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選評付き 短編小説新人賞 選評

ソプラニスタ・エレジーア

赤羽理人

32

  • 編集A

    主人公は、中学二年生の男の子です。小さい頃から有名な合唱団に所属し、ボーイソプラノとして活躍していたんだけど、思春期に入り、声変わりの時期を迎えている。これはどうしたって避けられないことですが、それまで当たり前のように持っていた「高く美しい声」を失いつつある主人公は、苦悩します。同じ頃、学校でも校内合唱コンクールに向けて練習が始まり、主人公は重要な戦力として期待される。しかし、思うような声が出せない主人公にとっては大きな負担でしかなく、彼はさらに焦りと懊悩を深めていく。そしてその頃から、不穏な夢を頻繁に見るようになるのだが……というお話です。アイデンティティーの危機に瀕した主人公が、悩み苦しんだ末に、変化していく自分を受け入れて前を向く。その過程や心情を、かなりうまく描けていたと思います。

  • 編集B

    ただ、ちょっとわかりにくいところも多かったですね。特に最初のあたりは、しばらく読み進まないと、正確な状況が把握できなかった。

  • 編集A

    そもそも最初は、主人公が男の子だということすら、わからなかったですよね。

  • 三浦

    「奏」という名前なため、性別がどちらとも取れるので、無意識に「主人公は女の子」と思って読んでいた読者も多いと思います。で、3枚目の「ボーイソプラノ」のところで「おや?」と思う。「奏って男の子だったのか」と、ここで初めて気づくわけです。これはやっぱり、情報提示が遅いと思う。主人公の性別は、最初のあたりで伝えておいてほしかったです。

  • 編集A

    特にこの話において、「主人公は男の子である」というのは非常に重要な情報ですよね。思春期の男の子ゆえの苦悩を描いているのですから。

  • 編集C

    あと、合唱団みたいな存在がいくつも出てきて、最初のうちは何がなんだか、よくわからなかった。

  • 三浦

    そうですね。まず1枚目に、学校で合唱コンクールがあると書かれています。クラス対抗なので、各クラスが一つの合唱団であるということ。ここまではいい。続く2枚目に、仁科さんという女の子が「選抜合唱隊に選ばれていて、ソプラノパートリーダーをしている」ことが書かれているのですが、このあたりからよくわからなくなってくる。想像するに全校生徒の中から選ばれる学校代表の合唱団があり、それに属している生徒が、校内の合唱コンクールでは中心メンバーとなってクラスメイトを先導する、みたいなことなのかな? と思うのですが、はっきりしたことはわかりません。しかも、その「選抜隊」メンバーである仁科さんが、やたらと主人公を頼りにしてますよね。自分が歌うはずだったソロパートを、主人公に強引に引き受けさせようとしていますが、読者にはその理由がよくわからない。さらに3枚目には、主人公が属している「合唱団」が出てくる。どうやらこれはプロの合唱団らしいと後々わかってくるのですが、これも初読時にはわかりませんよね。

  • 編集B

    どうも情報提示のやり方が、今一歩ですね。

  • 三浦

    はい。特に作品の冒頭において、基本的な情報を読者にうまく伝えることはとても重要です。読者をスムーズに話の中へ導くためには冒頭部分をどう書けばいいのかということを、もう少し考えたほうがいいと思います。

  • 編集C

    読んでいて引っかかるところは、他にもありました。8枚目に「小1で合唱団に入って、ゆうに五年は経っている」と書かれているので、読んで一瞬「小6ってこと?」と思いますよね。でも実際は中二だし、十三歳だし、微妙に計算が合わない。「五年は」だから、「五年以上」ということで、文章的に必ずしも間違いではないのかもしれないけど、読み手を無用に混乱させているように思えます。

  • 三浦

    私は終盤の、「光は五つに別れ、四つは山を越えて町に飛んでいった」というところが引っかかりました。一つは主人公の中へ還り、四つは過去に声を奪われた少女の分なんでしょうけれど、「仁科さんは今、どうなってるのかな?」とやや混乱しました。仁科さんの身体が透けかけているところまでしか書かれていないので、光にはならずにすんだのだろうと推測しますが、その後の描写がありませんよね。少年と「僕」が融合している傍で、仁科さんは気絶したまま、まだ地面に転がっているということでしょうか? まあ夢の中の話ですから、腑に落ちない点があっても不思議ではないのですが、クライマックスとなるとても重要なシーンだということを考えると、描写の不徹底さが若干気になります。

