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この作者は、以前、最終選考に残ったことがあります。その作品からは格段に進歩していますね。
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第181回
入選作品
虹の下の幸せ
羽鳥 陽
イラスト:あめのん
33点
この作者は、以前、最終選考に残ったことがあります。その作品からは格段に進歩していますね。
しかも、ジャンルも全然違いますしね。前回の作品は、笑える展開を盛り込みつつ、ラストで一気にホラーになる話でしたが、今回のは、ほのぼのしたハッピーエンドの話になっています。
全体に、好感度は高かったですね。
でも、実は私、最初はSF作品かと思って読んでました。なにしろ1行目から「朝、宇宙人の声で目が覚めた。」とある。地の文ではっきり「宇宙人」と書いてあるので、それを信じてしまったんです。しかも、「ワープ!」してるし、「異次元に繋がっている」らしいし、「虹の戦士プリズマン」もいる(笑)。途中で、現実の大学生の話だとわかってからも、なかなかイメージを修正できなかった。
僕も、冒頭はよくわからなかった。
確かにちょっと、わかりづらいですね。でも、妙な勢いみたいなものを感じて、私は、これはこれでいいかなと。
そうですね。短編ですから、冒頭でこれくらいハッタリを利かせるのは、パンチがあっていいと思います。ただ、その後の切り替えがうまくできていないので、読み手の誤解を誘ったのでしょう。「宇宙人」とは幼い男の子のことで、主人公はアパート住まいの大学生なんだという事実関係を、もう少し早く、明確に伝えたほうがいい。「殿様になって天守閣から臨む湖」が「田んぼ」のことだとわかるのにも、時間がかかりすぎています。
話の展開も、もう少しスピードアップしてほしかった。「いつ話が始まるんだろう?」と思いながら読んでいたら、気づかない間に始まっていたという感じ。長いこと低空飛行を続けていた話が、幸歩の境遇がわかるあたりから、急に上昇しますよね。それでもまだ「何が書きたい話なのか」が今ひとつわからなくて、内容をつかみ取りにくかった。
私は逆に、結構楽しく読めましたね。飄々とした大学生活を送り始めた主人公の暮らしに、幸歩(しあ)が入り込んできて、ちょっとした変化が積み重なっていく。文章のテンポもいいし、ユーモアのある書き方なので、何が起こるでもない日々の描写も、面白く読めました。小さな出来事が続いた後で、大きな出来事もちゃんと起こっていて、そのあたりの塩梅もいいなと。ただ、確かに、多少ドラマ性に欠けるかなという印象はありますね。その理由は、主人公が飄然としすぎていて、心があまり動いていないこと。悩まない、迷わない、動揺しない。これでは、すべてにおいて傍観者みたいです。
主人公は、なんだか年寄りくさいですよね。まだ大学一年生なのに。
初めて実家を離れ、一人暮らしを始めたばかりにしては、妙に世慣れて余裕がある感じですね。
そうなんです。泰然自若として、もう「上がり」の位置から物事を見ているように感じる。これではドラマが生じにくい。もう少し主人公が、自分の問題で悩んだり迷ったりしてほしい。彼が今回関わるのが、よその子供だったり、その母親だったり、近所の人や大家さんだったりと、深い関係になりにくい人ばかりだったのも、話が「他人事」っぽくなった原因だと思います。主人公は、「友達がほしい」とは全く思っていないようですが、同世代の人間とどんな関係を築くのかというあたりを、もうちょっと読者に見せたほうがいいんじゃないかな。
主人公のキャラが、最初と最後で違うのが気になりました。最初は、「何事もどうでもいい」という感じだったのに、後半では幸歩のために必死に走り回っている。不自然さを感じて、どうにも話にノリきれなかった。
主人公のキャラが変わって見えるのは、途中で何段階かギアが入って、変化成長しているせいではないかと思うのですが。
低空飛行状態から、何度かギアチェンジしているのは、私も感じました。むしろ、すごくうまいと思います。
周囲の人間たちも変化していて、そこもよく書けていたと思いました。
みんな、「善人」とか「悪人」とかではなく、生きている普通の人間として描かれていたよね。何気なく言っただけの言葉が、知らずに誰かを傷つけていることもあるけど、逆に誰かの救いになることもある。
ラストあたりの、近所のおばちゃんとか、好きでしたね。根はいい人ですよね。
実際の人間って、こういう感じだろうなと思えます。
「ジャガイモじいさん」も好きだった(笑)。変人ぶりも面白かったけど、最後にいい人だとわかる。
僕は、幸歩くんがすごく健気でかわいいなと思って、最後にはなんだかウルッときてしまった(笑)。
ただ、シングルマザーの描き方は、ちょっと類型的だなと思います。
あと、ラストの「君に、幸あれ。」。これはちょっといただけない。
しかもこれ、主人公の父親が、主人公に繰り返し言っていた言葉らしい。その場面を想像すると、正直引いてしまいます。
確かに。こんな台詞を臆面もなく息子に言えてしまう父親など、まずいないでしょう。ここはちょっと書きすぎですね。「母親と手を繋いでゆっくりと歩いていった。」で終わりにしておいたほうがよかったと思います。
私は、全体に話がちょっと、都合よく収まり過ぎているかなと感じました。嫌な人は誰もいなくて、結局みんな親切。実際はなかなか、こうはならないだろうと思えて。
確かにちょっと、うまくいき過ぎかもしれないですね。でも、小さな子供が虐待されて苦しんでいて、みたいな話ではないことが、逆に良かったなと私は思います。何かしら困った状況にいる子供を、周囲の大人たちがさりげなく気にして手助けしてあげる様子が、説教がましくなく描かれている。ちょっと都合のいい展開はあるかもしれないけど、「こんなことが起こったら、素敵だよね」という話にも、書くべき価値はあると思う。悲惨な話だけでなく、夢や希望を感じられる小説を書くのも、意味のあることだと思います。