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選評付き 短編小説新人賞 選評

夏越の夜の夢

阿佐間基紀

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話を説明するより、もう少しひとの心の動きを中心に物語を書いた方がよい。

  • 編集C

    いろいろ事件が起こって、話がどんどん進んでいくので、単純に面白く読めました。退屈する間もなかった感じ。

  • 編集I

    陰惨な事件が起こっているんだけど、同時に、不思議と心温まる感じもあるように思いました。「元いた世界で自分の名前を呼ぶ友だちが一人でもいる限りは、帰らなければいけない」なんてところは、琴線に触れるものがありますよね。ユミの、友だちを思うピュアな気持ちが、ユキを現実の世界へと連れ戻したわけです。「あっちの世界にはお城があって、綺麗なドレスを着られて、お菓子は食べ放題で、お姫様みたいに暮らせたのに――」みたいなところも、いかにも子供らしい夢の世界で微笑ましかった。ユキが再度姿を現したことについても、主人公は「私が一生後悔したりしないように、わざわざ来てくれたんだね。ユキちゃんはすごく優しいね」と思っていますが、それに気づくことのできる主人公もまた、すごく優しい子なんだなということがよくわかります。

  • 編集D

    ただ、矛盾点や、よくわからないところもいろいろあって、気になりました。結局ユキは、最初に「茅輪の向こうの世界」から帰ってきたとき、もう死んでいたってこと?

  • 編集I

    そうだと思います。「宮司の息子」と名乗っている青年が、「あの輪をたやすく通ることができるのは、/この世界には命がないモノだから」「もう、〈あの時点〉で、時が止まっていたんだろう」と言っているし、ユミも「ユキちゃんは、あの時、もうこの世にいなかったのかもしれない」と言っているし。

  • 三浦

    この書き方を見る限り、「あの時は、もう既に死んでいた」という設定のように思えますね。だから私は、ユミに呼ばれて現世に戻ってきて、死体が発見されるまでの六年間、ユキと飼い犬のハムは浮遊霊にでもなっていたのかな? と無理やり解釈して読んだのですが。霊になっていてもユキちゃんは優しいから、ユミの心を軽くするために、また姿を現してくれたのかなと。「私は向こうの世界で楽しく暮らしているから、私を呼び戻したあの日のことを、気にしたりしなくていいんだよ」と伝えるために。

  • 編集D

    でもユミは、宮司らしき青年に、「(ユキちゃんを)呼んでごらん」と言われて、呼びかけただけですよね。しかも、「もっと強く、心の底から、願いを込めて何度も」と、執拗に促してきたのは青年の方。実質的には、ユキを現世に呼び戻したのは、ユミではなくこの青年の方ではないでしょうか。ユキたちが浮遊霊になってしまったなら、その責任は、むしろこの青年にあるのでは?

  • 三浦

    確かに。この辺りの話の流れは、今ひとつ理解しにくいですね。

  • 編集I

    生きて戻れるかどうか、可能性は五分五分だった、ということじゃないかな。青年に悪気はなかったんだけど、結果的には間に合わなくて、ユキちゃんは命を落としてしまったということかなと。

  • 三浦

    うーん、でも、「間に合わなかった」なら、普通はそこから「戻ってこられない」んじゃないかな。「戻ってこられた」ということは、「危ないところだったけど、なんとか生きて帰ってこられた」ことを意味するのが常道ではないでしょうか。もしくは、死んで、霊になって戻ってきた。

  • 編集D

    それに、ユキは父親に殺されたんですよね。白骨死体が見つかっているということは、現世で死んだわけです。「茅輪の向こうの世界」に行ったから死んだわけではない。

  • 三浦

    そういえば、「茅輪をくぐると〈命〉を取られる」と書いてありますね。「ハムのお腹の中の二匹の子供の命と引き換えに、自分とハムはこっちの世界に無事に帰ることができた」みたいなことをユキちゃんは言っています。だとすると、戻ってきたときは、生きていたということになる。

  • 編集D

    それに、ユキちゃんが隣家から消えた後も、柴犬のハムはまだ生きてそこにいる。ということはやはり、現世に戻ってきたとき、ユキちゃんもハムもまだ生きていたのだと思います。でも、作品内の別の箇所では、「茅輪の向こうの世界から帰ったとき、ユキちゃんもうは死んでしまっていた」ように書かれていたりする。このあたりは大きな矛盾を感じます。

  • 編集A

    青年の正体が何だったのかも、よくわからないですね。この神社か茅輪に関係のある存在のようなんだけど、どうしてユミだけにここまで関わってくるのか、不可解です。ユミの家は、「神社に行く習慣もない」のに。

  • 編集I

    優しくてちょっと素敵なお兄さん、を登場させたかったのかな。

  • 三浦

    でも、袴を穿いていること以外、人相風体の描写もないし、少々怪しげですよね。ユミを二度「背後から抱きしめ」ているのも、奇妙な感じです。台詞にも、ちょっとおかしなところがあった。例えば、ユミに親身に接しているわりに、ユキの境遇を聞いて「ああ。暴力夫から逃げるパターンなんだね」なんて突き放したようなことを平然と言っている。また、「ユキちゃんが戻って来なかったら、キミは殺人の容疑者になっていたよ」みたいな、脅かすようなことを言っていますが、実際にはそんな容疑はかけられないでしょう。

