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選評付き 短編小説新人賞 選評

入選作品

コールは四回

黒瀬みのる

34

キャラクターの描き方も、オチのつけ方も、ホラーとして絶妙なバランス。

  • 編集A

    この作品は、最後の部分が非常にきれいにキマっていますよね。

  • 編集B

    ラストの着地は、見事でしたよね。

  • 三浦

    はい。すごくよかったと思います。

  • 編集B

    これは、ちょっとホラーっぽい作品、と思っていいんでしょうか?

  • 編集A

    完璧なホラーだというには、終盤に至るまでの怖さが足りないと思う。でも、途中までは「恋人の死を少し乗り越えるみたいな、いい話に着地するのかな?」と思いながら読んでいたら、最後の数行で、いきなり怖い展開へと落とされて、「おお!」と思った(笑)。そこに来るまで、特別ホラー展開ではなかったからこそ、逆にラストのオチの鮮やかさが際立ったよね。

  • 三浦

    そうですね。強いて分類すればホラーなのかもしれないけど、この作品に関しては、ホラーというジャンルの「お約束」をあまり重視する必要はないでしょう。これは、心理の綾を読ませる作品なのだろうと思います。だから、ラスト以外の部分に、これ以上怖い展開を盛り込む必要は、特にない。今のままでいいと思います。

  • 編集B

    「毎週金曜日の午後五時半に、必ずかかってくる電話。コールを四回、鳴らして切れる」。前半部分は、この謎に引っ張られて、話に引き込まれました。しかもそれはちょうど、恋人が事故に遭って死んだ時刻。「いったいどういうことなんだろう?」と、興味が湧きますよね。

  • 編集A

    裕紀は、親友の恋人である麻依が好き。でも、麻依の方は、今までそれを知らなかった。涼介が死んだ今、裕紀と麻依は、涼介の思い出を共有する相手として、かえってつながりが強くなったようでもある。ありがちな設定ではありますが、裕紀と麻依は現在、微妙な関係ですね。

  • 編集B

    そういった、今までの経緯やキャラクターの関係性が、話が進むにつれて段々わかってくるように描けているのも、うまいですよね。

  • 編集A

    麻依にかかってきていた電話の謎も、真相が明かされてみれば、なるほどと思えた。かけていたのは裕紀だったんだけど、彼がわざわざ涼介の死んだ時間に電話していたのは、事故現場通いをする麻依の不在を確かめるためであって、悪気はまったくなかったんだね。べつに、死者からの電話を装ったわけではない。でも麻依にしたら、こんな意味深な電話が毎週かかってきたら、そりゃあ「涼介かも」って思っちゃうよね。

  • 編集B

    「コール四回で切れる」というのが、また微妙だし。

  • 編集A

    一方、ラストで裕紀にかかってきた電話ですが、これは涼介からだと思っていいんでしょうか?

  • 三浦

    そうですね。そういうふうに、読者としては思えますね。

  • 編集C

    まあ冷静に考えれば、一番可能性の高い真相は、間違い電話でしょうけどね(笑)。

  • 三浦

    あるいは、うっかり非通知設定のまま、お母さんがかけてきたとかね(笑)。でも、このタイミングでかかってきたら、裕紀としてはやはり、「うわっ」って思いますよね。「え、涼介!? ほんとにかけてきた!?」って。

  • 編集A

    もし本当に涼介からだったなら、「文句があるなら/電話でもかけてこいよ」と言われて電話しているんだから、やっぱり「文句がある」んでしょうね。

  • 三浦

    「俺の彼女を横取りするな」ってことでしょうかね。「なに自分勝手なこと言ってんだ!」と、怒っているのかも。

  • 編集C

    でももしかしたら、「麻依の未来を、俺が貰ってもいいよな……?」に対しての、「いいよ」という返事だったのかもしれませんよね。「幸せになれよ」と。ここは、読者の解釈に委ねているのだと思います。

  • 編集A

    「ラストを読者の解釈に委ねる」ことが、いい締め方にならないケースもあるんだけど、この作品においては成功しているよね。

  • 編集D

    「文句があるなら――」って言った後にかかってくるというところが、非常にうまいですよね。

  • 三浦

    はい。この最後の電話は、裕紀の心にずっと残りますよね。電話を取っていないからこそ。相手が誰かわからないままだから、いつまでもモヤモヤして、「やっぱりあの電話は、涼介からだったのでは……」と、この先ずっと思い続けることになる。逃れられない呪縛になります。普通に考えれば、こんな出来事はただの偶然でしょうね。でも、そういった偶然が、人の心に大きな影響を及ぼすということは実際にあるわけで、この話はそういうことを、とてもうまく描いていると思います。

