決まりという感じでした。

桑原

「紅蓮姫」が、「もっと食べたいよー」なんてゴネるじゃないですか。あれを前田さんの声で聞くと、すごくかわいい! まるで紅蓮姫のアフレコなんです。文庫で読んでいると、前田さんの声で頭に響くんですよ。

前田

では、ちょっとだけ。「ご馳走ご馳走! 我慢しなきゃいけないなんて!」

桑原

それそれ、その裏声! イラストもすてきでした。紅蓮姫のイメージや主人公のラスの衣裳は指定だったんですか?

前田

剣はお任せでした。絵が上がってきたらとってもかっこよくて、「おお~~!」です。衣裳は「チャイナっぽい」というイメージと、ヘアスタイルのお団子ひとつもお願いしました。だから、最初のラスには、片っぽだけお団子がついていました。

桑原

あっ、思い出した! 髪が短くなる話も、けっこう前に電話で聞いた気がする。「ラスの髪は切るんだよ~」なんて……。

前田

「私の邪魔をする髪なら、いらない!」バサッ! ごめんなさい。私って、桑原さんから読む楽しみを奪っていたのね(笑)。

桑原

読むっていうより、「照合」してる感じでしたね。「このあいだ前田さんが電話で言ってた展開と違う」って。

前田

それはそのあと「もっといい案が浮かんだ!」ってことで……。

桑原

でも、それがいいんでしょうね。ストーリー展開に躍動感があって。

前田

ミラージュの直江と高耶のイラストも物語世界のイメージにぴったりでしたね。

桑原

東城和実さんが描く黒髪男子のなかから「この作品のこういう感じが好きなんです」ということだけをお伝えしたのに応えてくれたんです。あとはお任せでした。

ファシリテーター

お二人とも、シリーズの結末はいつごろから決まっていましたか?

前田

最初からうすぼんやりと見えていましたし、今回のラストシーンは、けっこう前に決めてました。でも、展開は途中で変わっています。最初は、燦華ちゃんは、倒されて死ぬ予定だったんです。乱華が引きずられて死ぬところを緋陵姫に……という構想だったのですが、「困ったぞ、燦華ちゃん、かわいくなっちゃった。それに、この子が死んだって解決にならない」と考えが転換しちゃった。

桑原

情が湧いた、というのではなく?

前田

そう、ストーリー的に、燦華を立てたほうが奥行きが出ると思ったんです。もちろん、燦華が死ぬことによって、世界がもっと劇的に良くなる展開が思いつけたら、そちらに話が流れたかもしれないけど、結局、「世界って、そんなに単純じゃない」という読後感にしたかった。燦華は、それまでは自分の目で見聞きすることを知らない子供のようなキャラだから「大人になってもらうためにも、いろいろ経験を積んでもらいましょう。だからここで殺すわけにはいかないわ」となったのです。それで、燦華を殺さずに当初思い浮かべていたラストに到達するようにストーリーをどう展開させるか、悩みました。

桑原

着地点を変えないために苦労したんですね。

前田

そう。ここ数年はひたすらラストに向かって、「まだこの山がある、あの山も越えなきゃいけない、この谷も埋めとかなきゃいけない……」と邁進しました。

桑原

どれだけ広大な世界なんですか(笑)。

前田

書き終えて振り返ってみると、これでも必要最低限。これだけは片づけなければという要素だけを選んだけど、ラストにたどりつくまでどれだけかかったか。もう大風呂敷は絶対に広げません(笑)。ミラージュは、ラストにたどり着くまでどうでしたか?

桑原

本編のラストシーンを直江津にしようと決めたのは、脱稿した朝でした。

前田

えっ!

桑原

しかも「明日には原稿を絶対に渡さないといけない」というぎりぎりのタイミングです。ラストはやっぱり直江津行かなければ! と……。

前田

おおー。まさに天から降ってきた!

桑原

降ってきたんですかねえ。ストーリーに道筋をつけていくと、おのずと林の先に見えるものがあるでしょう。

前田

あるある。

桑原

それが、その日の朝見えた、ということです。私は、プロットを考えずに物語の風景の中に自分を落とし込んでその目線で書くタイプですから、終わるのは分かっているし、「ここに行くんだろう」という予測もついているけど、そこへたどり着くまで歩く過程は、行き当たりばったりの「体験」です。「ここに来たら、これが見えた」というその記録が原稿になる。そんな感じがしませんか?

前田

私は、その世界の“風”を感じます。「違う世界をいくつも、よく書けますね」と訊かれることがあるけど、「そこに吹く“風”が違うから、おのずと違う世界になるんです」と答えています。

桑原

前田さんは「巫女系」なんですね。だから、作品を読むと、ある世界と交信している感じを受けます。だって霊感も強いでしょう。「ミラージュ」は、舞台も歴史もリアルな世界なのですが、前田さんは世界を一から作って、それを“風”と言い表す。前田さんはいったい何者なんだ! と思ってしまいます。

前田

基本は、あくまでミーハー心よ(笑)

桑原

萌え、ですか?

