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選評付き 短編小説新人賞 選評

入選作品

追っかけ

ソワノ

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  • 編集A

    明確に仕掛けてきている作品ですよね。僕はまんまと騙されました(笑)。ラストまで読んで、「やられた!」と。すごくうまいなと思います。

  • 編集B

    うまいですよね。だから、作者の意図通り引っかけられても、「ああ、気持ちよく騙されちゃったな」という気分です。

  • 編集A

    描かれている内容はすごく不穏なんだけど、騙され方が壮快なので、なんだかカラッとした読後感です。話のカラクリがわかると、納得してすっきり読み終われる。ただ、あまりにあっさりし過ぎているのも、良し悪しかなとは思いますね。もう少し引っかかるものがあったほうが、読者の心により強く残るだろうという気がして。

  • 三浦

    そういう面は、確かにありますね。でもこの作品は、読者に真相をうすうす予想させておきながら、最後でそれをさらに裏切るという、二重の仕掛けみたいなものが施されていて、やはりとても巧妙な作品に仕上がっているなと思います。

  • 編集C

    ただ、「追っかけ」の描き方に、今ひとつリアリティがなかった。実は私、少しばかり追っかけには詳しいので(笑)。だから、「本物の追っかけは、こうではないよな」というところが気になって、ちょっと話に入りこみにくかったです。

  • 三浦

    例えば、どんなところですか?

  • 編集C

    野球場で主人公に小太りの女性が絡んできますね。自ら「ここの常連」と言っていますから、追っかけ歴の長い、ベテランさんなのでしょう。名前のないキャラなので、仮にAさんとしますが、このAさん、主人公との会話を読む限りでは、あまり野球に詳しくないように思えます。主人公が、「コウキが三番バッターである理由」を説明すると、「あなた、ほんと、野球に詳しいのね」と、相手を評価しているような態度を見せていますよね。こういう反応は、ちょっと考えにくいです。野球選手の追っかけをしているけど野球そのものには詳しくない、という人自体は、実際いると思います。でも、新入りの追っかけに知識を披露されたりしたら、当然、ベテランの追っかけとしては面白くない。だからどうしても、「何よ、ちょっと野球に詳しいからって、大きな顔するんじゃないわよ」という反応になるのが普通だと思う。追っかけというのは、けっこうマウンティングの激しい世界なんです。特にこういう、異性の追っかけをする場合、「みんなで力を合わせて応援しましょう」ではなく、「隙あらば私が独り占めしてやる」という気持ちの方が強いでしょうからね。

  • 三浦

    なるほどね。確かに、主人公もAさんも、「コウキの彼女は、実は私なのよね」「もしかしてこの女が、コウキの彼女なの? キーッ、悔しい!」という気持ちが強い様子です。だとしたら、もう少し知識合戦というか、マウンティングがあってもおかしくないのでは、ということですね?

  • 編集C

    まあ、顔ファンなのか、「野球をやってる彼が好き」なのか、ガチ恋なのか、その辺りによっても、いろいろ変わってはくるんですが――

  • 三浦

    「ガチコイ」って何ですか?

  • 編集D

    追っかけている相手を、応援対象ではなく、恋愛対象として見ることです。ガチで恋をしている、ということ。

  • 三浦

    知らなかった……いろいろ用語があるんですね(笑)。

  • 編集C

    Aさんは、「コウキくんの彼女なんか、刺してやるわ」という人なんだから、ガチ恋勢かなと思います。だったら、コウキの彼女に違いないと思っている主人公と、こんなのんびりした会話をするのは不自然に思える。もっと、食ってかかる感じになるんじゃないかな。

