編集F
「エンターテインメントを作るぞ!」という意志が強く感じられる作品で、とてもよかったと思います。ただ、キャラクターの使い方がどうにも雑というか、熟考したようには感じられない。この作品の中で、一番おいしく使えるキャラクターは「狐崎夕妃先生」だと思うんですが、この先生をほとんど活かせていなかった。そこがすごく残念です。ラストも強引なまとめ方で、少々疑問が残る。でも、少しアドバイスすれば完成度がぐっと高くなる作品のようにも感じられるので、僕はイチ推しにしました。
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第186回
あの子のクビをシメたい
澄夜ばける
34点
「エンターテインメントを作るぞ!」という意志が強く感じられる作品で、とてもよかったと思います。ただ、キャラクターの使い方がどうにも雑というか、熟考したようには感じられない。この作品の中で、一番おいしく使えるキャラクターは「狐崎夕妃先生」だと思うんですが、この先生をほとんど活かせていなかった。そこがすごく残念です。ラストも強引なまとめ方で、少々疑問が残る。でも、少しアドバイスすれば完成度がぐっと高くなる作品のようにも感じられるので、僕はイチ推しにしました。
狐崎先生については、僕ももっと活躍するのかと思っていました。
すごく意味ありげな名前ですもんね。
はい、「これは絶対にモブキャラじゃないぞ」と(笑)。だから、この先生がラストで事件を解決するのかなと思いながら読んでいたのですが、再登場しないまま話が終わってしまって、「えっ?」って感じでした。
終盤で一番活躍したのは、主人公たちとは面識のなかったタクシー運転手でしたね。たまたま駅前で拾って乗り込んだだけのタクシーなんですが、実はこの運転手さんは、クビシメ事件の被害者遺族だったんですね。「偶然ではなく、霊に導かれたのだろう」と書かれていますが、やはりこれはちょっと、できすぎな気がします。
しかもこの運転手さん、なぜかショベルカーの運転もできるらしい(笑)。この話の中で、ショベルカーってけっこう重要アイテムですよね。これで犯人を「処刑」して、クビシメ事件に決着がつくわけだから。
六枚ほど前のところで、「昔、現場仕事をしていた」という台詞を言わせているから、「ショベルカーを扱える」ことの伏線は一応張ってある。あるんですが、でも、なんだか取ってつけたようで、ちょっと都合がいいなという印象は否めないですよね。
取り壊し工事が中止になったのに、ショベルカーがいつまでも「クビ落とし屋敷」の近くに放置されているというのも、やっぱり都合がいいように思えます。
どうしても、「次の場面で使う必要があるから、ショベルカーをそこへ配置したんだな」と感じてしまうんだよね。「作者の都合なんだな」と。伏線を張ること自体は重要だし、それをちゃんとやっていて悪くはないんだけど、読んでいてどうにも引っかかる。
伏線を張って、回収するまでが、短すぎるせいではないでしょうか。他にもいろいろ、「ああ、さっきの言葉は、ここへつなげるための伏線だったのね」とすぐにわかってしまうようなところがあって、興を削がれる感じがあります。
やっぱり作者の意図が見えすぎると、読者としては、気持ちが今ひとつ盛り上がらないよね。
「プーのクビを、なぜかみんながシメたがる」という設定にも、よくわからないところがありました。主人公が、オカ研の部室に狐崎先生を訪ねたとき、「教室からここに来る間にも、プーはいろんな子にクビをシメられて来ました」と言っていますよね。描写されていないからよくわからないのですが、このときクビをシメてきたのって、通りすがりの生徒たちってことですよね?
そうだね。プーには呪いみたいなものがかかっていて、周囲の人間は思わずクビをシメたくなってしまう。
でも、その呪いに反応してプーのクビをシメたくなるのって、プーに何らかの恨みがある人だけなんですよね? 主人公がプーのクビをシメたくなったのは、胸の小ささをからかわれたからです。狐崎先生がプーのクビをシメたのは、未婚であることやフケ顔を指摘されたから。二人とも、気分を害するまでは、プーのクビをシメたいとは思っていなかった。なのに、教室から部室まで移動する間にただすれ違っただけの子たちが、どうしてプーのクビをシメようとするのかな? みんながみんな、プーに恨みがあるとは考えにくいのですが。
なるほど。ここは設定に粗があるように思えますね。
私はそもそも、この話全体の理屈がよくわからなかったです。終盤で殺されるクビシメ事件の犯人は、「クビ落とし屋敷」とはまったくの無関係ですよね?
