編集A
決してうまいとは言えないんですが、引き込んで読まされる作品です。私はイチ推しにしました。
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第185回
入選作品
意思のつなぐ花
栗栖祐
36点
決してうまいとは言えないんですが、引き込んで読まされる作品です。私はイチ推しにしました。
すごくよかったですね。感動して、ちょっと泣きそうになりました。はっきり言って、完成度の高い作品ではないです。小説を書き慣れているようには思えないし、文章的にはむしろまだまだなのですが、それを補って余りあるほどの熱量を感じる。
読む者に、強く訴えかけてくる力がありますよね。
はい。小説を書こうと思うきっかけには、主に二つのパターンがあると思うんです。一つは、「あのとき、自分がこうできたらよかったのに」とか「世界がこうであったらよかったのに」というような、実現しなかった自分の理想を、せめて小説の中で実現させたい、という思いから着想するパターン。もう一つは、「もし、あの局面で自分がこういう選択をしてしまっていたら、ひどいことになっていただろう」というような、「一歩を踏みとどまらなかった場合の、その先」を描きたい、という暗黒の思いから着想するパターン。この作品は前者だと思います。作者自身の思いが主人公に託されて、ほとばしり出ている感じがする。近しい人の死を初めて間近で体験した主人公の、「こうできたらよかったのに」とか「もっと、こうであったら救われたんだろうか」というような、後悔や悲しみの思いが痛いほど伝わってきて、非常に胸を打たれました。書きたいものが明確にある作品というのは、やっぱり迫力が違いますね。
作者が、書きたいことを真正面から書いているというのは、作品全体からひしひしと伝わってきます。ただ、題材が題材なので、ちょっと重たい感じがするというところもあるかな。明るく楽しく読める作品とは言い難いような気もしますが……。
確かに、扱われているテーマは、非常に深刻です。でも、ユーモアのある書き方にもなっていますよね。私は読んでいて、そんなに重苦しい気持ちにはならなかった。結局おじいさんは亡くなってしまいますが、家族や周囲のひとに見守られて、大往生ですよね。それに、この作品は、キャラクターの描き方が軽妙なところが多い。おじいさん、とってもチャーミングです。
主人公が食べているドーナツを自分も食べたくて、じーっと見てたりとかね(笑)。
酸素吸入器のチューブで遊んだりね(笑)。
そうそう、鼻に当てられても、すぐにヘアバンドにしちゃう(笑)。しかも、際限なくしつこく繰り返すんですよね。ここは笑えました。あと、ボケてはいても、美人の女医先生には鼻の下を伸ばしてたりね。
訪問介護士の月島さんもよかった。「はいっ、口開けてぇ! はい噛んでっ! はい飲み込んで!」って、ニコニコしながらスパルタなんだよね(笑)。豪快に笑いながら、でも細かい気配りもぬかりない。遠慮のなさと、さりげない配慮が同居しているところが、すごくプロっぽいと感じる。こういう人物描写ができているのは、とてもいいなと思います。モデルとなる人物でもいるのかな? だとしても、よく人間観察できていると思う。
父親の描き方もいいなと思った。
私は正直、ちょっとイラつきましたけどね、この父親(笑)。作者は、「実はお父さんにも、おじいちゃんへの思いがちゃんとあったんだ」みたいに描こうとしているようですが、私には好ましい人物には思えませんでした。
うん、頑なで、とっつきにくい男です。でも、だからこそうまいと思った。こういう父親、実際にいるよね。面倒ごとは全部家族に押しつけて、「我関せず」という態度で暮らしている。でも、じゃあ奥さんはそんな夫に文句たらたらなのかというと、そうでもなくて、「あの人は、ああいう人だから」と、さほど気にしていないように見える。この夫婦の塩梅は、非常にいいと思う、作りものっぽくなくて。家族というものを正直に描いたら、こういう感じになるんだろうなと思える。
主人公の描き方もナチュラルだよね。嫌な感じのまったくしない女の子になっていて、すごくよかった。この子、とてもいい子ですよね。
