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選評付き 短編小説新人賞 選評

ウブな暗殺者

丹羽夏子

27

  • 編集A

    登場人物は二人だけ。主人公の「彼」と、暗殺者の「少女」だけなんですが、この二人の会話のやり取りがとても楽しかったです。

  • 編集B

    こういう掛け合いが好きな読者は、けっこう多いだろうなと思います。

  • 編集A

    「少女」の、暗殺者としてのダメダメぶりも、かわいかったですよね。ただ、話そのものは、あまり面白いとは言えなかった。

  • 編集F

    まず、作品舞台がよくわからないです。とりあえず、「西洋風ファンタジーという設定なのかな?」と思って読みましたが、「アラビアもの」として読むことだって十分可能です。どういう世界の話なのか、ものすごく曖昧ですよね。

  • 編集A

    いろいろ描写してる割に、場面の状況が全然見えないんだよね。

  • 三浦

    そうですね。小説的な描写に、まだあまり慣れてらっしゃらないのかなという気がしました。例えば冒頭の襲撃シーン。刃物を投げつけられて、「彼」はランタンを地面に投げ捨てます。硝子が割れて、炎が消えかかり、辺りは暗くなる。なのに彼は、「左斜め後方に立つ広葉樹の上から、黒い影が飛び降りてきた」ことを認識できています。これはちょっとおかしいですよね。暗い中、「左斜め後方」の様子をどうやって見ることができたのでしょう? それにそもそも、後ろから刃物が飛んできたら普通、その飛んできた方向をパッと振り向くはずじゃないかな。なのに彼は、そうしない。地面に屈み込んで、ランタンを近づけて、投げつけられた刃物を観察したりしている。そのあとようやく、刃物の飛んできた左斜め後方を向こうとしたら、また刃物が飛んできたので、彼はランタンを投げ捨て、刃物を剣で弾き飛ばす。さらに三本目の刃物が飛んできて剣で薙ぎ払いますが、それでもまだ、彼が「振り向いた」という明確な描写はない。襲撃者に背を向けたまま、闇の中で剣を構え直そうとしていたら、「黒い影」が斜め後ろから飛び降りてきて――この場面の「彼」の一連の動きは、すごく妙だし、まどろっこしいです。後ろから刃物が飛んできたら、すぐさま振り向いて、応戦すればいいだけなのでは? 人物の動きや、状況の流れが、どうにもぎくしゃくしています。

  • 編集A

    ほんの何秒かの出来事について、人物の一挙手一投足を頭の中でゆっくり追いかけながら、全部書き留めていったんでしょうね。だからかえって、不自然な描写になってしまっている。せっかくの襲撃シーンなのに、緊迫感もまったくない。

  • 編集C

    アクションシーンの描き方は、もうちょっと勉強した方がいいね。

  • 三浦

    あと、飛び降りてきて眼前に立った「黒い影」に、「鈍く光る瞳」があるのを見て、主人公は「(相手は)人間だ」と思ったらしいですが、これもおかしい。刃物を投げつけてくる動物なんて、まずいないでしょう。暗殺芸を仕込まれた猿、という可能性も捨てきれませんが(笑)。一本目が飛んできた段階で、まあ十中八九、後方にいるのは人間だろうとわかるはずですよね。こういう辺りも、もう少し書き方に気をつけた方がいいですね。どうも全体に、描写がうまくいっていないところがいろいろあって、気になりました。

  • 編集A

    登場人物が二人しかいないのに、二人とも名前がありませんよね。最後まで、「彼」「少女」という表記で書かれている。わざと固有名詞を出さなかったのかなとも考えてみたのですが、そんなことをする意味がよくわからない。特別な演出上の意図がないのであれば、キャラクターに名前くらいはつけてほしかった。

  • 三浦

    私は、二人の年齢がわからないのが、非常に引っかかりました。暗殺者の「少女」は何歳くらいなのでしょう。「世の中には幼い娘の方が好みだという変態もたくさんいる」とか「俺が幼女趣味の買春野郎だと思われたら~」などという台詞が出てきますが、まさか本当に「幼女」なのでしょうか?