前田

だって、戦う少女の傍に絶世の美貌でものすごい力を持っている男がいる。こんなおいしいシチュエーションって最高でしょう。

桑原

確かに。

前田

そのうえ周りにも、一癖も二癖もあるけれど、見目もよくって、性格がヒネているキャラがずらりといて、そいつらに主人公がイジられる。そういうのがたまらないですね。

桑原

凄惨なアクションシーンを嬉しそうに話しますよね。「ラスがここでボロボロになって……」「ざっくり斬られて、それから……うふふ」って。それが面白いやらすごいやら。

前田

でもね、私、戦闘シーンを書くのが苦手なんですよ。

桑原

えっ? あんなに嬉々として、書いてるようにしか見えないのに。

前田

映像が頭に浮かぶタイプではないので、「切り結んだらこういう体勢になる」といった動きをひとつひとつ考えて、「これは、どう考えても無理でしょ。この体勢からは」と動きの段取りを考えなきゃいけないんです。だから実は、緻密なアクションシーンは苦手。ラスがキレた後は、「行く!」とか「地を蹴った!」とか勢いのまま書けるんで、原稿が進むけど、緻密に、「こう動いて、こうなった」というあたりは、実は苦手なの。

桑原

映像では見えていないのですか?

前田

そう、見えてない。

桑原

不思議ですねえ。いったい何をもとに書いているんですか?

前田

頭の中に文章が浮かんでくる……。

桑原

ええっ! すごい。

前田

私は、絵が浮かんでくる人のほうがすごいと思いますよ。

桑原

へえ~。完全に文字系なんですね。

前田

そう。すべては文字から始まります。

桑原

文字でその世界と直接交信してるわけですね。

前田

でも時々、登場人物が暴走することはあるけれど……。

桑原

あ、やっぱり(笑)。

前田

結果的に、「まあいいか」という方向に暴走してくれるといいけど、先のない暴走に行ったときは原稿がぴたっと止まって一枚も書けなくなってしまうので、「この選択は失敗だった」とすっぱり切り捨てます。

桑原

次の展開でストーリーを書きはじめてから途中で止めることもあったんですね。

前田

けっこうありました。しかも、原稿の書きはじめに行方知れずの暴走が多くて、編集部に何度ご迷惑をおかけしたことか(笑)。でも、いよいよ切羽詰まってくると、精神的にあれこれ迷ってるヒマがないから、スーッと一直線に意識が世界に向かう。そうなると、何の迷いもなしに、トットットットッと書き進めます。

桑原

極限の集中状態“ゾーンに入る”のような感覚ですか。

前田

ええ。あとは枚数との戦いです。「ここに枚数をかけすぎると、最後の最後に必要な部分が書けなくなってしまう」とバランスをとる。そのぐらいですね。

桑原

それにしてもさっきの前田さんの発言は衝撃でした。もう一度訊きますが、あんな美しい世界が映像で見えているわけではないのですね。

前田

映像を見せてほしい。絵柄が脳裏に浮かぶ人が、羨ましくて羨ましくて。

桑原

自分の原稿を読むときもですか?

前田

絵は浮かばないですねえ。

桑原

たとえば浮城も、イラストになって初めて「ああ、こういうロケーションのこんなお城だったのね」とわかった感じでしたか?

前田

原稿を書いたときは単に巨大な岩が、不思議な力で浮いているイメージでした。「ゴツゴツした」くらいの特徴は書きましたけど。

桑原

どうやら、前田さんと私は使っている脳の場所が違うようですね。カチャッとスイッチが入る感じはありますか?

前田

もちろん! 原稿の締め切りが迫っているから、とにかく集中しなくてはいけないという自覚はあってもなかなか進まないときは、スイッチが入りきれてないんです。文章を書いていても薄皮一枚外れているような違和感があって、文字が出づらそうに浮かんでくる。「なんかこれ、やだな。これじゃダメだな。このままだとよくないな」と雑音にまみれて浮んでくるので、「う~~ん」といくら唸ってもそのノイズが消えない。あきらめて気分転換にぼーっとしていると、不意にその違和感が一瞬で消えて、ストッと何かが落ちてくる。それ以降はスラスラスラーっと書けるようになる。

桑原

やっぱり、スイッチが入るんですね。

前田

原稿がノッてくると、繰り返すことで説得力を増す手法が好きなので、気を抜くと重複だらけの原稿になってしまう。「これはいかん」と効果的な場所だけに限定しながら書きすすめます。“韻を踏む”ほどではないけれど、畳みかけるリズムを意識しています。

桑原

書いているときは、頭の中で文章を唱えていますか?

前田

ええ。口にしづらい文章は書きません。特に台詞は、絶対声に出しても大丈夫な言葉を選びますね。

桑原

傍から見ると、独り芝居で台詞を読みながら書いてる感じなのかしら。

前田

あはは、そんなこと、ないないない。声に出すのは「ここは一発でキメるぞ!」という決め台詞だけですよ。

桑原

実は私、書きながら独り芝居をやってる時期があったんです。何かが乗り移るんでしょうね。書いている最中にふと鏡を見たら「私の顔じゃない。おっさんがいる!」。そういうことが、かつてありました。

前田

そういえば、私もあるとき台詞を口にしていたら、「珠ちゃーん、誰と喋ってるのー?」と母が部屋の外から叫んだことがある。「これはいかん。精神状態を心配される!」と、それからはなるべく母に聞こえないようにこっそり台詞を口にしています(笑)。

桑原

まるで『鶴の恩返し』ですね。家族にさえ見せられない、見せてはいけない、書き手の秘密の世界ですものね。

(第二回・了)