青木
自由律俳句でつながる、大学生の男女のお話。ちょっと個人的なことなのですが、今回読み直してみて、改めてこの作品のことを好きだなと感じました。もしかしたら冷静な批評ができないかもしれない。それくらい好きです。
短編小説新人賞
選評付き 2021年度
自由律俳句でつながる、大学生の男女のお話。ちょっと個人的なことなのですが、今回読み直してみて、改めてこの作品のことを好きだなと感じました。もしかしたら冷静な批評ができないかもしれない。それくらい好きです。
わかります。この青春のキラキラ感は、たまらないですね。
主人公とハルのバカップルぶりも、すごくよかったです。
お互いに好き合っているんだけど、正式に告白はしていなくて、相手の気持ちを推し測りかねてもいて、あと一歩が踏み出せなくて、会えばつい芝居がかった会話ばかりしてしまって......という、この二人の若さがまぶしい(笑)。
その初々しい二人をつなくアイテムに、「碧梧桐」を持ってきたところがまた、新鮮でした。このサブカル感のあるチョイスが、「二人だけの世界」という雰囲気を効果的に盛り上げていたと思います。
一見どうでもいいようなことを詠んでいる二人の句が、とても瑞々しいんですよね。
ただ、やはり「碧梧桐」は、知らない人のほうが多いと思う。「よくわからないから、もういいや」と脱落する人を食い止めるためにも、もう少し、予備知識のない読者でも話に入り込める書き方が工夫されていればなと感じました。主人公がうじうじ悩んだりする描写はとてもよかっただけに、もったいなかった。
情報提示の仕方が今一歩だったりするところは、確かに多かったですね。批評でも、そこへの指摘が大半を占めていました。「読者が理解しやすい書き方」というものが、まだちょっと意識できていなかったかなと思います。逆に言えば、そこが改善されれば、この作品の評価は格段にアップするということです。
テクニカルな欠点がほとんどでしたし、指摘されて気づけば、直しやすいと思います。私は何よりも、この作者のセンスの良さに注目したい。今という時代の恋人たちの空気感や距離感といったものを、非常によく描き出せていると思いました。現代に生きている普通の若者の、普通の恋。嫉妬や独占欲は当然ありつつも、それを大げさに描いたりはせず、でも胸にキュンとくる話にもなっていた。書き手のこの感性は、じゅうぶん高評価に値すると思います。ぜひ、他の作品も読ませていただきたいですね。
短歌を絡めたライトな学園ミステリー。私は大好きで、高く評価してもいるんだけど、やっぱり三十枚の短編で描くには無理がありましたね。
登場人物が多すぎるんですよね。「定家を探し出せ!」というのがメインストーリーなんだけど、候補者が十人いて、一人ひとりリストから外していって......というのを、猛スピードで展開していく。
そのうえ、主人公は美術部で、絵の悩みを抱えていて、みたいなことまで話に入ってくる。要素が多すぎます。
だからやっぱり、もっと多い枚数で読みたかったなと思えて、残念ですよね。まあでも、現状でも楽しく読めるし、作品の雰囲気もよくて、私は大好きです。短歌を基盤にして話が進む学園物という発想が、非常に面白いなと感じました。
主人公が前向きで、元気よく走り回ってるところもいいですよね。読んでいるこちらも元気になれる。
作中の短歌は作者のオリジナルだと思いますが、とてもうまく作れていたと思います。ここまでできる書き手は、なかなかいないと思う。
それでいて、知的さが鼻につく感じも全くない。主人公の飾り気のなさはとても好印象です。正統派の短歌が並ぶ中、締めの一句だけ現代風になっていたのも、すごくよかった。
作者のセンスの良さを感じますね。多くの生徒が短歌を普通にたしなむという学校の設定も、オリジナリティがあると思いました。今後の作品に活かせるものなら、ぜひ活かしてほしいですね。とにかく、「書ける人」だなと思いますので、ジャンルや内容がどうであれ、次なる作品を楽しみにしています。
男の子がサーカスに行く話ですね。冒頭からちょっと不穏さが漂っているんですが、読み進む中で、さらにそれがどんどん増していき、やがて破滅的なラストへとつながっていく。面白かったですね。
ただ、ロジックがちょっとわからなかったところがありましたね。一応オチはついているんだけど、「ん?」って首をかしげてしまうところもあって。
異世界に飛ばされたのは、お母さんなのか主人公なのか、結局よくわからないままでしたね。
真相をもう少しわかりやすく書いてくれていたらよかったのですが。
短編で、サーカスで、ちょっとホラーで、なんて、多くの読者の大好物じゃないですか(笑)。すごくもったいなかった。
ただ、逆に言うと、簡単に雰囲気を出せる題材だから、ちょっと楽に得をしてる面もあるんですよね。
はい。だからこそギミックが勝負、となってきますので、そこをもう少しきっちり詰めてほしかったですね。でも、ロジック面は、書き続けていくうちに身につくところでもあるかと思います。
受賞する前の最終選考作品で、「死んだお父さんが赤ん坊になって送られてくる話」がありましたが、あれも発想がすごく面白かった。『世にも奇妙な物語』的な話を思いつくセンスがある書き手だなと思います。
しかも、ちょっと人情が絡んで、切なかったりするんですよね。怖い感じの話を書きながらも、嫌なドロドロ感はない。そこはいい個性かなと思います。がんばってほしいですね。
同棲しているヒモにたかられながら暮らす、風俗勤めの女の子の話。こう書くとすごく悲惨な状況のようですが、当人はカラッとしてますね。むしろ読んでいるこちらのほうが、心配になってきてしまう。
