編集G
ほのぼのとした可愛らしいお話だよね。嫌な人間も出てこないし、登場人物たちの好感度は非常に高かった。台詞のやりとりとかもすごく楽しくて、キャラクターたちがリアルに会話している空気感がよく出ていたと思う。僕はイチ推しにしました。
編集D
反抗期まっただ中にいる高校生の娘、しかも、料理なんてしたこともない娘が、なぜか急に「サバのさばき方」に興味を持ったらしい。主人公である母親だけでなく、読者としても、「どうしてなんだろう?」と気になりますよね。興味を引かれて、ついつい読まされる感じでした。
編集H
娘が魚をさばくことを覚えようとしたのは、恋した人のため。ただその相手である料亭の跡取り息子・市野谷くんが、「魚のぬるぬるとした感触がダメ」で「魚をさばくことだけは、まだできないでいる」というのは、ちょっとあり得ないのでは……?
三浦
確かに。しかも、料亭を継ぐつもりでいるというのに、高校生にもなって「魚のぬるぬるが苦手」とか、そんな甘えたこと言ってられないですよね。古臭いほど真面目で、料理一筋という、市野谷くんのキャラクターにもそぐわないです。それに、市野谷くんは、「すごい料理上手」なんですよね? 「料理上手ではあるけど、魚のぬるぬるは苦手」というのは、ちょっと考えにくい。ぬるぬるした食材は、魚に限らないですし。それに、別に料理上手とかでなくても、ごく普通に日常的な料理をしている人なら、魚を触ることくらい、自然に慣れて平気になるものだと思います。
編集H
もしかしたら、「魚のぬるぬるが苦手」というのは、市野谷くんではなく、作者の感覚なのかもしれないですね。作者自身が、あまり料理をしたことがないのかもしれない。この作品を読んだ限り、料理に関する描写にどうにも実感がない。インターネットなどで簡単に検索できる情報を元に書いたような印象を受けます。
編集G
本当に料理をする人なら、もう少し描写が真に迫ったものになったはずだろうと思う。そこは、かなり残念な部分だよね。特に、サバを三枚に下ろすシーンには、もっとリアルで丁寧な描写がほしかった。
三浦
なんといっても、この作品の中心となるシーンですからね。もっとディテールを描写したほうが説得力が出ます。それに、下ろしたサバを、どんなふうに料理して食べたのかもすごく気になりました。まるまる三匹分のサバを三人家族で消費するのは、かなり大変ですよね。足の早い食材だけに心配です(笑)。塩焼きにしたのか、味噌煮にしたのか、それとも昆布締めか。お父さんは、謎のサバ尽くしメニューに文句を言わなかったのか。読む側としてはいろいろ気になるのに、なぜか全く書かれていない。
編集H
そういうあたりも、作者に料理経験があまりないせいではないかと思えますね。三匹のサバを下ろすと、どれくらいの量になるのか。それを料理で使い切るのにどれだけの手間暇がかかるかというようなことを、実体験としては知らないままに書いたのではないかと感じる。
三浦
作者の料理経験の度合いは別にしても、こういう話を書くのであれば、実際にサバを買ってきて、自分で下ろしてみてほしいですね。サバなんて、それほど値の張る食材でもないし、簡単に手に入りますし。
編集G
実際にやってみれば、いろいろな発見があるだろうし、それを描写に盛り込むことでリアリティが出る。
三浦
取材するって、大事なことですよね。料理の描写には特に、体感がすごく重要になりますし。
編集E
日常が舞台の話だからこそ、ありありとした感覚が文章に乗っていないと、作り物感が出てしまう。物書きを志すのであれば、いろいろな体験を積むことはとても大事です。
三浦
もちろん、ありとあらゆる体験をすべきだとは言いません。それだと、極端に言えば、殺人者を描くためには人を殺してみなければ、みたいなことになってしまう。でも、できる範囲のことであれば、手間を惜しまず、まずは自分でやってみてほしいですね。それにしても、「ぬるぬるしてイヤ」なものとして「サバ」を出してくるというのが、なんだかちょっと腑に落ちない気もしたのですが。
編集D
確かに、ぬるぬる度合いで言えば、タコとかイカにしたほうが、ずっとしっくりくる。でもこれは、単にダジャレが目的なのでしょう。「サバをさばく」というフレーズを使いたかった(笑)。
編集G
それなら、「アジを味わう」でもよかったわけだね……失礼(笑)。ところでこの作品、ラストに別の話というか、スピンオフみたいなお父さん視点の話がくっついているよね。これ、なんなんだろう?
