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タイムトリップものですね。
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第183回
夕暮れトリップ
遠藤由実子
28点
タイムトリップものですね。
「とある時間、とある場所にいると、別の時代にトリップしてしまう」という話は、子供の頃よく読みました。ジュブナイル小説とかに多くて、僕はすごく好きでしたね。久しぶりに似たような話を読めて、嬉しくてつい高得点をつけてしまった(笑)。
こういう話、昔はほんとにいっぱいあったね。
懐かしさがありますよね(笑)。それだけに、既視感もあるのですが。
ただ、序盤がすごく分かりにくいですよね。
「その」とか「あの」とか、指示語が多すぎますね。だから話に入り込みにくい。
主人公と有馬が、どこで話をしているのか、さっぱり絵が見えないです。七海は猫を追って空き家の庭に入ったんだから、お茶に誘われたときも、そのまま縁側から家に上がったのかな? そういう描写はないけど。
え、玄関から中に入ったんじゃないの?
いえ、帰るとき「それなら、玄関から」と、わざわざ有馬が案内しているんだから、家に上がったのは別の場所だと思います。
そうか。これ、要するに、この家の玄関が異世界への扉だったわけだよね。だから作者は、七海を玄関から帰らせようとしている。でもそのせいで、有馬の言動がちょっと不自然になっているよね。それに、最初だけ庭から異世界に入ってしまうのは、設定に矛盾を感じる。猫も、庭から入れているよね。
「夕方、十八時から十九時の間しか過去世界に入れない」らしいですが、二人で過ごしていて十九時を過ぎたら、どうなるのかな? 「はっ」と気づいたら、いつの間にか古い空き家の玄関前に立っていた、みたいなことになるのでしょうか? 書かれていないので、よくわらかないですね。
有馬が住んでいる日本家屋も、なんだかイメージが一定しない。
私は最初、相当年季の入ったあばら家を想像していたのですが、読み進むとそうでもないみたいで。
作者が思い描いているだろうビジュアルが、文章から読み手に伝わってこないですね。
「昭和レトロな家具の数々」とあるけど、具体的にどういうものだったのかは書かれていない。もっと詳しく描写して、レトロ感の素敵さを出してほしかったですね。全体に、かなり描写不足だと感じます。
実は、私は最初、主人公の年齢がよくわからなかったです。
でも、「小学生のときその家に侵入して、五年が経って、妹が中学生で」と、書いてあるよ?
そうなんですが、冒頭を読む限りでは、小学生のイメージが抜けなくて。
確かに、わかりにくいよね。
描写の仕方や情報提示の段取りが、まだこなれていない感じですね。
情報は、ただ出せばいいというものではない。どういうふうに書けば、読者に読み間違いをさせることがないか、すんなりと頭に入れてもらえるかということを、もう少し考えてみてほしい。特に、冒頭の書き方はとても重要です。読者は作品世界のことを何も知らないのですから、的確に伝わるように書く必要があります。
そうですね。読んでいて引っかかるところは、他にもいろいろありました。たとえば三枚目で、机の上の新聞を目にした七海が、「古い新聞を読むのがお好きなんですか?」と訊ねていますね。作者としては、「昔の新聞だから黄ばんでいる」と思っているのかもしれないけど、タイムスリップしているなら、そこにあるのは今日届いたばかりの新品の新聞です。「古い新聞」と思うのではなく、「どうして昭和八年の日付の新聞がこんなに新しい質感なのか」を不思議に思うはずですよね。
それに、小さな日付より、まずは紙面が目に入るはず。「昭和八年」より、載っている記事の古さに疑問を感じるほうが先でしょうね。
横書きの文字なんて、当時は読む方向が逆だしね。紙質や、印字状態や、紙面の印象も違うはず。そういった、作品内の場面映像が、作者自身にまだはっきり見えていないんじゃないかな。想像が追いついていないというか、どうしても、「頭で考えて書いた話」のように思えてしまうよね。
あるいは、映像は見えてはいるんだけど、的確な描写ができるまでには、まだ至っていないのかもしれませんね。
そうですね。文章を書くこと自体は、だいたいの人ができることです。手紙やメールや書類とかね。でも小説を書く際には、脳内の映像を、ちゃんと読み手に伝わるように文章化できるかどうかが、ポイントの一つになってきます。書き手の技量が問われるところです。