キャラクターが気づいていないことを読者は気づける、という書き方ができている。この作者もまた、客観性がちゃんとあるということですね。もっともこの主人公は、自分の状況の深刻さにうすうす気づきながら、気づいていないふりをしているようにも思えます。
冒頭シーンで主人公が、電飾で輝くラブホテルを眺めて、「ホテルアムステルダムみたい」とうっとりしてますよね。これは、薄汚いものをピカピカしたもので覆い隠し、「美しい」と思い込んで自分をごまかしていることの象徴でもあるのかなと思いました。こういう感性のキャラクターを書けるのはすごいなと思います。
ほんとは「ラブホテル亜米利加」なのにね(笑)。このいかにもな安っぽさが、いい味を出してますよね。
そして、同棲している裕之君の、ほどよいクズっぷり(笑)。細かい描写からにじみ出る、彼の小物ぶりがなんともおかしい。手切れ金の「8万円」というのがまた、絶妙な金額です。こういうあたりの描き方は、実にうまいですね。
ホテルのゴミ捨て場でうずくまってる「アムステルダムの老婆」の、ザラついた感じもすごくよかった。毛玉のたくさん浮いたカーディガンを着ているとか。「あたしは未来のあんただよ」なんて不吉なことを言うとか。
ただ、この老婆が実在するのかしないのか、ちょっと描き方に疑問と矛盾があった。そこは惜しかったです。
掃除のおじさんが、「いるよ」ってはっきり証言しちゃうんですよね。ここは、「さあ、ちょっとわからないな」程度でごまかしたほうが良かった。「大仏ボクロの一致」も、不要だったと思います。
誤脱字が多いのも気になりました。もう少し細かいところに目を配ってほしい。自分の作品をもっと大事にしてほしいです。受賞するほどの作品を書けているのですから。この作者の独特の感性は、私は高く評価しています。
私もです。着眼点や感覚が一風変わっていて、オリジナリティがある。自分を信じて、書き続けていってほしいなと思います。
嬉しくなると宙に浮いちゃうお父さんの話(笑)。奥さんと息子にメロメロで、しょっちゅうニコニコと浮き上がっているお父さんが本当にかわいい。大好きな作品です。
ちょっととぼけたようなユーモアがあって、ほのぼのした雰囲気で、家族愛もしっかり描かれている。私もこの作品、すごく好きです。
ただ、ちょっと整合性の部分がふんわりしているところもありました。「浮く人間が存在する世界である」という設定を、まだうまく詰めきれていなかったと思います。
この親父だけの特殊体質かと思ったら、他にもけっこういるらしいんですよね。となると、また少し話は違ってくる。そのあたりはもうちょっと、うまいこと理屈をつけるなり、描写を加減するなりしてほしかったですね。
作者は文章を書き慣れている方だと思いますので、つい筆が滑ってしまったのかなと思います。今後は、抑制を利かせることも意識してみてほしいですね。
あと、お父さんの人間くささが感じられるエピソードが、もう少しだけあると良かったかなと思います。ただでさえ現実味のない設定がついた人物なのですから、もうちょっとキャラに実感をつけてほしかった。でも、「浮く親父」というアイディア一発で、ここまでのレベルの話を仕上げた手腕はすごいですよね。
この方も、受賞される前に、最終選考に残っておられましたね。少年が、敬愛するゆえにAI教師を破壊する話。鮮烈かつ切ない話で、そちらも私は大好きです。
ただ、書ける人だけに、ちょっと書き飛ばしているような印象も若干ある。ここらで一旦スピードを緩めて、次の作品はぜひ、じっくりと落ち着いて取り組んでいただきたいなと思います。
ストーカー男性が主人公のお話(笑)。選評の場でどんどん評価が上がり、結局大絶賛となった作品ですね。とにかく面白かった。
一人称で主人公の脳内語りを延々やったら、たいてい冗長な感じになるのですが、まったく飽きさせなかったですね。ましてやストーカーの勝手な独り言なんて、普通ならむしろ「読みたくない」ものになるかと思うのですが、意外にもすごく楽しく読めました。
しかも、最後には人助けをしている。変な人、気持ち悪い人が、結果的にいいことをしちゃってるという展開、私はすごくいいなと思います。
この主人公は、確かに思い込みが激しすぎるんだけど、悪人ではないということが語りの中から伝わってきますよね。主人公自身はそんなこと思ってもいないんだけど、読者は感じ取ることができる。そういう書き方ができている。
会社の先輩に関しても同様です。主人公は「心底、僕は辟易してるんだ」みたいに言っているんだけど、読者には、「この先輩、いい人だな」とわかる。
しかも、「先輩は君のことを好きだよ」「なんなら君自身だって、実は先輩のこと好きなのかもよ?」ってところまで、読者はふんわり読み取ることができる。
そういう書き方ができているのは、作者に客観性がちゃんとあるからですよね。近視眼的主人公を描いていますが、作者は作品を俯瞰できている。
キャラをブレさせないままで、二転三転あるストーリーを展開しているのも、すごくよかったです。
場面の映像が見える書き方ができているのも、とてもよかったと思います。「横断歩道とカッコー」のシーンは、とても印象的でしたね。
なんともいえないユーモア感がある作風は、作者のいい個性だと思います。だから、ストーカーが主人公でも、まったく嫌な話にならない。
でも、本気で振り切ったら、ホラーも書けそうな気がする。小説の書き手としての振れ幅をちゃんと持っているのではと感じます。筆力は十分あると思いますので、今後に大きく期待したいですね。