  • 編集A

    ちょっとまだ、文章に神経が行き届いていない感じはありますね。

  • 三浦

    1枚目の1行目からして、少々引っかかる文章ですね。「うだるような暑さを過ぎ、しつこい猛暑も落ちついたころに」というのは、結局同じ内容を繰り返しているだけで、洗練されていないです。「しつこい残暑も落ちついたころに」とかなら、まだわかるのですが。で、猛暑とか残暑とかが終わったころ、つまり秋口から合唱コンクールの練習が始まるわけですが、同じ段落の終わりには「冬特有の澄んだ青空」と書かれていて、「あれ? 秋だったはずでは?」と思ってしまう。

  • 編集B

    ほんの十行の間に、一気に何ヵ月も時間が過ぎちゃってますね。しかも、読者が知らないうちに。

  • 三浦

    たぶんこの学校においては例年、二学期を通して合唱コンクールの練習に取り組む、というスケジュールになっているのでしょう。作者の頭の中には、そういう設定があるのではと思います。でも、やっぱりそれは、ちゃんと説明しないと読者にはわかりませんよね。描写に抜けがあったり矛盾が感じられたりして、読者に状況が正しく伝わらないというのは、すごくもったいないことだと思います。冒頭部分は特に注意してほしい。読んでいけば、「おそらく、こういうことかな」とわかるようにはなっているんだけど、話の入り方にはもう少し気を配ったほうがいいですね。

  • 編集A

    冒頭だからこそ、つい余計な力みが入ってしまったのかもしれませんね。文章がぎっちりと詰まっているし、気負い過ぎたのでは、という気がします。

  • 三浦

    それは私もすごく身に覚えがあります(笑)。気負いが入ってしまう気持ちはよくわかりますが、冒頭はとても大事なので、客観的に推敲することを心がけていただければと思います。

  • 編集A

    ちなみにこの作品、枚数が3枚オーバーしています。オーバーしていても、作品の評価には一切影響しませんが、やはり規定枚数は守ってほしい。今回はギリギリ受付可としましたが、ぜひもう一度、応募規定を確認してみてください。これは投稿者全員にお願いします。

  • 三浦

    本作に関しては、ちょっとまどろっこしい書き方になっている冒頭部分などを整え直せば、3枚くらいはすぐに削れると思いますね。

  • 編集B

    あと私は、人称の設定もちょっと気になりました。はじめのうち、三人称なのか一人称なのか、今ひとつはっきりしないですよね。そのせいで話に入りにくいところがあったように思います。

  • 三浦

    確かに。冒頭の分かりにくさも、そこに一因があったのではと思います。三人称なのか一人称なのか、あるいは、三人称であるならどこに視点を置いてどのレベルで語るのかということが、まだあまり考えられていないように感じます。

  • 編集A

    この話は、一人称で書いたほうが良かったんじゃないかな。主人公の気持ちの変化を描いた作品なのですから、一人称のほうが主人公の内面に、より臨場感を持って迫れたのではないでしょうか。それに一人称で書けば、語りの最初で「僕」って言わせて、一発で「主人公は男の子だな」って伝えることができますしね。

  • 三浦

    そうですね。おっしゃるとおり、本作は苦悩する奏の内面を追う話ですから、一人称で書いたほうが、読者も奏の気持ちに一層寄り添って読めた気がします。作者にとっても、この話ならば一人称のほうが書きやすかったんじゃないかな。もちろん現状でも、人物の内面はちゃんと描けてはいますけど。

  • 編集A

    もしかしたら、小説を書く際の人称問題について、まだあまり意識が及んでいないのかもしれませんね。

  • 三浦

    どうでしょうね。あまり書き慣れていない人の場合、やっぱり一人称のほうが書きやすいと感じられて、つい一人称で書いてしまうことのほうが多いと思います。本作は、限りなく一人称に近い、奏視点の三人称で書かれてますよね。つまり、奏の一人称にしてもよかったのに、楽なほうには流れず、あえて三人称で書いているところに、作者の志の高さがうかがえる気もしています。

