編集A
両親が離婚したのは自分のせいだ――と思い込み、長年苦しんでいた女の子のお話です。テーマもちゃんと盛り込まれている。ラストもちょっとほのぼのできるし、いいところはいろいろあるんです。ただ、引っかかる点がそれ以上に多くて、話に引き込まれるというところまでは行けなかったですね。
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第184回
夕陽の色の糸
小篠しろ
28点
両親が離婚したのは自分のせいだ――と思い込み、長年苦しんでいた女の子のお話です。テーマもちゃんと盛り込まれている。ラストもちょっとほのぼのできるし、いいところはいろいろあるんです。ただ、引っかかる点がそれ以上に多くて、話に引き込まれるというところまでは行けなかったですね。
例えば二枚目で、主人公は母親から「人参とトマトを買ってきて」と頼まれるのですが、三枚目で実際に買っているのは「りんごとトマト」。買い物を間違えたということなのかなとも思ったのですが、どうもそういうわけではないらしい。これはやはり、作者の書き間違いなのでしょうね。
原稿の見直しや推敲をしていれば、簡単に見つけられたはずのミスですよね。
原稿は、いったん書き上げても、すぐに投稿しないで、必ず丁寧に見直ししてください――と、この選評のページで何度もお話しているのですが、いまだに、推敲したとは思えないような投稿作品は多いです。
小説を書く上で、推敲は絶対に必要です。
私は、主人公が屋上で自殺しようとする場面の様子が、今ひとつよくわかりませんでした。主人公は「フェンスに近付いて、のぼった」のですが、しばらくしてまた、「フェンスをもう一度、よじのぼる。」とある。これ、どういうことなんでしょう?
おそらく、最初に「フェンスにのぼった」あと、主人公は、屋上のフェンスの外側の、わずかなでっぱりのところに立っていたのではないでしょうか。で、高原君と話をして、やっぱり飛び降りるのはやめることにした。フェンスの内側に戻るために「もう一度よじのぼ」ろうとしたとき、バランスを崩して下に落ちてしまったということだと思います。あくまで推測ですが。
もしそういうことなら、「よじのぼった」あと、「フェンスを乗り越えて、外側に降り立った」ところまで書く必要がありますね。
そうですね。ここは描写不足で、わかりにくかったです。
あと、月に一度の、お父さんと会う日の場面でも引っかかった。主人公が、お金の入った封筒をお父さんに渡しているけど、これ、まさか生活費? お母さんは、別れたお父さんにお金を渡しているの? 八年も?
いや、封筒から取り出してるのは千円札だし、そんなに大した金額は入ってないんじゃない?
その日、娘と出かけるための経費でしょうかね。ファミレス代とか。
でも、そんなわずかな金額さえ母親側が援助しなければならないなんて、それもおかしくないでしょうか?
確かに変だよね。お母さんのほうが経済的に優位だとか、何らかの事情があるのかもしれないけど……
理由があるのなら、やはりそれは、ちゃんと書くべきですよね。読者が普通に読んで理解できるように。こういうあたりも、描写や説明が足りないように感じられます。
この主人公家族に関しては、疑問点がいくつもあるんだよね。結局、子供のころ主人公が見た、「お父さんの部屋に散らばっていた紙」はなんだったんだろう? 当時小学生くらいだった主人公に「まったく読めなかった文字」で、何が書かれていたの?
離婚して八年もたつのに、お父さんはいまだにバイト生活を続けているというのも不思議ですね。どういう事情なんだろう?
今はボロアパートに住んで、休日には女を連れ込んでいる。でも主人公は、そういうお父さんを、決して嫌ってはいないように思える。
逆に、一緒に暮らしているはずなのに、お母さんについては、不自然なほど何も書かれていませんね。なんだか、むしろ主人公とお母さんとの間にこそ、深い溝でもあるように感じます。
それは私も感じました。「この母と娘は、うまくいっていないのでは?」と読者に思わせる何かが、この話にはありますよね。描写が足りないから、つい読み手が想像を膨らませてしまうわけですが、でも同時に、「よくはわからないけど、何らかの事情があるんだな」と読者に感じさせる書き方にもなっているように感じます。そこは、うまいなと思いましたね。ただ全体的に見るとやはり、描写がわかりにくくて、書ききれていないところが多いですね。
この主人公の苦悩は、自殺するほどのものではないように思うのですが。
確かに。いくら「両親が離婚したのは私のせい」と思いつめているにしても、今になって死ななくても。
子供の頃はやみくもに、「書類を隠した私のせいだ!」って思いこんでしまうのも、わからなくはないけど、高校生にもなった今なら、少しは「……ちょっと待てよ。そんなことくらいで、本当に離婚するだろうか?」と、思い直すようになってもいいんじゃないかな?
