かける
作中に「おいしい料理」が登場する「おいしい小説」をテーマに作品を募集した「とっておきの一皿小説賞」。 応募された力作については、「集英社オレンジ文庫の大人気シリーズ「ゆきうさぎのお品書き」の著者・小湊悠貴とコバルト編集部が選考を行いました。見事受賞した作品は? 小湊悠貴の選評とともに、受賞作品および惜しくも受賞を逃した作品を発表します!
選者 小湊悠貴
このたびは心のこもった力作のご応募、ありがとうございました! 「食」は人間の三大欲求に直結しているため、心惹かれる人が多いテーマだと思います。どんな料理が出てくるのかと、わくわくしながら拝読しました。料理はもちろん、食事の描写も皆様力を入れて下さり、何度食欲を刺激されたことか……! それぞれの作品に個性と面白さがありましたが、今回の受賞は選考会で評価の高かった2本です。大賞には、読み手を物語に引き込む力が強かったと感じた作品を選ばせて頂きました。書き手としても選者としてもよい勉強になり、感謝しています。
選評
最初の一行からぐっと引き込まれ、あっという間に物語の世界に入ることができた作品です。お母さんのおにぎりについて、家族三人がそれぞれ語っていく構成なのですが、最初に登場する高校球児、駿平のパートが秀逸でした。彼が頬張るおにぎりはとてもおいしそうで、駿平という人物も好印象です。家族三人が揃って口にする「ふつう」という言葉の真の意味も微笑ましく感じました。それゆえに、前半のパワーが後半でダウンしてしまったことが惜しかったです。文章も改善の余地ありですが、それらを差し引いてもこの作品を選びたいと思わせる魅力がありました。
選評
最終候補の中では最も完成度が高かった作品です。孫娘を主人公にした、おばあちゃんの料理にまつわるお話で、読み手の感情を揺さぶるツボを見事に押さえてありました。おばあちゃんが作るお弁当は地味だから恥ずかしい、お洒落なピカタを入れてほしいなど、思春期の女の子の気持ちも丁寧に描写されています。ただ、おばあちゃんがピカタを作ってくれなかった理由については、現代日本ではやはり無理があったかもしれません。全体的なレベルが高いからこそ、粗削りでも少し尖った要素が入っていれば、さらに面白い作品になったのではないかと思います。
『ふたりで ひとつの おいしいもの ―恋がはじまるお花見弁当―』森明日香
料理が苦手な主人公の朋美が、みずからお弁当を作ろうとする姿勢は行動的で好感が持てます。控えめな性格とはいえ、彼女の自己評価の低さが気になったので、もう少し自信を持たせてあげても良かったかなと感じました。二人で持ち寄ったお弁当を合わせてひとつにするというラストは可愛らしくて素敵でした。
『春の煮物』時雨夜明石
他の作品は料理を作るところから描写することが多かったのですが、失業で金欠になったこの作品の主人公は、まず食材を探しに出かけました。自分で掘ったタケノコで作った煮物は、春の魅力が満載で、夢中になって食べる姿が目に浮かびます。途中から登場するおじいさんとの交流をもっと読んでみたかったです。
『卵とバター』火星七乙
勢いのある文章とテンポの良い会話、イメージしやすい料理の描写に引き込まれました。二度読みをしたときに評価が上がった作品なのですが、「きいちゃん」の存在とユキとの関係性については、もう少し踏み込んだ説明が欲しかったです。前半に仕込んだいくつかの伏線を、後半でしっかり回収したところに構成力の高さを感じました。
『天使と悪魔のキッチン』冷世伊世
ガラの悪い天使と紳士な悪魔という、一般的なイメージを逆転させたキャラクター造形に新鮮さがあります。不思議なお店で食事をした後、前向きになってハッピーエンドと思いきや、最後にブラックな落ちがあり、こちらも意外でした。料理はおいしそうなのですが、お題に沿って「一皿」に限定した方がより良くなったのではと思います。