編集A
もう、ものすごくすがすがしい青春ものだね。
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第187回
青春の告白
永江ゆい
28点
もう、ものすごくすがすがしい青春ものだね。
はい。青春のきらきら感にあふれていますね。
主人公のちひろは、高校三年生。幼馴染みの男の子である園田君を、ずっと秘かに想い続けてきた。バスケにのめり込む彼とつながっていたいばかりに、立候補して自分も女子バスケ部のキャプテンに、なんて、らしくないことまでやってきた。気持ちは隠しているものの、自分なりに必死に彼を追いかけてきたわけです。でも、進路が違うので、卒業後は疎遠になるだろうことは目に見えている。告白するなら、もうわずかな時間しか残されていない。思いきって告白すべきだろうか? もしするとしたら、どんな言葉で彼に想いを伝えたらいいのか。そもそも、自分が抱いている彼への想いってどういうものなんだろう――と、悶々と悩み続けた主人公が、卒業式の日、ついに自分の本当の気持ちを彼に伝え、長年の片想いに決着をつけるというお話です。経緯を説明すると長いですが、実際の作品は、冒頭がすでに卒業式の日の朝になっている。卒業式当日である「現在」と並行して、主人公が回想する「過去」の出来事が語られていくというスタイルになっています。こういう思い出語りというか、回想形式の小説というのは、書き方がけっこう難しいところがあるのですが、この作品はなかなかうまく書けていたと思います。大して引っかかることなく自然に読めて、すごくいいなと思いました。三十枚という枚数に、ちょうどいい物語にもなっています。そしてもちろん、瑞々しい青春ものである、というところもすごくよかった。きらめきながら幕を下ろす、青春の最後の一ページ、という感じは、本当に魅力的ですよね。僕は最高点をつけました。
うん、そういう評価をつけたい気持ちはわかる。すごくわかるんだけど……ごめんなさい、私はこの、あまりにもきらめいた感じが、どうにも受け止めきれなかった。読んでいると、なんだか猛烈に気恥ずかしくなってきて、思わず身悶えしてしまう(笑)。
私もCさん派ですね。
何しろもう、青春時代を通り過ぎて久しいものですから(笑)。
心の中の十代を必死で呼び覚ましながら読んだのですが、「そういえば私、十代の頃もこういう感性があまりなかったっけな」と思い知らされました。青春のきらめきを表現するとき、気恥ずかしいまでの青臭さって絶対に必要なものなので、描きかたの方向性自体はいいと思うのですが。
作者があまりにも正面から青春ものを、しかも、「青春のきらめき」に自らどっぷり漬かって書いているよね。そこがいいところでもあり、受け入れにくいところでもあり。だからこれは、客観的評価とかではなく、単なる個人的な好みの問題なんですけど。
でも、こういう作品を好きな人は、一定数いると思う。
私も、嫌いじゃなかったですね。「ああ、十代の頃って、こんな感じだったなあ」と思って、素直に読めました。
青春を通り過ぎた我々より、現役の十代の子たちのほうが、こういう青春感に溢れた話は、ハートに刺さるものがあったりするんじゃないのかな。私もこの作品、共感まではできないけど、悪くないなと思いました。ラストの場面なんて、特に胸キュンだよね。だって卒業式の日、もう今日が最後という日に、彼を追って誰もいない校舎の階段を駆け上がり、はあはあ息を切らしながら、「ッ園田!」って叫ぶんだよ? 「一緒に過ごせて」「本当に、しあわせでした!」「……ッありがとう!」って。そしたら彼も照れ笑いで、「俺も、サンキューな!」って、ちゃんと応えてくれた。もう、これぞ「まさに青春!」て感じ(笑)。
ただ、この青春感には、ちょっと懐かしいテイストを感じる。この感覚は、個人的には好きなんです。でもそれは、自分が青春時代を懐かしむ年齢になったからこそ、「何もかもがまぶしかったあの頃……」みたいな空気感にキュンときているように感じます。もしかしたら作者自身も、過ぎ去った「青春」という時代への慈しみを込めて、この作品を書いたのかもしれない。だとしたらこの話、現在の高校生の話にはなりえていないのかな、という気もします。
確かに、そういうところはありますね。特に、「ッ園田!」とか「……ッありがとう!」とか、思いが極まった瞬間の台詞に「ッ」って入れちゃうあたりは、一昔前の感覚に思えます。実は私これ、身に覚えがありますので(笑)。
え、そうなんですか?(笑)
お恥ずかしいですが、勇気を出して言っちゃいます。私も十代の頃、言えない「ッ」を心の中でつけて叫んでいたことが、確かにありました(笑)。
その感じ、すごくよくわかります(笑)。言葉にならない思いが、「ッ」には込められているんですよね。でも、自分がそういうところを理解できるからこそ、逆に気になるんです。今、十代を送っている子たちは、この作品に、このセンスに、共感できるのかな?