  • 編集A

    いや、そこまで幼くはないんじゃないかな。「年頃の娘」とか「今時の若い娘」といった言葉も出てきますから、思春期くらいの年齢だろうと思います。でも、はっきりしたことはわからないですね。

  • 三浦

    「彼」の年齢も書いてありませんね。

  • 編集A

    はい。「少女」の台詞の中に、「若い男」という言葉が出てくる程度ですね。

  • 三浦

    でも、「彼」の台詞を読むと、「若い男」が喋っているようには感じられない。「まったく、今時の若い娘はどうなっているんだ。刃物を握るのは料理のときだけにしろ」とか、「冷えは女の大敵だろう」とか、「嫁入り前の娘に傷跡をつけても、今の俺は責任を取って結婚することはできない」みたいなことを言っていますね。女性に対する価値観がものすごく古臭くて、明治生まれのおじいちゃんなのかなあと……(笑)。いや、作中のこの国では、こういう女性観が一般的だ、ということなのだと思いますが。

  • 編集A

    「彼」は「少女」を子供扱いしていますから、歳の差がけっこうあるのかもしれませんね。「年頃の少女」と「若い男」と言っても、それぞれ年齢には幅がありますから。十七歳と二十歳の男女なのか、それとも十三歳と二十八歳なのか。そういうことによっても、話は変わってくる。

  • 三浦

    やはり、登場人物の年齢は、ちゃんと書いておいてほしいですね。「○○歳」とはっきり書かないまでも、読者が年齢をある程度具体的にイメージできるくらいには、ほのめかしたほうがいいと思います。

  • 編集A

    現状では、二人の間に男女の関係が芽生えそうな感じは、あまりないですね。

  • 編集F

    その割に、「船賃はからだで払う」とか「純潔を失うことと引き換えに、暗殺を成功させる」みたいなやり取りが何度も出てきて、違和感がありました。どうしてそんな要素を、やたらと入れ込んだりするのかな?

  • 三浦

    「彼」は「少女」を子供扱いしつつ、なぜかやたらと「女扱い」もしていますよね。

  • 編集G

    十一枚目で、「彼」に「(治安の悪い場所で野宿なんかして)変なことをされたりしなかったか?」と言われて、「少女」が頬を真っ赤に染める場面がありますね。私はこれは、「少女」が「彼」に恋愛感情を抱き始めていることを表しているのかなと思いました。「少女」は今まで、誰からもあまり大切に扱われてこなかった。体つきも子供で色気など全くないから、女として扱われたこともない。なのに、そんな彼女のことを、「彼」はひどく案じてくれる。「女の子なんだから、自分の身体をもっと大切にしろ」みたいなことを真剣に言ってくれる。自分を女として気遣ってくれる人に初めて出会い、「少女」の心が動いたのかなと。

  • 編集D

    なんとなく「彼」のほうも、女性としての「少女」に好意を持っているように思えます。ラストでは、彼女が同行することを受け入れていますし。でも、彼が彼女のどこを好きになったのか、正直よくわからない。出会った瞬間に一目惚れした、みたいな経緯でもあれば、まだ納得できたんですが。もちろんその場合、「彼」が彼女をどうして好きになったのかということを、読者を納得させられる形で描く必要がありますけど。

  • 三浦

    「少女」を心身ともに幼い設定にしているので、大人の男性が恋愛感情を抱く対象であるようには思えないんですよね。「彼」は本当は十六歳で、「少女」は十四歳なのかもしれないですが。年齢をはっきりさせないことで生じるモヤモヤが、ここにも影響を及ぼしています。

  • 編集G

    だからラストで、「彼」がなんだかロリコンっぽい感じになってしまっているんですよね(笑)。

  • 三浦

    はい。はっきり言って「彼」は、なんだかちょっとオヤジ臭い(笑)。やたらと「女は、こうであれ」みたいなことを言っていて、考え方も旧弊に感じられてしまいます。「彼」の描き方には、すごく引っかかるものがありました。女の子の純潔がどうのこうのという要素については、一種の「萌えネタ」でしょうから、ストーリーに盛り込むこと自体はかまわないと思います。でも、そういう話題を振られた男性キャラが、そこでどういう反応を見せるかで、かっこいいヒーローになれるかどうかが決まるんじゃないでしょうか。その点において、「彼」は今ひとつだなと感じます。幼さの残る少女から、「私の純潔をお前にやる」とか「船賃はからだで払う」みたいなことを言われて、「彼」は、「ツケにしよう支払いは五年後お前が美女に成長したら頼む」と返している。「五年後」とか「美女なら頼む」とか、ずうずうしいというか、「貴様のご面相を見せてみろ!」というか(笑)。こういう返しをする男性を、私はあまり「素敵」だとは感じられませんでした。せっかく若い王子様という設定なのですから、もう少し魅力的な青年に描いてほしかった。そこが非常に残念ですね。