  • 編集E

    まあでも、ガチ恋の人の中も、タイプはいろいろじゃない? 違う? よく知らないからわからないけど。

  • 編集D

    私は、Aさんはもう最初から「コウキの彼女」を襲う気でいるから、こういう言動になっているのかなと思います。Aさんは、関係者から聞いた極秘情報で、今日「コウキの彼女」が球場にやって来ると知った。「そんな女、刺してやるわ」と思っているんだけど、肝心の女の顔がわからない。だから、球場で主人公に目をつけたAさんは、隣に座ってあれこれ話しかけて、探りを入れてるんだよね。「本物の彼女なのかどうか、見極めてやるわ」って。だから、主人公と話をしていても、「彼女である」ことの確証を掴むことに神経が行っていて、「マウンティングしてやる」なんてことには意識が向いてないんじゃないかな。あるいは、内心では「好きなだけ野球通ぶってなさい。もし彼女なら、どうせ刺してやるんだから」と思っているからこそ、表面ではにこにこ「あなた、よく知ってるのねえ」みたいに返答しているのかも。

  • 三浦

    本音を悟られないように、あえて普通にふるまっているんですね。

  • 編集D

    「彼女だったら、絶対殺してやる」ともう決めているから、主人公が何を言っても、「へー、あらそう、ふーん」って、平気な顔ができる。心の中で、「ふふん。そんなこと言ってられるのも、今のうちよ」って思ってるから。Aさんの、この余裕のある感じ、腹に一物ある感じは、読み手にも何となく伝わってくるよね。それがこの作品に、じわじわした怖さを醸し出してるんだと思う。だから、「ベテラン追っかけの割に、通ぶってる新人に食ってかからない」というのは、この作品においては、そんなにマイナスポイントではないかなと思います。それにまあ、三十枚の短編で、このAさんがどういうタイプの追っかけになるのかまで細かく設定して書けというのは、かなり高度な要求ではあるよね。これは追っかけの世界をリアルに描こうとした話ではなく、どんでん返しの仕掛けを見せたかった作品だろうから。

  • 三浦

    私も、追っかけに詳しくなかったせいかもしれませんが、この作品の巧妙な仕掛けに騙されて、ハラハラドキドキ素直に楽しめました。この作品に関しては、追っかけの描き方は許容範囲なのかなと思います。ただもちろん、「本物の追っかけ」らしい描写をちょっと加えるだけでも、リアリティはぐっと増しますからね。作者が追っかけの世界をちょっと調べてみるといったような、工夫なり努力なりはあったほうが、より真に迫る話になるだろうとは思います。

  • 編集C

    はい。私が引っかかったのも、「追っかけ」を主体にした話の割に、「追っかけ」についてリサーチした感じがあまり伝わってこなかったせいかなと思います。着眼点が良くて、仕掛けも上手い作品だけに、ちょっともったいなかったなと。

  • 編集E

    ところでAさんは、自分のカメラを主人公に貸してあげたりしてますよね。これは、親切にすることで自分が先輩だとアピールして、主人公を牽制してるってことでしょうか? 「あんたは新人なんだから、おとなしくしてなさいよ」、みたいな。

  • 三浦

    私は、主人公を自分の傍に足止めするためなのかなと思いました。戦略としてやっているのかなと。もちろん、いざとなったら借りたカメラを置いて逃げればいいだけの話だけど、心理的な足かせにはなりますよね。こういう、Aさんが主人公を少しずつ追い詰めていく様子の描き方は、すごくいいなと思いました。しつこく絡んできてるようでもあり、サバサバした感じでもあり、「Aさんはどんな人で、何を狙ってるんだろう」と容易に正体を摑ませないあたりが、人物造形としても描写としてもうまいです。

  • 編集E

    ナイフを落としたのに、何事もなかったような顔をしていたり。

  • 編集D

    「何する気かわからないな、怖いな」と思わせて、でもまた「いや、思い過ごしかな」みたいに思えるところもあったりして。

  • 三浦

    Aさんがものすごくエキセントリックな人物という感じではないあたりが、いい塩梅ですよね。だから、主人公とのやり取りが、水面下での探り合いになっていて、静かな緊迫感みたいなものが伝わってきます。微妙に不穏な状況が長く静かに続く、このじわじわした感じは、とてもいいですよね。しかも、そんな中にも、ちょっと間の抜けたような会話が挟まれていたりする。そういうあたりも面白いなと思いました。