確かに、感覚が古いなと感じるところは、けっこうありますよね。特に、作品のあちこちで見られる、カタカナ遣い。「なんでこんなに、卒業式ってモノは、私を急かすんだろう。」とか、「もちろん、ヨコシマな気持ちだけじゃない。」とか。
「受験、ガンバッテね」もそうですね。
さっき話に出た「ッ」というのも、かなり古臭く感じます。あと、「今はネットもケータイもあるし、(取ろうと思えば、連絡はいつでも取れる。)」と書いているけど、現代の高校生の一人称としては、違和感のある言葉だよね。
物心ついた頃にはもう、ネット環境が普通に周囲にあった世代ですからね。「今は」とは言わないでしょう。
こういう辺りにも、主人公ではなく、作者自身の感覚がつい顔を出してしまっているなと感じます。
今の十代に、果たしてこの作品が通用するのかに関しては、ちょっとよくわからないですね。
でも、この作品の本質ともいえる、「きらきらした青春の魅力」みたいなものは、年代を問わず、読者の心に訴えかける力があるんじゃないかな、と思います。好きな人は好きだよね、こういう話。
現代の十代の子たちがこの作品を読んだときどういう感想を持つのか、ぜひ教えてほしいよね。
ところでこの話、回想の時系列がわかりにくいところがありますよね。私はそこが、ちょっと引っかかりました。バスケ部の活動の様子とか、県大会で勝った負けたみたいな話が何度か出てくるのですが、それが中学の時のことなのか高校の時のことなのか、一瞬わからなくなる。「え、これ、中学? 高校? どっち?」と思って読み返したりしたところが何カ所もありました。
現在シーンと過去シーンが、次々に入れ替わるので、時間が行きつ戻りつしているように感じられるんですよね。中学でも高校でも一貫してバスケをやっているし、美穂も中学時代からの友人だし、どうにも見分けがつきにくい。もうすこしくっきり書き分けてくれないと、読者は混乱してしまいます。
たった三十枚の話なのですから、時系列はなるべくシンプルに、わかりやすく書いた方がいいと思いますね。
キャラクターの描き方も、ちょっと物足りなかった。例えば美穂は、主人公のことを親身に心配してくれる「いい子」という設定らしいですが、実際にやっているのは、「早く告白しちゃいなよ」と主人公をせっつくことだけ。彼女の言葉が主人公の気持ちに変化をもたらすわけでもないので、結局美穂は、この話にはほとんど絡んでいない。あまり意味のないキャラになってしまっている。
それに、主人公がここまで惚れ込んでいる割に、園田君の魅力も今ひとつ伝わってこなかったですね。
園田君、完璧男子すぎるように思います。好きなことに一心に打ち込む、前向きでさわやかな頑張り屋。バスケが上手くて、人望もあって、立候補しなくても自然にキャプテンに推されるような男の子。しかも、バスケ一色の生活を送っていても、成績はすごくいいんですよね。部を引退した後は勉強一本にさっと切り替え、難関大学にも合格間違いなし。ちょっとすごすぎます(笑)。
何か一つ、欠点とか弱みとかがあったほうが、キャラクターとしての魅力は逆に増したかもしれないですね。
それに、園田君の素敵さの具体的な描写は、実は足りないと思う。むしろ、ほとんど描かれていないと言っていい。これだけ「バスケ」がメイン要素の話なら、例えば試合中の描写とかを入れればよかったのにね。ボールを奪ってゴールをにらむ園田の真剣な横顔だとか、ジャンプした瞬間のきらめく汗だとか、そういう描写がもっと欲しかった。見事シュートを決めたときの園田がどんなにかっこよかったかとか、チームメイトへ向けた笑顔がどんなに輝いていたかとか。そして、彼が素敵であればあるほど、それを見つめているしかできない主人公の切ない想いはいっそう募るわけで、そういうところまでも描いてあれば、さらにきらきらした物語になったはず。「青春のきらめき」を真正面から描いたようでいて、実はまだ描き切れていない。もっともっときらめかせられる余地が、いくらでもあったのにと思えて、残念です。現状では、「青春のきらめき」の描き方が、主人公の陶酔めいた独白に寄りかかりすぎている。私がこの作品に今ひとつノリ切れなかった理由も、そのあたりにあるのかなと思います。「小説」を書く以上は、やはりもう少し、具体的なエピソードの積み重ねや場面描写に力を入れてほしい。