それでいて、いい子ぶってるところもないですしね。おじいさんが亡くなる場面で、主人公が過去を謝罪しつつ、「ありがとう! ありがとう! ありがとう!」と泣くところなんて、胸にじーんときますよね。ただ一人、主人公の祖母、おじいさんの妻の存在感が、非常に薄いのはちょっと気になった。ほとんど登場してこないけど、まだ生きてこの家に住んでるんですよね? まあ、お年寄りなのは間違いないでしょうから、介護の担い手としてあまり出番がなかっただけかもしれないですけど。
全体的に、キャラクターの描き方は、非常にうまいですよね。
うーん……僕は、実はこの作品、あまり高評価はできなかった。作者に書きたいことがあるというのは、すごくわかるんです。でも、文章とか構成とかに、粗が多すぎる。そこが非常に引っかかりました。読者に伝えたいことがあるならなおさら、それがしっかりと届くように、努力なり工夫なりをもっとすべきではないかと思えて。
確かに。原稿の見直しすらしていないのでは、と思える箇所は、いくつもありました。
文章の間違いとかは、あちこちに見られますね。たとえば四枚目から五枚目にかけての、「よってこの家は、/住むことを前提にこの家は建てられている。」、のところ。「この家は」が重複しています。また、十四枚目から十五枚目の、「だけど同時に、本人は自分の置かれていた状況がよくわからなくて、不安という奈落の底に突き落とされたような感覚になって、いつも悲しそうな表情を浮かべてしまう。」というところ。主語と述語がうまくかみ合ってなくて、意味が取りにくいです。「不安という」から後の部分に書かれていることが、おじいさんの気持ちなのか、主人公の気持ちなのかがよくわからない。こういう感じの文章が、他にいくつも見られます。文章の意味が取りづらいのでは、せっかく作品に入り込もうとしている読者をはじくことになってしまう。もうちょっと丁寧に、じっくりと文章を練ったほうがいいですね。そうそう、五枚目の、「お父さんは我が家に嫁いできて」というところも、読んで一瞬、「???」と思っちゃいますよね(笑)。
入り婿ってことを言ってるんでしょうけど、確かにこれはわかりにくいですね(笑)。
文章もさることながら、私は時系列の乱れがものすごく気になりました。そのせいで、どうしても話に入り込むことができませんでした。場面や時間が行ったり来たりしていて、話の流れがスムーズに理解できない。頭の中を整理するのに気を取られて、せっかくいい話なのに、読んでいても内容が心に届いてこなかった。
たとえば十五枚目。「(ドーナツを食べたのが、じいちゃんの)最後の食事になった。」「あれからドーナツを見るとつい、(まだ生きていた頃の)じいちゃんの姿を思い出して、胸がギュッとなる。」とあるので、「あ、おじいさん、死んだんだ」と思うよね。だから、一行空いた次のシーンでは、おじいさんが死んだ後の話が始まるのだろうと思っていたら、なんとおじいさんはまだ生きている。ここ、時間が前後していますよね。
「あれからドーナツを見ると」のところは、未来の時点から振り返って、過去を見ている一文ですよね。この文章を語っている主人公は、おじいさんが亡くなった後の世界にいるはず。なのに、次のシーンからはまた、介護生活が「現在」の視点で語られている。
おじいさんに添い寝するシーンがあって、その次は、美人女医の訪問診察のシーン。介護生活の描写がまだまだ続くのかなと思いながら読んでいたら、不意に「(お医者さんの)呼び出しも今夜で最後だ。」という文章が出てきて、急に臨終シーンになる。
ここもおかしいよね。「最後の診察」になるかどうかは、おじいさんが亡くなった後からでしか言えない言葉のはずだから。
現在のことを書いている最中に、回想シーンが出てくるところとかもあって、さらにこんがらがります。時系列のブレが、読者をひどく混乱させている。こういう辺りは十分気をつけてほしいですね。洗練されていないなと感じられてしまいます。
あと、構成ももうちょっと考えた方がいい。おじいさんに関するエピソードがいろいろ語られているんだけど、どれもブツ切りにただ出てくるだけになっている。たとえば、一枚目の野球に関するエピソードも、ここだけで終わりだよね。「おじいさんの畑」という要素も、ラスト近くになって急に出てくるし、出たと思ったら、すぐ次のシーンで使われている。
「おじいさんの畑」を、無関心だった主人公の父が自ら引き継ぐ気になったらしいということで、物語をいい雰囲気で終わらせようとしているんだけど、ちょっと展開が唐突で、感動が盛り上がりきらない。もう少し早く、何らかの前振りをしておく必要があるよね。
