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選評付き 短編小説新人賞 選評

入選作品

夕と梔子

仁科里津

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  • 編集A

    年に一度の夏至の夜、真っ白な梔子の花が、黄金色に染まる。その日一晩、人々は口がきけなくなる。そして、人声のない、静かな祭りが開かれる。提灯のやわらかな光に包まれた山車が、川をたゆたう小舟のように、ゆっくりと通りをめぐっていく――文章から想起される映像が、非常に美しい作品でした。「梔子」が「口無し」に通じるというところから発想された話なんでしょうね。

  • 三浦

    以前にも、何度か最終選考に残られている方ですね。そのときの作品の一つが、「母音の名前を持つ神様が消滅する話」でした。今回の作品も、人々がしゃべれなくなる話。「言語」とか「会話」とか、コミュニケーションツールをモチーフにした小説を書くことに興味がある方なのかなと感じます。そういえば過去作品には、避難先から戻ってみれば、将来を誓い合った恋人がすでに事切れていたという話もありましたね。今回の作品のラストも、「好きだと言いたかったのに、言えないまま、声を失ってしまった」というものになっている。伝えたい思いは胸にあるのに、それを伝える術もなく、切ないラストを迎えるという話が多いですね。お書きになりたい作品の「肝」のようなものがご自身のなかにあるのは、とてもいいことだと思います。

  • 編集B

    この話の主人公は、過去に「処刑から逃げ出す」という罪を犯し、今もその罪悪感に苦しんでいます。心惹かれる人はいるんだけど、自分の過去を打ち明ける決心がつかず、どうしても「好きです」と伝えられない――今回の作品もまた、切なさの滲む設定になっています。ただ、そのストーリーラインを支える理屈付けが、どうにも甘すぎる。読んでいて疑問を感じるところが、かなりありますよね。

  • 編集C

    秋もなかばのころ、夏至でもないのに梔子の花が黄金色に変わっていくという怪現象が起き始めた。しかも、いつもは一晩で白に戻る梔子が、黄金色になったまま戻らない。花の色が戻らないので、人々の声も戻らないまま。いったんしゃべれなくなってしまった後では、たとえ梔子が黄金色になっていない土地に逃げても、もう声を取り戻すことはできないらしい。だからみんな、黄金色に変わっていく梔子の花に追い立てられるように、家も土地も捨てて、西へ西へと逃げていく……という筋立てなんだけど、でも普通、こんな展開にはならないよね。だってこれ、単に梔子の花を切ればいいんじゃないの? 黄金色になる前に。

  • 編集D

    つぼみの段階で摘み取るとか。

  • 編集C

    いっそ、木を全部切ればいいよね。こんな危険な植物。

  • 編集E

    切って焼けば、さらに完璧。

  • 編集B

    もう、全国民が一丸となって、梔子の木を見つけ次第、すべて引っこ抜けばいいんです。

  • 編集C

    簡単に対処できそうだよね。しゃべれなくなる原因が梔子の花なら、とりあえずそれを駆除しようとするのが普通じゃないかな。いきなり土地も家屋敷も放り出して逃げ出すなんて、ありえないと思う。

  • 編集F

    この国は、国土全体に梔子が生えているんでしょうか?

  • 三浦

    そうでしょうね。だからみんな、東から西へと、民族大移動のように逃げている。

  • 編集E

    国境まで来たらどうするんでしょう? さらに、隣の国に逃げ込むのかな。

  • 編集B

    この梔子の異変は、この国にしか起こらないんでしょう。主人公が神託に背いて、処刑場から逃亡したのが、この災厄の原因らしいから。

  • 三浦

    この大処刑もすごく引っかかるところです。いくらご神託に従ったとはいえ、臣下に侍女に兵士に巫女に宮廷楽士まで、王に仕える者を殺しまくるだなんて。そんなことをしたら反発を生むし、王様自身の権力基盤が脆弱になってしまうと思うのですが。

  • 編集A

    あまりにも大勢の人間を処刑してますよね。しかも、神託を聞いてすぐ、王は処刑命令を出したらしい。数日後には、刑が執行された。

  • 三浦

    こんな無茶苦茶な神託を真に受けて、すぐさま実行に移すなんて、この国は大丈夫なんでしょうか? いったいどういう論理で国家が運営されているのか。二年前の出来事だそうですが、こんな王様は、とっくに追い落とされていてもおかしくないですよ。クーデターとかは起きなかったのかな?

