編集A
主人公は、三十二歳でバツイチのカンナさん。ちょっと料理が得意なだけの、平凡な女性です。でもある日突然、同じ会社の、優秀な年下のイケメン君から告白される。ほとんど接点のなかった相手なので、好かれた理由がよくわからないものの、正直嬉しかったので、OKして付き合い始めてみたが――というお話です。恋愛小説というには雰囲気がのんびりしていますが、カンナさんの人柄を反映してか、ほのぼのと明るい作品になっていて、読後感がとてもよかったです。
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第187回
カンナさんのおにぎり
おはし薫子
27点
主人公は、三十二歳でバツイチのカンナさん。ちょっと料理が得意なだけの、平凡な女性です。でもある日突然、同じ会社の、優秀な年下のイケメン君から告白される。ほとんど接点のなかった相手なので、好かれた理由がよくわからないものの、正直嬉しかったので、OKして付き合い始めてみたが――というお話です。恋愛小説というには雰囲気がのんびりしていますが、カンナさんの人柄を反映してか、ほのぼのと明るい作品になっていて、読後感がとてもよかったです。
カンナさんの一人称の語り口が、いい味を出していますよね。書き慣れている印象で、文章も上手い。登場人物もいい人たちばかりでしたね。
はい。恋のライバルの田中さんでさえ、決して嫌な人ではないですよね。まあ、仲間を引き連れてきている感じは、ちょっと……と思わないでもないですけど(笑)。
でもそれは、友達がちゃんといるってことでもあるからね。
そうだよね。それに彼女は、好きな人をゲットしたくて頑張ってるだけだもんね。主人公に対しても、正々堂々、宣戦布告しに来ているし。まあ、カンナさんの元夫については、さすがに好きにはなれないけど、リアリティがあってキャラとしては立っていると思います。
こういう男、実際にいそうだよね。嫌さ加減が上手く描けていて、すごく面白いと思った。ところで、「素手で握ったおにぎりがおいしいのは、手から酵素が出ているからである」というのは、本当のことなの?
うーん、どうでしょうね。
あるんじゃないですか? だってお寿司なら、六十代の男性が握ったものが一番おいしい、なんて話を聞いたことがありますから。
一番、いい手脂が乗ってる頃なんでしょうね。
その酵素うんぬんというのは、科学的に立証されていることなのでしょうか? もしそうなら、作品内にそのことを入れておいてほしかったですね。だって海くんなら、論文とか調べまくったりしそうじゃないですか(笑)。「○○年の、××博士の論文では~」みたいなことを言わせたほうが、より「海くんらしさ」が出たと思います。逆に、ちゃんとした科学的根拠がないのなら、海くんは「酵素説」に納得しそうにないですよね。
海くん、生粋の理系男子ですからね。
海くんのエキセントリックさには、かなり気になる面もありました。
普通、付き合い始めたばかりの彼女の家で、上がるなり足を洗ったりしないですよね(笑)。海くんらしくて、かわいいけど。
もう自分の家みたいに、黙って鍵開けて入ってくる(笑)。本人も自覚があるらしいけど、「普通」の感覚がわかってないよね。
「母親が作ったご飯以外、食べられない」って……ありていに言ってしまえば「マザコン」ってことですよね。
加えて、かなりの潔癖症。
カンナさん、こういう海くんと付き合うことにして、本当に大丈夫なんでしょうか? だって別れた元夫も、かなり残念な男性でしたよね。
自分が浮気して、一方的に離婚したくせに、酔っぱらうといまだに電話をかけてくる。カンナさんに都合よく甘えてるんですよね。
そしてカンナさんは、そういう元夫を、なぜか突き放せないでいる。
なんだかカンナさんは、ダメな男性ばかり引き当ててしまう女性のようにも思えます。このまま海くんとつき合って、果たして幸せになれるのか、ちょっと気を揉みましたね。それぐらいカンナさんに思い入れした、ということなので、やはり書き方がうまいのでしょう。
作者はこの作品を、「平凡な女性が、白馬の王子様に見初められて幸せになりました」みたいな話として書いているように思えるのですが。
本文中にもあるよね。「平凡な日常に王子様が登場するのは少女漫画でしか起こりえない。」。でも、そんな起こりえないことがヒロインの身に起こりました。素敵でしょう? ……という話なんだろうから、作者の中ではこの作品は、「少女漫画みたい」なものなんだろうね。
それも、ちょっと昔の少女漫画のテイストのように感じますね。例えば、「ドジで失敗もするけど」という台詞が出てきますが、この「ドジ」というのは、言葉として古い感じがあります。
私はそもそも、この作品が「少女漫画っぽい」とは思えませんでした。設定も、展開もです。海くんは、読者が「素敵」と思えるような男性ではないし、カンナさんも、海くんに本気で恋しているようには、あまり感じられない。描かれている恋愛の温度が、どうにも低いというか、「これは恋愛なのか?」という気すらします。