  • 編集A

    説明していないところがいいですよね。裕紀は電話を取っていない。だから、誰からの電話なのかわからない。そのうえ、コール四回で切れたこの電話に対して、裕紀がどうリアクションしたのかも、まったく書かれていません。裕紀はこの電話を気にかけなかったのか、それとも「怖い」と思ったのか、あるいは逆に「それでも麻依は俺が貰う」と意を強めたのか、読者にはわからない、そういうことを一切書かないままで、作者はすぱっと話を切り上げている。こういうあたりも、非常にセンスがいいなと思います。

  • 三浦

    真相を明かし過ぎずに終わるラストが、この作品ではいい方向に作用していますよね。「あの世からの電話」なのかどうかということ以外にも、この話にはいろいろモヤッとしたものを感じました。例えば麻依は、涼介を失って、辛い日々を送っていますよね。でも、「死んだ恋人のことを、今も一途に想い続けている」というわけではないように思える。彼女の心は、水面下ではもう、新しい方向に踏み出す準備ができているようですよね。たとえ本人が自覚していなくても。

  • 編集B

    裕紀から告白されて、麻依の気持ちは確実に動いていますね。「いつか、彼に応える事ができたらいいなと思ってる」と、はっきり言っていますし。

  • 三浦

    涼介が生きていた頃の麻依は、裕紀に対して、さして特別な思いは持っていなかったのだろうと思います。なのに、涼介が死んで、裕紀に告白された今、麻依の心は裕紀に傾き始めている。なんだかちょっと、「告白されたから好きになったの?」という気が、しなくもない。

  • 編集A

    確かに。「恋人が死んだので、彼の親友に乗り換える」ということになってしまうと、麻依の涼介への想いがどこまで真剣だったのか、ちょっと疑問にも思えてくる。

  • 三浦

    無言電話の相手を涼介に見立てて一方的に話しかけているとき、麻依が「私の不幸を涼介のせいにしちゃいけないよね」と言っていますが、ここもなんだか、ピントのズレた言葉のように思えました。「涼介がいなくて辛い」とかならわかりますが、「私の不幸」という表現は、ちょっとしっくりこないと思う。それに、すごく芝居がかって聞こえますよね。

  • 編集A

    この、麻依が一人語りするシーンでは、気持ちが引いてしまう読者もいるでしょうね。「ずっとこのままじゃいけないの……/私を責めていいんだよ……?/こんな……酷いことを言う私を。/お願いだから、私のことを許さないで。ねえ、何か言ってよ……!」――ちょっと、麻依が自分の悲しみに浸りすぎているというか、なんだか「悲劇のヒロイン」を演じているみたいに見える。

  • 編集B

    台詞に「……」が頻出して、ヒロイン感が過剰になってますよね。でも、もし彼女と同じような状況にいたら、こういう心理状態になる女性は結構多いかもしれない。悲劇のヒロインになりきって自分に酔うことには、一種の快感がありますからね。それに麻依自身には、悪気は全くないと思えますし。

  • 三浦

    そうなんです。私も麻依のことを、決して「嫌な女」とは思いません。恋人のことがすごく好きだったからこそ、その人への思いを共有している彼の親友と、心が近づくというようなことは、十分ありうることだと思います。キャラクターの心の動きとして、納得できる。ただ、すごく共感したり、彼女と一体化してこの話を読めるかは、読み手によるだろうなと思います。麻依というキャラクターは、「ちょっと不幸に酔い過ぎだな」とも思えるし、「でも、こういう人、実際にいるだろうな」「自分だって、こうならないとも限らないな」とも感じる、本当にぎりぎりのラインの上で描かれていると思います。読者が自分の感覚で、読みたいように読める。このキャラクターの描き方の塩梅は、絶妙ですよね。

  • 編集A

    いい人とも悪い人とも言えない感じ。「人間って、こんなもんだよな」と思えます。

  • 三浦

    人間関係の機微とか、人間性の微妙さといったものが、微妙なままに描かれています。読みようによっては、人間のずるさとかドス黒さが感じられもして、ニヤリとしました。それを作者が明確に意図したかどうかはわかりませんが、結果的にそういうものが、この話には入っている。

  • 編集A

    裕紀がまた、微妙に残念なキャラなんだよね(笑)。

  • 編集B

    麻依のことが好きで、支えたいと思っているのは本当だろうけど、このタイミングで告白するのって、「ちょっとどうなの?」って思っちゃうよね。

  • 編集C

    涼介を失って麻依が弱っているところに、つけ込んでいる感じは否めないですからね。むしろ、「涼介が死んでしまったからこそ、麻依に『好きだ』とは言い出せなくなってしまった」とかなら、読者も裕紀を応援する気持ちになれたでしょうけど。