  • 編集F

    ただ、ものすごく妙な野球解説が、あちこちに入っていますよね。そこが非常に気になったのですが。

  • 三浦

    はい。これは気になりますよね。

  • 編集D

    すごく取って付けたようなんだよね。

  • 編集A

    しかも、うまい説明では全くない。

  • 三浦

    「野球は、両チームが一回ごとに攻守を交代する。」なんて書いてあって、読んで一瞬ぽかんとしますよね。「え……いや……それぐらいは知ってます……」って(笑)。

  • 編集F

    「野球場というものは、お茶碗のような構造をしている。」とかも、そうですよね。「そんなこと、なぜわざわざ説明を?」という気がしてしまう。そういうおかしな説明が盛り込まれている箇所が、全編を通じていくつもありますよね。

  • 三浦

    一人称なので、余計に変に感じます。「主人公は一体、誰に向けてこんな珍妙な野球についての説明をしているの?」と思えてしまう。

  • 編集A

    これは主人公ではなく、作者の、読者へ向けての説明なのでしょう。この作品を書くにあたって、野球についてちょっと調べました、そしてそれをそのまま入れておきました、という感じですよね。だから説明の手際が悪くて、ちぐはぐ感がある。

  • 編集G

    え? 僕は、この作者は野球に詳しいのかなと思った。だからこそ、わざとおかしなことを書いているのかなと。

  • 編集C

    うーん、それは考えにくいと思いますが。

  • 三浦

    例えば、「コウキは野手だ。」とありますが、野球に詳しいにしては、これはあまりにもざっくりした説明ですよね。もっと具体的なポジション名を書けばいいのにと思います。続く、「野手の勝負所とはつまり、バットでボールを打つときのことだ。」に至っては、意味不明ですらあります。

  • 編集D

    「三塁側最前列バックネット前」、なんて書いてあるし。

  • 編集F

    バックネットがあるのは、本塁の後ろですよね。

  • 編集A

    野球に詳しいようには、到底思えないです。

  • 編集G

    いや、だからこそ、わざとなのかなと思った。主人公がちょっと常軌を逸している人だから、その雰囲気を出そうとしてるのかなと。だって、それぐらいおかしな説明ばかりだよね。ろくに野球を知らない主人公が、自分では野球通のつもりで知識を披露している。ひどくとんちんかんな説明になっていることに、読者は気づくのに、主人公自身はまるで気づいていない。そういうことを描こうとしているのかなと思いました。

  • 編集D

    一人称だから、地の文に入る野球解説も、一応「主人公の語り」ということになる。だから、その解説がおかしなものであることで、主人公の不穏さ、ひいては作品全体がはらむ不穏さが、結果的に増幅されているという面は、あるとは思います。でも、主人公は野球を知ってるはずですよね。昔ソフトボールをやっていたんだし、大学では野球部のマネージャーだったんだし。

  • 編集G

    それも、主人公の妄想かなと思ったんだけど。

  • 編集D

    でも、主人公には接近禁止令が出ている。ということは、マネージャーのような、コウキの近くにいられる立場だったのは事実だと思います。

  • 三浦

    そうですよね。作品の中で主人公は、Aさんから「野球をよく知ってるのね」と言われる人物なのですから、作者もそのつもりで描いているのだろうと思います。

  • 編集D

    で、野球通のはずの主人公の野球解説がひどくおかしいから、実は作者もよく知らないのでは? と思えてしまうんだよね。まあ、結局本当のところは、作者に訊いてみないとわからないですけどね。

