編集F
非常に安定感があって、読みやすい作品です。僕はイチ推しにしました。けっこう既視感のある話なんですが、ありがちな設定をちょっと外してみたりしている。特に、主人公の青年の方が実は鬼だったというのは、意外性があってよかったですね。書き慣れている感じだし、いろいろな話が書ける方なのかなと期待が持てます。
小説を書いて応募したい方・入選した作品を読みたい方はこちら
第185回
渡る浮き世の鬼退治
艦田オグリ
36点
非常に安定感があって、読みやすい作品です。僕はイチ推しにしました。けっこう既視感のある話なんですが、ありがちな設定をちょっと外してみたりしている。特に、主人公の青年の方が実は鬼だったというのは、意外性があってよかったですね。書き慣れている感じだし、いろいろな話が書ける方なのかなと期待が持てます。
主人公と尊流の掛け合いの部分は、とても楽しく読めました。
うーん、私はこの二人の会話、どっちが喋ってるのかよくわからなかった。二人の個性の違いが、あんまりはっきり出てないよね。
私はそんなに引っかかりませんでした。せっせとたこ焼き作ってる働き者が主人公の銀太郎で、なんにもしてない万年寝太郎みたいなのが尊流です。
もちろんそれはわかるんだけど、二人の会話が始まると、「え、どっちがどっち?」って思っちゃう。台詞の部分だけを読んで、「これは○○の台詞だ」って、わかります?
気の抜けたような、「……」が多い台詞が、尊流の方なんだろうなと。なんとなく見当がついた感じです。そんなに苦労せずに読めました。
私はダメだった。やっぱりもうちょっと、二人のキャラの違いをくっきり出した方がいいと思う。台詞だけを読んでも、誰が喋っているのかが明確にわかるくらい、特徴的なものが欲しかったです。
終盤で、鬼に変身した銀太郎の台詞が、カタカナになりますよね。確かにあれは、見分けやすかったけど……
字面でどうこうするのではなくて、口調に特徴をつけてほしいんです。同じ内容の台詞でも、「誰が喋るのか」によって、言い方も言葉遣いも、いろいろ変わってきますよね。そういう辺りに、もっと工夫が欲しかった。
わかります。表記の仕方とかの表面的なことではなくて、「その人物ならではの台詞」を書いてほしいということですよね。
それに、台詞をカタカナにされると、正直読みづらいので、あんまりしてほしくないです……(笑)。
べつにカタカナにする必要も、本来ないですよね。「その人物らしい台詞」を書くことさえできていれば、通常の表記のままでも、「あ、銀太郎は今、鬼に変化してるんだな」ということは、読者に伝わるはずですから。どういう台詞にするかというのは、文章だけで表現するしかない小説において、けっこう重要なポイントだと思います。
そうなんです。もちろん、できることなら、口調だけではなく、二人の性格の差についても、もっと違いが分かるように描写してほしいですけど。だってこれ、言ってみれば、「バディもの」だよね。二人一組の主人公が、力を合わせて事件を解決するような系列のお話。こういう話の場合、その「二人」は極端に性格が違うことがほとんどだろうし、またそうでなければ面白くない。でもこの作品においては、二人の青年の雰囲気に、それほどの差を感じられない。もっともっと、この二人に相反する個性を持たせてほしい。
尊流のキャラは、私は結構好きでしたけどね。普段はゴロゴロ寝てばかりなのに、実は天才祓い師で、闘うときはすごいとか。悪態ついたり、どうでもよさそうな態度を取っていても、ほんとは思いやり深いとか。
うん、そういうのはすごくいいと思う。でもだからこそ、やっぱりもっと、キャラづけをくっきりしてほしかった。私がここまで引っかかるのも、非常にもったいないなと思うからです。というのもこの作品、ものすごくおいしい設定だよね。本当なら、萌え萌え状態で、とても楽しく読めたはず(笑)。でも、惜しいかな、そうはならなかった。すごくいい設定なんだけど、キャラクターがそれについていけていない。だから、物語ではなく、おいしい設定だけを読まされている印象でした。どうにも話に入り込めなかった。
実は私もです。お話が、ストーリーではなく、設定の説明になっている感じがしてしまって……。そもそもこの話は、三十枚という枚数に合っていないと思います。
確かに。大きな話の一部だなと感じますよね。