そうですね。畑に関するエピソードを、最初の方にも少し入れておいたらよかったですね。あと、おじいさんの「お直し道具棚」のくだりも、他のエピソードとまったく絡んでいません。これももったいないと思う。たとえば、この棚にチューリップの球根が置いてあったという描写を、どこか前の方に入れておいたらどうでしょう。そうすればエピソードにつながりができるし、ラストで、「あ、お父さんも、おじいちゃんの『道具棚』を覗いたんだな。そこで球根を見つけたんだな」「お父さんも、本当はおじいちゃんのことを思っているんだな」ということが、より読者に伝わりますよね。
小説の技術的な面に関しては、まだまだ改善の余地が多いですね。
でも、認知症が進んでいくおじいさんの様子とか、介護にまつわる様々な描写とかが、すごく細かくて、リアリティがあっていいですよね。人の死とか介護生活を初めて体験する高校生の主人公の、心情や言動の描き方にも、すごく実感がこもっていた。もしかしてこれは、作者が実際に体験したことなのかなと思ったりもするのですが。
私もそう感じました。
体験しないと、ここまで細かな描写はできないでしょうね。
どうしても、過去の実体験を元に書かれた話のように感じます。だから、高校生という設定の主人公の視点と、かつての自分を思い返している現在の作者の視点が微妙に混ざってしまって、時系列が統一されていないのではないでしょうか。時間の流れが今ひとつ定まっていない印象なのは、そのせいもあるのかなと思います。
わかります。だから、とりとめのない書き方になったのかも。
確かに、「思い出すまま、筆を走らせた」という感じですよね。でも、これはこれで、味わいがあるようにも思います。
同感です。小説の出来としてはいいとは言えないんだけど、不思議な吸引力がありますよね。
時系列にブレがあることが、逆に作品に生々しさを与えているように思います。作者が、書くうちに、「そういえば、あんなことがあった。こんなこともあった」と思い出されてきて、どんどん気持ちが盛り上がっていったような印象を受ける。構成を練るとか、上手な小説に仕上げるとか、そういう次元とはまったく別の、込み上げてくる思いに突き動かされて書いた、ということなのかなと。いや、でもやっぱり、小説の完成度という面からすると、時系列のブレは直したほうがいいですけどね(笑)。
作者に実体験があるかどうかも、定かではないですしね。あくまでこちらの推測なので。
はい。ただ、やっぱりここまで切実な作品になっているのは、作者の思いが強く込められているからでしょう。描かれていることが、そっくりそのまま作者の実体験ではないかもしれませんが、現在の作者が何らかの後悔みたいなものを抱えていて、それについての、「あの時、ああすればよかった」「もっとこうできればよかったのに」という痛切な思いを作品に投入したのではないかと思えてしょうがない。だからこそ、こんなにも胸を打つ作品になったのだろうと思います。それに、実体験に基づいているか否かにかかわらず、私の中で評価が高いことには変わりません。体験したことを、真に迫る描写で小説にできるというのは、素晴らしいことです。なにかを体験したことがある人がみんな、それをうまく小説化できるわけではないのですから。そして、もし体験していないのに、見聞きしたことや調べたことを元にして、ここまでリアルな表現ができたのならば、それはやはりすごい力量です。
確かに。人物にしても、実在のモデルがいるからって、存在感のあるキャラが書けるわけではないですからね。
この作品では、作りものではないキャラクターが、ちゃんと描けていたと思う。すごくよかった。いい観察眼を持っているんだろうなと思います。加えて、「なりきり力」も高い。
さらに加えて、客観性もありますよね。だから、物語が嘘っぽくならないし、重くもなりすぎない。なりきり力と客観性のバランスが非常にいい作者だと思います。全然書き慣れていないようなのに、ここまで胸に迫る話を描けているのは、本当にすごいと思う。
ただ、今のままの文章レベルで、長編小説を書くのは、ちょっと厳しいものがあると思います。もう少し、小説的なテクニックも身につけてほしい。
どんどん書いて書き慣れていけば、「あ、こう書いたほうがいいんだな」ということも、いろいろわかってくるだろうと思います。実体験に関連しない題材とかも、書きたくなってくるかもしれない。今後もぜひ、書き続けていってほしいですね。