確かに、終盤に至るまで、カンナさんに確たる恋心が芽生えていたようには思えないよね。
二十四枚目の、「ずきゅーん。ハートを射抜かれた。/林カンナ、落ちました。」というところで、ようやく「恋」になったんですよね。それまでは、そんなに本気ではなかった。
「海くんはイケメン」ということを、話のあちこちで、やたら強調し過ぎじゃないかな。これではまるで、イケメンだから付き合うことにしたみたいに見える。
でも、実際そうなんでしょう。告白にOKしたのは、「格好いいし、嫌じゃなかったから」と、はっきり書いてありますし。
三十過ぎでバツイチの自分に、イケメンが言い寄って来てくれることなんてもう二度とないかもしれないから、とりあえず捕まえておこうということですよね。
今後この二人が、本当に愛し合う恋人同士になるようには、あまり感じられないです。心理的にも、肉体的にも。
そうですね。何といっても、「セックスとか、どうするんだろう?」って、すごく気になりますよね。
はい。そこ、重要ですよね。
二人とも大人なんだから、付き合うからには、当然そういう事柄も含まれますよね。でも、カンナさんと海くんの間には、あんまり性的な関係が生じそうな雰囲気がない。一人称の割に、そのあたりに関するカンナさんの気持ちも、まったくわからないです。普通、これから付き合おうかと思っている男性が「マザコンの潔癖症」だとわかったら、「え、この人、セックスできるのかしら?」っていう考えが、半ば反射的に脳裏をよぎるものではないでしょうか?
そうですね。多くの女性が、そうなると思います。
カンナさんが、性的関係がない付き合いでも平気な人なら、それでもいいんですけど……。
でも、冒頭シーンでは、お泊りデートにラブラブな展開をすごく期待していましたよね。
まあ、潔癖症もレベルがいろいろあるでしょうし、何が平気で何がNGなのかは人によってさまざまだろうなとは思うのですが。
海くんにとっては、カンナさんなら直接的な接触も大丈夫、ということなのではないでしょうか。なにしろ、「舌が見つけた運命の人」なんだから(笑)。
でも、「君の手料理なら食べられるから、君が好き」というのは、海くんのマザコンっぽいイメージを、いっそう強めていますよね。
このまま二人が付き合っても、母親と息子のような関係になるのではという懸念が生じます。だから性的な雰囲気が感じられないのかも。
彼らの関係は、おままごとっぽくもありますよね。小学生同士の恋愛みたいというか。
確かに。おにぎりをおいしいと言ってもらえたから、「嬉しい! 恋に落ちました」というのは、三十二歳と二十八歳の恋愛としては幼すぎる感じがする。
せっかくカンナさんは海くんにぴったりの酵素が手から出ているというのに、この二人に肌感覚があまりないんだよね。生身の付き合いが生じそうにない。
少女漫画っぽい雰囲気の作品にしようとして、あえてそういう要素を外したのかもしれませんが、主役の二人の設定年齢が高いので、逆に不自然になってしまっています。そのせいもあって、私はどうにも話に入りこめなかった。肉体的なことを除外したとしても、恋愛がメインの話にしては、恋愛感情もあまり突き詰められていない。作者がこの作品で何を描こうとしていたのか、今ひとつうまく伝わってきませんでした。
これは私の想像なのですが、この作品における「料理」というのは、思うよりずっと重要な要素なのかもしれません。カンナさんは、かつて結婚していたときに、栄養にもコストにも配慮したおいしい家庭料理を、日々夫に用意していたわけですよね。「男性の心をつかむには胃袋から」という言説を信じ、頑張って実行していた。でも、夫は彼女の料理には見向きもせず、別の女性の元へと去って行った。カンナさんは、「料理が上手くたって、何の意味もない」と打ちのめされ、深く傷ついた。でも、そこへ海くんが現れて、カンナさんの料理をこれ以上ないほど高く評価してくれた。手料理を受け付けないはずの海くんの胃袋を虜にするほど、カンナさんの料理はおいしいのだと証明されたのです。元夫から無下にされた料理を、心から「おいしい」と言って食べてもらえて、カンナさんはものすごく嬉しかったでしょうね。「料理」に関して一度は傷ついたカンナさんの心が、今また「料理」によって癒された。自分が大事にしている「料理」というものを認めてくれた海くんだからこそ、カンナさんは恋に落ちたのでしょう。カンナさんは海くんのおかげで、料理の腕前だけでなく自分自身に関しても、自信と誇りを取り戻せたのです。これは、そういうことを描いている話なのではないかと思います。
なるほど。そういうことであれば、「潔癖症で、手料理を食べられない男性」と「料理上手の女性」がくっつくことには、それなりに納得感がありますね。