あ、そうか。そうですね。「クビ落とし屋敷」の娘さんを殺した犯人は、もうとっくに捕まって、死刑になっていたんだった。
娘を殺された「クビ落とし屋敷」のお母さんと、タクシー運転手の間にも、何ら繋がりはない。なのにどうしてお母さんの霊は、自分とは関わりがない事件の犯人と被害者遺族が、自分の屋敷の前で偶然に出会うよう仕組んだりするのでしょう?
うーん、自分の娘がクビをシメられて殺されたから、同じようなクビシメ男を許せなくて……ということではないでしょうか。「クビシメ」つながりで、見過ごせなかった、みたいな。
「復讐を果たす」ということが、キーポイントなのかなと思います。自分が生きているとき、娘の復讐を果たせなくて心残りだった。だから、かつての自分と同じように「クビシメ男に復讐したい」と思っている人の手助けをしたのではないでしょうか。作中でも、なんとなくそういう理屈になっているように思いますが……
そこがよくわからないんです。お母さんの霊がいつまでも現世にとどまっているのは、恨みの気持ちが晴れないからですよね。それは、自分の娘を殺した犯人への恨みです。犯人が死んでしまったから、生きている間に復讐することができなかったけれど、お母さんの恨みの対象はあくまでも犯人の男。いくら「クビシメ」という要素が共通しているとはいえ、自分とは関係ない事件の犯人を成敗したところで、意味はないですよね。およそ幽霊というのは、恨みとか執着といった、強すぎる負の思いを手放せないがために成仏できず、もがき続けているものではないでしょうか。いや、あの世の仕組みを知らないので定かなことは言えませんが、「幽霊」とはそういうふうに描かれるケースが多いような気がします。つまりお母さんは幽霊になっても、生前に経験した自身の哀しみや苦しみで手いっぱいのはず。にもかかわらず、頼まれてもいないのに、自分とは無関係の人の手助けをしようとあれこれ画策したりするものでしょうか? それともこのお母さんは、ものすごく親切で正義感の強い幽霊なの?
それはないでしょう。何の罪もない工事関係者たちを、祟り殺したりしてますからね。
そもそもなぜ、お母さんの霊は、新聞を読んでいるわけでもないはずなのに、「女子高生クビシメ殺人事件」のことを知っているのでしょう。屋敷に憑いている霊の身で、犯人や、「犯人に復讐したい」と切望している被害者遺族の存在を、どうやって突き止めたのでしょうか? 幽霊になったら、そういったことは何でもすぐに分かるのでしょうか?
確かに(笑)。こういう辺りも、やっぱり都合のいい話の作り方になってしまっていますね。
物語の基礎の部分に、疑問を感じる点が多かったです。もし、お母さんの幽霊の目的が、「とにかく、いま世の中を騒がせているクビシメ男を成敗したい」ということだったなら、そのためになぜ、「みんなにプーのクビをシメさせる」必要があるのでしょう? 鎮めの御札が持ち去られ、自由に動けるようになったとき、まずはプーに取り憑いて呪いをかけ、周囲の人々がプーのクビをシメたくなるよう仕向け、プーに「御札を返さなきゃ」という気持ちにさせて屋敷へ向かわせ、さらにそれに付随する形で、犯人である首輪男と被害者遺族を屋敷に導き寄せる――というのは、段取りとしてあまりにもまどろっこしい。自分の屋敷に呼び寄せる意味も分からないです。このお母さんの霊に、人間の行動を操る力がそれほどあるのなら、プーなど介在させずに、運転手と首輪男をどこかで出会わせればいいのではないでしょうか。あるいはもっとストレートに、この霊が直接、首輪男を殺してもいい。とにかく今のままでは、ストーリーを成立させるそもそもの理屈が通っていないと感じます。
言われてみれば、確かにそうですね。
いろいろ細かい理屈をつけて、その場その場でつじつまを合わせながら話を進めているんだけど、大元の、ストーリーの根幹部分に、しっかりとした筋が通っていないですね。
「ショベルカー」に伏線張ってる場合じゃなかったね(笑)。もっと土台の部分を、先に整えないと。