  • 編集B

    意識的に、「僕は~」という、書きやすい方法を避けたのではないでしょうか。すごく頑張っているなという印象があります。

  • 編集A

    チャレンジングな姿勢はとてもいいですね。

  • 三浦

    ところで、主人公の母親の描き方が、私はちょっと気になりました。17枚目に「声が出なくて、それに伴う気分の落ち込みを風邪の症状だと捉えた母親」とありますが、これはあまりに不自然で引っかかる。小さい頃からボーイソプラノとして活躍している息子が、変声期にさしかかり、声が出なくて落ち込んでいるというのに、普通「風邪だと捉え」たりするでしょうか? むしろお母さんのほうが、本人より早い時期から、「そろそろ声変わりだけど……」って気にしているものじゃないかな。ちょっとお母さんの反応が呑気すぎるというか、人物の心情の流れとして若干無理があるように感じられます。

  • 編集A

    お母さんはラストで、「子どもの成長って早いわね」と潤んだ目で呟いているから、息子の声のことは気にかけていたわけですよね。でも、それがうまく話に出ていない。描き方にちょっと、客観性が足りないところがある。

  • 編集C

    このお母さんは、奏視点で描かれてるんじゃないかな。「母親は僕のことを風邪だと思っているらしい」と奏が思っている、ということではないでしょうか。

  • 編集A

    そうですね。作者は、すごく奏になりきって書いてますよね。そこはとてもいいところでもあります。そのおかげで、奏の心情に関しては非常に共感して読める。ただ、三人称作品としては、奏視点に寄りすぎていると感じるところも多い。ちょっとまだ、物語全体を俯瞰で見るという意識が薄いのかなと思います。

  • 三浦

    そういうあたりを勘案してみても、やはり本作は奏の一人称で書いたほうがよかったと思いますね。一人称なら、「母は僕の声変わりに気づいていない」と主人公は勝手に思っていたけど、ラストで「子どもの成長って早いわね」と言われ、「ああ、お母さんはちゃんと僕のことを心配してくれていたんだな」と思い至った、ということを書きやすい。そういう流れにしたほうが、読者の胸もより温まる展開となります。

  • 編集D

    この作品、全体としては感動的な話なんですが、主人公が歌う場面で、歌声を台詞で書いていますね。申し訳ないけど、これは読んでいてずっこけてしまった。特に終盤で、他人の声を奪ってまで高い声に執着する「僕」と、現実の「僕」とが、一つの歌を共に歌いながら融合していく場面がありますね。とてもいいシーンなんだけど、「ぼーくらのー別れをー」「だれかがー出会いと呼んだー」という書き方では、せっかくの感動が削がれてしまう。なんだか間抜けな感じがして。

  • 三浦

    確かにね。「ー」のことを「音引き(おんびき)」というのですが、音引きで歌ってる感を出そうとする書き方は、やめたほうがいいように思えます。

  • 編集D

    文字で音楽を表現するというのは、本当に難しいことだと思います。歌詞を書く際に、〽というマークをつける方法もありますよね。庵点(いおりてん)というのですが……これを使うのは、ちょっと古風すぎるかな? とにかく何とか工夫して、物語の感動を損ねない書き方を考えてみてほしいです。

  • 三浦

    もしうまく作れるなら、オリジナルの歌詞にしてもいいですよね。それなら、話の内容とリンクさせやすい。象徴性を持たせた歌詞をつけることによって、クライマックスの感動が一層盛り上がります。あるいは、うまい歌詞が思いつかない場合、いっそ歌詞は一切書かず、歌声や音の響きなどの描写で音楽を表現するという手もある。

  • 編集A

    作者はどれくらい音楽に詳しいのでしょうか? というのも、主人公が語りの中で「ミ」とか「ファ」とか言っていますね。若年とはいえ、一応プロの音楽家なのですから、これはちょっと違和感がある。「E」とか「F」とかという表記を使うはずだと思うのですが。

  • 編集F

    音楽の知識のない読者にもわかるように、わざと「ドレミファ表記」を使ったのではないでしょうか?