  • 三浦

    ただ、作者が野球に詳しいにしろ、詳しくないにしろ、やはりこういう妙な説明の入れ方はやめた方がいいと思います。「野球は、両チームが一回ごとに攻守を交代する。」なんていうのは、わざわざ書くべきことではないですから。だって例えば、バスケットボールものの話を書くときに、「バスケというのは、四角いコートの中で、二つのチームがボールを取り合って敵陣の籠に入れようとする競技であり――」なんて説明を入れたりしませんよね。しかも、一人称の地の文で。常識の範囲内のことは、ことさら説明する必要はないし、すればかえって変になります。もちろん、必要な説明は入れなければいけませんが、そういうものは、話の展開の中でさりげなく加えてほしい。

  • 編集C

    いかにも「作者が説明しています」という感じでは、話の中で浮いてしまいますからね。

  • 編集A

    説明や情報を、いかに自然な形で文章に混ぜ込み、読者に伝えるかという点は、この作者の今後の大きな課題ですね。

  • 編集D

    文章に関しては、いろいろ難のあるところが目につきました。例えば、「若い子もいれば、妙齢の女性もいる。」という一文は引っかかります。おそらく、「若い子もいれば、少し年かさの女性もいる」という意味で書いているのだろうと思いますが、「妙齢」というのは女性の若い年齢を指す言葉です。

  • 三浦

    また、二十三枚目に、「サングラスなんてしても無駄よ。」という台詞がありますが、それ以前の部分に主人公がサングラスをかけている描写はないですよね。こういうあたりも、気をつけてほしいです。

  • 編集C

    あと、読み終わってから、冒頭シーンのことが改めて気になりました。主人公が「妄想で彼女になっているつもり」の人だったということは、冒頭でコウキと話をしているのは、白いコートの「本物の彼女」だったのでしょうか?

  • 三浦

    いえ、これはやはり主人公なのでしょう。二十七枚目に、「(コウキと一緒に夕食を取ったのは)インタビュー動画を見ながらでしょ?」というAさんの台詞がありますよね。「自分でコウキくんのセリフをつけて会話するのよね。手料理もふたり分用意して。私もよくやるのよ」と言っている。だから冒頭シーンも、主人公が一人二役で、自分の妄想を自作自演しているのだと思います。

  • 編集D

    あるいは、主人公の脳内で繰り広げられている、その妄想の描写、ということかもしれませんね。

  • 三浦

    もしかしたら、リアル彼女も前日にコウキとこういうやり取りをしていたのかもしれませんが、作者の意図としては、実はこの冒頭のシーンは主人公の妄想でしたという、種明かしとして作った場面だと思います。ラストまで読み終えた読者が、「え? それじゃあ、最初のシーンは……」と思ってもう一度冒頭に戻って読み直し、「そうか、これ、主人公の妄想だったのか」と思う、そのための仕掛けなんだと思います。

  • 編集G

    実は、本物の彼女なんていないのかもね。白いコートの女性も、単なる追っかけの一人だったりして。

  • 三浦

    なるほど(笑)。その可能性はありますね。

  • 編集E

    この女性に探りを入れると、リアル彼女ではないとわかって、また仲間が増える(笑)。

  • 編集D

    Aさん、主人公がリアル彼女じゃないとわかると、なんだか優しくなってますよね。「気持ちわかるわ」「あなたもなのね」って。

  • 三浦

    変な連帯感が生まれていますよね(笑)。こういうあたりの書き方も、面白いなと思いました。逸脱を逸脱としておどろおどろしく描くのではなく、ユーモアの感じられる話に仕上げている。その絶妙のバランスが、読んでいて楽しかったです。緊迫感を持続させて、じわじわ盛り上げていくやり方も、とてもうまかったと思います。

  • 編集E

    緻密に組み上げていく感じは、すごくいいですよね。

  • 編集D

    そして最後には、どんでん返しがある。描写や説明の仕方に関してはいろいろ改善点がありますが、オチがきれいに決まっている作品になっていて、とてもよかったなと思います。

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