なんといっても、クビシメ事件と、過去にあった「クビ落とし屋敷」の母娘の事件という、似たような二つの事件を話に出しているのが、うまくなかったなと思います。非常にややこしいですよね。読んでいて、こんがらがります。
実際私、ちょっと誤解してました。タクシー運転手の手を借りて、お母さんの霊が自分の復讐を果たしたみたいなイメージでとらえてた。
あれこれ要素を盛り込み過ぎなんですね。だから、わけがわからなくなっちゃう。
ストーリーラインというのは、シンプルでいいんです。特に、三十枚の短編なんだから、複雑な話にするのは逆に良くない。
もう単純に、お母さんの霊が復讐を果たすという話でいいですよね。
はい。例えば、幽霊屋敷の御札を持ち出して以来、友人のプーは頻繁にクビをシメられるようになる。怖くなって相談した人に、「さっさと御札を返して来い」と言われ、主人公と二人で返しに行く。そこで、とある事件の犯人と出くわすんだけど、お母さんの霊が彼をやっつけ、主人公たちは助かる。ストーリー自体は、この程度で十分だと思います。
三十枚すべてを事件描写やストーリー展開に費やしては、小説らしい作品にはならないですからね。事件に関する部分は二十枚くらいの分量に抑え、あとの枚数は、キャラクターの内面を描くことに使ってほしい。
そうですね。登場人物が、何を考え、どう感じているのか。そして、それがどのように変わっていくのか。そういった心情の変化をこそ、描いてほしいです。この作品の場合、女の子同士の気持ちの駆け引きとか、主人公がプーを嫌いになったり好きになったりという気持ちの移り変わりといった部分が、本当は一番の読みどころになったはずだと思います。
次々に要素を増やして話を広げるのではなく、もっと人間の内側を掘り下げるなどして、内容を深める方向に行ってほしかったですね。この作品に限らず、必要以上に要素過多になりやすい傾向は、最近の投稿作に多く見られるように思います。
なんとかつじつま合わせをしようとして、つい新しい要素をどんどん投入してしまったような作品は、確かに多いですね。
話は横に広げるのではなく、掘り下げて深めてください。でないと、読者の心に刺さる作品にはならない。
ラストで主人公が、「自分はプーに裏切られていなかった」と確信して、プーの優しさに感じ入りますよね。私はここ、すごくいい場面だなと思いました。プーはちゃらんぽらんなキャラクターだからこそ、主人公へ熱い友情を抱いていることがわかると、読者も胸にじんと来るものがあります。こういういい場面をより際立たせるためにも、やはり話の筋はシンプルな方がいいですね。それから、作品のテイストは、なるべく早いうちに読者にわからせた方がいいと思います。冒頭の、蝉が窓にぶつかってきて……というエピソードには、何か不穏なものを感じますよね。だから最初、「ホラーかな?」と思ったんです。「女性高生たちの話らしいから、イヤミスかな?」とか。そしたら急に「プー」なんてキャラが出てきて。
ファンキーな女子高生の登場で、急きょ「……ギャグ?」って思い直しました(笑)。
これでは読者が戸惑ってしまいます。コメディテイストの話にするのなら、冒頭から読者にそれをはっきり伝える書き方にした方がいい。読み筋は早めに提示した方がいいですね。
僕はこの話、プーが「最近みんながあたしのクビをシメたがる」と言うあたりまでは、すごく面白いなと思って読んでました。でもその後、「それは霊の仕業だ」という方向に話が進んで、正直がっかりしてしまった。だって、「霊」が絡めば、何でもアリだよね。理由も理屈も関係なく、話を作れる。
「霊」を使った作品には、どうしても「安易だな」という印象を受けやすいですね。誤解のないように言っておきますが、「霊」という要素を使ってはいけないということではありません。でも、使う以上は、ルールが必要です。一言に「霊」と言っても、人により、作品により、定義も設定もさまざまですから。
人間に憑依して人格を変える霊もいれば、物理攻撃ができる霊もいる。ポルターガイスト系の霊もいれば、視覚に訴えるだけの霊もいる。ほんとにいろいろです。