  • 編集E

    おそらく作者としては、これも「楽しい掛け合い」のつもりで書いているのだろうと思います。でも、ちょっとうまくいっていないですね。作者はたぶん、幸せを知らずに生きてきた不器用な女の子が、自分を救ってくれる王子様に出会った、というような話を書きたかったんじゃないかな。でも、今ひとつそういう話に仕上がっていない。

  • 三浦

    そうですね。本来はロマンティック・ラブコメみたいな話を目指していたのかなと思います。ラストで押しかけ女房みたいになる「少女」も、ちょっとツンデレっぽい感じですし。ただ全体に、ラブコメと言えるほどの恋愛感はない気がします。

  • 編集A

    「少女」は「彼」に本気で恋をしたというよりは、「私をけっこう大事にしてくれる人だし、暗殺組織からも抜け出したいし」という気持ちもあって、彼についていくことを選んだようにも見えますね。

  • 三浦

    ラストで「少女」が、「組織は抜けてきた」とあっさり言っていますが、どうしてこんな簡単に暗殺組織を抜けられるのか、不可解です。それに「彼」は、国外に出れば暗殺対象から外れるのでしょうか?

  • 編集E

    王位継承権絡みということなら、「存在」自体が問題なのですから、どこへ逃げようと追われ続けるはずですよね。

  • 編集C

    そもそも、「彼」を暗殺する意味がわからない。

  • 編集F

    第四王子なんて、今殺す必要はないですよね。王位継承権が回ってくるのは、相当先の話です。

  • 三浦

    もし現王(長兄)が死んで第二王子が即位したとしても、その彼に息子ができれば、その子が王太子になる。その場合、「彼」の継承順位は上がりませんよね?

  • 編集E

    結局、三人の兄とその息子たちが全員死ななければ、彼の番は回ってこない。「彼」が王になる可能性はものすごく低いです。

  • 三浦

    むしろ、「彼」を第二王子に設定した方が良かったんじゃないかな? 弟の第三王子が王位を継ぐ気満々で、「彼」の命を狙っている、とかならまだわかるんだけど。

  • 編集E

    あるいは、すでに「彼」が立太子しているのに、今になって現王に息子が生まれ、その子に王位を継がせたい現王が「彼」を殺そうとするとか。とにかく今のままでは、暗殺理由に説得力がなさすぎる。なんとなくの雰囲気だけで、「継承権争い」とか「暗殺組織」とかを描いてしまっているように思えます。

  • 編集A

    いくらターゲットの重要度が低いからって、こんなにもお粗末な暗殺者を送り込んでくる暗殺組織というのも、ありえないですよね。

  • 三浦

    まあ、暗殺組織も間が抜けてて、暗殺者も役立たず、王子もさほど重要人物ではなく……という、ちょっとユルい設定の中で掛け合いを楽しむような、そういう話を書きたかったのかもしれません。でもやはり、基本設定はもう少しきっちり詰めたほうがいいですね。「なぜ命を狙われるのか、あまり筋が通っていないのでは……?」と読者に思われてしまうのは、得策ではないです。

  • 編集B

    人に読まれるということを、まだ意識せずに書いている感じですね。

  • 編集F

    でも、作者が楽しんでこの作品を書いていることは、すごく伝わってきました。そこはよかったと思う。

  • 三浦

    はい。それに、読者を楽しませようとしているのも感じられます。話の展開は王道ですよね。「少女」が何回も「彼」を襲ってきて、失敗ばかり続くんだけど、でもその都度二人は少しずつ距離が縮まって、ついにはベッドの中にまで……みたいな(笑)。たしかにときめく展開で、好む読者は多いだろうと思います。私もけっこう好きです、こういう展開のお話。ただちょっと、まだ小説の作法に無自覚というか、不慣れな印象を与える文章になってしまっている。いろいろわかりにくいところも多かったので、まずは描写力を磨いていってほしいですね。

  • 編集A

    現状では、作品舞台もよくわからなければ、登場人物たちの名前、年齢、外見などもほとんどわかりませんからね。

  • 三浦

    設定をもう少ししっかり作ったうえで、それをどう描けば読者に的確に伝えられるのかということを、考えてみてほしいですね。

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