でも、同じ設定で長編を書こうとしたとき、主役の二人を明確に描き分けられず、台詞も見分けがつかないままでは、面白い作品に仕上げるのは非常に難しいと思う。
それに、キャラクターにもう少し色気のようなものが欲しいですよね。魅力というか、魅惑というか。だって、やっぱりこの話において重要なのは、たこ焼き屋をやっている二人が、どんな感じのいい男なのか、ってことじゃないですか。そこがあまり、伝わってこない。
そうですよね。しかも、タイプの違ういい男が二人、という点も重要です。読者はそこに萌えるわけですから。でも現状では、この二人がどんな外見をしているのかすら、よくわからない。年格好も分からなければ、イケメンかどうかもはっきりしない。それでもまだ尊流の方は、なんとか想像できなくもないんですが、主人公に関してはほとんどイメージが湧かないです。
主人公の一人称で書かれているせいもあるでしょうね。一人称の場合、自分の外見の説明はなかなかしづらいですし、説明を試みても、どうしても不自然なものになりやすい。とはいえ、何とか工夫してほしいですね。ほかの登場人物が主人公の外見について語る台詞を、さりげなく入れる、というのが一般的な解決法だと思います。あと、一人称に関してもう一つ言うなら、一枚目の「僕の名前は鳴神銀太郎。たこ焼き屋を営んでいる。」というような自己紹介の仕方は、ちょっと古いんじゃないかという気がします。
確かに(笑)。「私、○○。高校二年生。」みたいな文章で始まる作品、昔はいっぱいありましたね。
はい。私も楽しく読んでいました。でもやっぱり、今こういう書き方をするのは、ちょっと古臭く感じられてしまう。それから、例えば十八枚目で、「僕らはいま、雪乃さんの住むマンション近くの公園にいる。」とありますね。これ、モノローグというより、読者への状況説明ですよね。
そうですね。テレビのナレーションみたいな感じになっています。
考えてみれば、「僕の名前は鳴神銀太郎。」という文章も、読者へ向けて書いているわけですよね。ということは、「僕」は、読者の存在を知っていて、意識的に読者に向かって語りかけていることになる。でも、全編そういう書き方になっているかというと、そうではない。一人称で語られる「僕」の言葉が誰に向けてのものなのか――読者への説明なのか、それとも内心を一人で語っているだけなのか、そういう辺りが統一されていなくて、中途半端に混ざり合っています。そのため、どういう物語なのかを読者が捉えにくくなってしまうんです。同じ一人称のようでいて、「僕」の内心の語りとして書くことと、「僕」が読者に語りかけている形式で書くこととは、別物です。一人称の罠なので、十分注意してほしいですね。加えて、描写の密度みたいなものが、まばらになっている印象がありました。濃度の濃いところと薄いところができてしまっていて、像を結びにくい。そのせいで話に入り込みにくい、というところもあったと思います。この作品は、一人称にしない方がよかったかもしれませんね。
三人称で書けばよかったかもですね。あるいは、一人称にするなら、主人公の語りを、もっと大胆に、突き抜けた感じにするとか。
そうですね。もう思い切って、「僕は銀太郎! こいつは尊流!」みたいな(笑)。明確に、最初から最後まで、読者に語りかけるやり方で。
それなら、「俺は鬼だけど、中身は意外と繊細なんだよ」みたいに、自分のことを読者に堂々と説明できますしね。
鬼に変化するシーンも、「うわあー! いやだ~~、こんなムキムキな体になんかなりたくないのに~~~」とかね(笑)。もう明確に、そういう書き方に固定する。その方が情景が浮かぶし、作者としても書き易かったのではないかと思います。臨場感も出ますしね。
今の書き方は、ライトな語り口のように見えても、割と淡々と語っているように感じられますからね。
あと、三十五枚目に、「欠伸をついた」とありますね。ちょっと聞き慣れない言葉だと思うのですが……
私も、聞いたことがないです。
作者の住んでおられるところでは使われているのかもしれませんが、自分にとってなじみのある言葉が、一般的な言い回しではないということもありますからね。そういう辺りについても、ちょっと意識してみるといいかもしれません。
ところで、私はラストの展開がかなり引っかかった。「恋人は死んだけど、彼の子供がお腹に宿っているから、その子を産んで大切に育てていきます。幸せです」みたいな終わり方になっているけど、これって本当にハッピーエンドと言えるのかな?
