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選評付き 短編小説新人賞 選評

読書のすすめ

たかまちゆう

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  • 編集E

    これは……どうにも不思議というか、不可解さすら感じる作品ですね。本好きの主人公は、クラスメイトに読書感想文の指導をしてあげていたところ、いつの間にか学年一の秀才イケメンに好かれていて、ある日告白される。何をしたというわけでもないのに、気づいたら、人もうらやむ彼氏ができていた――。

  • 編集G

    最初から最後まで、主人公にものすごく都合のいい話なんだよね(笑)。

  • 編集C

    完璧に棚ボタだよね(笑)。一度も話したことさえなかった素敵な男の子が、ひそかに自分を好きになってくれていて、向こうから近づいてきて、愛の告白。主人公はただ、毎日好きな本を読んで過ごしていただけなのに。おまけに、新しい友達までできちゃって、物事がなぜか全部うまい方向へと転んでいく。この主人公、簡単に幸せになっちゃった(笑)。

  • 編集A

    私は主人公より、吉見さんが好きでした。

  • 編集H

    僕も。

  • 編集C

    もちろん私もです。吉見さん、いい子だよね。

  • 三浦

    すごくいい子です。素直で、朗らかで。ガッツと行動力がありながら、周囲への気配りも自然にできている。おしゃれっぽくて、外見も可愛いらしい。かつ、打たれ強い。本なんて今までろくに読んでいなかったのに、厳しい添削指導にもくらいついている(笑)。実に二ヶ月以上も。それもこれも、羽村くんに好かれたい一心です。一度フラれているのに、めげずに話しかけたりして、すごく努力してますよね。「自分は賢くない」と思っているはずなのに、「賢そうな」図書委員の主人公に対して、いじけたりもしていない。のびのびと前向きで、本当に魅力的ですよね。私も、吉見さんは大好きです。

  • 編集C

    しかも、自分より主人公の方が羽村くんにお似合いだなと悟ると、潔く諦めて、身を引いている。その上、何の遺恨も残さず、友だちになろうとまでしてくれている。普通、自分の恋敵を「いい人だな」なんて、なかなか思えませんよね。

  • 編集E

    こんなに素敵な吉見さんを、羽村くんはどうしてフッちゃったりするんだろう? 普通程度に見る目のある男の子なら、吉見さんの魅力は十分わかるはずなのに。

  • 編集G

    これはもう、「そういう物語だから」としか言いようがない。羽村くんは、主人公のために作者が用意した男の子です。「素敵な彼氏」は、主人公のものなのです。

  • 編集C

    でも、特別恋愛感情は持っていなかった羽村くんのことを、一回話したぐらいで急に好きになる展開は、かなり唐突だよね。

  • 編集B

    「主人公も密かに好きだった」という設定の方が自然だったのでは?

  • 編集F

    いや、「イケメンのほうが私に惚れこんでいで、向こうから告白してくる」という話にしたかったのでしょう。女の子には、夢の展開だから。

  • 編集G

    ラストで吉見さんに、「今は稲田君が好きなの。お願い、紹介して!」みたいに言わせているのも、主人公を悪者にしないためですよね。吉見さんはどうやら、かっこいい人なら簡単に好きになるらしい。羽村くんには失恋したけど、立ち直りも早くて、そんなに傷ついてはいない――ということにしないと、いかにも主人公が横から掠め取ったみたいに見えてしまう。

  • 編集E

    私は何より、主人公が吉見さんに対して、ものすごく上から目線なのが気になるのですが。

  • 編集C

    うん、それは強く感じた。主人公は明確に、「吉見さんて、すごく頭悪そう。実際、変な文章書いてるし。これで可愛いつもりなの?」みたいに思っている。「このままではあんまりだから、もう少しまともな文章が書けるよう、私が指導してあげている」ってことだよね。

  • 三浦

    「内容はまあひどいものだったが、/彼女の頑張りを感じないでもない」とか、「彼女のような子に見習わなければならない部分もあるのだろうな」とか、すごく傲慢な感じに見えてしまいますよね。

  • 編集E

    主人公自身は、自分が特別「上から目線」のつもりはないでしょうから、これは無意識なんでしょうね。自分でも気づかないまま、内心では相手を見下している。

  • 編集C

    最初は吉見さんも主人公のことを、「あんな地味な子」と思っていたらしいけど、主人公だって吉見さんのことを、「中身のないバカっぽい子。それに比べたら、たくさん本を読んで、しっかりした文章を書ける私の方が、ずっと上だわ」と思っているように感じます。

  • 三浦

    読者は主人公のそういう嫌な部分を、どうしても嗅ぎ取ってしまう。だから、この主人公を好きになれないんですよね……。

  • 編集H

    そうだよね。ただ、女性陣には申し訳ないけど、僕は正直、「やっぱり女性って、内面ではこんな黒いことを考えてる生き物なんだな」と思いながら読んでました。むしろ納得したというか(笑)。

  • 三浦

    納得しちゃダメ! この主人公は特殊事例だと思いますよ(笑)。

  • 編集H

    まあまあ。さらに言えば、だからこそ僕は、今回の投稿作の中で、この作品を一番高く評価した。すごく嫌な登場人物が出てくるのって、お話として刺激的だよね。しかもそれが主人公ときている。この主人公自体は、僕も嫌いだけど、キャラクターとしては立ってるなと思った。

  • 三浦

    うーん……、ただそれは、作者の意図とはちがいますよね。作者はこの主人公を、「嫌な奴」として描いているわけではないでしょう。むしろ応援するぐらいの気持ちで書いているように感じられたのですが。