  • 編集C

    しかも、処刑場から、主人公は結構あっさり逃げ出せている。ここもすごく引っかかる。だって、国が災厄から逃れられるかどうかがかかっている、重要な処刑だよね。いくら必死に走ったからって、そんな簡単に逃げられるわけがない。警備に当たっていた兵士もたくさんいるだろうし、追手は執拗にかかるはず。

  • 編集B

    この梔子の異変は、本当に主人公のせいなのかな? 当時彼女は、宮廷楽士になったばかり。王に仕える者と言っても、本当に末端の人間です。そんな女の子一人、生きているか死んでいるかなんてことで、国全体を揺るがす災厄が起こるかどうかが左右されたりするでしょうか?

  • 編集A

    もしこの神託が本物なら、神様も無茶苦茶すぎるよね(笑)。どうして罪もない人間の大量処刑なんて望むんだろう。

  • 編集B

    神託が下ってから、二年もたって災厄が訪れるのも、遅すぎる気がする。主人公は身に覚えがあるから、つい「私のせいだ」と思ってしまうんだろうけど、タイムラグがありすぎますよね。

  • 編集C

    僕は朔一の気持ちも、よくわからなかった。好きな人はもう死んでしまっているから、梔子の災厄から逃げる気が起きないみたいだけど、でも、「恋人と死別したこと」と「永久に声を失ってもいい」ということは、話の次元が別だと思う。

  • 編集E

    彼は恋人のお墓から離れたくないんですよ。

  • 編集C

    また戻ってくればいいじゃない。

  • 編集F

    なるほど(笑)。梔子の花は、いずれ枯れ落ちるでしょうからね。

  • 編集C

    だって今回声を失ったら、二度と戻らないかもしれないんだよね? とりあえずそれは避けようとするのが普通じゃないのかな。

  • 編集A

    片時も離れたくないということなら、お骨を掘り出して、一緒に持っていってもいいですよね。

  • 編集B

    うーん、土葬だろうから、それはちょっと厳しいかも……(笑)。

  • 編集A

    でも、方法はいろいろあったと思う。なにも、ただ座して声を失うのに甘んじなくてもいいのに。なぜか登場人物がみんな、災厄からただ逃げるか、受け入れるか、二つしか選択肢を持っていないんだよね。何か対策を講じるとか、根本原因を探ろうとするような人が、一人も出てこない。

  • 編集C

    朔一が逃げれば、主人公だって一緒に逃げていたよね。それなら二人とも、声を失うことはなかった。でもそうなれば、この哀しくも美しいラストへと話が流れていかない。切なさを盛り上げてラストシーンへ持っていくために、こういうストーリー展開にしているんだろうけど、どうにも話に無理があって、読んでいて引っかかる。

  • 編集B

    そもそも、「梔子の花が黄金色になると、人々の声が失われる」ということに関する設定が、ものすごく曖昧ですよね。例えば、「梔子が黄金色になった場所に居合わせた人間は、皆、しゃべることができなくなる」とありますが、一つの花から半径何メートルに影響が及ぶのでしょう? うまく花を避けて過ごすことができれば、声を失うことはないのかな?

  • 三浦

    今までは、梔子の花が白に戻れば、人々の声も戻ってきた。ということは、しゃべれなくなるのは、黄金色をした梔子の影響ということですよね。でも今回の異変では、梔子が白い地域に逃げても、声が戻らなくなっている。ということは、「しゃべれない」ことの原因が、梔子の花以外のものに変わったということなんでしょうか?