まあでも、「大事なプラモデルを壊されたから、離婚」なんてことも、実際あるらしいからね(笑)。発端は何にしろ、大喧嘩した夫婦が、関係修復できないまま離婚することは、ないとは言えない。
そうですね。ただ、少なくとも自殺する前には、「最後に、真相を確かめてみよう」くらいのことは考えるんじゃないかな。私だったら単純に、お母さんに訊ねてみると思います。「結局、なんで離婚したの?」って。でも主人公は、生き返った後で、わざわざお父さんに訊きに行っている。やっぱり、「お母さんとの間に何かあるのかな?」という疑問が湧きますね。
もう少し、主人公の内面とか家庭環境について、詳しく書いてほしかったですね。三十枚しかないのに、本筋とはあまり関係のない、割れたCD絡みの話とかに枚数を取られ過ぎているように思います。
でも、そのエピソード、すごく面白いんだけどね(笑)。
コサックダンスをしてて、割るんだよね(笑)。
「ピザみたいになっている」とか、ユーモアがあっていいですよね(笑)。
こういうあたりの作者のセンスは、すごくいいと思いますね。
ただ、屋上から落ちた後の展開は、いろいろ気になりました。主人公は一度死んで、高原君に「糸で縫われて」生き返ったわけですよね? 「死んで蘇る」なんて、ものすごいことが自分の身に起こったというのに、主人公はほとんど気にしていないように見える。
「ほんとうにすごい」と一応思ってはいるようですが、あまり心が動いているようには感じられないですね。
なんだか、全体的にすごく、淡々とした書きぶりですよね。それがこの作品の良いところでもあるのですが、ちょっと淡々としすぎているように思います。もう少し、人物の心の動きを話に盛り込んだほうがいい。自分は死んだと思っていたのに、はっと目を覚まして「まだ生きている!」と気づいたとき、普通なら、「せっかく助かった命なんだから、あれもしたい! これもしたい!」みたいに思うものじゃないかな。なのに主人公が実際にやっているのは、「離婚の真相をお父さんに確かめに行く」こと。どうにも行動が小さいというか、「死んで生き返って、あなたが真っ先にやるのって、そんなこと……?」と思えてしまう。
よっぽど頭の中、お父さんとお母さんのことしかないんですね。
高校生が、ここまで両親の離婚、それも八年も前の離婚について思い詰めているというのは、ちょっと不自然かなという気がします。あと、「人間関係は、人間でないと直せない」という、この作品においてすごく重要なポイントが、同じようなやり取りで二回繰り返されていますね。二十枚目と二十六枚目に出てきます。作品の中で、同じことを二度も繰り返すのは、あまり洗練されていないですね。どうしても繰り返すのであれば、似たような感じにはしないで、もっと変化をつけるべきだと思います。何より、このやり取りは、この作品の肝ですよね。盛り上がる箇所として描かなければいけないところです。それを二度も書いてしまっては、効果が薄れてしまう。
残念ですね。この作品、途中まではすごく面白かったのですが。「借りたCDうっかり割っちゃって、どうしよう!」みたいな、日常的な会話からすんなり話に入れるのに、「そういえば昔、何でも直せる男の子がいたな……」なんてぼんやり回想している主人公が今していることが、誰かを呪い殺す呪文でノートを埋め尽くすことだったりする。「いったいどういう話なんだろう?」と、すごく興味を引かれました。でも、最後のあたりが、どうにも腰砕けになってしまっている。
これ、テーマとストーリー展開が、うまく絡んでいないように感じるよね。せっかくの高原君の特殊能力も、話に活かされていない。主人公が、彼に影響を受けて変化しているわけではないし。
「CDを直す」話と、「自殺をする・しない」という話は、ほとんどつながりがないですよね。
主人公が自殺しようとする展開自体、どうにも理解できない。だって、今になって彼女が死んだところで、何も変わらないよね。
そうですね。起きている出来事と、それを受けて主人公がどう考え、行動するかということが、なんだかちぐはぐになっているように感じます。