有馬がプロレタリアートだというのも、うまく描けていない。これではなんだか生ぬるいというか。
うん。特高による拷問死もいとわないほど思想に殉じている男は、自分の墓の心配なんてしないと思う。それに有馬には、主人公が恋をするほどの魅力があるようにも感じられないし。
そもそもこの二人、互いをいつ好きになったのか、さっぱりわからないです。
「ここで恋に落ちたんだな」と思える決定的場面が、どこにもないですよね。恋愛感情が盛り上がっているようには全く感じられない。
一日一時間、他愛ない話をしていただけなのに、いつのまにか「時空を超える愛」みたいになっている。唐突すぎて、読み手がうまくノリきれない。
七海が、恋愛至上主義みたいになっているのも気になりました。「もっと歳の離れた相手か、同性だったらよかったのにと思う。言葉を重ねても、何も残らない」とありますが、これはつまり、「二人の関係が進展しないなら、むしろ恋愛対象でないほうがいい」ということですよね。でも、毎日共に過ごした一時間は、本当に「何も残らない」時間だったの? 心の通い合うひとときを過ごしたとしても、明確な恋愛関係に発展しなければ、意味がないのでしょうか? ちょっと、「恋人になること」に重きを置きすぎているような気がします。それにこの書き方では、「歳の近い異性しか、恋愛対象ではない」と言っているようで、そこも引っかかりました。
ただ、ラストで出会った大学生が、有馬の生まれ変わりでなかったのはよかった。「運命の二人だから、再会したらすぐにラブラブになってハッピーエンド」とかでは、話が陳腐になってしまう。
ラストで登場する青年は、有馬の生まれ変わりだと私は思います。真偽のほどは、「きっと一生わからないままだ」と書いてはありますが、おそらく七海はこの彼を「たぶん生まれ変わりね」と思っているのでしょうし、作者としても、「明言はしないけど、生まれ変わりのつもり」として書いているんじゃないかな。
そうなんですか? 私は「生まれ変わりではない」と思ったから、評価を高くしていたのですが……
まあ、どちらでもいいかなと個人的には思うのですが、作者の意図は、「生まれ変わり」としてほのめかす、ということなのではないかと。もし、「生まれ変わりではない」と読者がはっきりと受け止めるとしたら、時空さえ超えるほどの恋に落ちていたはずの七海が、せっかく彼を連想させる人に出会ったというのに、すぐさま「生まれ変わりには関係なく、一から時間を積み重ねていこう」と気持ちを切り変えてしまうのは、ちょっと振れ幅が大きすぎて、呑み込みにくいという弊害が生じる気がします。しかも、有馬との別れから、たった一年しか経っていないのに。
ラストで、生まれ変わりらしき男性を登場させなくてもよかったのではないでしょうか?
でも、やっぱりそれっぽい人が出てこないと、話にオチがつかないよね。むしろ、「有馬が死なない」展開にしてもよかったのかも。主人公が何か行動を起こすことで、有馬の運命がわずかに変わる。彼とは会えなくなるんだけど、再度「文学者サイト」を覗いてみたら、彼の没年が変わっていて、「ああ、生き延びられたんだ」とわかるとか。
ラストの青年を、有馬の孫とかにしてもいいですよね。有馬の著作を持っている主人公に目を留めて、「祖父の本だ。どうして君が……?」みたいにして知り合う。その彼との恋が一から育まれる予感がする、というオチにするとか。ところでタイムトリップって、過去世界の物体を、現代へ持ち込めるものなのかな?
もしそれが可能なら、有馬そのものを現代に連れてくればいいのに。それなら簡単に助けられる。
SFとしては、ちょっと設定に粗があるよね。
でも、悲劇的で美しい恋愛、みたいなものが描きたかったんだというのがすごく伝わってきて、そこはとてもいいなと思いました。
うん。夕暮れの一瞬だけ、異世界に繋がるという、このシチュエーション自体はすごくよかった。
ロマンティックに話を盛り上げようという意思が強く感じられるところは、とてもいいですよね。ただ、描写が足りなかったり、情報提示の仕方がうまくなかったりで、読者を話に引き込むことができていなかった。今後は、何よりもまず、描写力を磨いてほしいですね。もう少し映像がすんなり浮かぶ書き方ができるようになれば、読者をよりうっとりさせる作品を生みだせるのではないかなと思います。