そうですね。具体的な描写というのは、非常に重要だと思います。あと私は、物語の最初の場面が、親とのやり取りになっていることも気になりました。小説において冒頭シーンというのは、その作品のテイストや方向性を読者に印象づける、とても重要な部分ですよね。この作品は思春期の女の子が胸に秘めている、大好きな男の子への想いを描いているのですから、そういう話に「親」を登場させては興醒めになってしまう。「卒業式の日のできごと」という書き方はそのままでいいですが、なにも「朝起きて、親と学校へ向かって……」なんて、順序良く書く必要はありません。主人公が感慨にふけりつつ、校舎や校庭を歩くシーンとかから始めた方がよかったのではと思います。
ただ、ラストで安易に両想いにしなかったところは、すごくよかったなと思いました。
主人公が、「好きでした」と言わずに終わるのがいいですよね。両想いになるどころか、「好きだ」と伝えることすらしなかった。
主人公の本当の気持ちは、単なる「好き」ではなかったからね。主人公は園田と、対等に肩を並べられる自分でありたかった。同じ速さで、彼の隣を歩く者になりたかった。でも現実は、勉強でも、バスケットでも、部を率いるリーダーとしての器量においても、とうてい園田にかなわない。
どんどん先に進んでいく園田君の背中を見つめて、主人公は自分に歯がゆさを覚えていますよね。
恋が実らないことも辛いけど、「園田に勝てない、追いつけない」ということにも、主人公は苦しみを味わっている。だからこれは、「私の好きな人は、超かっこいいのよ!」みたいな、「好き好き」だけの話ではないんですね。主人公の矜持や葛藤というものが、ちゃんと描かれている。
はい。「園田の彼女になりたい」と単純にキャーキャーしてるのではなく、「私も園田みたいな人間になりたい」と願っている。その辺りの描き方が、すごくいいなと思います。主人公の真摯さ、他者と自分自身を公正かつ誠実に見つめる姿勢は、とても好感を抱けます。
園田を好きになったおかげで、主人公の毎日は輝いていた。両想いにはなれなくても、彼への想いを抱えて過ごした年月に後悔はない。辛い片想いの日々も、振り返ればとても幸せな時間だったと、今は心から思える。主人公がそういう境地にたどり着けているのは、すごくいいと思う。だから、主人公がひたすら自分の気持ちを見つめていく話というのは、それはそれで悪くない面があるというか、活かしようがあるという気がします。青春のきらきら感も、適度なら魅力的だし。
確かに、作品全体に充満する眩ゆいほどのきらめきは、作者の長所でもありますよね。
そこを活かすためには、主人公の内面の吐露だけに終始するのではなく、もう少しキャラクターが生き生きと動く作品にすることを意識したほうがいいですよね。きらきら感は残しながらも、具体的なエピソードをもっと盛り込む。長所は活かしつつ、より多くの読者を獲得できる方向を目指してほしい。
この作者なら、青春ものの話を、いろいろ書けそうな気がしますね。ただ、タイトルは一考したほうがいい。青春ものを書くときに、タイトルを『青春の○○』みたいにするのは、やめたほうがいいです。
ストレートすぎますよね(笑)。でも、作品全体の雰囲気も、高揚感に満ちたラストも、すごく魅力的に感じられて、僕はとても好きでした。ぜひまた、次の作品を読ませていただきたいですね。