  • 三浦

    そこに関しては、作者がどう意図したのか、ちょっとよくわからないですね。読者に伝わりやすいよう、わざとな気もする。ただ、主人公が所属しているプロの合唱団では、やはり「ドレミファ」とは言わないでしょうね。

  • 編集A

    人物設定にそぐわない描写になってしまっているのは、気になりました。

  • 編集D

    もし本当に「読者にわかりやすく」という意図があったのなら、タイトルについてももう少し考えてほしかった。僕は音楽にも外国語にも詳しくないので、タイトルの意味がわからなかったです。

  • 編集A

    調べてみると、「ソプラニスタ」は「女声の最高音域を歌える成人男性歌手」のことらしい。「エレジーア」は「哀歌」。どちらもイタリア語です。ただ、言葉の意味が分かっても、この作品にふさわしいタイトルかどうかには疑問がある。

  • 編集C

    奏は成人男性ではないから、「ソプラニスタ」ではないですよね。明るい希望の持てるラストになっているから、「哀歌」というのもしっくりこない。タイトルは再考が必要かなと思います。

  • 編集A

    でも全編を通して、主人公の切実な心情は、とてもよく伝わってきました。自分の価値でもあった美しい声を、失っていくことへの恐れと悲しみ。精一杯抗った末に、すべてを受け入れて前を向く。その過程を、作者が奏になりきって描いているので、読者も彼の気持ちに寄り添いやすかったです。

  • 編集C

    自分のことばかり考えて頑なになって、周囲の気遣いに気づけなかった主人公が、最後には自分の変化を受け入れ、周りの人へも目を向けられるようになっていく。心の在りようの変化をうまく描けていたと思います。

  • 編集A

    主人公がちゃんと成長してますよね。

  • 三浦

    最初、奏が変化を受け入れられなかった理由も、大事にしている「歌」というものゆえですよね。でも、変化を受け入れて前に進もうと思えるようになったきっかけもまた、「歌」であったと。苦悩にも成長にも、彼が大事にしているものが絡んでいるというところに、物語の芯がちゃんと一本通っていて、とてもうまいなと思いました。大事なものがあるがゆえに、頑なになっちゃうことってあるんだけど、その大事なものを通じて、あるいは大事なものによって出会った人たちを通じて、また新しい自分になれる。そういうプラスとマイナスの両面をちゃんと書けているのが、すごくいいなと思いました。

  • 編集A

    脇キャラも良かったですよね。ちょっと強引な仁科さんも、終盤で「ごめんなさい」とちゃんと謝ってくれてる。いい子ですよね。

  • 編集C

    私は、野上君が好きでした。変声期をすでに終えていて、思春期男子として奏の少し前を歩いている野上君は、奏のことをいつもさりげなく思いやってくれてますね。

  • 三浦

    奏は最初、周囲をちょっと見下してる感があったんだけど、最後にはそんな自分にちゃんと気づいて、変化してますよね。主人公に前向きの変化があるところはすごくいい。しかもこの話、最初、日常系で進んで行くんだろうと思っていたら、いきなりファンタジーになって、夢と現実が混ざり合ったりしている。私はこの造りも、すごくいいと思いました。「他人の声を奪ってしまう」みたいな展開自体は、割とありがちなのかなと思うのですが、その要素のぶっこみ方が予想外な感じで、面白かったです。

  • 編集A

    中学生男子の自意識として、「声が高い」ということは、普通、むしろ嫌なことなのかなと思いきや、この作品では「失くしたくない大事なもの」として扱われているところも、新鮮だったと思います。

  • 編集F

    テーマ選びが面白かったし、身体の成長と「声」というものを絡めているのも斬新でした。声の変化なんて、人生の中ではほんの一瞬のできごとみたいなものなんだけど、大人になる前の揺らぎの中で、必死に「失いたくない」「とどめたい」と思っている少年の姿が美しいなと思いました。「出会いは別れであり、別れは出会いである」という歌詞と絡めて、声が変わったから終わりなのではなくて、少年期は終わるけど、ここからまた新しいものが始まるよ、というメッセージが、物語からしっかりと伝わってきました。とてもいい作品だなと思います。

  • 編集A

    いろいろ引っかかる点は多かったのですが、どれも、指摘されれば直せるところではないかなという気がします。

  • 三浦

    この作者ならすぐに修正できそうですよね。現状でもレベルの高いものが書けていますから。ぜひまた、次の作品を読ませていただきたいです。

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