編集F
とてもロマンチックな話でした。ラストを悲劇的に盛り上げて、一気に収束させることで余韻を残そうとしている。ちょっといろいろ、拙いところはあるんですけど、作者が、「悲しく切ない恋の話」を書きたくて、一生懸命そういう話を書いているんだというのは、十分に伝わってきました。読んで、「好きだな」と思える作品でしたね。
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第184回
イーリスの鏡箱
仁科里津
33点
とてもロマンチックな話でした。ラストを悲劇的に盛り上げて、一気に収束させることで余韻を残そうとしている。ちょっといろいろ、拙いところはあるんですけど、作者が、「悲しく切ない恋の話」を書きたくて、一生懸命そういう話を書いているんだというのは、十分に伝わってきました。読んで、「好きだな」と思える作品でしたね。
私も、大好きな作品です。「私にとっての永遠って何だろう?」「何かを永遠に残すことに、意味はあるのだろうか?」みたいなことに、主人公がいろいろと思いを巡らせているのがいいですよね。描かれている物語の主題が、とても美しいなと思いました。描写も丁寧で、読者の脳裏に映像を喚起させようと頑張っている。全体に、とても好感が持てました。
私もこれは、とても好きな話で、イチ推しにしています。でも、よくわからないところがあまりに多くて、すごく引っかかった。そもそもギレリス王国が、主人公のいるアメル王国に攻め入ってくる理由に、納得感がないと思います。「不老の秘術に関わるものを手に入れようとして」ということらしいですが、そんなものは、もう残っていないわけですよね?
鏡箱以外はね。
でも鏡箱のことは、主人公とクランツ以外、誰も知らない。「ほかの国々も/この箱のことまでは知らない」とはっきり書かれています。
「それでも何か、秘術に関するものを隠し持っているのかもしれない」と、他の国々は思っている、ということらしいけど……
そんな「かもしれない」なんて曖昧な根拠で、他国へ戦争を仕掛けるというのは、ちょっと考えにくい。犠牲者だってたくさん出るというのに。現実的ではないです。
しかも、過去、他にもいろんな国が攻め入ってるらしいよね。
何度攻め入れられても、何も出てこなかったはず。鏡箱以外の秘術は、もう失われているのですからね。なのに性懲りもなく、今またギレリス王国が攻めてくる。根拠もないのに、みんなやけにしつこい感じです(笑)。どうにも、設定に無理があるように思える。
何度攻め込まれてもこの国が残っているということは、その都度、アメル王国が勝ったということでしょうか? でもこの国、強い軍隊を持っているようには見えませんよね。だってクランツのような、兵士じゃない一般の民が招集されて、戦うんでしょう?
こんなに何度も他国から攻め入られているのに、対策を講じている様子がないのも変ですよね。軍備を強化している感じもないし。
「ひと月後には城下は戦いの場になる」と、もう決まったことのように王様が言うのも変だと思う。王都に攻め込まれるって、ものすごく大変な事態ですよね。普通、それだけは避けたくて、少しでも手前で食い止めようとするんじゃないかな?
しかもその割に、王都に入った敵軍を、たった二日で追い返している。民兵がそんなに強いとも思えないんだけど、どういう経緯で、敵国はあっさり撤退していったんだろう?
国境から王都までは、どれくらいの距離なんでしょう? 進軍にひと月もかかるなんて、相当広い国なのかな? どうにも、地理的イメージがつかめませんでした。
私は、王様が主人公に、「洞窟に避難する皆と王女のことを、よろしく頼む」みたいに言っているのが、引っかかりました。主人公は医者とか魔法使いとかではなく、単なる「まじない師」ですよね。しかもまだ若い。キャリアも、そう長いものではないでしょう。王が「王女を任せる」相手としては、いささか頼りない感じがします。
王女の体調管理を「まじない師」がするということ自体、変な話だなと思います。もしかして、この世界には「医者」はいないのかな? 「まじない師」の能力がどの程度のものなのかということを、もう少しはっきりさせてほしかったですね。
彼女はこの国で、ただ一人のまじない師なのかな? そういうあたりも、よくわからないね。
それに、主人公の年齢がはっきりわからないのも、すごく気になりました。王様が王女を託すのだから、この世界において「大人」と見なされる年齢なんだろうとは思うのですが……
書かれていないので、これもよくわからないですね。読みようによっては、ひどく若い気もする。王様が主人公に「王女を頼む」と言っているところは、私も違和感を覚えました。二人の身分差の空気感が、うまく出ていないですよね。
避難する王女様に、侍女や護衛兵がついている様子もないし。
「王様」とか「王妃様」とかって単語は出てきますが、描写にどうにも、「王国」というスケール感がない。王家に仕えている者たちや兵士たちがどれほどいるのか、軍とか議会とかの組織構成はどうなっているのか、そういう具体的な「国家のありよう」が、文章からまったく窺えない。
そもそも、この作品世界が、どのくらいの文明度なのかすら、よくわからないですよね。「医師」と「まじない師」が同じ役割の存在だとするなら、かなり原始的な世界なのかな。
戦のための甲冑が革製なのに、靴は鉄製……? これも不思議な取り合わせですね。
設定が、あまりにもあやふやだよね。
作者はまだ、設定をかっちり作り上げることができていないように見える。曖昧なイメージのまま書いてしまっているように思えます。
イーリスが、死んでいるクランツを見つけたときのシーンも、不可解だった。イーリスたちは、「もう敵は撤退したぞ」という兵の知らせを受けて、洞窟から王都へ戻ってきたんだよね。そしたら、クランツが家の裏手で死んでいて、「彼の体の芯はまだ温かかった」。てことは、クランツは、戦闘が終わった後で死んだってこと?