  • 編集C

    黄金色の梔子の花もやがて枯れるのであれば、今回のことは、一時的な緊急避難になりますよね。もしそうなら、着の身着のまま、大急ぎで逃げ出すのはまだ理解できる。ただその割に、逃げていく人々は、ものすごい悲愴感を抱えているよね。じゃあこれは、異変を起こした梔子は二度と枯れることはないという設定で書いているのかな?

  • 編集E

    疑問点がものすごく多いですよね。あと、舞台であるこの国の感じもよくわからないです。名前は日本人のものだし、描かれている情景も日本っぽいのですが、和風ファンタジーにしては、「宮廷楽士」というのが今ひとつそぐわない。

  • 三浦

    この国の文明レベルもよくわからなかったです。ご神託に何がなんでも従うということは、呪術に頼るような超古代なのかな。でもその割に、町に住んでいるし、道もちゃんと整備されているようだし。

  • 編集A

    生活ぶりを見ても、それほど原始的でもないですしね。あと私は、ラストで話に明確なオチがついていないのも気になりました。

  • 編集B

    とにかく、各種設定は曖昧すぎるし、展開にも無理があるし、話の理屈もちゃんとつけられていない。もう少し緻密に、作品世界を構築してほしい。

  • 三浦

    あと、「声を失うことは、とてつもない悲劇である」というような描き方になっているのが、私はすごく気になりました。全員が口をきけない状況になっても、なんらかのコミュニケーション方法を編みだすのが人間なのでは? と。

  • 編集C

    僕なんて、「意外とホッとするかも」って思った(笑)。

  • 三浦

    なんだかみんな、「しゃべれなくなったら、生きていけない!」くらいの勢いで、慌てふためいて逃げていますね。まるで、恐ろしい伝染病でも迫っているような感じです。でも、しゃべれないって、そこまでの大ごとでしょうか? もちろん大変だとは思いますが、しゃべれなくなっても、なんとかうまく暮らしていくための工夫をする気がします。身振り手振りで会話してもいいし、文字を書ける人が、書けない人に教えてもいい。この国オリジナルのコミュニケーションツールだって、今後生まれるかもしれない。それに、主人公は楽士だったわけですよね。だったらそれこそ、楽器を使って意思を伝える方法を編み出そうとしてもいいのでは? 罪悪感を抱えて生きているならなおさら、「自分の得意分野である音楽の力で、今こそ、みんなの役に立とう」と思ってもいいんじゃないかな。つまり、「しゃべれなくなる」という危機に際して、踏みとどまって原因を探ろうとしたり、他のコミュニケーション方法を構築しようとしたりする人がおらず、大多数は泡食って逃げ出すばかり。残りの少数はただ粛々と状況を受け入れるだけ、というのが、どうも納得がいかないのです。

  • 編集C

    作者の考えが、「悲しい」「辛い」「でも、どうしようもない」みたいな方向にばかり向いているような気がする。だけど、みんながしゃべれなくなることで、思いがけない面白い展開になる可能性だってあるよね。

  • 三浦

    そうなんです。もっと主人公が、必死になって対処法を模索してもいいのでは、という気がしますね。「災厄を受け入れるだけ」みたいな話ではなく、「しゃべれないと何も伝えられないと思っていたけど、実はそうじゃなかった。こんな方法でもあんな方法でも、思いは伝えられるんだ」という話にすることもできたと思います。

  • 編集E

    でも、作者は切ない話をこそ、書きたいのではないでしょうか。

  • 編集D

    それならそれでもいいんですが、だったらなおさら、読者を納得させられるだけの設定をちゃんと考える必要があります。

  • 編集C

    例えば、今のままでは、「梔子なんか切ればいいじゃない」と思われてしまうんだから、「切ることができない理由」を用意しておくとかね。

  • 編集D

    「声を奪われる」ことについても、「絶対にしゃべる必要がある人間」とかがいて、その人もしゃべれなくなってしまうから「大変!」となる展開にするとか。

  • 編集C

    絶対にしゃべる必要がある人物って、どんなのだろう?