それは私も感じました。だってこの先、一人で子供を育てながら生きていくわけですよね。たとえ、彼の実家が多少援助してくれたとしても、苦労も多いと思う。このラストの雪乃さんの状況については、私は諸手を挙げて「よかったですね」というふうには思えないです。
そうなんです。もちろん、「愛した人の形見だから、産んで育てたい」と思う人はいると思う。でも……
はい、もうちょっと雪乃さんに葛藤があってしかるべきなのでは、と。
本当なら、死んだ恋人の子供を妊娠しているというのは、ものすごく悩み苦しむ状況だと思う。でも、なぜか雪乃さんは、あっさり喜んでいる。そこがどうにも引っかかるんです。結局、雪乃さんを助けようとして、恋人だった男性は死んだんだよね? つまり、「彼が死んだのは雪乃さんのせい」ってことになってしまう。鬼は祓ってもらえたけど、これから雪乃さんは、改めて彼の死の責任を感じ、苦しむことになる。でもそれでは、お話の締めくくりとして後味が悪い。だから、雪乃さんを幸せな形で物語から退場させるために、「妊娠していて嬉しい」という展開にしたように感じられてしまう。こういう結末のつけ方は、ちょっと安易かなと思います。
べつに妊娠させなくてもいいですよね。ハッピーエンドにしたければ、他にいくらでも書きようはある気がします。
あと、この作品は枚数が六枚オーバーしています。三十枚に対して六枚ということは、二割ものオーバー……ちょっと多すぎです。改めて、応募規定は守ってくださいとお願いしておきます。
規定枚数をわずかでも超えたら、選考からバッサリ落とすということはありません。実際、この作品も最終選考まで残っている。でも、「規定を守っていないけど受賞」するには、相当レベルの高い作品でないと難しいです。
それにこの作品なら、じゅうぶん三十枚に収められたはずだと思います。ちょっと話のテンポが遅いなと感じるところが、いくつもありました。例えば、雪乃さんがたこ焼き屋に相談に来る場面。事情を一通り説明し終えた雪乃さんを、尊流たちはいったん帰しますよね。銀太郎は、「準備を終えたらすぐ向かいますから、待っててください」と言っている。だから私は、「準備が必要なんだな。術を使う前に潔斎でもするのかな」と思って読んでいたんです。でも実際は、彼らは何の準備もしていない。いったい何のために、雪乃さんを帰したのかな?
そうですね。相談を受けた後、すぐにスポーツバッグをパッと掴んで、雪乃さんと同行すればよかったですよね。
冒頭のシーンも、不必要にページを食っていると思います。本筋の話が、なかなか始まらない。こういうあたりを刈り込んで整え直せば、枚数をオーバーすることなく書けたと思います。
いろいろ惜しいなと感じますね。主人公たちの相棒関係とか、鬼を祓う裏稼業とか、バトルシーンで依頼者の女性の服が破れるとか(笑)、お約束的なお楽しみ要素がいくつも盛り込まれている。型通りではあるんですが、安定感があって面白く読めました。おそらく作者さんは、こういうエンタメ作品が好きで、よく読んでいるんじゃないかな。自分の好きな世界を、楽しみながら書いているのが感じられるところは、とてもよかったです。
「銀太郎は実は……」というどんでん返しにも、工夫が感じられました。
設定はすごくよかったです。だからこそ、それを存分に活かすにはどうすればいいのかを、ぜひ再考してみてほしいですね。キャラの描き方という点でも、内容に合った枚数という点でも。物語自体は作り慣れているのかなと思えるので、今後に期待したいですね。