そうでしょうね。戦闘で死んだのなら、遺体はとっくに硬く冷たくなっていたはず。それとも、洞窟と王都って、すぐ近くなのかな? でもそれだと、王女の避難場所として、安全とは言えないし……このあたりも、距離感がよくわからないですね。
クランツの死因も、よくわからない。
そうですね。もしかすると、戦闘で瀕死の重傷を負ったまま家へと向かい、なんとかたどり着いたけれど力尽きたのかもしれない。ただ、今の書き方ではなんだか、転んで頭でも打ったかのように思えてしまいます。
描写がどうにも、うまくいっていないですね。頑張っているのはわかるのですが、はっきり言ってうまくないです。例えば、十二ページの終わりあたりから、城の回廊の天井や柱の描写が、十八行にもわたって書かれていますが、延々言葉を費やしている割に、まったくビジュアルが思い浮かばない。
それに、「桟が三枚嵌めこまれていた」とありますが、「桟」というのは横木のことですから、「三枚嵌めこむ」という表現は的確ではないような気がします。
「この回廊は数年前、街中の石工が力を合わせて作りあげた」とありますが、これほど意匠が凝らされている城の内装を、数年で完成させるのは無理ではないでしょうか。そもそも、この国のスケール感がわからないから、「街中の石工」がどれほどの人数なのかもわからないし。
描写は、長々とすればいいというものではありません。短くても、的確でさえあれば、読者はありありと情景を思い描くことができます。
城や洞窟の内部とかも、いまひとつよくわからなくて、絵が見えなかった。もう少し、ポイントを押さえて描写する力をつけてほしいです。
それから、私がこの作品でなによりも気になったのは、テーマの展開に矛盾があるように感じられることです。この作品のテーマは、「大事なものを、永遠に変わらぬ姿で保存することは、果たして重要なのだろうか?」ということではないかと思うのですが。
イーリスは、いろいろ思考を重ねて、「私にとって大切なのは、クランツそのものだ。『鏡箱』はなくていい」と思うようになりますね。「物は重要ではない。自分自身の中に、永遠に続く想いがあればいい」という境地にたどり着いている。私は、そこがとてもいいなと思いました。
私も、そこはいいと思います。でも、イーリスのこの考えは、ラストで変わってしまっていますね。それも、後ろ向きに変わっている。一度は「『鏡箱』は必要ない。壊してもいい」と思えていたのに、「やっぱり壊せない。彼の思い出のよすがを保存しておきたい」と、失った愛に執着している。物語を通して伝えようとしている肝の部分が、ややブレてしまっているのではないでしょうか。
せっかく素晴らしい気づきを得たのに、逆戻りしていますよね。
この、それまで紡がれていたテーマに反するようなラストは、非常に引っかかります。べつに、クランツのことを忘れろと言いたいわけではありません。彼のことが大切なら、彼の思い出を永遠に胸に刻んで、生きていけばいい。でもそのために、彼の血がついた花を『鏡箱』に入れて永久保存することは、本当に必要なのでしょうか。美しい記憶や思い出ではなく、物体をそのままの形で残すという結末が、ちょっと腑に落ちなかったですね。
それに、『鏡箱』に入れるものが、どうして「血に濡れた花」なのかな? 二十四枚目で、クランツが『鏡箱』のことを「それじゃあまるで棺だ」と言っていますよね。ここ、すごくいいシーンだと思います。だから、クランツの目とか指とかを入れて棺代わりにする、ということならまだわかるんだけど。
それに、クランツの思い出の品なら、四枚目に出てきた、彫りかけの蝶のレリーフのほうがふさわしくないでしょうか?