  • 編集D

    例えば主人公を、歌うことで特殊な力を発揮する歌い手にしてはどうでしょう? それなら、「歌を奪われること」は、「命にも等しいものを奪われること」になる。充分ドラマチックな話になりますよね。今のままでは、「この道を行くしか、どうしようもなかったんだ」という、キャラクターたちの追い込まれ感が足りないと思う。

  • 三浦

    そうですね。切迫感が足りないですよね。ラストの主人公も、恋心を伝えていないまま、もうすぐしゃべれなくなってしまうという状況なのに、今ひとつ焦りや苦悩が感じられないです。それに、朔一と亡くなった恋人が、どれほど深く愛し合っていたのかという描写があったほうが、主人公の切なさがより読者に伝わったと思います。あと、楽士である主人公にとっては、「声を失う」というのは、「しゃべれない」ことよりも「もう二度と歌えない」ことの方に、より大きな苦しみを感じることだと思うのですが、その辺りに関する描写が何もないですよね。作者がまだ、キャラクターの気持ちになりきれていないように思います。

  • 編集D

    なんというか、非常にもったいない感じですよね。面白くなりそうな話なのに、なぜかそうならなかった。

  • 三浦

    アイディアとか使われているモチーフとかには、すごくいいものがあるのに、うまく活かせていなかったです。目の付け所がいいだけに、惜しいなあという気がしますね。

  • 編集C

    何か深い作品テーマをはらんでいるようなのに、どうにも読み取れなくて、もやもやするんだよね。

  • 編集E

    だから、なんだか思わせぶりな話に終始してしまっている。

  • 編集D

    書きたいものはあるんだろうと思います。でもそれが、なんとなく雰囲気を出すだけで終わってしまっている。イメージばかりが先行している感じです。

  • 編集A

    そうなんだよね。読んで、絵は浮かぶんだよ。それも、すごくきれいな映像が。でも、その先がないというか、小説としての面白さに繋がっていかない。

  • 編集B

    自分の書きたいことを、映像とか雰囲気でしかとらえられていない感じですね。それを文章やストーリーに落とし込むことが、まだできていない。

  • 編集D

    ただ、その映像が魅力的なだけに、ついこちらも、何とかそれを活かせないかと思ってしまう。読者に映像を見させるというのも、一つの才能ですから。

  • 三浦

    そうですね。これだけのイメージ喚起力があれば、ドラマティックな話を書くことは十分可能だと思います。ただ、現状では、今ひとつ盛り上がりに欠けている。それは、話の焦点がぼやけているからだと思います。作者が一番に描きたかったことは何なのかが、今はまだぼんやりしていますね。だから、なんだか曖昧なまま、物語が流れていく。

  • 編集D

    まず作者自身が、「これを書きたいんだ」という話の核を明確にすることが重要ですね。イメージとか雰囲気とかではなく、小説として描きたいことは何なのかをはっきりさせる。

  • 三浦

    そして、その描きたいことを最大限際立たせるために、そのほかの部分を作っていく。そのためにはやはり、書き始める前に、構成をじっくり練り上げる必要がありますね。

  • 編集A

    そしてもちろん、設定もよく練り込むこと。読者に矛盾や疑問を感じさせることのないよう、時間をかけて考え抜いてください。

  • 編集D

    どんなに美しいワンシーンも、それを支える物語の土台がしっかりしていてこそですからね。

  • 三浦

    それから、これは他の投稿者の方にも言えることなのですが、話のスケールを、枚数に見合ったものにした方がいいと思います。たった三十枚の中で、壮大な話を書くのは非常に難しいです。

  • 編集D

    「世界が」とか「国家が」みたいな話は、描ききれませんよね。

  • 編集A

    この作者さんには、一度ファンタジーから離れて、現代日本が舞台のミニマムな話を書いてみることをお勧めしたい。設定や展開に矛盾のない作品を作る練習にもなると思いますし。

  • 三浦

    何かちょっとしたコツさえつかめれば、一気に飛躍されるのではないかという可能性を感じる作者ですよね。今回めでたく受賞されたので、今後はさらに小説技巧を磨き、書きたいイメージをうまく物語化できるよう、頑張っていただきたいです。

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