  • 編集G

    作者は、この主人公を肯定していますよね。

  • 三浦

    多くの読者は、この主人公にまず共感できないけれど、作者はそのことに気づいていないように思えます。

  • 編集E

    これ、物語の常道を、思いっきり外していますよね。こういう話なら、吉見さんと出会うことで、主人公が何らかのショックを受けて、「私、変わらなきゃ」と思うようになって、あれこれ頑張ってみたりするのが、話の展開の基本パターンではないでしょうか。

  • 三浦

    そうなんです。主人公は、「吉見さんより、自分の方が上だ」と思っているのですから、本来なら、それを揺るがす出来事が起こるはず。今までの価値観や認識が崩れるわけです。それをきっかけにして、主人公は行動を起こし、変化を見せる。そこにこそ、ドラマが生じるのです。なのに、この物語には、そういうところがない。

  • 編集E

    起こるべきドラマが起こらないまま、お話が終わってしまっている。だからどうにも、不可解さを感じるんですね。

  • 三浦

    はい。ある意味このお話は、本好きの地味な女の子にとって、「こんなことが起こったら素敵!」という夢の物語なのかもしれない。でも、本にかじりついている地味な女の子に、イケメンがある日突然告白してくるなんてことは、実際にはほぼないでしょう。個人的には辛いですが(笑)、あえて現実を直視しますとですね、外見を可愛く整えて、弾むようなお喋りができる吉見さんのような女の子のほうがモテるんです。彼女には、主人公のような、重い自意識や優越感が見え隠れするところがない。一緒にいて楽しく過ごせる、気持ちのいい人です。だから、モテて当然なのです。現に、ここにいる誰もが、主人公ではなく、吉見さんを好きになっている。主人公だって、吉見さんの魅力に気づいていますよね。そして、「吉見さんていいな」と思ったのなら、「私のような頭でっかちな人間にとって、自分を変えるというのはなかなかに難しいことではあるのだ」なんてごちゃごちゃ言っていないで、できることから少しずつでも、自分を変えていけばいいのに、と思います。でも実際は、主人公は自分を変えようとしない。そんな主人公に、素敵な男の子がポンと与えられる。どうも、読者の共感を阻むような話のつくりだと感じられるのですが。

  • 編集G

    確かにこれは、徹頭徹尾、主人公のためだけの物語ですね。

  • 編集C

    ただ、もし作者が、「何の苦労も努力もなしで、主人公が幸せになる話を書きたかった」ということなら、それはちゃんと成功しています。むしろ、気持ちいいほどそこだけを目指して振り切っているとも言える。

  • 三浦

    しかしそれでは、誰のための物語なのかわからない。「読書好きで地味な女の子たち」に夢を与えるための物語なのだとしたら、主人公が迷ったり悩んだりしつつ、変化する話にしたほうがいいと思います。その苦労や努力が報われる、という展開があってこそ、読者は共感し、主人公を祝福する気持ちになれると思うからです。主人公は、「外見が可愛くて、ちょっと尻軽な女って、簡単にモテていいわよね」と思っている節があります。まずそこからして事実誤認なわけですが、とにかくそう思ってるからこそ、吉見さんに対して上から目線なのでしょう。でも、なんの努力も変化もせずにイケメンに告白される、という現状の展開は、主人公が批判的に見ている「生まれつきイケてて、努力せずモテる女の子たち」と、おんなじじゃないかと思えてならないのです。以上の理由から、この作品は構造的に、「読書好きで地味な女の子たち」に夢を与える話になっていないのでは、という気がするのです。

  • 編集G

    うーん、夢を感じる人も、いないわけではないのかも。実際、「主人公にとって都合のいい」作品が支持されることもありますから。だから、こんな物語を求める読者もいるだろうと思って、私は点を高くしました。

  • 編集C

    私もです。読み手が望んでいるのであれば、こういうタイプの話もアリだろうと思いました。

  • 三浦

    その点については、私は賛成できません。物語は根本的には、弱者の視点に寄り添い、ひとの苦しみや悩みはいかにして昇華されるのかを描くときに、機能を一番発揮すると思うからです。現実が辛いから都合よく幸せになれる物語を読みたい、読めばほんのひととき癒される、ということは、実際あります。しかし、「読んで幸せな気持ちになった、癒された」と感じるのだとしたら、それは、その物語が、物語のポイントをはずしていないからなのです。ポイントとは、おおざっぱに言えば「主人公の葛藤→変化成長」です。これがないと、ドラマが生まれず、「この主人公、さしたる努力もせず、いい目にばかり遭ってるなあ。いい気なもんだよ」と感じられてしまい、物語から受ける幸福感や癒される感じが軽減します。もちろん、「主人公にひたすら都合のいい話が好き」という読者の好みはあっていいんです。しかし、読者が求める「都合のよさ」を実現しようと思ったら、実は非常に微妙な塩梅が要求されます。物語のポイントや機能を充分に踏まえなければ、それは成立しないのです。書き手を目指すのであれば、読者に本当の意味で夢を与え、現実を生きる際に支えとなる力を与え、魂の糧となるような作品を書くために、物語が持つ機能について、その機能をうまく発動させるには、どこが重要なポイントとなるのかについて、分析する視点が必要になってくると思います。「物語って、どういうつくりになっているのかな」と、先行作をいろいろ研究してみたうえで、あえてポイントをはずすところははずす、というふうに作ってみてはいかがでしょうか。

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