三浦
間違っていたら申し訳ないのですが、本編を書き上げたら枚数不足だったので、付け足したのではないかと(笑)。
編集C
たぶんそうでしょうね。お父さん視点の話がなければ、規定枚数に届いていませんから。
編集D
足りなかったから付け足してみたというのは、話の作り方としては甘いですよね。
三浦
確かに、この『夫の視点』は、ちょっと蛇足のような感じがありますね。でも、能天気なお父さんは可愛いし、この一家のほのぼのした暮らしぶりや雰囲気みたいなものがよく伝わってくるので、これはこれでいいのではないかとも思います。厳密に構成を作り込まなければいけないタイプの話ではないので、最後にオマケの掌編がついている、くらいに受け止めればいいのかなと。現状だと、「まな板の上のサバ――了」と、一旦話を終わらせた後に、『夫の視点』というタイトルで新たに書き始めていますが、この形式をやめて、区切りはアスタリスク(*)などを使ってつけ、あくまで本編の一部として夫視点の部分を書いていれば、それほど違和感はなかったのではないかと思います。
編集G
ああ。それなら、自然に読めたと思いますね。
編集C
せっかくお父さん視点の部分を書くのなら、そこにもう少し意外性があったほうがよかったのでは? 今のままでは、妻が考えている「うちの夫は、きっとこうだわ」という様子が、そのまま描かれているだけですよね。娘の恋愛を快く受け入れたりしないで、「実は嫉妬で煮えたぎっている」みたいなほうが、話として面白くなったと思う。
編集D
「そんな男、俺は認めん!」、みたいなね(笑)。
編集G
この両親は、すごく子供に甘いよね。というか、彼ら自身、かなり子供っぽい印象がある。高校生の娘がいる年代の夫婦なら、もう少し生活の苦労が滲んでいる感じがあったほうがいいんじゃないかな。
編集E
中年世代の生活感はないですよね。それでいて、主人公の描き方は、ちょっと「類型的なおばちゃん」ぽくなっているように感じられます。
編集C
でもこのお母さん、本屋で買うのが「漢字のクロスワードパズル」か「三十代から愛読している月刊の漫画雑誌」であるというのは、なかなかのキャラクター造形で、うまいなと思います。「三十代から愛読」というのが、なんともリアルですよね。
三浦
リモコンを取ろうとした体勢で、こっそり娘の読んでいる本を覗くあたりも、お茶目でいいですよね。
編集C
ただ、作品全体としては、あまり印象に残るものがなかった。
三浦
そうですね。ちょっとパンチに欠けますね。いい話なんだけど、それだけに、パワーが足りない。
編集C
読後感はすごくいいんです。いい人ばかりで、友だちっぽい親子の日常も微笑ましく読める。でも、結局大したことは何も起こらないまま、話が終わってしまっている。
三浦
確かに、もうちょっとひねりは欲しかったですね。
編集D
こんなに努力したのに、娘が失恋しちゃうとかね。実は市野谷くんは、サバがさばける女の子より、手作りチョコレートをくれる子のほうが好みだったとか(笑)。
編集E
ひどい(笑)。でも、確かに今のままでは、娘と市野谷くんは、あっさり結婚まで行ってしまいそうですよね。お父さんは彼を気に入っているし、八方丸く収まって、なんの問題もない。みんな幸せで結構なんだけど、お話としては物足りない。
三浦
そうですね。奇をてらい過ぎる必要はないんだけど、小説を書く以上、「この作品を、読者は買ってでも読みたいと思ってくれるだろうか」と、常に考えながら書いたほうがいいと思う。そのためには、描写の精度を上げたり、話の展開を工夫したり、作品の質そのものを上げていく必要があると思います。
編集F
誤字脱字にも気をつけてほしいですね。
三浦
はい。ただ、全体にユーモアがあるし、面白くてかわいくて微笑ましい。この持ち味は、とてもいいですよね。軽い感じで読みやすいのに、実はすごく丁寧に書かれているのもわかります。このまま書き続けていけば、可愛いだけではなく、暗い側面を持つ人物も書けるようになるかもしれない。
編集G
人間性に深みが出れば、キャラクターはもっと魅力的になるよね。
三浦
ところで、原稿の印字状態が悪く、読みづらかったのがかなり気になりました。プリンターの調子が悪かったのかな? 事情はいろいろあるだろうとは思いますが、やっぱり「人に読んでもらう原稿なのだ」ということは、もう少し意識したほうがいいと思います。
編集D
字間も開きすぎていて、ちょっと読みづらかったですね。
三浦
内容も印字もすべて含めて、「読者に読みたいと思わせる作品作り」を目指してほしいですね。