何ができて、何ができないのか。そもそもその作品世界には、「霊は確実に存在する」という前提があるのか、ないのか。そういうことを、はっきりさせてほしい。
この作品、「あれは本当に霊の仕業だったのだろうか? 今となってはわからない」というラストでもよかったのに、と思うんだけど。
そうですね。御札は返したのに、なぜか呪いが解けなくて。
「あれ? おかしい。私まだ、プーのクビをシメたいんだけど」って(笑)。
「霊は関係なかった! 結局、プーがムカつく奴なだけじゃん!」って(笑)。
そういう終わり方でも、楽しかったよね。ところで私は、運転手さんの結末がすごく気がかりでした。彼は、なまじ犯人と遭遇したばかりに、手を血で汚すことになってしまった。言ってみれば、お母さんの霊が、彼を殺人犯になるよう導いたようなもの。あまりにもかわいそうで、なんだかやりきれない。
しかも、プーはアイスを舐めながら、「もう、生きてるうちは外に出てこれないんじゃないかな」なんて言っている。悪気はないんだろうけど、ちょっとひどいですよね。
この運転手、そんなに重罪に問われるでしょうか? 殺されかけている女子高生を助けたのは間違いないのですから、そこは大きく考慮されるはずだと思います。
主人公たちが証言して、弁護してあげればいいのにね。なんだか二人とも、他人事みたいな言い方をしてますよね。
作者はこの運転手に、さほど思い入れがないんじゃないかな。キャラクターの気持ちに寄り添うことが、まだあまりできていない感じですね。
あと、文法的なミスがいろいろ目についたので、そこも気をつけて欲しいです。一枚目に「下敷きを仰ぎ始めた」とありますが、これは「下敷きで」の間違いですよね。
「教室の窓がシメられているなら(中略)窓カーテンだけでもシメてくれればいいのに」というところも間違っている。「窓カーテンも」とならないと。
冒頭シーンの主人公が、いつ椅子から転げ落ちたのかもわからなかった。「クビ落とし屋敷」という言葉も、日本語としてなんだか不自然に感じます。
「藍色の空を、プーの嗚咽が静かに叩き始めた」という表現も、ちょっと変ですよね。「精緻な顔立ち」とか「大口を広げる」とかも、微妙におかしい。ちょこまかした間違いがいくらでも見つかる感じです。どうかじっくり読み直して、再チェックしてみてください。
あと、二十一枚目からの首輪男の台詞に、なぜか二重かぎカッコ(『』)が使われていますが、これは普通の一重かぎカッコ(「」)にした方がいいと思います。『』ではまるで、霊がしゃべっているように思えてしまう。ここは、「人間の男の声だった」ということを、最初から読者にわかるようにしてほしい。
それから、「クビ」と「シメ」を、なぜカタカナ表記にするのかもよくわからなかった。しかも、統一しきれていなかったりするし。
何か作者なりのこだわりとか意図があるのかもしれないけど、読み取れなかったですね。でも私は、プーというキャラは、すごくよかったと思います。読んでいるうちに、だんだん可愛く思えてきて。
私は可愛く……は思えなかったけど(笑)、面白いキャラで、いいなと思いました。
プーちゃん、いいキャラしてますよね(笑)。会話のテンポとかも、すごくよかったと思います。でも、作品全体にしっかりとした芯が通っていなかったのは、すごく残念でした。それに、話の持っていき方に、計算が足りないように思います。自分の書きたいことをわかってもらうためには、読者の気持ちをどう導けばいいかということを、書き始める前に十分考えた方がいいですね。いったん書き始めてしまうと、軌道修正はなかなかしづらいですから。
常に大局を見る、ということですね。作品全体を見通す視点を持ち、必要のない要素は削ぎ落とすこと。結局、何を描きたいのかを自分にしっかり問いかけることが、一番重要ですね。
でも、妙な勢いと面白さがあって、そこはすごくよかったです。実は、受賞作品とは、最後まで僅差で競り合っていました。今回指摘された点を踏まえたうえで、また再挑戦してほしいですね。