ただ、カンナさんが恋に落ちた瞬間の前後の書き方に、あまり変化がない。そのせいで、どうにも盛り上がりに欠けてしまっています。何かが劇的に変わる瞬間なのですから、他の部分とは差をつけて、もっと強調したほうがいいですね。ここだけはシリアスな書き方にするとかして、ドラマティックに描いたほうがよかったと思います。全体に、書き方がちょっと平板ですよね。
メリハリに欠ける印象ですね。だから、主人公の気持ちの変化がよくわからない。
最初から最後まで、軽い一人称の語りで通していますからね。ここぞという場面だけは、トーンを変えて、グッと盛り上げてほしかったです。
それに、カンナさんの魅力が、あまりに「料理」だけに集約されている感じなのは、やっぱりちょっと気になる。これだと、「料理をしなくなったカンナさんには、大した価値はない」ようにも思えてしまうから。
料理以外のカンナさんの長所や魅力が、作品からあまり伝わってこないですよね。だから、イケメンから一方的に好かれるという展開に、今ひとつ真実味がない。料理は確かにいろいろ作っているけど、それ以外の場面ではすごく受け身なキャラに見える。「わけもなくイケメンに好かれる、平凡な私」という話は、基本アリだとは思うんだけど、読者が納得できるような描き方の工夫は必要だよね。
海くんがカンナさんに惚れ込んだ「料理」以外の理由を、三十枚目で、海くんの台詞だけで説明していますよね。こういうやり方はうまくないと思います。もっと具体的に描写してほしかった。
確かに、そのあたりの具体的なエピソードは、もう少し必要ですね。
例えば会社で、何か失敗した同僚をカンナさんがさりげなくフォローしてあげて、その様子を海くんが見ていたとかね。「カンナさんと海くんと料理」という話だからこそ、仕事の場で頑張っているカンナさんの描写が少しでも入れば、作品に奥行きが生まれます。
海くんも魅力不足ですよね。
そうですね。もう少し色気のようなものが欲しいですね。
カンナさんのスマホに元夫からの着信があったとき、海くんがかっこよく撃退する場面とかがあればよかったのにね。「今さら何の御用ですか?」って。「彼女は僕の恋人です。今後連絡は控えてください」って。それなら、海くんの本気度が読者にも伝わるし、ときめき感も増すし。
同感です。もう少し海くんが、カンナさんに何かしてあげるところを見せてほしかった。ヒロインの恋の相手なのですから、読者も思わず恋してしまうような魅力が欲しかったですね。せっかくイケメンなんだし。
ただ私は個人的には、「残念なイケメン」は嫌いではないです(笑)。
私も、海くんの分かりづらいメールとか、好きでした。「貴殿」「ご厚志誠に有難く」って(笑)。
そこ、面白いですよね(笑)。ところで、細かい点で気になることが、他にもありました。一枚目に、「私は三十二歳バツイチ。そんな私に美男子が告白してくるなんて~」とありますが、ここで海くんの年齢も書いておいてほしかったですね。なんとなく年下かなという感じはするのですが、読者にはもっと明確に伝えるべきだと思います。
どれほど歳の差があるのかがはっきりしないと、読者もどう思って読み進めばいいのか、わからないですよね。
八枚目に「田中ちゃんは海くんと同期の二十八歳。」とあり、ここで初めてはっきりするのですが、これではちょっと遅いと思います。やはり、最初のあたりでさりげなく提示してほしいですね。あと、お泊りデートが大掃除に終始した翌日、カンナさんはなぜか、「海くんにフラれた」と決め込んでいますよね。私はここが、よくわからなかったのですが。
部屋が汚いから幻滅された、と思ったんでしょうね。
でも、「別れよう」と言われたわけではないですよね。それどころか、ずっと一緒に掃除をして、翌朝気づけば、彼は隣ですやすや寝ていたんですよ? 普通こういう状況なら、「フラれた」とは思わないでしょう。
激しい思い込みの根拠が、よくわからないですよね。だって読者には、カンナさんがフラれていないことはわかっていますから。
あと、本編はカンナさんの一人称で語られているのに、なぜか三人称的なタイトルがついている。話にそぐわないので、このタイトルは再考した方がいいと思います。それにしても、カンナさんの作る料理は、とてもおいしそうですよね。サケフレークも、昆布の佃煮も自家製。冷凍出汁キューブも作り置き。会社から帰ると、手際よく焼きサバと具沢山のみそ汁を作って、定食風の晩御飯。出来合いのお総菜に頼らず、日頃からきちんと料理を作っています。しかも、ごく庶民的なメニューなのに、ひどく食欲をそそられる。食べ物が重要な要素である作品だけに、料理に関する描写に実感があっておいしそうなのは、とてもいいですよね。
全体に、文章はよかったですよね。明るい感じの読み味もいい。
はい。すごく読みやすかったです。
あとはもう少し、キャラクターの描き方を考えてみてほしい。具体的なエピソードを入れて、盛り上げるべき場面を盛り上げて、登場人物の感情の流れを読者がつかみやすいように工夫すれば、より印象深い作品になったと思います。