「自殺する」とか「死んで生き返る」とか、シリアスで大きな要素を入れないほうがよかったのではないでしょうか。この作者さんはどちらかというと、日常的な微妙な描写がうまい人なのではないかと思います。「CD壊しちゃって……」というエピソード絡みの部分は、むしろ本筋より面白かったし、ラストの父と娘の気まずい会話には、ぎこちないながらも互いにちょっと近づこうとしている空気感がよく出ていて、うまいなと思いました。
では、例えばこんな話にしてみるのはどうでしょう? 主人公が昔、お父さんの部屋で台無しにしたものを、「紙」ではなく、プラモデルか何かにするんです。自分が壊したとは言い出せないまま、いまだに隠し持っている。離婚の原因はそれなんだと、今も思い込んでいる。そんなある日、友人のみさこが、「吉木君に借りたCD、うっかり割っちゃった! 一生懸命謝ったんだけど、すっかり嫌われちゃって……私もう、死ぬしかない!」と、屋上から飛び降りようとする。主人公が必死で止めようとしているところに、高原君が通りかかり、「人間関係は直せないけど、物なら直せるから」と言って、あっさりCDを直してくれた。「これを持って、もう一度謝ってきたら?」と、みさこを送り出す高原君。それを見ていた主人公は、思い切って、「私も直してほしいものがあるんだけど……」と打ち明ける。後日、高原君は、快くプラモデルを直してくれた。みさこ同様、彼に背中を押され、主人公は離婚の真相を聞くために、改めてお父さんに会いに行く――
なるほど。それなら、「物を直す」ということと、「人間関係を直す」ということが、話の中でうまくつながりますね。
もちろんこれは、あくまで一例です。「結局、自分で一歩踏み出すことでしか、人間関係は直せない」というのが、この作品のテーマなのだろうと思います。だとしたら、「主人公が一歩踏み出す」という最も重要な場面を、どうやって作品の山場に持ってくるか、そのためにはどういう話の組み立てにするのが効果的かということを、いろいろ考えてみるといいと思いますね。
一番重要な場面が、一番の盛り上がりシーンになるように、構成を練り込む、ということですよね。
はい。この作者に今一番必要なのは、構成力をつけることかなと思います。でも、電話でみさこがCDを聞かせてくれるというラストは、いい締め方だなと思いましたね。
キャラクターたちが、みんなかわいくていいですよね。
女の子の描き方が過剰になっていないところが、すごくよかった。好感が持てますよね。
高原君のひょうひょうとした感じも、妙に面白くて、好きでした。
高原君は、自分の特殊能力を簡単に明かし過ぎじゃないかな。このままでは、CIAとかにさらわれそうで、すごく心配です(笑)。
こんな人材、そりゃあみんな、欲しいよね(笑)。
高原君は、年を取らない「不思議な少年」設定でもよかったかなと思います。子供時代に出会ったときも高校生ぐらいだったのに、自分が高校生になってふと気づけば、記憶の中と変わらない姿で隣の席に座っている。ラストでは、お礼を言おうと思いつつ主人公が登校してみたら、高原君の机がなかった。クラスメイトに聞いてみても、誰も彼の存在すら知らないと言う――なんて展開はどうでしょう?
あるいは、「みさこにはなんとかごまかして、私と彼だけの秘密にすることにした」、とかね。
あるいは、主人公に手を貸したのを最後に、「能力はもうなくなってしまった」展開にしてもいいかも。彼の能力を知ったクラスメイトたちが、壊れたものを持って続々と押し寄せるんだけど、「ごめん、ほんとにもう無理。でも、裁縫なら得意だから……」と、以後「ボタン付け係」になるとか(笑)。
それもかわいい(笑)。想像が膨らむというのは、それだけ、キャラクターが魅力的だということですよね。全体に、話を作ろうという意欲があるのを感じます。出した要素を回収しようと頑張っているのもよくわかる。ただ、あまりうまくはいっていなくて、空回りしている感じなのが、残念でしたね。
そのためにも、推敲は重要ですね。誤字脱字はもちろんですが、書きたいことが書けているか、大事な場面をうまく山場に持ってくる構成になっているかというようなことも含めて、自分の作品を丁寧に見直してほしいなと思います。