  • 編集E

    ユミの母親も、ちょっと妙な感じですよね。隣の家で派手な夫婦げんかをしていて、そこから子供が逃げてきているのに、ちっとも心配していない。慣れた様子でにこやかに応対しながらも、「我が家には絶対上げてやらないぞ」みたいに思っているらしい。ずいぶん心無い人のように感じる。

  • 三浦

    私は、ユキにも違和感を覚えたところがありました。「ハムのお腹にちょうど子供がいたから、その命を引き換えにして帰ってきた」みたいなことを何でもないことのように語っていますが、自分の身代わりになって死んだ犬の子に対する思いはなかったのでしょうか。それに、向こうの世界では、犬のハムは人間の言葉を喋れていたらしい。子供を失ったことについて、「ひどい」とか「悲しい」とか言わなかったのかな? ハムもまた、自分の子供を亡くしたことについて、特に何か感じたりしていないようですね。少なくとも、「(ハムという)自分の名前が女の子らしくなくてイヤ」とか言ってる場合ではないと思うのですが。

  • 編集C

    ユミ視点の一人称で書かれていますが、地の文ではハムのことを、最後まで「犬」「柴犬」と表記している。そのため、ユミにとってハムは、親しみのある存在ではなかったように感じられます。「優しいいい子」であるはずのユミなのに、少し違和感があります。

  • 編集I

    基本的には「いい子」の設定だろうと思うのですが、ラストでユミが、姿を消した青年に向かって「……保証してくれるんだよね。私の人生」と言うのには、ちょっと驚きました(笑)。

  • 三浦

    しかも、「不遇だったユキちゃんの分まで全部ひっくるめて、運を総取り」らしいですからね(笑)。

  • 編集I

    ここはちょっと、ユミのキャラが変わってしまっているように思えます。

  • 編集F

    読む限りにおいては、ユミたちは、かなり幼い印象を受けます。特にユキは、〈リコン〉とか〈ジッカ〉とか〈しぇるたぁ〉とか言っていて、いかにも「幼くて、まだ漢字がよくわからない」ように描かれている。でも実際は、「来年、中学生になる」のですから、今、小学六年生なんですよね。「離婚」も「実家」も「シェルター」も、わかっていていいんじゃないかな。

  • 編集E

    その一方で、ユミとユキの会話は、あまり小学生らしくないですよね。

  • 三浦

    そうですね。「~かしら」「~だわ」みたいな芝居がかった語尾が多くて、リアルさに欠けます。こういう言葉遣いは止めた方がいいと、これまで何度か選評で言っているのですが、投稿作では今もよく見かけます。上達したいと考えているのであれば、すべての批評を、自分への指摘だと思って読む意識を持ってもいいかもしれませんね。

  • 編集E

    「ユミ」と「ユキ」、名前が似すぎているのも気になるのですが。

  • 三浦

    そうですね。実は私は、「主人公のユミも、家で虐待されているのかな?」と思いながら読んでいました。というのも、ユミは「私は頭を撫でられた経験が皆無」だと言っている。世界には、ひとの頭に触れるのは失礼だという文化の国もありますが、日本で普通に暮らしていたら、頭をなでられたことのない子はあんまりいないですよね。だから、「似た境遇にいる、分身のような二人」という意味を含ませたネーミングかと思っていたのですが、どうやらそうではないらしい。

  • 編集E

    特別な意味がないのであれば、単に紛らわしいですね。

  • 編集G

    「茅輪」というのは、この作品において、重要アイテムですよね。でも、何の説明もないので、よくわからない読者も多いと思う。

  • 三浦

    いわれなどの説明を、さりげなく入れておいてほしかったですね。また、ユミたちの年齢が四枚目までわからないというのは、情報提示が遅いですし、「夏越の祓」が六月二十九日だということが、十六枚目で急に明かされるのも唐突すぎる。説明の手順がうまくいっていないですね。一方で、会話は説明的だと感じます。いろいろな説明を、ほとんど会話で進めているのが気になりました。

  • 編集E

    しかもその台詞が、いかにも「説明のための台詞」っぽくなっています。もう少し、「そのキャラクターならではの台詞」にしてほしい。

  • 三浦

    外見描写であるとか、イメージを喚起するような描写も、もっと欲しいなと思いました。あと、もう少し心情描写が欲しかったですね。

  • 編集G

    事件が多い割に、キャラクターの心情が、あまり動いていないよね。

  • 編集E

    話を説明することが作品のメインになってしまっていて、登場人物たちの感情を描くところまで、まだ意識が届いていない感じです。

  • 三浦

    「友だちが消えた」とか「白骨死体となって見つかった」というのは、ものすごい大事件です。なのになぜか、あまりドラマティックな作品になっていない。それはやはり、「登場人物の心」がほとんど動いていないせいだと思います。だからどうしても盛り上がりに欠ける。もう少し、ひとの心の動きを中心に物語を書いた方がよいと思います。せっかく、いろいろな事件が起こる面白そうな話だったのに、もったいなかったですね。

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