あるいは、クランツが「いつか彫りたい」と言っていた、イーリスの横顔のレリーフとかね。実はもう、作りかけていて、クランツはそれを握りしめて事切れていた――という展開でもよかったと思うのに。
レリーフのほうが、血濡れの花よりずっと、クランツの心が詰まってますよね。そっちを箱に入れようとする展開のほうが自然だと思います。
クランツは石工職人なんだから、思い出の品も、それに関わるものにしたほうがいいと思う。せっかくの要素を、活かせてないよね。やっぱりラストは、「鏡箱を壊す」ことにするのが、一番きれいな終わり方ではないかと思います。主人公は思い出の品を、一度は箱に入れようとするんだけど、「それじゃあまるで棺だ」というクランツの言葉を思い出し、「そうだ、物を永久保存しても、意味がない。大事な思い出は、私の中にすでにあるのだから」と思い直し、鏡箱を壊す。レリーフはこれからも大事にするんだろうけど、とにかくもう、物のよすがに縋るのはやめる。
そうですね。それが王道というか、最も納得のいく結末のつけ方だろうと思います。テーマにも、ちゃんと沿っていますしね。「永遠」というのは、鏡箱に入れることで作り出すようなものではない。クランツが思いを込めて彫った彫刻こそ、何百年経っても美しいまま残るものであり、つまり人の気持ちや、そこから生まれた芸術こそが永遠なのだ。だから鏡箱は必要ない――という方向に行った方が、美しいテーマが活きるラストになったと思います。ここは非常に残念でしたね。あと、十八枚目と二十六枚目の両方に、「いい彫刻は『鏡箱』のように何百年も残る。俺はそういうものを作りたい」「いいえ、あなたはもっと素晴らしいものを作るわ」みたいなことが書かれています。これ、二十六枚目のほうは回想シーンなのですが、内容が重複してしまっている。短編ですし、こういうのは一カ所に集約させたほうが、小説として洗練されると思います。それに、二十六枚目で「もし今同じことをクランツに言われたら、私は/(こう)言うだろう」と仮定形で書いていますが、十八枚目ですでに同じようなことをクランツに言われ、彼女はもう言葉を返している。ここは矛盾していますよね。それから、二人が恋人同士だということを、もう少し明確にわかるように描いたほうがいいと思います。幼馴染の延長だということですが、二人の関係が淡すぎるままでは、ラストでイーリスが抱えている悲しみの深さが、読者に響きづらくなってしまう。
ただ、クランツが死ぬ展開は、簡単に予想がついてしまいますけどね。「絶対に無事に帰る」と言うところで、死亡フラグが立っている(笑)。
確かに。このフラグは、ちょっとわかりやすすぎましたね(笑)。でもまあ、クランツが生きのびられるか否かでハラハラさせる小説ではないので、このままでもいいのかもしれません。
こんなにツッコミどころが満載の作品なのに、点数は高いし、イチ推しも多いんですよね。私も実は、この話、好きなんです。
ラストでの悲恋感の盛り上がりは、すごく魅力的だと思いますね。
イーリスにとってかけがえのないものはクランツであり、想いは互いに通じ合っている。「だったらもう、『鏡箱』はなくても――」と思った矢先、突然に彼を失ってしまう。この、盛り上がったとたんに突き落とされるような展開は、切なくていいですよね。
はい。ただ、悲劇的な雰囲気に、作者自身が引っ張られ過ぎているかなとも思います。「悲しい恋の物語」にしようとするあまり、肝心のテーマがラストでひっくり返ってしまっている。テーマ自体はすごくよかっただけに、とてももったいなかったですよね。もし、ひっくり返す展開にするのなら、もう少し長い枚数のほうがいいと思います。そのぶん、心情の変遷を丁寧に追えますからね。
でも、「書きたいもの」は、ちゃんと持っている書き手さんだと思います。あとは、描写力を上げていってほしい。
批評にもたくさん出てきましたが、作品内の距離感やスケール感などが、うまくつかめていないようでした。人物の年齢もわからないし、外見描写がほとんどないのも気にかかる。こういうあたりは、意識して改善していってほしいです。
ファンタジー作品を創る難しさというものを、改めて感じますね。設定やストーリーをどうとでも作れるからこそ、実感が伴う描写ができていなければ、読者は作品世界に入り込めない。その世界のことを、読者は何も知らないわけですからね。既成作品などを参考にしながら、ぜひ文章力を身につけてほしいです。