  • 三浦

    今後、麻依と裕紀がつき合ったとしても、そのままうまくいくようには、あまり思えませんよね。これまでの経緯を考えると、この後二人がラブラブハッピーな展開になったりしたら、正直、「それは何か違う」という気がしなくもない(笑)。だから、何とも言えない不気味さのあるラストのホラー展開は、いい引き締めになっていると思います。

  • 編集C

    ただ、キャラクターの描き方がやや薄すぎる感じはしましたね。もうちょっとだけでいいので、彼らの人となりとか、どんな日常を送っているかとか、人物像が浮かぶようなことを書き込んでおいてほしかった。特に、三人の関係性の描き方が足りないように思います。

  • 編集B

    確かに。涼介が死ぬ以前の、三人の具体的なエピソードが、何もないよね。

  • 編集C

    「親友」とか「恋人」とか、そういう言葉だけで、関係性の説明が済まされてしまっています。涼介が生きていた頃、三人がどんなふうに日々を過ごしていたのか、もう少しイメージが湧くように描いてほしい。

  • 三浦

    そうですね。三人が一緒にいたときの描写が、もう少しあったほうがよかったですね。例えば、麻依視点のところに、涼介と裕紀がどんなふうに仲が良かったかとか、三人でこんなふうに楽しく遊んだというようなエピソードを入れる。そして、裕紀視点のところでは、涼介と麻依がどんなカップルだったか、自分がそれをどういう思いで見ていたか、みたいなことをちょっと入れたほうが、話に奥行きが出たと思います。

  • 編集A

    ただ、涼介の内面については、今のまま、あまり描かないほうがいいと思う。涼介の人となりが分からないことが、ラストの怖さを引き立てているわけだから。涼介と裕紀の友情エピソードとかを描き過ぎて、読者に「親友思いの涼介が、裕紀を脅かすような電話をかけるはずがない」みたいに思われたら、ラストのホラー落ちが成立しなくなってしまう。

  • 三浦

    はい。涼介は「空白の中心」のままでいいと思います。それに、キャラクターがある程度「駒」というか、「書き割りっぽい感じ」だからこそ、より効果的になる話というのは、ありますからね。

  • 編集B

    描写の加減は重要ですよね。だからあくまで、「もう少しだけ」エピソードが欲しかったという話です。

  • 編集D

    場面描写なども、「もう少しだけ」欲しかった。室内の様子を少し描写するだけでも、映像が浮かびやすくなりますから。

  • 編集B

    そうだね。例えば、「昼休み、私たちは学食にいた。」とあるけど、これだけでは場面が見えない。「混雑した昼休みで」とか「やっと二人分空いている席を見つけて」とか、ほんの少しの描写があるだけで、読者が受ける印象は全然違ってくる。もっとも、描写しすぎて変にリアルになってしまうのも、この作品には合っていないと思うので、やはり塩梅には気をつけてほしい。

  • 編集D

    この作品に関しては、各シーンで一、二行描写を足す程度が適当かなと思います。

  • 編集A

    あと、大学で何を勉強しているのか、何年生かとかも、よくわからないよね。こんなところも、もうちょっとだけ書いておいてほしかった。

  • 三浦

    それから、二枚目の最後で、場面が急に学食に移りますよね。ここは、直前を一行空きにして、場面転換をはっきり示した方がいいと思います。

  • 編集A

    細かい指摘は、いろいろありますね。でも、とにかくオチが見事についているのがいいなと思って、私は高評価をつけました。

  • 編集F

    読み筋がくっきりしている話なので、読者も迷わずに読めますよね。

  • 編集C

    書き過ぎないで切り上げて、「読者に解釈を委ねる」というラストも、ホラーの一種の「型」で、それがきれいに決まっているなと思います。

  • 三浦

    そうですよね。ただ、それだけに、ちょっと既視感はありましたね。「型通り」だと、どうしても、「ありがちな話」になる。でも、型から外れすぎると、今度は読者が物語を受け止めにくくなってしまうので、そこのさじ加減は重要です。この話は、いろいろな点で、バランスがよかったと思います。キャラクターの描き方も絶妙だし、オチのつけ方も絶妙。多少ありがちではあっても、三十枚の中で、非常にうまくまとまっていると思います。作者が描きたかった物語が、読者にちゃんと伝わる作品になっていて、とてもよかったですね。

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